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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
七章 神の国 上
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シンクホール

 必要物資の調達を済ませ、自称聖王の息子と名乗るお子様に世間の厳しさを優しくお教えしたあの日から4日が経っていた。

 ただのんびりとしていたわけではなく、更に準備を進めたり、問題が起きそれに対処していたからそれなりに忙しい日々だった。

 問題といっても、食料のことだが。

 今回の依頼は殲滅。ある場所に巣食っている魔物を根絶やしにすることだ。細かいことは実際に見てみないとわからないが、かなり広い場所だと言う話だ。

 そんな場所で魔物を根絶やしにするということは、数日がかりになるはずだ。つまり、糧食が必要になるということ。

 新型の魔物を食べることが出来るのかわからない現在の状況では、食材を任務遂行地に持っていくしかないが、いつ魔物に襲われるかわからない場所では気楽に料理も出来ない。

 となれば、安全な街にいる時に料理し、それを冷凍保存して持ち込むしかない。

 しかし、それにも問題があった。

 俺の冷凍保存魔法は、食材を氷で覆い料理する時に解凍するというものだ。料理した物でその魔法を使用した場合、解凍時に出る水でぐちゃぐちゃになったり、味が水っぽくなってしまう。

 そのためにも地球の冷凍食品のような、料理そのものを冷凍する魔法を開発しなければならなかった。

 その魔法の開発にまる一日使い、どうにか魔法の完成をすることが出来た。

 そして次の日、実際に料理を大量に作っていた最中、その現場をエルが通りかかる。

 指を咥え目をキラキラさせながら見ていたエルに、味見をさせないということは出来なかった。

 しかし、まだ終わらない。エルが味見しているところにリディアが通りかかる。となれば、もちろんリディアにもだ。そして、更にスパールと弟子が通りかかり味見。

 そんなことをしていると、エルがおかわりを要求。エルのお願いを断れない俺はもちろん快諾。流れ的に俺もなんとなくわかっていたが、リディアやスパール、そしてスパールの弟子もおかわりを要求した。

 そして、気づけば宴会。悲しいことに、あの日に買った食材は全て完食されてしまったのだ。

 運が悪いことに、その日の夜にオーセブルクにいるシギルから手紙が届いた。間違いなくシギルの字で白金貨2枚を受け取ったと。

 俺達のお弁当はまだ完成していない。いや、完成してたんだけど……。次の日、急いで買い物と料理、冷凍保存をし直したのは言うまでもない。

 そして今朝、俺達を迎えにクレストが宿に訪れる。体力が万全ではない俺は、もう一日待つように願い出たが、クレストは、正確にはホーライはこれを拒否。

 オーセブルクからの連絡があり次第、依頼に取り掛かると言った手前、断れずに出発し今に至る。

 俺は今吹雪の中、寝不足と魔力不足と戦いながら道かどうかもわからない雪の上を歩いているのだ。


 「あ、あのギル様、その、すみませんでした」


 「お兄ちゃん、ごめんなさい、です」


 そんな疲労困憊の俺に、リディアとエルが謝る。


 「いや、大丈夫。結局は俺も悪かったんだから。というか、全部あのジジイが悪い」


 俺だって料理を全部食べさせるような馬鹿なことはしない。最初は断っていたんだ。だけど、スパールが秘蔵のワインを持ってきてから全てが始まったのだ。


 「あの極上ワインさえなければ、こんなことには……」


 「あのワインは美味しかった、です」


 「いつも食堂で飲んでいるワインとは大違いでしたからね」


 賢者スパールが秘蔵していただけあって、地球で飲むワインにかなり近い出来だった。それにテンションが上がり、つまみとして料理を振る舞っていたら気づけば完食していたのだ。

 とはいえ、終わった事を愚痴っていても仕方がない。もう出発していて、未知の魔物を討伐する依頼を遂行しているのだから。

 雪に埋もれる足を引き上げながら舌打ちをする。


 「ったく、それにしてもどうしてこんな不便なところに街なんて作ったのかねぇ?おまえは知ってんの?」


 横には汗一つ流していないクレストがソリに乗っている。ソリを引くのは狼の魔物。

 この魔物討伐に同行しているのは、リディアとエル、そしてクレストだ。ちなみにスパールとその弟子は、エステルの街で勧誘の続きをしている。


 「詳しくはわかりません。なんせ千年も前の話ですから、建国は」


 クレストはホーライに俺達の手伝いをするようにと命令を受け、同行することになったらしい。それが果たして、本当に手伝いなのかは疑わしいけど。

 俺達の荷物の殆どは、俺が持っているマジックバッグにしまってある。クレストが乗っているソリには、クレストがこの数日間必要な物資が積まれていた。


 「手伝いなら、せめて俺達のソリぐらい用意しておいてほしかったよ」


 俺達の馬車は法国の街においてきた。この吹雪と足が埋まるほどの雪の中、馬車を走らせるのは無理だと判断したからだ。


 「申し訳ありません。ですが、大司祭様がそのぐらいの準備ぐらいはしているだろうと……」


 ホーライか。まあ、法国がどんな国か知らなかった俺にも原因があると言える。異世界から来たと正直に話せないしな。


 「それにしても、まだか?かなり歩いているぞ。ホーライは近くと言っていたんだがな」


 「今日の夕刻には到着するかと」


 夕方?!それが近いと思っているのか?これだから機械を知らない世界は困る!スノーモービルの特殊車両レンタルショップはどこだ!

 魔法も未来の機械社会には勝てないということか。はぁ、今そんなことを言っても仕方がない。どうせ時間がかかるなら、クレストに探りでも入れておくか。


 「それで、その場所はどんなところなんだ?」


 俺は頭を振り、嘆息しつつクレストに質問する。


 「詳しくはわかりません」


 さすがにその答えはイラッとするな。


 「じゃあ、お前は何の手伝いで来てんだよ?」


 するつもりはなかったが、スキルのせいか殺意を言葉にのせる。

 クレストは俺の雰囲気が変化したことに、慌てて弁明しはじめる。


 「い、いえ、私が言うのもなんですが、これは手伝いではないと思います。これは監視だと……」


 弁明ではないな、これは。まぁ、クレストは何も聞いていないのだろうし、仕方がないか。どうせ終わるまで見張っていろとでも言われたんだろう。


 「だろうな。俺が逃げ出さないようにするためかな。まあいい。それで詳しくは知らないが、ある程度は聞いているんだろ?それを教えろ」


 クレストも馬鹿じゃない。自分が向かう場所の情報ぐらい知っていたいだろうから、聞きまわったはずだ。


 「とても深い穴だと聞いております。そこに未知の魔物が存在していると」


 ホーライから聞いた話と同じか。まあ、それはそうか。罠であれ、真実であれ同行させる者には情報を与えないだろうな。

 真実ならば知らなくて当然だし、罠だとしても教えるわけがない。俺が拷問して聞き出すリスクがあるからな。

 どちらにしろ、これ以上の情報は聞けないということだ。まぁ、情報が聞けなかったがわかったこともある。


 「そうか、じゃあいい。それだけで十分だ」


 「は?はあ……」


 罠の可能性が高くなったことがわかったから十分だ。

 場所と未知の魔物がいることだけわかっている

 では、なぜそこがどんな場所か、内部の存在であるクレストが情報を集められないのか?未知の魔物がいるということは、中を探索した者がいるということで、探索したのならばその情報が街、もしくはクレストを含めた法国側の人間達に広まらないのはおかしい。

 だとしたら、それは隠されているからに他ならない。ホーライや聖王のような一部の人間だけ知っているのだろう。

 知っていて、それを隠したまま俺に依頼したのだ。罠以外考えられない。


 「依頼を受けてしまったのだから、気を引き締めるしかないか……」


 それ以上の会話はせず、黙々と歩くのだった。



 空が暗くなり始めた頃、クレストが声を上げた。


 「この辺だと思います」


 道程はかなりひどかった。恐らく、距離的には街から近いのだろう。だが、崖やクレバスを避ける為に山を登ったり下りたりして遠回りしなけれならず、かなりの距離を歩いた。

 山の天気は変わりやすいと地球では言うがこの世界でもそれは同じらしく、天候悪化による視界不良を恐れ休憩もなしにぶっ続けて歩き続けた結果、俺達は疲れ果てていた。俺の中では今の天気も十分悪天候なんだが、これでまだ天候が良いと言われれば、悪天候とはいったい……。

 もしかしたら今日は辿り着けず、この吹雪の中どこかもわからない場所でテントの準備かもと考えてうんざりしていた所で、クレストが嬉しい報告をしてくれた。

 まぁ、到着してもどこかわからない場所でテントの準備をすることに変わりないのだけれど。

 しかし、この辺りだと言っても穴なんてものは見当たらない。


 「本当にこの辺りなのか?巨大な穴なんてないじゃないか」


 「もうすぐのはずです」


 「この辺は平面でとても歩きやすいけど、穴なんて……、待て!止まれ!」


 俺の言葉で先行してソリを走らせていたクレストが狼達を止める。


 「ど、どうしました?ギル殿?」


 「その先、谷じゃねーか?」


 「え?!………あ!あぁ、そうです!谷ですね。危なかった、見えませんでしたよ」


 足跡もない真っ平らな雪原と真っ白な景色、そしてホワイトアウトしかかっている視界で崖に気づかなかったのだ。

 クレストがそのまま気づかずソリを走らせていたら、直前で気づいたとしてもブレーキが間に合わず滑落していただろう。

 クレストはゆっくりとソリから降り狼をひと撫でした後、谷に恐る恐る近づく。


 「ギル殿、どうやら私は間違っていました。ここは谷ではなく、目的地のようです」


 何だって?目的地?どう見ても谷じゃねーか。

 俺は急いでギリギリまで近づき下を覗き込むが、真っ暗で底が見えない。だが、周りを見渡して気づいた。綺麗な円をしているのだ。


 「ここは、穴なのでしょうか」


 いつの間にか近くで俺と同じように見渡しているリディアが呟く。


 「そうだな、これは穴だ」


 谷のように見えていた崖は、円柱のような穴だったのだ。


 「はぇー、これが、あな、です?」


 あまりの巨大さに谷と間違うほどで、落ちたら確実に助からない深さの穴。もし上空から撮影できたとしたら、真っ白な紙に円を描き塗りつぶしただけの絵と思われるだろう。

 目の前に現れた巨大な穴。俺はこれを知っている。


 「これは、陥没穴か?」


 地球ではシンクホールと呼ばれる陥没孔。地下の空洞が発達し、表層が崩落した時に生ずる陥没孔だ。地下水の侵食や何らかの化学変化が原因だが、鉱山跡や採石場跡などでもこの現象が起きる可能性がある。


 「ギル様、あれを」


 リディアが指した方向は穴の内側だった。そこをよく見てみると、横穴がいくつもあった。

 やはりか。ここは陥没穴で間違いないようだ。だが、こんな雪が降り積もる山の地下に何が?

 ホーライの話をそのまま信じるわけではないが、ここが採掘現場ではないとしたら地下水の可能性が高い。

 だけど、こんなに深く綺麗な円になるだろうか?横穴から水が流れ出ている様子もないし。

 だとすれば、陥没穴になる以前はこの地下に、人間もしくはそれ以上の大きさが通ることが出来る横穴がそこかしこにあったということになる。

 そこまで考えて俺は答えに辿り着いた。

 採掘していたわけでもなく、地下水が流れているわけでもない。そして、数多くある横穴。俺は、いや、この世界の住人はその存在を知っている。


 「これはダンジョンだな」


 「ギル殿、あなたはこの穴がダンジョンだとおっしゃるのか?」


 「そうだ。正確にはダンジョン跡だろうな」


 オーセブルクダンジョンは今も広がり続けるダンジョンだ。それが崩落しないのは何らかの力が働いているからだ。

 ダンジョンの寿命が尽きたのか、攻略されたのかは知らないが、その何らかの力がなくなり崩落したと考えて間違いないだろう。

 俺の予想に間違いはないと思うが、こういう形のダンジョンという可能性もわずかにある。

 この横穴を全部調べ、魔物を根絶やしにしなければならないのは、骨が折れるだろう。

 まったく、白金貨10枚じゃ割に合わない。


 「これは苦労するぞ……」


 俺の呟きは誰にも届かず吹雪にかき消されるのだった。

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