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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
七章 神の国 上
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住めない街

 聖王と謁見が終わり宿へ戻る道中、リディアと二人で歩きながら通行人や町並みを眺めていた。

 昨日は疲れていることもあって何も感じなかったが、今日は違和感があった。だけど、その違和感が何かわからない。


 「なんか違和感があるんだけど……」


 俺がリディアとのお喋りの中でそんなことを話すと、リディアは口元に人差し指を当て『んー?』と考える仕草をする。

 その仕草、可愛くね?


 「いえ、別にそんなこと……、あ」


 「ん?何かに気づいたのか?」


 「あ、いえ、今エルのことを考えていたので思い当たったのですが、この街亜人種が……」


 あぁ、そういうことか。

 この街には、エルフ族や獣人族という種族が極端に少ないのだ。

 別にいないというわけではないが、その殆どが奴隷だった。


 「もしかして、ここは亜人達には住みにくいのか?」


 「あぁ、それはその通りです。法国はヒト種が中心という思想です」


 人種主義かよ。どこの世界でも『みんな仲良く』とは出来ないみたいだ。


 「王国もか?」


 エルを奴隷商人から助けた時、集落の場所は王国だった。そのことを思い出し、リディアに聞いてみる。


 「はい、王国もその傾向にあります。ですが、どちらかと言うと法国の方が亜人種には厳しいかと」


 詳しく聞いてみると、王国はエステル教信仰者が多いらしく、そのせいで亜人種を奴隷にする流れになっているらしい。だが、法国はそれ以上で時代によっては排斥する運動すらあると話していた。

 気にしていなかったが、そう言えば昨日も晩飯の時ウェイトレスが複雑そうな表情だったなぁと思い出した。

 それであの大司祭が言っていた『なるほど、亜人ならば奴隷に違いない』という言葉の意味がわかった。異世界に来てまで差別か。

 差別があることを分かってはいたが、こうも公然と行われていて、それに対しなんの疑問を覚えないとは呆れて物が言えない。

 その事情を考えると、エルを一人にするのは避けたほうがいいな。


 「スパールが見ているから大丈夫だろうけど、心配だから早めに戻るか」


 「そうしましょう。なんだか私も心配になってきました」


 俺とリディアは頷きあうと、駆け足で宿屋に戻ることにしたのだった。



 急いで宿へ戻ってくると、件の心配の種であるエルはすぐに見つかった。

 宿の一階にある食堂に、目的の人物は一人で座っていた。その後ろ姿は少しうつむき加減で、微かに揺れている。

 俺とリディアは、まさかと思い顔を見合わせると急いでエルの下へ駆け寄った。

 焦る気持ちを抑えながらも、他の客に迷惑がかからない程度に急ぎエルが座っている席まで行くと顔を覗き込む。

 テーブルには大量の皿が置いてあり、当の本人であるエルの頬はリスのように膨れ、幸せそうな顔で一生懸命モニュモニュと咀嚼していた。

 俺とリディアが急に現れたことに驚き一瞬動きが止まるが、俺とリディアに微笑むと何事もなく咀嚼を続ける。

 なんとなくそんなことだろうとは思ってたよ。

 でも、無事を確認できてよかったとリディアと二人で笑い合う。

 その様子を遠くから一部始終見ていたのか、スパールが話しながら近づいてきた。


 「ふぉふぉ、わしがエルを一人にするとでも思ったのかの?」


 スパールは法国へ何度も来ている。事情を知っていて、俺達の心情も察したのだろう。


 「今、一人にしてたじゃねーか」


 「トイレも駄目なのかのぉ……」


 安堵の溜息を吐くと椅子に腰掛ける。リディアとスパールも座り3人で、今も幸せそうに食べているエルを眺めながら会話を続ける。


 「孫可愛がっている爺さんじゃないんだから、際限なく飯与えんなよ」


 いつまで経っても食べ終わりそうもない大量の皿を見ながら、スパールに対して愚痴る。


 「ふぉふぉ、その辺りは申し訳ないと思っておるよ。じゃがな、出された料理の量が少なく、孫のように可愛がっている子が悲しそうな表情をしておったらと考えてみよ、ギル」


 「………それは、俺もおかわりさせるけど……」


 「じゃろ?」


 じゃろ?じゃねーんだよ。ドヤ顔してんじゃーよ。髭全部引っこ抜くぞ。


 「それでじゃ、エルが心配なのはわかったんじゃが、どうして急に?」


 何か不穏な空気を感じたのか、スパールは俺でなくリディアに聞く。


 「ああ、それはですね、大司祭があんな事を言うもので、急に心配になったのです」


 リディアはホーライとの会話をスパールに説明する。


 「確かにこの街で亜人は住みにくいが、それでも一人で歩いていたからと言って、すぐ何かされるというわけではないんじゃよ」


 奴隷商人が売りに来る街は主に王国らしく、法国に来ることは少ないらしい。理由はもちろん、奴隷として扱うのを良しとしないからだが、それが亜人達にとってプラスになるかと言えばそうではない。

 リディアの話していた通り、排斥志向が強く基本的には『街で生活させない』を重視していて、亜人が単独でこの街にやってきてここを拠点に何らかの活動をしようとするのは不可能に近い。

 だからといって、街に入れないわけではない。

 奴隷を引き連れて来る商人も多いからか、嫌な目線はあっても追い出されるわけではないという話だ。


 「結論から言えば、来ることは可能じゃが住めない街、といったところじゃろう」


 「では、スパール様の話の通りすぐに何かあるわけではなさそうですね」


 「そのとおりじゃ」


 スパールは大きく頷くと、俺の方へ顔を向ける。


 「それよりもじゃ、ホーライはどうじゃった?」


 「大司祭か。あの野郎、ずっと威圧してやがったよ」


 「ふぉふぉ、大した事ないような言い草じゃのう?」


 「そう感じたが、どうだろうな。生死をかけた戦いの殺気混じりの威圧とは違うからな」


 実際に謁見の間で浴びた威圧は大した事なかった。リディアに聞いても同じだし、俺の仲間達なら全員が同じ感想だろう。


 「それよりも、今回の依頼や報酬が異常だよ」


 魔物群討伐で白金貨10枚プラス採掘権は、好条件だ。好条件過ぎる。


 「そうですね。かなり苦戦する魔物なのでしょうか?そのような話をスパール様は聞いていますか?」


 「いや、そのような穴があることすら聞いたことないわい」


 スパールが知らないのでは、現段階でこれ以上の情報を知ることは不可能だな。

 ホーライの話をそのまま信用するなら、この話自体極秘事項なのだろう。賢者クラス、もしくはそれにかなり近い実力の持ち主の冒険者に依頼でき、それが信者でもない他国の冒険者ならば都合がいい。生きて戻らなくても気にしなくてもいいし、そのクラスの冒険者が解決できないなら、次回討伐時の戦力の基準にもなるからな。

 未知の敵、命がけ、そして街の代表でもある冒険者という条件ならばこの報酬は正当に思う。打算はあるとは思うが、怪しむ必要はないように感じる。

 けれど、宗教関係者は信用できないという俺個人の感情が、全てを否定したがっている。

 まず、自分の嫁にする為に使いに出した者達を返り討ちにし、さらに脅した俺に対して何もなかった。それ程重要視していなかったか、それ自体極秘で大っぴらに話せなかった可能性もあるが、それにしても嫌味の一つすらないのだ。


 「スパール、あの大司祭、または聖王は聖人か?」


 「ふぉふぉ、王の横にいる人間が聖人とな?聖王様に関しては先も話した通りわからんの」


 それはないか。政治に関わっている時点で聖人はない。それ以前に死ぬかもしれない場所へ、他国の冒険者だろうと送り込む時点で聖人ではないな。

 だとすれば、俺の行いに対して何の感情もないというのはありえないだろう。

 逆に、死んでほしいと思っている?それだったら、あり得る話か?そういう風に考えるならば、罠の可能性もありえる。


 「リディア、どちらにしろ気を引き締めた方がいいな」


 「はい、いつもの通り安全重視ですね」


 そうと決まれば、誰にも話を聞かれない場所で作戦会議しなければならないだろう。


 「よし、じゃあ俺の部屋に集合して話し合うか」


 俺とリディアは立ち上がって、俺の部屋に行こうとするがエルは座ったままだ。どうしたとエルを見ると悲しそうな表情で俺とリディアを見ている。


 「お、おかわり、ダメ、です?」


 「「はー……」」


 リディアと二人で溜息を吐くと、昼食を済ませてから会議することに決め、再び着席するのだった。



 宿の俺の部屋で話し合いを終わらせると、魔物討伐の為に必要な物を買うために街へ出てきた。もちろん、エルはお留守番だ。危険なのもあるが、エルに覚えてもらうことがあったからだ。

 ならばと、俺とリディアの二人でゆっくり買い物デートをしようと思ったが、思いの外買うものが多く、まだ商店を詳しく知らないのもあってこのままでは夕飯には間に合いそうにないと判断し、結局は手分けして街を走り回ることになった。

 リディアには値段が跳ね上がる前にプールストーンを買ってもらう為、露店を回ってもらっている。俺が賢者試験で試作品を出したせいか、法国でも値段が上がっているが、それでも正式な商品が世に出回っていない現在は、まだ安く手に入る。製品が出て高騰する前に、出来る限り買い占める必要があるため、手分けしてでも集めることにしたのだ。

 一方俺はというと、食材と各種ポーションを買うために商店、露店を回っていた。……はじめはそう考えていたが、何故か途中からスキル上げを兼ねて自分で作ろうと思い至ったのだ。

 しかし、それが間違いだった。いや、ある意味は正しかった。

 上級ポーション以上の素材は高額だ。資金に余裕が出来たとはいえ、それをなんの考えもなくバカスカ買えるような資金力はない。

 ならば、少しでも安く売り出している店を探さなければならない。口で言うのは簡単だが、それが非常に大変なのだ。

 それは殆どの価格が店によってバラバラというのが理由だ。

 それの何が大変か?

 まず、値段の基準値を見つけなければならない。商店や露店を一通り見回り価格の平均を出す。平均値より低価格の店をピックアップし、価格と店を全て把握するためメモを取る。

 そこまでして準備が整う。それからピックアップした店に行き、今度は値段交渉。つまりは値切るのだ。

 値切り交渉に成功した場合、金を取ってくるという理由で取り置きしてもらい、違う店に行く。次の店では、前の店で値切った価格をダシに更に値切り交渉。成功したら買って、前の店に戻り更に値切り。ただ、気をつけることは全部の店を見て回り、最低価格だけは知っておくこと。最低価格より値引きできなければ、意味がないからだ。

 そんなことを目標にしているからか、俺は中央広場を走り回ることになった。

 結果、なんとか上級治癒ポーションと上級毒消しポーションの素材は十分な数を確保できた。ちなみに魔力を回復するポーションだけは素材ですら高価格過ぎて諦めることにした。一本ぐらいは保険として持っておきたかったのだが、仕方ない。

 ポーション素材だけで3時間以上の買い物だった。何度途中で面倒くさくなり、完成品のポーションを買おうと思ったか。だけど、完成品を買うより金貨2~3枚は浮いたから、正しい判断だったのだろう。

 しかし、まだ買い物は終わっていない。そう、食材だ。

 うちにはグルメっ娘エルがいるのだから、食材に妥協は出来ない。今度は新鮮な食材、主に肉を見つけるために商店へ走り回る。

 ちなみにオーセブルクダンジョンで手に入れた肉は、氷漬けにしてシギルのマジックバッグにある。俺たちが帰る頃には全て食べつくされていることだろう。

 全ての買い物が終わる頃には夕方になっていた。

 クタクタになって宿へ帰る道を歩く。これ以上疲れないように、ノロノロと空を眺めながら。

 自分が成した値切りの達成感と全ての買い物を今日中に終わらせることが出来た安堵感、5時間に渡る買い物の疲労感で気が緩んでいたのだろうか。

 俺がぼーっと空を見ながら歩いていると、誰かとぶつかってしまったのだ。


 「痛っ!おい下郎、余を誰だと思っておる!」


 しまった、殺意がなかったからか油断していた。

 慌てて下を見ると、男の子が倒れている。

 まずい、怪我させてないだろうな?しかし、この声と話し方に聞き覚えがあるなぁ。

 そんなことを思いながら、近づいて立ち上がらせようとする。


 「おい、大丈夫か?」


 腕を掴んで立ち上がらせるため、触れようとするが男の子に手を払われてしまう。


 「余に触れるな!無礼者め!……ん?また貴様か!」


 ん?見覚えのある顔だ。どこでだっけ?

 また貴様?あぁ、思い出した。


 その男の子は、街の入口で今と同じようにぶつかった聖王の子だったのだ。

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