魔法理論と実践初級
清々しい朝だ。水を確保するために散歩がてら川まで行くことにする。
道すがら、ベルトに挟んだ刀を抜いてにんまりし、刀を鞘に収めてはまたにんまりすることを繰り返していた。
「うーん、やっぱり日本刀はいいなぁ。西洋のロングソードも格好いいけど、やっぱり日本刀が個人的には一番だな。鞘も握りも歪で、鍔もないけど。うん、満足でござるよ」
胡散臭い侍語を語尾に付け、刀を撫でながら歩いていると、あっという間に川に到着。
目的である水を汲み、焚き火の材料を集めてから、ダンジョンの入り口まで戻った。
新たに焚き火をダンジョンより少し離れた場所に設置し、水を沸騰させる。その間に椅子を焚き火の近くまで運んできた。
「今日は天気がいいから、ここで読書だな。魔法理論を読んでみたい」
水を水筒に確保し、干し肉を食べながら残りの水で喉を潤す。残念ながらパンはカビが生えてしまった。
「そろそろ、村に戻って食料を手に入れないとな。狩りでもいいけど、街にも行ってみたい。明日あたりに村へ戻ろうかな」
そう独り言ちながら魔法理論の本を開く。
【賢者ダンデリオンの魔法理論初級編】
内容は、魔法とはどのように発動しているのかの理論的な説明と、実践してみようの2部で構成されていた。
要約すると、この世界の魔法は必ず魔法陣を経由し、体内の魔力を魔法陣で変換し現象として発動させるとのこと。
つまりは、火属性魔法を使いたいのならば、魔力を自分で描いた魔法陣に通し、火へと変換するのだ。
それと、この魔法陣を描く際にも魔力を用いるらしい。
魔法陣の描き方についても書いていた。
まずは、大きな丸を描く。その円の内にもう一回り小さい丸を描く。二重丸だ。
そして、二重丸の中心に上向き正三角形、下向き正三角形を描く。六芒星だな。
更に、二重丸の円と円の間に、六芒星の左上と右下を繋げるように線を引く。この時勢い余って六芒星まで線を繋げてはならない。同じく、右上と左下にも線を描く。
わかりやすく言えば、ドーナツ状の部分に4つ線を入れ、4人分に分けるみたいな感じかな?
これが基本的な魔法陣だ。
ここから文字を書いていくが、これが魔法の属性や、どのように発動させるかを決めるらしい。
まず、六芒星の中心部、六角形には何も描かない。ここには特別な属性文字が入るらしいが、詳しいことは本に書かれていなかった。
そして、六芒星の六角形を抜いた小さな三角形の部分。確か、六光星だったか?まあとにかく、小さな三角形は6つあるが、右上に火、右下に水、真下に闇、左下に風、左上には土、最後は真上に光と描く。
基本属性の6つで様々な現象を起こすことが可能らしい。
そして、ドーナツ状を4つに分けた部分にこれから使いたい属性と、現象を書き込んでいく。
上、右、下、左の4部分からなるが、上から時計回りに描いていけば良いらしい。
まず上、属性。基本の6属性の内一つを描く。火を使いたいなら、『火』と書く。
下級、中級、上級の魔法があり、文言が変わってくる。下級は『火』。中級は『火の精霊』。上級なら『火の神』と書かなければならない。願いを叶えてくれる存在の偉大さにより魔力消費量が変わってくる。
右の部分には、どの場所からを描く。手元から、とか背後からなどだ。
下の部分には、どの形状か。球なのか、槍なのか。
左の部分には、どの場所へ。前方にが基本だが、弧を描くようにとかも可能らしい。
限界距離は、魔法の等級で決まる。初級なら、それほど遠くまで飛ばせないが、上級になれば、近距離から長距離まで変幻自在らしい。
これが魔法理論の前半の説明部分だった。残りは実践してみようの部分。
ここまで読み終わると、昼になっていた。早朝から読み耽っていたから、6時間ほど熟読していたみたいだ。
干し肉を咥えながら、椅子をダンジョンの中へ戻し、焚き火に燃料を追加してから、自分もダンジョン内へ潜る。
忘れずに水で喉を潤してから。
「さぁ、実践だ」
はじめに、魔法陣を描くために指先に魔力を集めることから始めるのだが、ここが最初の難関らしい。これが出来ないと魔法を使う素質がない。
まずは自分の魔力を知覚しなければならない。リラックスできる姿勢なら何でもいいみたいなので、俺は椅子に座りぼーっとしてみる。だが、感覚は自分の中の『何か』を探す。
胸のあたりに温かいものをがあるのを感じた。良かった。これが最初のテストなら、俺に魔法の素質はあったようだ。
これを少しずつ右手の指先に集めていく。
そうすると、指先から白い光が漏れはじめた。
自分の中の温かいものがどんどん消費されていく感覚はとても怖いものがある。これが魔力を使うということなのだろう。
指先の魔力を維持しながら空中に魔法陣を描いていく。途中何度も失敗した。気を抜くと維持していた魔力集中が乱れる。乱れた瞬間に途中まで描いていた魔法陣は霧散するようにかき消えた。
何度も何度も繰り返し、ようやく二重丸とその中心に六芒星を描くことができた。
そして、ここで壁にぶち当たった。この世界の文字が書けないのを思い出したのだ。
「こんな落とし穴があったのか。俺に魔法は使えないじゃないか」
一からこの世界の文字を勉強すれば、いつかは魔法が使えるようになるだろう。が、諦めきれない。
日本語でやってみるか?
物は試しということで、日本語で魔法陣を描くことにする。試作に魔力を消費するのも馬鹿らしいので、魔法理論に書いてあった、別方法での魔法陣作成を試すことにする。
魔法陣は何も魔力文字で描くことはなく、紙や土に描く方法もあると書いてあったのだ。
だからまず俺は、メモ帳を破き、そこに魔法陣を描いていった。
試す魔法は、実践してみようの例題『火を灯す』を日本語で描いた。
そして魔法陣を描いた紙を地面に置き、魔力を紙に流してみる。しかし、成功しなかった。
やっぱり日本語では無理なのか?
次に本に書いてある通りにメモ帳へと書いてから試した。でも、成功はしなかった。
なんでだ?こちらの言葉でも発動しないのはおかしい。
それから色々と試してみた。土に棒で描いてみたり、石を削って描いてみたり。だが、いずれも成功はしなかった。
もしかして、俺に素質がなかったのか?……いや、待て。たしか魔法陣を描くにも魔力を消費するって本に書いてなかったか?ってことは、魔法陣も魔力を帯びていないと駄目ってことか?
俺が試したのは、紙や土、壁や石などにただ描き魔力を流しただけ。この魔方陣の線をなぞるように魔力を流せってことかもしれない。
俺は指先に魔力を集中させ、魔法陣を描いた紙をなぞるように滑らせた。指先から漏れ出る光るインクで、紙に描いていたボールペンのインクを上塗りしていく。
よし終わった。一筆書きのようになってしまったが、とにあえずやってみよう。
その光る文字が消えないうちに、魔力を魔法陣へと流してみる。
すると……、なんと火が出たのだ。魔法が発動したのだ。
だが、驚くべきところはまだある。魔法陣に使用した言語は、日本語だったのだ。
「日本語でも認識してくれるんだ?」
希望が湧いた。俺が知っている言葉でも、こちらの世界が認識して魔法を発動すると知ることが出来たのだ。
これだけでも感動モノだ。魔法が使えたのだからな。
だけど、まだ満足していない。色々と試してみよう。良い考えも浮かんだしな。
そのためにも、まずはどういうことかをしっかりと頭で理解しなければならない。
魔法は、紙や地面に描いた魔法陣ではなく、魔力で描いた、いや、魔力を帯びた魔法陣ならば発動すると分かった。字や二重丸、六芒星が魔力を帯びていなければならない。紙や地面に描いたのは、字が分からない人のためかもしれないな。
だが、これは魔力を指先に集中させ、空中に描くのと同じことだ。二度手間に過ぎない。
というか、魔法陣を描いた紙の上をなぞるというやり方は、はっきり言って無意味だ。
空中で描くのと全く一緒なら、始めから空中に描いたほうが効率的に良いだろう。なにより魔法の発動スピードが段違いに早い。
そんなことやっている間に戦闘中ならば、妨害、もしくは直接攻撃されてしまう。
それを言えば、魔力集中で空中にちんたら描いても同じことではないかと思うが、それにはちゃんと違う方法で描く方法があるようだ。
それは詠唱である。
文字の部分は声に魔力を乗せて読み上げることで、時間を短縮して魔法陣を完成させるのだ。
では、もう一度指先に魔力集中させ、詠唱を交えながら例題1『火を灯す』を試してみよう。
魔法陣を指で描きながら、指に集めている魔力を維持し、喉、口にも魔力を伸ばすイメージをする。
本に書いてあった通りに詠唱する。
「火、水、闇、風、石、光。火よ、我が右手に、小さき炎を、灯らせよ」
言い終わると同時に魔法陣を描き終えた。すると右手にも小さな魔法陣が出現する。
俺は右手を上に向け魔力を魔法陣へ流してみる。
右手の手のひらに火が燃え上がり、詠唱での魔法が成功したのだ。
そして、ファイヤースターター終了のお知らせ。悲しいなぁ。この世界では魔法があるからそんなものは必要ないのだ。
この時点で本は全て読み終えた。
本の終わりには、賢者ダンデリオンのあとがきみたいなのが書いてあった。
『初級を読んでくれた者たちへ、これはまだまだ基本に過ぎない。更なる深淵が魔法にはある。そして、その深淵を私は垣間見た。それを知りたくはないか?それを皆も見る方法がある。そう、この本は初級。今私は中級、上級の本を弟子と共に執筆している。中級は金貨200枚、上級は金貨300枚という破格で…』
清々しいほどのダイレクトマーケティングだった。
練習が終わる頃には、夕方になっていた。だが、まだ練習が終わっただけだ。これから、本を読んでいた時に考えついた改良型を試すのだ。
休憩を兼ねて、最後の干し肉を食べる。もう手元に食料はない。本格的に明日には村へ戻らないと餓死してしまう。
そんなことを考えながらひもじい晩ごはんを終えた。
「さて、ここからが本番だ。試してみよう」
俺が考えたのは、この詠唱もなくして、魔法陣完成の速度も上げようという試みだ。
魔法陣を描くという概念自体を廃し、魔法陣をスタンプのように押す感覚で作り出せないかという考え。
欠点もあるが、それを補って余りあるほどの速度を手に入れることができるだろう。
まずは、メモ帳にどの魔法陣にするか描いていく。ファイアランスの魔法にしてみようと思う。魔法陣を延々とメモ帳に描き続けていると、一枚の絵のように頭に焼き付く。日本人なら漢字を思い出す時のような感覚だろう。
そこまでイメージとして固めることが出来たら、魔法陣を空中に押印する練習をする。魔力を身体全体に巡らせ、配置したい位置に魔法陣のイメージを作る。
繰り返し繰り返し練習をする。時間など忘れてひたすら空中に魔力のハンコを押していく。
すると、俺の目の前に一瞬でポンと魔法陣が現れたのだ。
「………できたぁ。さしずめ、無詠無手陣構成魔法か?」
試しに魔法陣へ魔力を流してみる。炎の槍が飛び出し10メートル程行ってかき消えた。
喜びに震えた。
魔法はこの世界のルールだ。それを異世界人である自分が、オリジナルを作ったのだ。今俺は、脳が沸騰しそうなほど興奮している。
そして興奮したまま、調子にのって朝方まで魔法の練習をした。で、やっぱりぶっ倒れたのだった。