最後のピース
また新たにわからないことが増えた。
新種の魔物が何種生まれているのか。そして、関連性がないように思われる、王国と法国、各ギルドの遺骨。更に一番厄介なのは、何かが噛合ないことによる俺の不調。
何種類だろうが、どんな人間が喰われていようが、俺の不調さえなければ何の不安もないのに。
だが、それを今愚痴った所で、状況は何も変わらない。時間が解決するわけではない以上、進むしかない。
ブレスを吐く魔物を倒してから二日が経っていた。しかし、陥没穴の深部へ進んだわけではない。
この二日間は、ルカとクレストの待機組が拠点移動をする為と、俺達の探索組の休息の為に元々決めてあったことだった。
ルカとクレストとの距離が離れすぎると何かあった時対処できないし、何よりそろそろ待機組に残してきた食料が底を尽くからだ。
俺達は休息予定だったが、ただ休んでいたわけではない。待機組の拠点移動を手伝ったのだ。
手伝うために俺が地表近くまで戻る苦労を請け負ったが、居残り組だって休息できるわけではない。新種の魔物がリディアとエルのいる拠点予定地に来た場合、たった二人で対処しなければならないのだから緊張した休息だったことだろう。
しかし、その心配もなく無事に拠点移動をこの二日間で終わらすことが出来た。
俺達は休むどころか疲弊したが。
そして探索7日目の夜、久しぶりに全員で食卓を囲んでいた。
ルカは王族らしくない豪快な食べっぷりを見せていた。
「ルカ、もっと落ち着いて食べろよ」
「んぐっ!何を言う!落ち着いている間に、エルが全て平らげてしまうではないか!」
俺のパーティの一食分は非常に多い。エルとエリーの二大大食がいるのが理由である。今回もそれだけの量を用意していたのだが、気持ちいいぐらいの速度で減っていく。
食べ方が変わったのは何もルカだけではない。もうひとりもそうなのだ。
「クレストも、聖職者らしからぬ食いっぷりだな」
クレストはルカのように喉に詰まらせながら食べるような事はしないが、フォークが皿と口を行き来する速度が異常なほど速い。
本当に噛んでいるのかと疑う速度の咀嚼をし、食べ物を飲み込むとようやく俺の言葉に返事をした。
「いや、失礼しました。こんな美味しい食べ物は、色々な地に赴く私でも食べたことがないので。この数日も毎食ルカ様と取り合いでしたから」
「クレスト、貴様は王族の余に遠慮せぃ」
「はは、それは無理な相談です。女神から授かった糧を奪うのであれば、王族とも戦う所存です」
与えたのは俺だ。この数日で何があった。
「む、言うではないか、クレスト。王族に逆らったらどうなるか、あ、エル、それは余のだ!」
しかし、クレストも変わるものだ。背教的な冗談を言うまでになったか。やはり食事は偉大だな。
それにルカも口ではああ言っているが、冗談っぽく返している。
「しかし、ギルの料理は極上だな。冒険者など辞めて、余専属の料理人になるか?」
「お前、王になるどころか、命すら危ないんだろ?何言ってんだ」
「ふふん、言うではないか。おっと、クレスト、その肉は余のだ」
少しだけ心に余裕が生まれたおかげか、当初はあまり触れてはいけないと思われていたツッコミを俺がしても、ルカは気にもしないで食事を続けている。
王族というより冒険者と話している気分だ。ブラックジョークが好きだからな、冒険者は。
俺がそんなことを考えていると、クレストが食事に満足したのか、口元を布で拭ってから真面目な話をしはじめる。
「それで、ギル殿。新種の魔物の話でしたね」
そうだった。料理を出す寸前まで、俺達が戦った魔物の事を話していたのだ。クレストが何か知っているか聞き出すために。
「ああ、新種とはいえ、オーセブルクダンジョンでは似たような魔物と戦ったことがなくてな」
「ブレスを吐く人型のドラゴンは心当たりが全くありませんね……」
「岩の魔物と毒の魔物は?」
「聞いたことがあるのが、バジリスクとゴーレムですね。どちらも希少な魔物です」
両方共聞いたことがある。もちろん、地球のゲームや各伝承が情報源だが、名前が一緒の時点でそれほど違いはないだろう。
「バジリスクの毒は危険な毒です。一部のドラゴンが持つ毒のように、数分で死に至る程ではありませんが、それでもいずれ死ぬという点で危険性は高いです。気づかない内に毒になっていて、異常に気づいた頃には手遅れという代物ですから」
ほう、俺の知っているバジリスクとは違うんだな。
致死性の高い毒という部分は同じだが、地球での伝承はバジリスクの毒は石をも砕いたり、武器で攻撃した際に、毒がその武器を伝って攻撃した者が被毒するというもの。
バジリスク伝承でよくある、見ただけで石にするというのは後付でおおげさにしたものだ。
「ゴーレムは二種類存在していまして、生命体か非生命体かです。叫びながら穴の底へ落ちていったというのを聞くに、生命体でしょう。希少なのはもちろん生命体の方です」
こちらも俺が知っているものと少しちがう。
ゴーレムはユダヤ教の伝承で、動く泥人形だ。有名な話では、emeth(心理)という文字が書いてある羊皮紙が額に貼ってあり、破壊する際はemethのeを消し、meth(死んだ)にすれば良いということだ。
ゴーレムは都合の良い召使いのようによく描かれるが、運用するには厳格な制約が数多く有り、それを守らないと狂暴化するという危険な物で、更には自然にどこまでも大きくなるという面倒くさい非生命体だ。
だが、この異世界では生命体のゴーレムが存在するのか。
「ですが、ゴーレムは岩の塊ではなく人に近いものでした」
俺の隣で淑やかに食べていたリディアが、会話に参加する。
「ゴーレムも人型といえば人型です。どこまで人に近いのかはわかりませんが、その辺りが新種なのではないでしょうか?」
「じゃあ、バジリスクは?」
「実際にバジリスクを見たことがありませんので言い伝えですが、一言で言えば鳥のような姿だとか」
その辺は地球の伝承に似ているんだな。トカゲのような姿や鶏のような姿が伝承として描かれている。この異世界では鳥型だったということか。
「なら、その希少な魔物達が、この場所に集まって人のような進化をしたと?」
「そこまでは申しませんが、ギル殿の推論通り、ここがダンジョン跡だとすれば不思議なことはありません」
「と、言うと?」
「ダンジョンの成長を止めるには、最奥にある魔石を破壊、もしくは取り出せば良いと言われています」
それは知っている。既に俺は出来たてのダンジョンを潰したことがあるからな。
「その時、中にいた魔物はどうなると思いますか?」
クレストが俺とリディアの顔を交互に見て質問する。
俺より先に答えたのはリディアだった。
「消えてなくなるのですか?」
「いえ、私も詳しいことは知りません。ダンジョン跡はいたる所に存在していますが、その殆どは小規模なものばかりです。ですから、言い伝えでの情報になりますが、ダンジョンが終わった後、残った魔物達は消えずそのまま徘徊し続けるそうです」
ダンジョン内で死んだ魔物は、時間が経つと跡形もなく消え去っている。それはダンジョンが吸収したとも、ダンジョンが無から生み出した生成物だからとも言われていて、未だに結論は出ていない。
リディアの答えはこの理論から出たのだろう。
しかし、クレストが言うにはダンジョンの魔石を取ってダンジョンが終わった後は、魔物はそのまま生き続けるというのだ。
「つまり、生命体になると?」
「現在、成長を続けるダンジョンにいる魔物が、生きているか死んでいるかという哲学的な話にもなり得ますが、そのような噂です」
なるほど、つまりダンジョンが成長し続けている内は魔物は進化はしないが、ダンジョンが終わった後に残った魔物は生命を与えられ、自由に行動するということか。
「なるほどな。じゃあ、このダンジョン跡の大穴に残った魔物が進化したかもしれないと?」
「それしか考えられません」
「言葉を話す程にですか?」
俺とクレストが結論づけようとしたが、リディアの疑問が結論を否定する。
言葉を話すほどに進化することが可能なのか?
たしかにその通りだ。進化したことろで、俺達と同じように話すことなど出来ないのだ。いや、話すことは可能だと仮定しても、同じ言語を話すことは無理なのだ。
それが出来るようになるにはこの大陸の人間に育てられたか、魔物が覚えた以外はない。
俺はこの異世界に召喚された時に付与された魔法で、この世界の言葉を自動で変換して会話しているが、魔物達に同じことができるとは思えない。
俺だけがあの竜人の言葉を理解できたのなら、俺に付与された魔法が訳しただけとも思えるが、リディアも聞いているのだ。
竜人の魔物がリディアと同じ言語を話していたのだとするのが自然だ。
不自然だが自然なのだ。
「くそ、この大穴に来てからわからないことだらけだ!」
イライラする。
そういうものだと単純に理解したら良いのだろうが、個人的にそれは許さない。
物事には必ず発端があるのだ。説明がつく真理が絶対ある。
魔法にも説明できない、理解できないことがまだまだある。今までもこの世界の魔法はそういう物だと済ませてきた。
しかし、それは俺が地球という魔法がない世界の住人で未だ理解が足りていないからだ。
深淵を覗く賢者だと言われようが所詮まだ覗いただけなのだから、全てを知らないのは当然。原始人が火を扱えても、どういう理屈で発生するのか考えないのと同じだ。
もちろん、最終的には知識を深め、深淵を覗くどころかどっぷり棲み着いてやるがな。
だけど、この陥没穴での疑問は性質が違う。
なんて言ったらいいか、説明付きそうなんだけど、よく考えると否定されると言ったところ。
パズルの殆どが完成しているのに、大事な部分のピースが手元にない感じだ。陥没穴で大事なピースをまだ見つけていないのだろうな。
悔しいが、今解明することは出来ない。
「ギル様、大丈夫ですか?」
リディアの声で、深い思考から覚める。
俺が苦虫を噛み潰したような表情をしていたから心配したのだろう。俺は天井を見上げ、大きく溜息をついてから、リディアに笑顔を向ける。
「大丈夫。理解が足りていないことに少しだけイラっとしただけ」
「ギル殿は真面目ですな。どうせ依頼内容は殲滅なのでしょう?」
そこが余計にイラつかせるのだ。殲滅したらこの謎は迷宮入りなのだから。俺が他人に聞かせても、創作か物語に登場する伝説上の生物としか思われない。酒場で酔っ払いがする与太話になるのが落ちだ。
3匹倒しただけで、まだまだいるのだが焦って仕方がない。
いや、今考えても仕方がないことだった。明日からもっと細部を気にしながら探索するしかない。
「この調子じゃ殲滅にいつまでかかるかわからんな。最悪、一度法国に戻ることも視野にいれなければならないだろうな」
「そこまでの魔物なのですか?」
「いや、危険な魔物だが理由はそれじゃない。主に食料が……」
そう言いながら、綺麗に食べつくされた数枚の大皿を見る。
「………申し訳ない」
「クレストが悪いわけではないよ。主にそこで腹出して寝てるお子様のせいだ」
そう言ってルカを見る。満腹になったからか、腹を出しながら大の字になって寝ている。その隣では同じようにエルが眠っている。
「まあ、すぐってわけでもないしな。料理をする素材なら余分に用意してある。マジックバッグに氷漬けで大量に眠っているよ」
「便利な魔法ですな。私も学びたいものです」
「はっ、それなら俺達が今作っている都市の学校に入学でもするんだな」
「むむ、簡単には行かないものですな。しかし、興味深い。その学校とやらの話を詳しく聞かせていただいても?」
クレストと一度戦った時魔法を使っていたが、魔法使いなのか。魔法学校の話に食いついた。
完成はまだまだ先だと思うし、授業内容も決めていないから詳しいと言ってもたかが知れているが、魔法を学びたいという需要がどれだけあるかわからない今、少しでも興味のある人に知ってもらう為に説明会という名の勧誘をしても良いかもしれない。
「そうだな、氷魔法は合成魔法だ。ある程度、魔法の知識があったとしても説明しただけでは発動することが難しい。だが、学校では基礎知識を教えつつ、段階的に――」
そこまで説明をした所で、洞窟の入り口から声がした。
『すみません』
俺達以外の声が。
俺とリディアは即座に立ち上がると、リディアは剣を抜き構え、俺は魔法陣を展開する。同じようにエルも起き、近くに置いてあったクロスボウを手に取ると、寝転んだままの体勢で入り口に向かってボウガンを構える。
一瞬で戦闘態勢に移行した。
クレストも俺達に遅れて杖を構えた。
誰かが洞窟の中へ入ってきた。ヒタヒタという足音が大きくなっていく。灯りは俺達の近くにしかないせいか、その人物がいる位置は未だに真っ暗だ。シルエットだけが見えている。
人っぽいが、何か違うな。なんだ?
灯りとして使っているランタンの光がようやくその人物を照らし、誰だかをはっきりさせた。
いや、人ではなかった。
『どうか、怖がらないでください』
魔物は美しい声で俺達にそう呼びかける。
いや、魔物でもなかった。あれは、なんだ?
そいつは人型だった。汚れたワンピースを着ていて、見えている手足は人の肌ではなく羽がある。背中にも大きな翼があった。
しかし、顔は人なのだ。美しい女性だった。
セイレーン?馬鹿な、海の魔物だ。ハーピー、違う、老婆のような顔と鷲爪じゃない。じゃあ、なんだこいつは。
「おまえは一体……」
「お姉様?」
何なのだ?そう言おうとしたが、起きたルカに割り込まれた。
しかし、お姉様?何を言って……。
『ルカ?』
ルカの呼びかけに人面の魔物は答える。
ああ、そういうことだったのか。
魔物とルカの一言の会話で、最後のピースがカチリと嵌った。
今まで噛み合わなかった理由がわかった。俺は、魔物と戦っていたんじゃなかったんだ。
そして、この陥没穴の魔物退治依頼が罠だということも。
くそっ、法国は人間を魔物にしやがった!
章の終わりまで読んで頂きありがとうございます。
本作は13部1章で書いておりまして、『七章 神の国 上』がこの部で終わり、次の部から『八章 神の国 下』となり二章連続のお話になります。
八章も読んで頂いて、ほんの少しだけでも皆様の暇つぶしのお手伝いができればと思います。
投稿間隔は3、4月の間7日に1度でしたが、引き続きこのままのペースにさせてください。
沢山のブックマーク、評価、感想をありがとうざいます。そして、誤字脱字報告も非常に助かります。