法国へ向けて
エステル法国から召喚状を受け取って5日が経ち、俺達は法国へ向かっていた。
賢者試験の時に自分がやってしまった所業を考えれば、今回の召喚状は無視の一択だったのだが、色々な理由が重なり赴くことにしたのだ。
ダンジョンは広大で、外にいるのと変わらない景色や天候の変化はあるが、やはり気分的には屋内だったからだ。もう一ヶ月近くは潜っているのだから、外の空気を存分に吸いたいと思うのも仕方ないだろう。
いや、遠回しな言い方はやめよう。ぶっちゃけた話、色々な国を見て回りたいという欲に負けたのだ。
エリーの目的である、ダンジョン攻略は少しだけ中断することになるが、エリーに話したら快く承諾してくれた。
そして、法国で取ることができる鉱石も目的のひとつだ。
それは『灰銀石』と呼ばれる鉱石で、地球のファンタジー小説やゲームに登場する有名な金属に精錬することができる。
その金属の名はミスリル。加工することが非常に難しい金属だが、鉄より固く、しかし柔軟でもある。ミスリル製の剣ならば、よく斬れ、刃こぼれしにくく、折れにくいと素晴らしい性能になる。
その上、魔法耐性もある。だからか、法国では鎧に使われることが多いらしい。
俺はミスリルで新しい魔法武器を、仲間達に作ってあげたいと考えていたのだ。
ここで勘の良い奴なら矛盾を感じるだろう。
魔法耐性があるのに、魔法武器としてミスリルを利用することができるのか?
三賢人の一人であるスパールに聞いたところ、魔法耐性と言っても外から受ける魔法の力をある程度防ぐ力があるだけだとか。
ミスリルは形を変化させるのに魔法の力を使うことから、その時金属に混ざった魔力が魔法を防いでいると話していた。
つまり、魔力を金属の中に通すことは可能なのだ。まぁ、そのあたりはシギルがなんとかするだろうと勝手に結論づけた。
というか、ミスリルと言われたら、使ってみたいと思うのが普通だよな。男のロマンさ。
ダンジョン内でも、極稀に手に入ることがあるらしいが、それが魔物から剥ぎ取るのか、ダンジョンで生成されるのか情報がない。入手することができた冒険者も、どこで手に入れたか話さないらしいのが原因だろう。
まぁ、誰だってそうか。飯のタネを人に教えるお人好しは、どこの世界でも稀だしな。
そういうことで、わざわざダンジョンで血眼になって探すより、売っている法国で手に入れようと考えるのは普通である。
というような理由があり、法国に行くことを決断したのだ。
そんなことを馬車によるお尻の痛みを我慢しながら考えていると、後ろの荷台から声をかけられた。
「はーーー。ギルよ、この椅子は良いものじゃなぁ。コレ、くれんかの?」
三賢人の一人であるスパールの声だ。俺が地球から召喚された際、一緒に来てしまった自慢の豪華な椅子に深く腰掛けくつろいでいる。
「そうだろう?だが、それは俺の宝だ。申し訳ないがやることはできないよ。っていうかさ、スパールの爺さん、なんでこっちにいんの?自分の馬車で行きなさいよ」
今回の法国への旅には、スパールが同行していた。
スパールは元々勧誘の為に法国へ行く予定だったらしく、ならば一緒に行くかということになったのだ。
馬車二台での旅だったはずが、三日目ぐらいからスパールがこっちに居座りはじめたのだ。
「わしの馬車は腰に悪いんじゃ。しかし、こちらの馬車は然程揺れない上に、この椅子が更に揺れを抑えてくれるのじゃ」
「あんたの弟子が俺を睨んでいるんだが?」
スパールは弟子が何人もいる。そのうちの数人が法国へ一緒に行くことになったが、旅の間、師匠であるスパールに色々と教えを請うつもりだったはずだ。
それがじっくりと学べたのは二日間だけで、後は殆ど俺達の馬車にいる。それでは、俺が恨まれるのは当然だろう。
「んん?こちらの馬車が羨ましいのじゃろう?」
「そんなわけないだろう」
「ふぉっふぉ、まあ、野宿の時に教えておるから、気にせんでええわぃ」
たしかに野宿時は自分のテントに戻っていくが……。
「それにのぉ、今は合成魔法をギルから教えてもらうのが優先されるじゃろ?」
スパールは俺達の馬車に来て、一日中椅子を独占しているのではない。合成魔法の練習も兼ねていたのだ。
三賢人には合成魔法を教えることになっていたが、誰に何の合成魔法を教えるかはまだ考えていなかった。
しかし、本人達で話し合ったのか、キオルは氷属性、タザールは雷属性を練習することに決まっていた。残るはスパールだが、魔法都市計画会議の時には見せていない、もう一つの合成魔法ということになる。
それは炎属性。俺が使っている青い炎の魔法のことだ。それだけではなく、爆発系も炎属性に含まれている。
爆発系魔法も風と火の属性が基本で、青い炎を作るのと変わらない。
「やり方は教えただろ?」
「練習している姿を弟子の前で見せろと?それはさすがに出来んじゃろ」
「むぅ」
確かにそれは少し可哀想と考えてしまい、俺が何も言えなくなるのを、ここ数日続けている。
こんな感じで終始言い負けていて、スパールと一緒に法国へ行くことを後悔している。
俺がスパールに舌戦で負けて落ち込んでいると、決まってリディアが違う話題をふる。
「ところで、シギルとエリーは大丈夫でしょうか?」
こんな風に気を使ってくれるのだ。
今回の旅には、シギルとエリーは置いてきた。
法国に力づくで拐われそうになったエリーは当然だし、シギルは魔法都市計画を進めてもらうことになっていたからだ。
「大丈夫だろ、二人共十分に強い」
17階層ぐらいまでなら、一人でも問題ないぐらいだ。シギルとエリーの二人なら、心配することが無意味だろう。
「そうではなく、寂しいのではと」
「それは俺達もだろ?」
「! たしかにそうですね!」
リディアがぱぁっと笑顔になる。そして、その横でエルもリディアにつられて、わけも分からず笑顔だ。
はぁ、癒やされる。
こうして荒みかけていた心を、仲間達に癒やされつつ旅を続けるのだった。
旅は順調だった。長く旅をしていると魔物にも少なからず遭遇するが、エルが発見して、俺が魔法で仕留めているから止まることもなく進んでいた。
この旅で厄介なのは北国であるのと、高所であることだった。
法国は大陸北部に位置する。その上、山に法国があるため、非常に寒い。
10日が過ぎたあたりで雪がちらつき、13日目になると吹雪の雪山を登ることになった。そのせいで、既に到着予定は過ぎている。
だがこれでも俺達は、オーセブルクダンジョンの25階層を突破した経験がある。その時に手に入れたマンモスの毛皮を着ることで、寒さはどうにかなった。
そして、迷宮都市を出てから15日が過ぎた頃、ようやく法国に到着した。
「ふぉー……、ここが、法国、です?」
「城壁がないのですね」
「そうみたいだな。それよりも、どうなってんだコレ……」
エステル法国は城壁がない。いや、全てが城壁であるとも言える。
何故こんな曖昧な言い方なのかは、エステル法国が巨大な立方体だったからだ。つまりは城壁と一体化しているのだ。
外壁はピラミッドのように石を積み上げて建築している。
ピラミッドは四角錐状で、あれ自体が芸術であるが、エステル法国は石を積み上げて、巨大な立方体にしただけだ。だが、それでも迫力と美しさを感じる。
ゲームで四角い家を建築すると、度々『豆腐建築』とバカにされることがあるが、超巨大な立方体の建造物が実際目の前にあると、これほど感動をするのか。
魔法や不思議な素材があるからこそ、このように巨大な建築ができるのだろう。
おそらくだが、あの立方体が城壁を兼ねているはずだ。つまり、中に街があるのだ。
だけど、あれでは中が真っ暗ではないか?
「色々考えたいのはわからなくもないがのぉ、中に入れば全ての謎は解けるのではないか?」
俺がどうやって光を取り入れているのか悩んでいると、スパールがこのような夢のないことを言ってきた。
その通りなんだけど、想像をふくらませるのが楽しいんじゃないか。まぁ、ネタバレしないあたりは、スパールの優しさか。
「わかった、とりあえず入ろうか」
そう答え、俺達は法国へ入るのだった。
法国はかなり裕福な国だ。そのおかげか、街にはいるのに税は取られない。
それはそうだ。何もしなくとも信者が金を落としてくれるのだから。
エステル教は、毎日教会に赴きお祈りをしなければならない。そのため教会は24時間営業だ。
その際は献金が義務付けられている。日曜の朝だけだとか、年末年始だけだとか、人が亡くなった時だけだとかの制限がない。
もちろん、毎日のことだから渡すお金も少額である。
しかし、それでも毎日全国から法国に金が入れば、一年でどれだけの金額になることやら。
そういう理由があって、法国は税金が少ない国と言われている。
さぞかし贅沢な暮らしをしているのだろうと思っていたから、エステル法国へ入ってみて俺はかなり驚いた。
結論から言えば、住民は質素な生活をしていた。
だが、驚いたのはそれではない。建物が全て高層ビルのように高かったのだ。
十分贅沢な暮らしじゃないかと思うが違う。
15畳程の広さで20階建てなのだ。エレベーターなんてものはなく、階段である。そして、その建材は街の周りと同じく石。
これでは高層階の住人は、出勤や帰宅するだけで疲れてしまうし、寒さも厳しいだろう。
そう思っていると、あることに気がつく。
「ん?寒くないな」
街に入ってから寒くないのだ。それどころか、春に日光浴をしているみたいに暖かい。
「ギルよ、あれを見よ」
俺の独り言が耳に入ったスパールは、指を上に指す。その指の先を見ると、天井に2つの石のようなものがあった。
「2つ石があるじゃろ?一つが日輪石、もう一つが光精の恵みと呼ばれておる。精霊からの贈り物らしく、かなり希少な物じゃよ」
天井の中心に埋め込まれているオレンジ色の石が日輪石らしく、効果は太陽に照らされているように暖かくなるらしい。
そして、南側の天井に埋め込まれているのが、光精の恵み。光を何倍にも増幅する石とのこと。雪山のように天気が安定しなくとも、この石があるからこの街は快晴時のように明るい。
2つの石は精霊しかつくることが出来ないらしく、その精霊も現在は遭遇することが稀であるらしい。
そんなに希少な物ならば、是非とも触ってみたいものだが、さすがに無理か。
そんな事を考えつつ天井を見ながら歩いていると、ドンという衝撃があった。どうやら、人にぶつかってしまったらしい。
急いで状況を確認しようと、視線を戻すと男の子が地面に倒れている。
しまった、怪我でもさせてしまったか?!
駆け寄り無事を確認しようと手を伸ばすが……。
「この無礼者!」
子供は俺の手を払い除け、立ち上がると叫んだ。
大人げないとは思うが、このように言われればさすがにムカつく。法国の人間は、みんなこういう言葉遣いなのか?
しかし、これだけでは終わらなかった。
「何を見ておる!平伏せ!」
いやいや、よそ見しながら歩いた俺も悪いけど、お互いにぶつかったのだから両成敗でしょ?それなのに、地べたにひれ伏して謝れと?
「君さ、それはちょっと言い過ぎなんじゃねーの?」
「……余の顔を見てもわからぬとは、さては貴様、よそ者か」
「は?」
「ふん、見るからに平民。みすぼらしいから間違いあるまい」
「はぁ?」
本当に、法国は子供にどんな教育してんだ?
「おい、ガキ。少し言葉がすぎるぞ?」
「誰に向かって、ガキと言っておるのだ?!」
あれ?なんかおかしい流れだぞ、と思ったが遅かった。
目の前にいる子供は、驚くべきこと口にしたのだ。
「余は聖王の子だ!」