依頼
は?法国に属するってことは、信者になれって言ってんのか?
何言ってんだ。答えは決まっているじゃないか。
「断る」
即答。
この部屋にいる俺とリディア以外の殆どが、唖然とする。
俺からしたら、唖然とする理由が理解できない。
「……どうしてか聞いてもいいかね?」
「決まっているだろう、信じてもいない神に尽くす気にはなれん」
「無神論者か」
「さてね、それは俺もわからん」
さすがに別の神は信じているとは言えない。八百万もいるし、これ以上はごめんだな。
別の神を信じていると言ってしまい、変に勘ぐられても具合が悪い。ここは流すほうがいいだろう。
「そうか、お主も女神様にお会いすれば考えが変わるかもしれんが、我々はそこまで熱心に勧誘する気にはなれん」
「そうかぃ。神がいるなら是非とも会ってみたいものだな」
「ふっ」
煽ってはみたものの、ホーライは余裕の表情だ。やはりというべきか、この世界では神が身近な存在なのかもしれんな。
くそ、信仰する気はないが、どんな存在か知りたいという知識欲が……。いや、今は我慢だな。それより聞かなければならないことがある。
「………それで?入信する気はないと言ったが、俺らと敵対するのか?」
敵対するなら、今叩いておきたい。ここに主要人物が殆ど揃っているみたいだしな。
「何を言っている。信仰は個人のものだ。信じるも信じないも自由で、信じないからと言って一々目くじらを立てても、キリがない」
どうやら断ったからと言って、即敵対というわけではなさそうだ。
「じゃあ、これで話は終わりか?」
俺の言葉にホーライはニヤリと笑う。
クレストの言っていた通り、まだ続きがあるようだな。
「いや、まだある。聞けば、新しく都市を作るそうじゃないか」
「それが?」
「資金は足りているのかね?」
回りくどいな。何かを依頼されるとクレストから聞いている。終着点はわかっているのに、それを知らないように相手しなければならないというのは面倒だな。
だが、それでもこの会話を続けなければならないか。
「まあ、キオルがいるから問題ないと思うが」
「たしかに。あの豪商の手助けがあるならば、作業は滞りなく進むだろうな。しかし、さすがに賢者キオル殿だけでは、都市一つ作る資金は足りないのではないか?」
むむ、その通りだ。実際、キオルに資金援助を頼んだわけではない。キオルは俺からプールストーンの技術を買ったというだけなのだ。
その支払いとして、魔法都市に投資をしてもらっている。
俺の考えでは、ある程度はキオルに手助けしてもらい、後はそれに群がってきた商人達に任せようと考えていた。
元『迷賊』の村を発展させるための策を、魔法都市でもやろうしているのだが、それでは完成に何年必要とするかわからない。
他力本願過ぎる策だが、資金のない俺ではこれが精一杯だ。
魔法都市を完成させるには、ある程度の資金力が俺達には必要なのだ。
「続けろ」
「その手助けをしたいと、我々は考えている」
それでクレストの話につながるのか。
だが、法国に手伝ってもらって、最後には全てを乗っ取られるのは勘弁だな。
「悪いが、俺達の都市に他国が入り込む余地はないぞ」
「ふっ、その必要はないし、心配もしなくていい。なんせ我々には、この偉大な国があるのだからな」
「あくまで手助けだと?」
「そう言っているではないか。聖王様はお主に、とある依頼をしたいのだ。その報酬として金銭が発生するだけだ。聞けばお主は冒険者だとか?ならば、断ることもあるまい?」
さて、どうするかね………。何か裏があるとしか思えないが。
俺が悩んでいると、ホーライは驚くべきことを話した。
「白金貨10枚ではどうかね?」
「「!!」」
俺とリディアは驚愕の表情をする。なんとかオウム返しだけはしないように頑張ったが、表情までは隠しきれなかった。
白金貨は1枚百万円相当。現在の日本円換算では10倍の1千万相当に値する。つまり、1億円を報酬として渡すと言っているのだ。
まだまだ、節約を必要とする俺達では、その金額を聞いて平然とすることなど不可能だったのだ。
「それは少々多すぎるのではないか?」
「そうかね?我々としては、このぐらいどうということでもない。それに、それだけ危険な依頼ということだ。一つの都市の代表を危険な地へ行かせるのだから、このぐらいの報酬はあっても良いのではないか?」
これは是非とも受けたいな。白金貨10枚は確かにでかい。しかし、死んでしまっては元も子もない。
俺が迷っていると、ホーライは更に提案してきた。
「やはり命の危険がある依頼だと、簡単には承諾できないだろう。成功させて全額もらうか、失敗して命を落とすかでは迷うのも当然。そこでだ、受けてもらえれば前金として半分を先に渡そう。どうかね?」
前金で半分か!もらって逃げれば……、あぁ、それでクレストが案内するのか。逃げられないように。
俺達をどうしてもその場所へ行かせたいみたいだが、それだけ解決したい問題ということか?
とりあえず、依頼内容を聞いてみるか。
「危険危険と言うが、どんな依頼内容なんだ?それを聞いてから受けるか決めたい」
「ふむ、かまわない。この法国の近くに新種の魔物が群れで発見されたのだ。その魔物達を殲滅してもらいたい」
魔物退治か。気になるのは数と新種という部分だな。今の俺なら大抵の魔物に勝てると思うが……。
「数や、どういった種類の魔物なのかの情報はあるのか?」
「………かなり多い。40匹以上は目撃情報がある。種類は不明だ。だからこそ、新種だと判断した」
なるほど、筋は通っている。だけど、疑問も残る。
「なるほどな、だが、なぜ自分達の兵を送らない?」
魔物の情報は非常に有益だし、もしかしたら新種から出る素材が、かなり有用かもしれないのに。
「言いたいことはわかる。しかしだ、損害もあるだろう?ならば、冒険者に探ってもらい、その情報で安全に対処するのが政治というものだ。他国の冒険者なら法国に被害はない」
なるほど、冒険者なら死んだところで、それも仕事だと言いたいのか。
腐っているが、国としては正しい。そして、俺達にとっては危険もあるが、利益のほうが多い。金、名声、情報。
まだ納得していない部分はある。だが、受けてもいいだろう。
「受けてもいい」
「うむ、実力を持っている者ならば、臆することもないしな」
「だが、あと2つ条件がある。それが飲めるなら受諾しよう」
「………内容による」
当然だな。勿体振るつもりもないから、さっさと条件を話してしまおう。
「1つ目は、前金をオーセブルクにいる俺の仲間に送ってほしい。仲間から受け取ったという連絡が来たら開始する。2つ目、ミスリルの情報だ。俺達はミスリルを手に入れたいと思っている」
「1つ目は了解した。2つ目はどうしたものか」
やはりミスリルの情報は無理だったか?いや、わざわざここまで来たのは、第一目標のミスリルのためだ。ゴリ押しするしかない。
「情報を渡せないというなら、この仕事は受けない」
「………いや、そうではない。たしかにミスリルは法国にとっては貴重だ。だが、聖王様が独占しているわけではない。法国に住む、何人かの信者が共同で所有している坑道でな。情報を渡したからといって、その坑道でミスリルを勝手に採掘できるというものではないのだ」
なるほど、個人所有ということか。それなら、俺が勝手に行って、勝手に掘るというのは無理があるか。
「なるほど、それは確かに無理な相談だったか?」
「うむ…………、いや、もしかしたらの話だが、魔物退治にこれから行ってもらう場所にミスリルがあるかもしれない」
それはさすがに都合良すぎるだろ。
「少し無理があるんじゃないか?」
だが、ホーライは手もみしながら考え込んでいる。
え?本当にあるかもしれないの?
「魔物退治に行ってもらう場所は、簡単に言えば深く広大な穴なのだが、ミスリルを掘っている場所から真っ直ぐに掘り進めていくと、いずれはその場所に辿り着くのだ」
なるほど、ミスリルの鉱脈がどこまで続いているか不明だが、可能性はあるな。
しかし、条件良すぎじゃないか?白金貨を前金5枚、成功報酬5枚。そして、ミスリルの情報。
それほど危険視しているということか?ならガメついが、もう少しだけ押してみるか。
「なら、もし発見した場合、俺達にも掘る権利を頂きたい。そしてもし、発見できなかった場合、ミスリルを買いたいのだが、商人を紹介してほしい」
「ふっ、強欲だな」
俺もそう思うよ。だけど。
「そうでなければ、危険は冒せん」
「……いいだろう。もし、ミスリルを発見した場合はその場所を法国の所有にし、採掘権をお主にもやろう。発見できなくとも、買えるように商人を紹介してやろう。これでいいか?」
あぁ、最高だ。ミスリルと金が手に入り、新種の魔物の情報も手に入る。名声はどうでもいいや。
「それならば俺が魔物を殲滅してやろう。ああ、もちろん契約書は用意するよな?」
「それが冒険者への礼儀というものだろう?」
よし、これで詐欺はない。
「話は以上か?」
「うむ、これが我らにとって友好の証になると期待している」
そして、俺達は謁見の間を後にした。
結局、聖王の鈴がなることは、あの一度だけだったな。本当に存在するのか疑問だが、スパールの話していた通り、気配はあった。
もしかしたら、こういう思考にすることが目的なのかもしれないな。
その後、俺達は元いた部屋へ案内され、契約を済ました。それが終わるとようやく城を無事に出ることができた。
そして、俺はリディアと二人で、長い階段を降りる。
「襲われることもなく、無事でれましたね。……そう言えば、エリーの話にはなりませんでしたね」
「そうだな、楽観視するわけではないけど、諦めたかもしれないな」
「それなら良いのですが」
たしかに不安はあるが、その時は俺達が守ってやればいい。
そう俺が思っていると。
カラーン、カラーン、カラーン。
鐘の音が城に響く。
「へぇ、時計塔か……、この時代に?ありえない。じゃぁ、この鐘はなんだ?」
別に警鐘というわけではなさそうだ。長い階段を上り下りしている信者達に慌てた様子はない。それどころか、動きを止め跪き祈っている。
鐘がなると女神が降臨したとか、そういうことなのか?
まあ、危険がないなら、気にしても仕方ないか。
さて、さっさと帰って、寂しがっているであろうエルを安心させないと。
こうして、俺とリディアは宿へと帰るのだった。
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聖王の城に4つある塔の一つ。
塔の内部の殆どは暗闇だった。最上階に一つだけ、人間ではどうあがいても通ることが出来ない縦長の窓がある。いや、正確には穴だ。
ガラスもない、ただの穴。
その穴から差す光は、ずっとその場所のみを照らしている。それもそのはず、この光は太陽ではなく、人工の太陽だからだ。
暗闇で微かに見えるものと言えば、窓の近くにある天井から垂らされたロープと、鉄格子、階下へ行くための重々しく頑丈な金属の扉。
牢屋とも思えるその場所から、ギル達を眺める人物がいた。
よく見たいのか、窓に張り付くように覗いている。
その人物は、一つ頷くと窓から離れ、天井から垂れ下がるローブを何度か引っ張った。
すると、天井の更に上部から鐘の音が聞こえ始めた。
最上階の更に上に鐘が設置されているのだ。
ギル達が聞いた鐘の音は、この人物が鳴らしたものだった。
満足したのかロープから手を離すと、その人物は誰かを待つように鉄格子に近づき張り付く。
鉄格子に阻まれて、自分では開くことが出来ない金属の扉をじっと眺めながら。
金属の扉が開かれるのを、いまかいまかと待っていた。