シギルとエリーのダンジョンでの過ごし方(おまけ)
ギルがエステル法国にちょうど着いた頃、オーセブルクダンジョン17階層の元『迷賊』の村の最奥にある家に、二人の女がいた。
「くッス!」
ツインテールにした紫色の頭をガリガリと掻きながら、大きめの机の上に置いてある紙切れを睨み変な言葉を発する幼女、シギル。
正確には幼女ではなく、れっきとした大人の女性だ。ただ、種族が人間ではなく、ドワーフなだけで。
「くっす?………なにそれ?」
もうひとりは美しい銀髪をセミロングにしていて、容姿は髪と同じく美しい。さらにはスタイルまで良い人種の成人女性、エリー。
シギルの向かい側に座り、ポリポリと豆のようなものを無表情のまま食べている。
「クソ!って言ったら、汚いでしょ?それにレディのあたしには不似合いな言葉ッスから。でも、言っちゃうよね?だから、略したッス」
「…………………ん、略す前より文字数多いけど、いいの?」
シギルの「~ッス」という口癖のせいで、文字数的には略す前より多くなっているとエリーは指摘する。
「………………………それ、美味しいッスか?」
さらっと別の話題に変えるシギル。
「………………………………………………ん」
長い長い間をとって頷く。
会話のテンポは最悪だが、彼女達が不仲というわけではない。それどころか、これでも仲がよい。
シギルは時々意味不明な事を口走るが、快活で、はきはきと話す。誰とでも仲良くなれる才能もある。
それとは逆に、エリーは普段から無表情で、無口。いつも何かを食べているが、それが理由ではなく、単に性格だ。
でこぼこコンビそのものだが、だからこそ仲が良い。
「そんなに美味しくないんスね」
「ん」
「ギルの旦那も、エルもいないから、美味しいもの作ってくれる人いないッスもんね」
「ね。それに寂しい」
「それを表情で表現してほしいッス」
エリーは手に持っていた豆を皿に戻すと、シギルを見つめる。
「どう?表現した」
「いや、全く変わってないッス。無表情のままッス」
「…………ん」
そしてエリーはまた豆を手に取り、口に放り込む。
シギルはそんなエリーを見て、小さく笑うとまた机の紙切れに視線を移す。
「今、何やってるの?」
「んー?うん、旦那に頼まれた例のモノの図面と睨めっこッスよ~」
そう言いながら、シギルは少しだけ顔を顰める。
「難しい?」
「んー、作るのは簡単だけど、想像ができないから。じょうほうろうえい?が心配だからって言っていたッス」
ギルが不在の間、シギルは魔法都市計画の監督をすることになっていた。もちろんそれだけではなく、シギルが睨み合っている図面の物を作ってほしいともギルに頼まれている。
だが、肝心の部分はギルしか作成することができないのだ。そして、その肝心の部分は一個も作らずに、ギルはエステル法国へ旅立ってしまったのだが、それが原因でシギルは試作品すら作ることができずにいた。
別にギルが作り忘れたわけではない。シギルが言っていた通り、情報漏洩を防ぐためだ。
完成品が一つでもあれば、その性能を試したくなるのが人間の性である。そして、そこから情報が漏れることを恐れたのだ。
シギルもそれは理解している。だからこそ、ギルに対しては不満はない。
しかし、ギルの作るものはシギルの想像の域を超えていて、それがシギルの仕事を遅らせている原因でもある。
そういう時に助けてくれるのは、やはり仲間である。
「松明の代わりって言ってた」
相変わらず、豆をボリボリと噛み砕きながら、エリーがポツリと言う。
「うん。魔法で動くって言ってたッス」
「想像できなくても、光だから」
「…………なるほど。物じゃなくて、効果で考えろってことッスね?」
「ん」
「………なるほど、なるほどッスね。あぁ、だからここがガラスなんスね。面倒くさい構造だと思ったら、そういうことだったッスか」
エリーの一言で、閃いたシギルは図面に羽ペンで書き込んでいく。
情報漏洩を防ぐのであれば、本来は図面すらもないほうがいいのだが、シギルですら理解できないのに他の人が理解できるとは到底思えなかったから、ギルは図面を置いていったのだ。
物凄い勢いで図面に何かを書いていくシギルを見て頷くと、エリーは皿に残った豆を一気に口へ入れる。そして、おかわりしようと豆の袋に手を伸ばす。
だが、ドアが勢いよく開かれ二人の行動は中断する。
「エリーさん!シギルさん!」
ドアから入ってきたのはローブを着た女性だった。
「ちょっと、作業中は静かにしてって言ったッスよね、アニー!大きな音駄目!驚きすぎて軽くむち打ちになったッスから!」
アニーと呼ばれた女性は、キオルの弟子の一人である。魔法都市計画を手伝うキオルとシギル達の連絡係だった。
女性が暮らす家に、男のキオルが出入りするのはさすがにということで、アニーがその役目を与えられたのだ。
「ああ!ごめんなさい!でも、また事件ですよ」
「あー……、びっくりした。びっくりしたッスよね、エリー?」
「ボリボリ、ん、びっくりした」
「あの、無表情のまま、豆食べてますけど本当に驚いたんですか?」
「ん」
エリーは一点を見つめ黙々と豆を口に運ぶ。
「それで?何が事件なんスか?」
「え?ああ!そうです、また難癖つけている商人がいるみたいです!」
「それでなんであたし達に?」
元『迷賊』達の村には、見回る警備が何人もいる。それが何故シギル達に報告されるのかと疑問を感じているのだ。
「それが色々ありまして……」
「色々?たしかに、今賢者タザールと賢者キオルが不在なのは知っているッスけど」
三賢人であるタザールとキオルは、運悪く現在オーセブルクに戻っている最中だった。
「警備は?」
豆を食べる手を一瞬だけ止め、アニーに何人もいる警備達に知らせたのかと質問する。
「それが今不在なのです!」
「不在?どこかに行っているんスか?」
「今休憩中です!」
「は?」
「その、休憩中です」
「…………」
シギルは作業を再開しようと図面に視線を移す。エリーも同じく、また皿を見つめて豆を一心不乱に食べ始めた。
「ちょ、ちょっと、ちがうんです!」
「はー、何が違うんスか?」
「彼らを休憩中に見つけようなんて無謀です!煙のように消えるんですから!」
元『迷賊』の村では、仕事は絶対である。サボることは許されない。そして、休憩も絶対なのだ。村に危機がない限り、休憩を中断することはありえない。
しかし、それでも緊急事態はあるわけで、その場合は休憩中の者達が対応しなければならない。もちろん見つからなければ、緊急対応を頼まれるということはない。その結果、休憩中は完全ステルスという能力を身に着けたのだ。
「あたし達が行かなくても、代わりの警備が出てくるでしょ?」
完全ステルスで見つからなくなったおかげで、その間に問題が起きることが多くなり、その対応として代わりの警備を配置するようにしたのだ。
「それがちょっとワケありで!クリーク村長はキオル様に同行していますし」
警備する者達で手に負えない時は、村長であるクリークが対応することになっているが、タザールとキオルがオーセブルクに戻ると聞き、クリークもそれに同行することにしたのだ。
「それは聞いたッス。なんか「こーひー」を作る豆が物凄い勢いで不足し始めているらしく、それを補充するためにオーセブルクに行くって、げっそりした顔で話してたッスから」
シギルはそう言いながら、ちらりと豆不足の原因であるエリーを見る。
「そうです。それに警備の交代をする予定だったフランクさんは負傷で休み、ダニエルさんはぎっくり腰、ドミニクさんは下痢で今日はトイレで過ごすらしいですし、ギヨームさんは足の小指をぶつけ銀貨ぐらいに腫れ上がって靴に足が入らないそうです。その他にも色々重なって……」
それを聞き、エリーとシギルは同時に嘆息する。
「「あいつら……」」
二人は諦めたように椅子から立ち上がるのだった。
二人がアニーに案内され現場に辿り着くと、商人風の男とその護衛が何かを喚き散らしていた。
商人風の男は金髪を長く伸ばしていて、身なりの良さそうな服装だ。護衛の一人は明らかに力自慢だと言いたげに上半身裸で、隆起する筋肉を見せつけている。もうひとりの護衛は正反対で、これで護衛ができるのかと言いたくなるような線の細そうな男だった。
「いいから金を返せよ!もちろん、詫び料も含めて多く返せよ?!」
「そ、そうだぞ。うまいエールと聞いて楽しみにしてたんだぞ。主もがっかりしている」
「うむ。冷たくて爽快な喉越し、新しいエールというのを飲みにわざわざここまで来たのに、いざ飲んでみたら、冷たいどころか熱い上に、舌がしびれるではないか!まさか、毒でも入っているのではあるまいな?!」
商人と護衛二人がビールを出す料理屋の店長にクレームを言っているのだ。
氷の供給が間に合わないのと、ここが火山エリアなのが原因である。そして、舌が痺れるのは、強い炭酸に慣れていないだけで、毒など入っていないのだが、彼らにはそれがわからない。
元『迷賊』である店長ならば、たとえ暴力を振るわれても屈することはないが、リディアに接客術を叩き込まれた彼は、冷静に、そして丁寧に反論する。
「ですがお客様、こちらも再三お伝えしたはずです。只今、適切な温度でお出しすることができませんので、本日の夜か後日にされたほうが良いですよ、と」
「何を言うか、貴様!この貴族で商人でもある私に対し、待てと申すのか?!」
このような言い合いが数分間続いているとアニーは言う。
シギルとエリーは呆れながらその様子を眺めていた。
だがこの後、商人の護衛が驚くべきことを話す。
「そ、そうだぞ。この方はそれだけではないぞ」
「ふん!聞いて驚け!この方はな、大商人で、貴族、そして賢者でもあるのだ!」
シギル達三人はまさかと思いつつ、続きを聞き逃さないよう耳を澄ます。
「そう、賢者キオル様なのだ!」
「そうだぞ、そんなお方にこんなものを出したんだぞ。詫びに金銭を要求するぞ」
「ぶはっ!」
ここで我慢しきれず、シギルが吹き出した。
「ん?おぉ!これはこれは!」
自称賢者キオルがシギルの笑い声に気付き、睨むように三人を見るが、エリーとシギルを見た途端爽やかな笑顔を作ると近づいてくる。
「なんと美しい女性達なんだ、三人は姉妹かな?こちらも三人だし丁度良い、私達と食事でもどうかな?」
「く、く、ぶはあ!やめて、あははは、はー、面白いッスね」
「おぉ、妹さんは楽しんでくれているみたいだし、お姉さん達もどうだぃ?食事の後は更に楽しませてあげるから」
「あー、遠慮するッス。それより、この村から出ていってもらっていいッスか?」
「な、なに?」
「聞こえなかったッスか?旦那方は今日から出入り禁止ッス。二度とここには入れないようにしとくッスから」
「おい、ガキ!美人な女の妹だからって調子にのるなよ?賢者キオル様を怒らせたら、ガキだろうと容赦はしないぞ!」
「どうすんスか?」
シギルの声色が変わる。
ニセキオルは何かがおかしいと思いつつも、振り上げた拳を下ろせない状況だった。
「キオル様、ここは力づくで!」
「う、うむ、そうだな。おい小娘、私を怒らせたら大魔法で死んでしまうのだぞ?今なら間に合う。おとなしく姉達と一緒に着いてこい」
シギルは小さな指をポキポキ鳴らす。
「良いッスね、大魔法!ぜひとも、見せてほしいッス」
ギルのパーティで、誰が一番ギルに似ているかという話題がある。そこで一番似ているのはシギルだと誰もが言う。
シギルはドワーフである。ドワーフはどの種族よりも好戦的なのだ。幼く愛らしい顔が、犬歯むき出しの邪悪な笑顔に変貌する。
拳を強く握り振り上げると、見下ろすニセキオルの腹に思いっきりパンチを繰り出した。そう、ただのパンチだ。
ニセキオルの腹にシギルの拳がめり込むと、ニセキオルの体はくの字に曲がり、そのまま10メートル程吹き飛んだ。
ゴロゴロと転がりようやく止まる。うつ伏せに倒れた状態だ。
数秒程して、ブルブルと両手を震わせて起き上がるが、その表情はまさに苦悶。やっとのことで立ち上がるが、今度は嘔吐してしまう。
しこたま胃の内容物を吐き出した頃、ようやく護衛の二人が我に返った。
「き、キオル様!」
「このガキが!」
線の細い護衛がニセキオルに下に近寄り、力自慢の護衛はシギルに向かって走り出す。
シギルはその様子を冷静に分析していた。
「なるほどなるほどッスねぇ。筋肉は前衛、ニセが後衛、痩せは指揮ってところッスね」
そう呟きながらウンウンと頷く。
シギルの言っていることは正しかった。彼らは貴族でも商人でも、ましてや賢者でもなく、ただの冒険者だった。しかし、歴戦のパーティでもある。
「そのガキをまず叩き斬ってください!キオル様は魔法の準備を!私が守ります」
線の細い護衛が瞬時に指揮をする。
「おうよ!」
力自慢が背負っていた大剣を抜き、両手持ちで振りかぶる。
対するシギルは何も持っていない。ここに来る時ウォーハンマーを持ってきていなかったのだ。それでも、シギルは避けようともせずに立っていた。
力自慢はシギルに大剣を振り下ろす。
その様子をある者は悲惨な光景を見ないように目を反らし、ある者は死人へ送る祈りを口ずさむ。だが、シギルの実力を知っている街の住人達は、心配どころか笑いながら観戦している。
ギィン!
生物が潰されるような音ではなく、金属同士がぶつかる音が辺りに響いた。
エリーがショートスピアで防いでいたのだ。それも片手で。
「ふ!」
エリーが強く息を吐くと同時に大剣を押し返す。
力自慢がエリーの力に押し負け、バランスを崩した。
その隙をエリーは絶対に見逃さない。
エリーがショートスピアを顔に向かって横に薙ぐ。突きではなく、薙いだのだ。間違って殺さないように。
鈍い音がした後、力自慢の護衛がその場に倒れ込んだ。
ショートスピアをガードしようとしたが、横薙ぎの威力は凄まじかった。
ガードはなんとか間に合ったものの、腕は変な方向に曲がり、それでも衝撃を吸収しきれず脳を揺らされたのだ。
力自慢はそのまま意識を失った。
「な!?き、キオル様、は、はやく魔法をぉ!」
線の細い護衛は頭脳派なのか、武器は所持しておらず、持っているのは盾のみだった。
後衛であるニセキオルを守ることしか、戦闘時は役にたたないのだ。
シギルがゆっくりとニセキオルを守る線の細い護衛へと歩き出す。
身の危険を感じ、直ぐ様盾を構えようとする。
が、それは叶わなかった。
電撃を帯びたショートスピアが肩を貫いたのだ。
後方へ吹き飛び仰向けに倒れた。ブルブルと体を震わせ、口から泡を吹きながら。
線の細い護衛はそのまま立ち上がることはなかった。
シギルはその出来事が当然のように、何事もなくニセキオルに近づいて行く。
「―――たまえ!ファイアボール!」
二人の犠牲でようやく完成した魔法をシギルに向かって放つ。
バスケットボール程の大きさがある火の球が、真っ直ぐシギルに飛んでいく。
「げほっ!ははは!ゲホッゲホッ!焼け死ねぇ!!」
ファイアボールが当たる瞬間、シギルがとった行動は裏拳だった。
火の玉は霧散し消えた。
拳を握ったまま手の甲で火の玉を殴ったのだ。
ギルがその光景を見ていたら、「まるで世紀末覇者みてぇだな!」と大爆笑していたことだろう。
「な、なんなんだよお前ら!」
ニセキオルは股間を濡らしながら、尻もちをつき後ずさりしている。
それでもシギルは構わず近寄っていく。
最後には追いつかれた。シギルの手が届く位置だ。
辺りが静まり返る。シギルが次に取る行動を見守っているのだ。話しかけるのか、そのまま殴るのか。
だが、突然陽気な声がし、この張り詰めた空気を破る。
「やあやあ、ただいま皆!ん?何してるんだぃ、こんなところで。お、店長もいるじゃないか!遅くなってすまなかったね。すぐに氷作るからビールごちそうしてくれるかぃ?」
金髪の若い男が空気を読まずに大声で話しながら、店の中へ消えていく。
「な、なんだあいつ」
見物客がそう呟くのも無理はない。しかし。
「ええ!お待ちしてましたよ、賢者キオルさん!」
「「「え」」」
賢者キオルを知らない者達は素っ頓狂な声を出す。もちろんニセキオルもだ。
ニセキオルは急激な感情の変化に耐えきれず、自ら意識を手放した。
こうしてニセキオル一行は無力化したのだった。
「はー、おわったッスね」
「ん」
「はぁ、まさかキオル様の偽物とは思わなかったですねぇ」
「そうッスねぇ。後はこの偽物達どうすればいいんスかね?」
「面倒くさい」
「ですねぇ」
三人がどうしようか悩んでいると、再び店内からキオルが姿を現す。
「アニー、それにシギルさんとエリーさん、やっぱり見間違いじゃなかった。あはは、今帰ってきたよ。これから一杯やるけど、一緒にどうだぃ?ごちそうするよ!」
「賢者キオル、あたしビールッス。ピッチャー9杯でいいッス、店長キンキンに冷えたヤツお願いッス。犯罪をやりかねないほどキンキンで!」
「なんだぃ、それは?」
「んー、わかんないッス。ギルの旦那にこう言えって言われたッス」
「ギル君の差金かぃ?あはは、まいったなぁ。でも貴族でもある僕の財布を甘く見たね!余裕だよ!エリーさんは?」
「キオル、メニュー端から全部」
「あはは、アニー悪いけど予備の財布とってきてくれるかぃ?」
そうして三人は店内へと消えていき、アニーはキオルの宿泊先へと走り去っていった。
彼女達、オーセブルク待機班の日々はこうして過ぎていくのだった。
ちなみに、ニセキオル一行はこの後、休憩から戻ってきた警備に無事投獄されたのだった。
1月中は色々と問題が起き、投稿が遅れてしまいました。
それもやっと片付き、2月は安定して投稿できると思います。
たくさんのブックマーク、評価ありがとうございます。
これからもコツコツ書いていきますので、時間が空いたときにでも読んでいただければと思います。
そして、誤字脱字の報告をしていただいてる方、非常に助かります。
前々から言っている通り、何回も見返して投稿しているのですが、
それでも見落とすものは見落とすもので……。
報告されて、どうして見返した時気づかなかったのかと驚いているぐらいです。
ですので、誤字脱字の報告はとても有り難く思っております。
では、長くなりすぎてもいけませんし、あとがきはこの辺で。
皆様にほんの少しでも、楽しんでいただければ幸いです。