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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
七章 神の国 上
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想定外3

 聖王に相応しくない者は殺される。

 ルカの言葉に俺達は固まってしまっていた。

 地球の作家達で、こういう悲劇を好み書く者は多い。だが、現実として目の当たりにすれば、信じられないという気持ちで固まってしまうものだ。


 「き、気の所為ではございませんか?ルカ様」


 立場上、王族を気遣わずにはいられないクレストが、俺達の中で最も早くルカに声をかける。だが、その言葉はルカにとって全くの気休めにならない。


 「本当にそうか?街で聞いても余以外の王族の噂すら聞かんのだぞ?」


 「そ、それは……」


 クレストは今まで気にしたことがないのだろう。いや、執行者とはいえ、クレストはただの信者だ。聖王の子供のことまで考えていなかったのだろう。

 なんせ法国は、エステル教は女神エステルと聖王のみが信仰の対象だからだ。


 「それで街をうろついていたのか」


 「そうだ。余が家臣に話したところで信じん」


 ルカと出会った時も、再会した時も護衛を振り切り一人で走り回っていたのはそういう理由だったのか。


 「余の妄想ならそれでよかったのだ。だから、他の王族がどこぞにいるという噂さえ聞ければ安心できたのだ」


 「結果は?」


 「民は聖王以外の王族のことなぞ知ったことではない、と言ったところか」


 つまり、気にもしていなかったと……。


 「ルカさん、いえ、殿下は逃げるために私達についてきたのですか?」


 夕食の後片付けが終わったのか、リディアが俺達に近づきながら会話に加わった。

 そう言えば、リディアも元王女だったな。色々あって今はただの冒険者になったが、それでもルカに一番近い存在だ。


 「ちがう。余が王族だと知らなかったとはいえ、叱られた経験なんてなかったからな。余に常識がないことはわかっている。それを知るチャンスだったのだ」


 そう言いながらルカは俺を見る。

 見ないでくれ。あれは狂化スキルがいけなかったんだ。たぶん。


 「たしかに、ギル様であれば聖王の子にも、対等にお教え出来るはずですね」


 そう言いながらリディアは俺を見る。

 やめてくれ。心が痛い。


 「つまり、ルカ様は殺されない為に、わざわざこんな危険な場所にまで常識を学びに?」


 「いかにも」


 クレストはルカの言葉にこめかみを押さえる。

 たしかに頭が痛い内容だ。王族謀殺にしても、ルカの場当たり的な行動にしても。

 だが、俺はルカの評価が少し上がっている。俺を選んだことにではなく、何かを知るために行動を起こすことにだ。

 だけど……。


 「聖王に相応しくない王族が殺されることが本当だとして、おまえが俺から常識を学んでも死を免れることはできない」


 「………」


 ルカは黙り込む。

 それはそうだろう。ルカがこの冒険でどれだけ成長しようとも、良き王の器になったとしても、女は殺されるのだから。

 もしかしたら、この行動が評価を下げることだってありえるのだ。王族が公式にでもないのに、よく知りもしない冒険者に勝手についてきて、勝手に命の危険にさらされている。


 「女は殺されるからですね。それに、さすがに殿下が勝手に出歩いては、評価が下がってしまいます」


 リディアも俺と同じことを考えていたようだ。ルカに優しく諭す。


 「では、どうすれば良い!教えてくれ!」


 今まで一人で抱え込んできて、心が限界だったのだろう。ルカが慟哭に近い叫び声を上げる。

 そんな悲痛な声に誰もが黙り込んでしまう。俺以外は。


 「知らん」


 「ぎ、ギル殿?!」


 「そりゃあそうだろ、クレスト。お前に何か出来るのか?聖王に忠実なお前に」


 「そ、それは。ですが……」


 まさかクレストがルカに感情移入するとは思わなかった。執行者として汚い事もしてきただろうし、人の死だって沢山見てきただろう。まあ、基本クレストは良い奴なんだろうな。汚い仕事は向いていない。

 ふむ、しかしまた厄介事が舞い込んできたぞ。俺って呪われているんじゃないかな。

 ルカと出会わなければ、俺にとって全く関係のない人間が知らないうちに死んでいただけなのだが、知人になった瞬間、どうにも無視することが出来なくなる。

 俺だけではなく、誰でもそうなのだが。

 ルカと出会ってしまったのだ。少しだけ俺も考えてやるか……。

 ルカは俺とクレストの言い合いの最中俯いていた。


 「ルカ、まだその話が本当かどうかもわからない」


 俺が話しだすとルカはゆっくりと顔をあげる。その表情から、ルカの気持ちはすぐに理解できる。ルカは既に失意していた。

 はぁ、見ちゃおれん。


 「一応本当だったと仮定して、この冒険の間、一緒に対応策を考えてやる」


 「ほ、本当に?」


 しおらしい声を出すルカは、ただの少女に見えた。


 「ああ。既に最終手段として2つ案があるから、安心しろ」


 「ま、まことか!?それはどういう……」


 「本当だが、今は話さない。発案しただけで、成功すると限らないだろ?しっかりと詰めて考えないうちは策とは呼べないからな。それにこれは最終手段だし、まずは違う策を考えてからだ」


 言い訳じみた俺の言葉に、ルカは慰めだと感じたのだろう。疑いの目を俺に向けた。


 「信じないのは勝手だけどな、リディアも既に一つ思いついているはずだ」


 リディアを見ると、リディアも頷く。やはりな。


 「ま、まことなのか?」


 ルカは力強く頷くリディアを見て驚く。


 「ほらな?ほんの少し考えただけで、2つ案があるんだ。自分でももう少しだけ考えてみろ」


 「わ、わかった」


 「クレストも考えてやれ。分かっているとは思うが、この事は報告することないぞ?」


 「………はい」


 俺が言っていることは慰めでも何でもなく事実。それも至極単純な案だ。

 逃げるか、王を殺すか。

 リディアが思いついたのは逃げる事だろう。リディアは、既にそれを経験しているからな。逃げる策はリディアに任せるほうがいいだろう。後でそれとなく言っておこう。

 俺はもちろん王を殺す方を考える。残酷な事を考えるのは俺だけで十分だ。だが、やはりこれは最終手段にするべきだ。違う方法があれば、それを優先したほうが良いだろうな。


 「さて、暗くなる話はこれで終わらせるとして、エルはどこだ?」


 先程からエルの姿が見えない。後片付けが終わったのだから、リディアと同じで戻っていると思ったのだが。

 俺達は周りを見渡すと、すぐにエルの姿を発見した。

 エルは、クレストの趣味の悪い何の骨かわからない装飾が施されたチェストの裏で眠っていた。


 「……俺達もそろそろ寝よう。明日から大変だぞ」


 エルの姿に呆れながら全員が頷く。


 「ギル様、見張りは……」


 そうだった。


 「……リディア、後で交代してくれるか?」


 リディアは困ったように笑うと頷いてくれた。

 はぁ、俺はまだまだ眠れないようだ。



 次の日、朝食を食べた後、俺達は魔物を退治するために陥没穴を下りていた。

 下に進むための坂は、降った雪で埋まっていた。昨日俺が魔法で溶かした道も元通りになっている。

 昨日と同じように、魔法で溶かしながら進む。

 このまま続けると、魔物と戦う前に魔力が枯渇するかもと思っていたがその心配はなかった。

 途中から雪が積もっていなかったのだ。穴の内壁を一周するようにある道を進んでいったからか、今まで歩いていた道が屋根になったからだった。

 だが、たとえ歩きやすくなっても仕事の面倒臭さは変わらない。


 「ここにもいませんね」


 底が見えない大きな穴の内側には無数の横穴がある。そこを一つ一つ調べていかなければならないのだ。

 そして、数時間かけて調べたのに、魔物と遭遇出来ていなかったことが、この依頼の面倒臭さに拍車をかけていた。


 「ここまで遭遇しないと、魔物なんて本当はいないんじゃないかって思えてきたよ」


 「たしかにそうですね」


 探索は俺とリディアの二人だけだ。

 ルカは当然として、クレストは元々俺達の監視が任務だ。それに手助けするなと命令されているらしく、手伝えないらしい。

 クレストは手伝いたいみたいだが、クレスト以外にもどこかに監視者がいるかも知れないらしく、無闇に行動できずにいた。

 こういう話を聞くと、本当にこの未知の魔物を退治したいのか疑わしい。やはり、罠の可能性が大だ。

 エルはクレスト達の護衛をしているのかというと、そうではない。

 俺は陥没穴の上層に向かってハンドサインを出す。

 『敵はいるか?』と。

 すると、俺達の一階層上の反対側の道から光が2度点滅する。『NO』の意味だ。

 今回エルの役目は索敵と狙撃だ。そのために俺達より後についてきている。

 俺達が陥没穴の底へ降りるために歩いている道は、陥没穴の横壁のぐるりと回るように出来ている。道幅は2メートルあるかないかで、戦闘には不向きだ。その上、遠距離攻撃専門のエルが俺達のすぐ後ろにいても、射線が通らず無意味なのもある。

 ならばと、遠くからでも敵の姿を捉えることが出来るエルに索敵を兼ねて、狙撃役に徹してもらっている。

 エステルの街で、準備期間中エルとの打ち合わせはハンドサインのお勉強会だったのだが、それが見事に功を奏している。

 ボウガンで長距離射撃は向いていないという問題も、エルの努力により解決している。

 これで奇襲されたとしても、エルが抑えてくれるだろう。


 「エルはしっかりと視てくれていますね」


 「ああ、こういった動きづらい場所では助かるよ」


 「ですが、ギル様のおっしゃった通り、全く魔物がいませんが……」


 「一々、横穴を調べるのが面倒だが、そこはどうしようもないなぁ」


 魔物が棲み着いている可能性が大きいのは、無数にある横穴の中だろう。

 中を調べるには、まず有毒なガスが充満していないか確かめるため、魔法で小さな火の玉を作り、それを投げ込んで確かめる。

 有毒なガスが出ていた場合、爆発するか、地中から吹き出しているであろうガスに引火し、消えることのない火柱が噴き出し続けることになるが、知ったことではない。俺だってこんなところで死にたくないからな。

 外から光魔法で中を照らし確かめろと思うかも知れないが、ここは元ダンジョンだ。横穴がそこで行き止まりとは限らないのだ。

 有毒ガスの有無を確かめたら、中へ突入。もちろん、その間はエルの援護は期待できない。しかし、ここからが俺とリディアの仕事だ。

 中を隅々調べ、魔物がいないかを確かめて外に出るのを繰り返すのだ。時間がかからないわけがない。ただ、横穴はダンジョンの端に位置しているらしく、それほど深くない。

 横穴の数自体は多いが……。


 「今日だけで結構な数を調べたが、まだまだ終わりが見えないな」


 「もうすぐ日が暮れそうです。そろそろ、今日寝ることが出来る横穴を決めなければいけませんね」


 今日の探索が終わったからといって、クレストがいる最上層の横穴まで戻ることは出来ない。戻ってしまうと、次の日には今日調べた穴へ魔物が移動している可能性があるからだ。調べ終わった場所でキャンプし、魔物が上層に移動しないように見張らないといけないのだ。


 「そろそろ、エルもお腹空いてきているだろうしな」


 「はい」


 ちなみにクレスト達の食料は解凍した後、あの薄気味悪いチェストに氷を入れ冷蔵庫の代わりにして、中にぶち込んできたから、数日は大丈夫だろう。クレストも料理を温めるぐらいは出来るだろうし。


 「次を調べたら今日は終わるか」


 そんなことを言っているうちに次の横穴まで辿り着く。

 いつもの通り中に魔法で火の玉を作り中へ投げ込むと、爆発も火柱も上がらなかった。だが、想定外なモノが火の玉の灯りで一瞬だけ見える。


 「ん?」


 「どうしましたか?」


 「いや、気のせいか?何かいたような」


 自然と小声になる。

 俺は中を光魔法で照らしてみる。

 やはりそうだ。

 中に倒れている人がいる。


 「人が……、死んでいるのでしょうか」


 「………確かめるか。リディア、中に入らず入り口で待機。俺が見に行く」


 「はい」


 俺はリディアに外を見張るように指示して中へ入る。いつでも魔法を使えるように魔法陣を待機させたままで。

 出来る限り音を立てず、忍び足で倒れている人に近づいていく。

 手が届く距離まで近づいても反応がない。

 寝ているか、死んでいるか、もしくは奇襲しようとしているかのどれかだろう。いや、気絶の可能性もあるか。

 俺は刀を抜き倒れている人をつついてみるが、反応はない。

 暗さに目が慣れてきて、どういった状況か分かってきた。

 倒れている人は、俺を背にして横向きに倒れている。寝ているにしろ、死んでいるにしろ、どうして倒れているのか確かめないと。

 俺は倒れている人の肩を掴み、仰向けにしようと力を入れて引く。

 すると、抵抗もなく仰向けになるが、勢いで顔がこっちを向く。

 男だった。

 目を見開き、口を半開きにしたまま死んでいたのだ。


 「……死んでいる」


 色々な疑問が浮かぶが、一先ずただの死体なら安心だ。俺達に危害を加えることはないからな。

 だが、そう思った矢先、死んだ男の口からドロリと真っ黒な液体が垂れ落ちる。

 水のようにキレの良い液体ではない。伸びるような血だった。


 「な?!」


 口から血が垂れた事に驚いたのではない。


 「壊死組織が混じった血液か?!」


 ()()()()()()()()()()()()()()のか!?

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