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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
七章 神の国 上
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人骨

 岩のような鱗を持っている新種の魔物が、陥没穴の底へと落ちていった。俺は魔物が落ちた底を見下ろしていた。


 「全然見えないし、魔物が落ちた音すら聞こえない。とんでもない深さだって、再認識したよ」


 これではあの魔物も生きてはいないだろう。

 いや、もしかしたら、今もまだ落ち続けているのかもしれない。

 そんなことを考えてしまったせいか、ゾッとしてしまい身震いする。


 「お兄ちゃん、大丈夫、です?」


 俺が身震いしている姿を見たせいか、エルが俺を気遣って声をかけてくれる。

 魔物を陥没穴へ落とした後、皆を集合させていた。


 「ああ、大丈夫だよ。エルが爆裂矢を使ってくれて助かった。あれが爆発しなければ、今頃俺が穴の底だったよ」


 俺はエルの頭を優しく撫でると、エルは気持ちよさそうに目を細める。


 「ですが、エルは風魔法を使った射撃をしたのに貫通しないなんて」


 「そうだな、そのせいであのボルトは回収不可能になっちまった。どんだけ硬いんだよ!」


 あのボルトは特別製だ。魔法剣と同じ仕組みで作った、魔法の矢なのだ。魔石の入手が困難が故に、あれも希少品なのだ。

 ん?助かったとはいえ、どうしてエルは爆裂矢を使ったんだ?


 「エルはあの魔物が硬いってわかっていたのか?」


 「魔物の足跡が、残っていた、です」


 足跡?あの魔物の身長は俺より少し高かったぐらいだ。足跡が残るほどの体重ではないはずだ。

 だが、足跡が残った。


 「つまり、エルは足跡が残るほどの重さがある魔物だとわかったから、念の為に強力な矢を使ったということですか?」


 リディアの質問にエルは首肯する。


 「個体の強さは体重で決まるとはこういうことか。なんにしろエルの判断で命拾いしたよ」


 「えへへ」


 やっぱりうちの娘達の笑顔を見ると癒やされる。命拾いした後なら尚更だ。

 ……しかし、だ。

 昨日に続き今日もまた失態だ。

 昨日はどこか緊張感がなかっただけだが、今日は違う。なのに、失敗した。

 何か噛み合ってない。

 新種の魔物の強さを甘く見ていたのか、それとも俺の予想よりも強いのかはわからないが、何かおかしいのだ。

 俺はオーセブルクダンジョンでそれなりの数の魔物と戦ってきたはずだが、噛み合っていない理由は見当もつかない。

 わからないことばかりだ。

 やれやれ、本当に今回の依頼は苦戦しそうだよ。



 探索3日目。2日目と同じ方法で探索したが、全く成果はなかった。魔物の姿は発見できず。

 探索4日目。3日目と同じく、坂を下っていくだけの仕事。

 そして、探索5日目。


 「それなりに下りて来たと思ってたけど、まだまだ地上が見えるな」


 「横穴を隅々調べなければ、一日でここまで来ることが出来そうですね」


 横穴を調べながら軽口を叩く。

 地上から降り注ぐ光が真っ暗な横穴の入り口付近を照らしていた。


 「二日間何もないから、緊張感とかあったもんじゃねーな」


 「……この横穴も何もなさそうですし、ね」


 俺達の気配察知に何も引っかからない。魔物はこの横穴にいない。

 痕跡があるかを見る為に俺とリディアは離れて調べる。


 「この穴はちっちゃいから良かったな。……しかし、なんだよこの匂い」


 生物が腐ったような匂いだ。


 「ギル様、こちらに来てここを光魔法で照らしてくれますか?もしかしたら、匂いの元凶はこれかもしれません」


 リディアが何かを発見したようだ。俺は急いでリディアに近づき光魔法を発動する。

 スポットライトに何かが照らし出された。


 「……手?」


 「でしょうか。殆ど白骨化していますね」


 人と思しき手が白骨化して落ちていた。関節辺りや所々に腐った肉がこびり着いている。

 リディアの言う通り、この辺りが異臭を放っていそうだ。


 「他にも人が?でも、なんで手だけなんでしょうか?」


 「さあな。だけど、手だけじゃなさそうだぞ」


 俺は別の所にスポットライトを当てる。

 そこには上層で見た樽が、ここにもあったのだ。それも何個も奥に。


 「樽ですか。最奥にあったせいか、真っ暗で気づきませんでしたね」


 「まあ、仕方ないさ。気配察知しかしてないからな。しかし、この樽、全部食べ物が入っていたのか?すごい匂いだな」


 生ゴミの匂いがする。おそらく、食料が入っていて、腐っていた食べ物を放置した結果だろう。


 「匂いは手の骨にこびり着いた肉だけのせいじゃなさそうだ」


 「そうですね。確かなのは、私達の他にもここに来た()()がいるということですね」


 「そうだな。それに近くに魔物がいるはずだ。気を引き締めて次の穴へ行くぞ」


 そう言いながら、次の穴へ行くために振り返る。

 が、横穴の入り口付近に誰かが何かを手に持って立っていた。逆光でシルエットしか見えない。

 だけど、エルではない!


 「魔物だ!」


 俺は声を張り上げてリディアに知らせつつ戦闘態勢を取る。

 刀の柄に手をやり、いつでも抜ける体勢だ。一方、リディアは振り返ると同時に刀を抜き、既にいつでも斬り掛かれる構えになっていた。

 俺は居合の構えのまま、魔法陣を展開する。魔物の姿を確認するために光魔法で照明を作り出そうとしたのだ。


 『!』


 だが、俺が魔力を流す前に魔物が俺に向かって持っていた物を投げてきた。


 「な?!」


 魔法を出すのを止め、投げてきた物を居合抜きで斬る。

 斬った物は袋だったらしく、中身が斬った場所から飛び出して俺に降りかかる。

 石ではないが、何か硬い物が何個も俺に当たった。

 なんだこれ?!臭い!いや、そんなことより魔法で辺りを照らさなければ、暗くて戦えない。

 しかし、俺が袋を斬っている隙に魔物がリディアに飛びかかる。


 「速い!」


 魔物は一瞬でリディアの目の前まで距離を縮め、リディアを引っかくように手を振り下ろす。

 リディアは声を上げながら魔物の引っかきを刀で受け止める。

 ギィン!

 硬いもの同士がぶつかりあった音が洞窟内に響く。


 「力も、強い!」


 いつものリディアであれば、刃毀(はこぼ)れを嫌がり避けるが、魔物の動きが速すぎて受け止めざるを得なかった。

 魔物の手と刀で押し合う。まるで鍔迫り合いのように。

 力の基礎値が違う魔物相手と力比べをするほど、リディアは馬鹿ではない。

 リディアはわざと力を緩めていなした。

 魔物がバランスを崩し倒れ込みそうになる。そこをすかさずリディアが魔物の首を斬るために刀を振りあ上げた。

 その瞬間、魔物の喉が赤く光り、歯の隙間から炎が漏れ出す。

 ブレス?!


 「くそ!させっかよ!」


 俺は洞窟内を明るくさせるために準備していた光魔法の魔法陣に魔力を目一杯流す。

 魔法陣が過剰な魔力を受け入れ、目が眩むほどの光が生まれ輝き出す。魔物の目の前で。


 『ぐぅっ!』


 眩しい光を直視した魔物は、嫌がるように顔を背けた。

 少しは時間を稼げた。リディアなら逃げることも反撃することもできるはず。

 しかし、まだ魔物の喉は赤く光っていて、ブレス攻撃自体を防げていない。


 「リディア!喉を斬れ!」


 「はい!」


 俺はリディアにブレスから逃げるより、反撃する指示を出す。それと同時に魔法陣の準備をする。

 リディアの刀が振り下ろされ、刃が魔物の喉目掛けて向かっていく。その刹那。


 『ま、待って――』


 魔物が何かを話しかけてくるが、もう遅い。

 リディアが赤く光る魔物の喉を斬った。斬った部分から炎が凄い勢いで漏れ出し、段々と傷口を広げていった。

 俺は急いでリディアの下に近づき、抱きしめてしゃがむと準備していた魔法を発動させる。

 俺とリディアを包むように氷のかまくらが瞬時に出来上がる。

 透明な氷の防護壁が出来上がると同時に、爆発が起きた。

 氷で作ったかまくらだから周りの様子が見える。

 魔物の喉から漏れた炎は次第に傷口を広げ、最後には首を吹っ飛ばして爆発したのだ。その爆発で生じた炎は洞窟全てを飲み込んだ。

 それから5分間、炎は洞窟の中を燃え続けた後消えた。

 ファイアブレスとはいえ、燃料がない岩だらけの洞窟だ。酸素のみではそれほど燃え続けることは出来ない。

 俺は安全を確認してから、魔法を解く。


 「ギル様、助かりました」


 「いや、危険な方法をとらせてしまった」


 「いえ、そんな」


 俺達は立ち上がって辺りを見渡す。樽があった場所にまだ火が燻っているが、殆どが鎮火したようだ。


 「酷いな」


 「はい。ですが、魔物の体は残っていますね」


 あの爆発や炎に耐性があったのだろう。魔物の喉の内部が焦げただけで、胴体はほぼ無傷だった。

 俺が調べる為に近づこうとすると、入り口から誰かが飛び込んできた。


 「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」


 エルだった。魔物が洞窟内に入り、その後爆発したから急いで来たに違いない。


 「大丈夫だ、エル」


 「心配して来てくれたのですね。ありがとう、エル」


 「すごい爆発だった、ぶじで良かった、です」


 エルはほっと安堵の溜息を吐く。

 本当に無事に生き延びることが出来て良かった。結果的には無傷の勝利だが、実際はギリギリだった。もしかしたら、リディアは命を落としていたかもしれない。

 あの時、ブレス攻撃を避ける事を選んだ場合、最悪ブレスに追いつかれて焼かれていたかもしれない。逃げ切れる可能性はあったけれど、ブレスの規模がどれほどかわからなかったから反撃の指示を出したが、結果的に上手くいって良かった。

 俺は誰にも聞かれないように安堵の溜息を吐くと、魔物の死体を調べる。


 「ドラゴンのような鱗があるな。竜人なんているのか?」


 「りゅうじん?」


 「リザードマンではなくて、ドラゴンの人ですか?」


 聞いたことはないようだ。ファンタジーお馴染みの竜人はこの世界にいないのか。とすれば、こいつはなんだ?


 「知らないなら、それが新種なんだろう。だけど、今までの新種とまた違う種族か」


 菌を吐き出す魔物に、岩のような鱗の魔物。それとはまた違う魔物だ。いったい何種いるんだ。


 「そう言えば、言葉を話していましたね。聞き間違いかもしれませんが」


 いや、そうだった。こいつは言葉を話していた。


 「言葉を話す魔物はいるよな」


 「亜人種の魔物でしたら話せますが……」


 流暢に話す魔物なんていないか。俺が知っているのはホワイトドラゴンぐらいだが、あれはまた別格だ。それと同等の知性を持っている魔物だったのか?

 わからないことだらけだ。本当に。


 「うぅ、ほねだらけ、です」


 辺りをちょこちょこと見ていたエルがこんなことを言い出す。

 骨だらけ?手だけじゃないのか?

 俺はエルがいる場所まで行ってみた。エルの言う通り、焦げた骨が転がっている。


 「あの袋の中身か!」


 「ギル様の魔法を止める為に、あの魔物が投げた物ですか?」


 「そう。なんか無数の硬い物が当たったけど石ではないし、不思議に思っていたんだ」


 食料が入っていた樽とあの匂い、そして骨。この横穴は魔物達のゴミ捨て場か。わけがわからなくなってきたぞ。


 「はわわ、あたまがいっぱい、です」


 俺も頭が一杯だよ。考えることが多すぎる。何種類いるのか、どんな種族なのか。


 「ギル様、頭が何個も転がっています」


 「ん?あの魔物の頭だけじゃなく?」


 周りを見ると何個もの頭蓋骨が転がっていた。人間が殆どだが、それ以外のもある。


 「やはり、人を食っているのか」


 動物の骨は運良く狩って仕留めた物だろう。だが、なぜこんなに人間の骨が?この陥没穴はエステルの街の住人でも知らないんだぞ?

 運悪く冒険者が発見し、中を探索していたのか?

 馬鹿な。だったら、キャンプした痕跡があるはずだ。地上にもテントはなかった。なら、こいつらは誰なんだ?


 「ギル様、見てください」


 今度はリディアが何かを発見したようだ。

 リディアが小走りで近寄ってきて、手に持っている物を俺に見せる。


 「これは、タグ?」


 「はい、冒険者ギルド、商人ギルドの物ですね」


 少し焦げているものの、よく見ればしっかりと判別できる。俺達も持っている、冒険者の識別タグだ。もう一つは商人ギルドの物だろう。


 「それともう一つ、指輪です」


 「指輪?」


 リディアがもう一方の手に持っていた物を俺に見せる。少し溶けかかっているが、美しい装飾が施された銀の指輪だった。


 「はい、この装飾は紋章です。王国騎士が身につける指輪だったはずです」


 「オーセリアン王国の騎士だと?」


 またわからないことが増えた。

 冒険者と商人ならわかるけど、王国の騎士もこの骨の中にいるのか?

 例えば、ある人物がここを発見し商人に伝えたとする。その商人が冒険者を雇いこの穴を調べに来て、魔物達に殺されることは有り得る話だ。

 だけど、そこに王国の騎士が加わるのはおかしい。

 一緒に行動していたのではなく、また別の団体か?

 俺は首を傾げて悩んでいるとあるものが目に飛び込んできた。

 俺が魔物に投げつけられた袋だろう。端が未だに燃えている。

 俺は近づき、火を消すとその袋を拾い上げてよく見てみる。

 さっきは光魔法で照らしてなかったからわからなかったが、これは見たことがある。一枚の布を結び、袋のように使っていたのだ。


 「お兄ちゃん、それは?」


 「ギル様……」


 「ああ、これは法国のローブだ」


 爆発で破れ、燃えてしまっているが、残っている部分はローブの裾に施されていた装飾の一部だ。城の中を案内していた女が来ていたローブにそっくりだ。

 冒険者に商人、王国に法国の人間の骨。

 ここは、この陥没穴はいったいなんなんだ。

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