問題児
厄介な奴に会ってしまった。
街に来た時と全く同じ状況で、それも他国の王の子息とぶつかって転ばせてしまったのだ。一度はゴリ押しで切り抜けたけれど、二度目は不味いのではないだろうか?
現に今も男の子は俺にキーキーと文句を垂れている。
「おい、聞いているのか?貴様!」
まぁ、王子だから仕方ないのだろうけど、年上に対して『貴様』とよく言えるよなぁ。日本にいた時も、まだ怖いもの知らずのガキが『おまえ』と俺に言ったことがあったけど、その時の子はまだ失礼な言葉だと知らない幼い子だった。
だが、目の前にいる王子は幼さは残るものの、それなりの教育を受けている年齢だろう。そう考えると俺が教育して言葉遣いを教えたくなる。
流石にそれは駄目か。戦争に発展しそうだ。
この間は護衛がすぐに駆けつけて、この子の顔をまじまじと見ることが出来なかった。今は間近で見ているが、びっくりするほど美形だな。
金髪を短くしていて品があり、顔は中性的。ロングヘアだったら女性と間違われるほど美形だ。子供特有のキンキンと耳に優しくない声は、顔を見なければ男女の聞き分けが出来ない。
聖王はもしかしたらかなりのイケオヤジなのかもしれない。いや、聖王の年齢は知らんからおっさんかどうかもわからんけど。
もしかしたら妃が美女なのかもしれないな。エリーを見定めて嫁にしようとするぐらいだから、何人いるかわからないが、妃全員美人なのだろう。個人的な感情で、聖王がイケメンなのは許しがたいからそう思うことにしよう。
この子は大きくなったら美男子になって、モテモテでお嫁さんいっぱいの人生になるのだろうか。そう考えるとイライラするな。いや、マジで。
よし、やっぱり教育しよう。戦争?知ったこっちゃねーよ。
「おい、小僧!また、前を見ずに走って人にぶつかるとはどういう了見だ!お前はまだ社会のルールというものを覚えていないのか!」
自分も悪いのに相手が100%悪いと言い切る駄目人間の発言でゴリ押すか。
「な、な?!」
「驚いている場合ではないぞ。小僧、言葉には気をつけろ?お前の発言で戦争になるかもしれないんだぞ?俺が聖王の客だということは知っているはずだがなぁ?!」
「うぐぐ……」
よしよし、社会の厳しさを味わっているな?ふはは、子供が大人に勝てるわけなかろう!それが将来有望なイケメンでもだ!イケメン死すべし!
悔しがる子供を見下しながら仁王立ちする最低な大人のクズがここにいた。まあ、俺だけど。
はぁ、アホらし。それに何事かと通りすがりの人達が集まってきて、さすがにそろそろ視線が痛い。
「はぁ、もういい。ほら、立ち上がれ」
腕を掴んで立ち上がらせる。
今まで怒っていた人間が急に優しくなったからか、男の子が戸惑う。
「ご、ご苦労」
男の子は立ち上がると服についた砂やら土やらを払いながら、労う言葉を言う。
今まで言い争っていたのもあり、急に心を開くことは出来ないとは思うが素直に礼すら言えないのか。ありがとうと言えない王族という立場に同情すべきか、呆れるべきか。
これ以上この男の子に何かを諭しても、ややこしいことにしかならないが……。
「小僧、お忍びで抜け出して来たんだろ?だったら、平民の言葉遣いや仕草を学んでからでないと、お前が王族だとバレバレじゃないか」
バレバレというか、自分から言ってるしな。
「ぬ、抜け出したわけではない!護衛を連れているから問題ないだろ!」
男の子は俺に言い負かされたくないのか言い返してくるが、周りには男の子が話す護衛の姿はない。
「その護衛はどこだ?」
男の子はいたずらを隠そうと嘘をつき、それが親にバレたような表情をしている。
前にも同じ会話をしたはずだが、まだ子供だからか自分の我儘を優先してしまうのだろう。子供だからと説明しないよりは、しっかりと理解させた方が良いかもしれない。王族というだけあって頭は悪くないはずだろうしな。
「どうせ振り切ったんだろ?はぁ、前にも話したと思うけど、お前は毎日城の中でつまらなくて少しでも自由になりたくなりこういう行動をするのは理解できる。だけどな、毎回毎回お前を見失う護衛はどうなる?」
子供の目線になるように、俺は膝をついて話す。
今までの俺の感じと全く違うことに少年がたじろぐが、俺は構わず続ける。
「護衛の上司にバレたら、クビになるだけじゃすまないだろう?お前の我儘で一人の人生が終わるかもしれないんだぞ?」
出会って二回目の自分よりほんの少し年上の男に、こんなことを言われて素直に受け入れられないのか、少年は強がりを見せる。
「そ、そんなことは分かっておる!それに護衛の者がどうなろうと知ったことか!余を見失う護衛が悪いのだ!その者が処罰されたとしても余は知らん!」
「………それ本気で言ってんのか?」
「当然だ!」
強がりであろうと言って良いことと悪いことがある。それが命の関わることなら尚更だ。
今の俺は、人の死に関して無関心だ。だが、それは自分の敵だけ。なのに、目の前の子供は、自分を護ろうとする人間の命をどうでもいいと話す。
俺に言い負けないために心にもないことを話していると信じたいが、それでも口にして良いことではない。
しかし、俺がこれ以上言うことは無意味だろう。
俺個人にとって、他所から手に入る知識は貴重なモノだ。たとえそれが苦言だろうとも。だけど、それは俺が理解ある大人だからだろう。子供にそれを求めることが間違いなのかもしれない。
教育としてはこの結論は間違いだし、教育者であれば許し難い思考ですらあるが、結局は他人。友人の子でもなければ、身内でもない。
俺はしっかり目を見て話し、大事なことを教えたと思う。なら、もう十分だろう。
「そうか、ならもう話すことはない。当たってしまったのはすまなかったな。俺はもう行くよ」
俺が急に態度を変えたことで男の子は動揺を見せる。
少年が何かを言おうとするが、俺はそれを無視しその場を後にする。
一瞬だけ少年の様子を見ると、少しだけうつむきその場に立ち尽くしていた。
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黒い外套を着た男が諦めたような表情で立ち去った後、中性的な容姿を持つ子供はなんとも言えない感情で、今話していた男の背中が離れていくのを眺めていた。
「余は間違ったのだろうか?」
その呟きは誰かに話したものではない。しかし、もう小さくなった黒い外套の背中へ向けられていた。
その時、自分を呼ぶ声がする。
「ル、ルカ様!ここに居りましたか!」
護衛だった。ルカを見つけるとすぐに駆けて寄ってくる。
「見失ってしまい、大変申し訳ございませんでした。お怪我や危険はありませんか?」
怪我はないが、危険はあった。今まで黒い外套を着た謎の男が頭ごなしに自分を叱りつけていたのだ。そのままエスカレートして暴力沙汰に発展したかもしれない。
護衛が護衛対象を見失うことは許されない。どんな理由があろうともだ。
しかし、ルカに護衛を咎める気はない。なぜなら、黒い外套の男が言っていた通り、ルカ自身が自分の意志で護衛から逃げたからだ。
「良い。余こそ悪かった」
ルカがそう言うと、護衛は目を丸くする。
王族が兵に謝罪することはあってはならない。付け込まれないようにするためでもあるが、間違いを犯す人物だと思われてはいけないからだ。
王は、王族は正しい道を民や兵に示さなければならない。だからこそ、謝ることは許されないのだと、ルカは学ばされている。
だが、護衛は自分の謝罪に驚いた後、感動すらしている。義務が減り、忠誠心が生まれたようにルカは感じたのだ。
(あぁ、外套の男が話していたことは正しかったのか。………もう少し話してみたかった。今度は素直な気持ちで)
ルカにとって、教育係から教えられる事が全てだった。
今までも街に出て今回のように人にぶつかってしまったこともある。その時も自分は聖王の子であると言えばひれ伏し、謝罪されていたのだ。魔法の言葉だったし、教育係が話していたことが正しいと改めて思ったものだ。
それが外套の男に対しては無力だった。それどころかその男の言葉の方が正しいかもしれないのだ。
その事実を知り、ルカは外套の男に興味が沸いていた。
「護衛。この間街の入り口付近で、余に無礼な発言をした者を覚えておるか?」
護衛は急に話題が変化したことに一瞬呆けたが、すぐに戻りルカに答える。
「はっ、自分も気になり調べました。たしかに聖王様の客人のようでした」
「そうか、どんな用だったかは聞いたか」
「はい、謁見の間の兵に貸しがありまして、聞くことが出来ました」
ルカの護衛は有能だった。ルカが接触する、もしくは接触した人物に対して調べていたのだ。
しかし、そんなことで機密を漏らされる王族としては、なんとも言えない気分だがそのおかげで外套の男を知ることが出来るのだから、貸しの件は聞かないことにした。
「それで?」
「なにやら彼はとある街の代表で冒険者でもある魔法使いらしいのですが、聖王様はあの男に依頼をされたようです」
ルカは考え込む。もう一度会ってみたい。
「詳しく話せ」
「あ、あのルカ様。あまり……」
「話せ」
「は、はっ。どうやら魔物討伐依頼のようです」
護衛は謁見の間で起きたことを事細かに説明した。
ルカは驚きを隠せなかった。
自分の父や、大司祭を相手にそこまでのことをして、今も無事に法国の街を出歩いていることにだ。
不遜な男と有名な帝国の王に似ているな、とルカは思いつつ外套の男に更に深い興味を覚えた。
「その穴への出発はいつだ?」
「たしか伝書竜の連絡が来てからという話ですので、詳しい日は決まっておらず、数日後かと」
「伝書係に知り合いはいるか?」
「はい、友人が担当しておりますが、それがどうなさいましたか?」
ルカは自分の護衛役が有能だと初めて感じた。
(護衛としては頼りないけど……。でも、知りたい情報は手に入る)
護衛の交友関係の広さに感謝しつつ、ルカは作戦を頭の中で練る。
(すぐに戻って準備したら、なんとかなりそうかな?)
考え込んでいる姿を護衛が不思議そうな表情で眺めているのに気がつくと、ルカは顔を上げて護衛に命令する。
「城へ戻るぞ、案内してほしい」
「は、はっ」
こうして、ルカは心の中である決断をし、城へ戻る道を歩いていくのだった。
だが、このルカの決断が、またギルにとって厄介な事になる。