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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
六章 賢者の資格
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幕間 謁見の間

 ギルがエステル法国からの召喚状を渡される二日前まで遡る。

 オーセリアン王国の王都オーセリアンより北、ギル達が滞在している迷宮都市オーセブルクの北西に位置する国、エステル法国。

 そのエステル法国で、一人の男が机に向かって筆を走らせていた。

 男の名はクレスト。アーサーの保護者でもあり、エステル教徒でもある。

 クレストは一仕事終えたのか、筆を置くと溜息をつく。


 「ふぅ、聖王様にはまだお会いできないのか……。お忙しい御身とはいえ、報告する度に数日待たされるのでは……」


 クレストは聖王の命令の失敗、ギルに邪魔されたことを報告しにエステル法国へ戻ってきていた。

 目頭を押さえながら、もう一度大きく息を吐く。それと同時にドアがノックされた。

 席を立ちドアを開けると、そこには質素なローブを着た女性がいた。


 「何用か」


 「執行者クレスト様、聖王様が午後お会いになるそうです。それとこちらはクレスト様宛の書簡でございます」


 「ようやくですか……失礼、書簡のことです。聖王様への謁見、了解いたしましたとお伝え下さい」


 実際は聖王へ報告できるのを『ようやく』と言ったのだが、それを口にすると色々とまずいのだろう。


 「そうお伝えします。では」


 失礼しますと小さく礼をすると扉を閉める。

 クレストは再び机へ戻ると書簡を開け、手紙を読む。


 「なるほど、彼は賢者ではなかったか。どうりで賢人キオルに聞いてもわからなかったわけだ。しかし、賢者になる機会を捨てるとは、バカなのかそれとも……」


 書簡はアーサーからだった。

 読み終わると部屋に備え付けられている暖炉へ向かって歩き出す。暖炉に薪を放り込み、そして手紙も暖炉の中へ入れると、火打ち石で火をつけた。

 クレストは法国の汚い仕事を請け負う執行者である。普段から手紙で細かいやり取りをしているが、その癖で手紙は全て燃やしてしまうのだ。

 ゆっくりと燃えていく火を見つめながら、今日何度目かの溜息を吐く。


 「さて、私の処分はいかなるものか……」


 燃える火をじっと見つめながら呟くのだった。



 午後になるとクレストは呼び出され、謁見の間へ通された。

 謁見の間はとても広く、例え100人いようとまだ余裕がある程だ。その謁見の間の中央で、クレストは両膝をつき両手を握りしめ祈りの姿勢をとっている。

 謁見の間の両端には、聖王を護る真っ白な鎧を着た騎士がずらりと並んでいた。

 聖王がいると思われる場所には御簾があり、中を見ることが出来ない。


 「執行者クレストよ、面をあげよ」


 簾の前に立つ男がクレストに声を掛ける。

 クレストはゆっくりと目を開けると顔を少しだけ上げた。


 「さてクレストよ、そなたの書いた報告書は読ませてもらった。聖王様の子を産ませる女を連れてくることが出来なかったようだな」


 「は」


 「ふむ、聖王様は次代の聖王を残すために、各国の力ある娘を必要としている。これは大事な任務だというのは理解しておろうな?」


 「理解しております。聖王様、大司祭様」


 簾の前に立つ男が大司祭。聖王の言葉を聞き、伝える者だ。

 聖王の声は神と同等であり、選ばれた者しか聞くことが許されていないために、大司祭が代弁している。


 「ならば、失敗は許されないと理解しているはずだな?」


 「は」


 「……クレスト。わしはお前が篤く信仰しているのを知っている。そして、任務を遂行できる力もだ。だからこそ、たかが娘一人連れてくることが出来ないとは思えんのだ。報告書で読み知ってはいるが、もう一度、聖王様の御前で報告してみよ」


 クレストが頷き、もう一度祈るように黙祷すると口を開く。


 「私の力不足であるのが第一ですが、それよりも『聖騎士』と呼ばれる女の仲間である男の力が異常でした」


 「異常……とは?」


 「その男は魔法士ですが、全属性の魔法を使え、そして詠唱も魔法陣を描く仕草もなく魔法を使うことができたのです」


 クレストの発言に周りにいる騎士達が驚く。


 「ばかなっ」

 「そんなことはありえん!」

 「そうだ、守護者以外は無理だ」


 大司祭が騎士達を見渡す。


 「静まれ。まだ話は終わっていない」


 その一言で騎士達が黙る。大司祭に注意されたせいか、先程よりも背筋が伸び、立ち姿が美しく見える。

 大司祭は頷くと、再びクレストを視線を移す。


 「騎士達にああ言ったが、わしも同意見だ。そんなことはありえない。詠唱もなく、魔法陣を描くこともないのは、神に愛された者、『神の守護者』だけだ。その守護者ですら、ひとつの属性だけだというのに」


 「その通りです。が、事実です」


 「わが法国にも『女神の闇』がいるが……、そう言えば、お前の弟子だったな。それで、その者は守護者であったか?」


 大司祭のいう『女神の闇』はアーサーの二つ名である。

 アーサーがギルと戦った時、動作もなく闇魔法を使えたのは、アーサーが持つ『闇神の守護者』の効果だった。


 「おそらくですが、守護者ではないと思います。ですが魔法の力だけなら、かのシリウス王以上かと」


 「バカな。帝国のシリウスは英雄クラスだぞ。そのシリウスより魔法の力が上だというのか?守護者でもないのに?」


 守護者のスキルを持つ人物は希少である。だが、ギルには守護者というスキルはない。

 守護者とギルの違いは魔法陣にある。守護者は魔法陣を必要とせず、自分の手足のように魔法を使える。もちろん、対応する属性のみではあるが。

 ギルの場合、発動速度こそ守護者と同等だが、魔法陣を展開せずに魔法を発動することができない。

 これを彼らが知ることはない。知っても対処のしようがない。それだけギルが彼らにとって厄介であるということだ。


 「おそらく、です。彼が魔法を使うところを見ましたが、動作はなくとも魔法陣はありました。ですから、守護者ではないと愚考します。しかしながら、全属性を守護者同等の速度で発動させる使い手は見たことも聞いたこともありません。そのような者の相手は、私では手におえません」


 実際にクレストが見たのは、全属性ではなく土属性と火属性のみだが、アーサーの報告で知っていた。

 全属性を使う魔法士は珍しくない。しかし、ギル程の速度ともなると前代未聞だった。


 「たしかに……、非常に厄介だ。しかし、全属性ということは光属性も使えるのだろう?ならば、聖王様の信者にしてしまうというのはどうだ?」


 「それは実際に聖王様がお声をおかけにならないとわかりません。私の知る限りではありますが、彼は神をも恐れぬ者かと」


 大司祭は軽く顎を触り、少しの間考える素振りをしてから息を吐いた。


 「ふむ、それならば力づくで、か?」


 「私にはなんとも……。ただ、次『聖騎士』の女を無理矢理に拐うのであれば、抵抗すると言っておりました。彼一人で、50人は殺せるとも言っておりましたので、危険かと」


 大司祭はゆっくりと頷く。


 「なるほど、わかった。我々だけでは対処のしようがないのであれば、後は聖王様がお決めになるだろう」


 クレストは誰にも聞こえないように深く息を吐く。問題がひとつ片付いたのだから、これは安堵したのだろう。

 だが、まだ終わりではない。


 「さて、それではお前が任務を失敗した言い訳を聞こうか」


 クレストにとってはこれが一番の問題だった。さっき報告した内容でも、聖王の機嫌が悪ければ、クレストを含めたこの場の何人かが死んでいたのかもしれないのだ。

 そして、この答え方を間違えれば、やはり自分は死ぬ。背筋に冷たいものが走るのを感じながら、ゆっくりと口を開く。


 「は、それは簡単なことです。この情報を持ち帰ることを優先したのです」


 クレストが選んだ言い訳は、ギルが示したそれだった。

 悩み考えた結果、これしか生き残る可能性の高いものが思いつかなかったのだ。


 「『聖騎士』を連れ帰るよりも、その魔法士の情報を持ち帰ることの方が大事だと?」


 「その通りです。それに我が弟子、『女神の闇』に見張らせております。つい先程、新しい情報が届きました」


 「ほう?」


 「彼はオーセブルクダンジョン内に、魔法都市なるものを作るそうです。彼は賢者を騙っていたのですが、どうやらそれが理由で魔法学会に呼ばれたようです。その際、賢者になることを許されたそうですが、それを断るとこのように宣言したそうです」


 「つまり都市を作り、その代表になると?それは不可能ではないか?」


 「あながちそうとは言い切れません。何でも大賢者3人が魔法学会を脱退したようですので」


 今まで表情を全く変えることがなかった大司祭は、ここで初めて驚いた表情をする。


 「まさか!三賢人がその魔法士に賛同したと?!」


 「わかりません。情報はここまででしたので」


 「うぅむ。しばし待たれよ。聖王様……」


 大司祭は御簾の前に跪く。


 「この情報、たしかに我々が知っておくべきだったものだと愚行しますが、聖王様のご判断は?」


 大司祭が御簾の中からの声を待つ。

 もしかしたら、もう話しているのかもしれない。だが、周りにいる騎士も、クレストにも聞こえない。

 大司祭の一人演技というわけではなく、聖王の声は許された者にしか聞くことは出来ない。姿を見るなどもってのほかというこの国の法なのだ。


 「はっ、そのように」


 聖王の声を聞き終わると、大司祭は静かに立ち上がる。


 「聖王様の御下知だ」


 その声にクレストは身を竦ませ、騎士達は今までよりさらに背筋を伸ばす。


 「クレストの持ち帰った情報、有用であった。この度の失態はなかったことにすると仰せだ。良かったな、クレスト」


 クレストは許されたのだ。


 「あ、ありがとうございます」


 「ふむ、しかし次はないぞ。そしてこの件だが、後で指示があるかもしれん。部屋に戻り、待機せよ」


 「……了解しました」


 手におえないと伝えたのにと不満だったが、今は生き残れたことに満足するしかない。クレストは立ち上がると謁見の間を後にした。



 クレストが立ち去ってから、大司祭は騎士達もこの謁見の間から追い出した。

 聖王と二人で話し合いをするためだ。


 「聖王様、どう思いますか?」


 「どこまでが事実なのか、わからぬな」


 大司祭と二人になったことで、普通の音量で話せるようになったのか、謁見の間に聖王の声が響く。


 「どうでしょうか、おそらく全て事実かと思いますが」


 「魔法だけならば、シリウスに匹敵すると?」


 「だとすれば、非常に厄介な人物かと……」


 「事実だとすれば、か。其奴をどうするかだが、お前はどう考える?」


 聖王は大司祭を余程信頼しているのだろう。王が躊躇なく家臣に意見を聞くのは、珍しいことだ。賢王も愚王も家臣の意見を聞くが、どっちに転ぶかは判断次第だ。


 「他国より有利になるのであれば、引き込みたいところですが……」


 「生かしておくには危険と?」


 「……そのように愚考しております」


 「消すか、従わせるかか。毎度のことだな」


 聖王はいつものことだと笑いながら呟く。


 「女神様に聞かれてみてはいかがですか?」


 「ふん、何も話さんよ」


 「そうですか。いえ、女神様に聞くほどのことでもありませんね。どちらかしかないのですから」


 「うむ。その魔法士を始末するとしてだ、他国の英雄をぶつけるのはどうだ?」


 「他国の英雄……ですか」


 大司祭は何かを思い出すように瞳を閉じる。


 「少々難しいかと。帝国のシリウスは我々の話など聞きませんし、自由都市のジークフリードはどこにいるかも不明、新しく召喚された王国の英雄は戦争中ですので」


 「どいつもこいつも……。信仰はないのか」


 「まったく、嘆かわしいものです」


 「ふむ、だとしたらお前はどうだ?ホーライ大司祭」


 「聖王様、私は戦闘向きではないと知っておりましょう?」


 各国に英雄が存在するのは、この世界の誰もが知っていることだ。法国の英雄の()()、ホーライ大司祭もだった。


 「ふ、そうだな。お前はもうひとりの英雄の後ろで戦ってこそ、英雄になれるのだったな」


 「はい。ですが、それも最終手段でしょう。我々に英雄が二人いると他国に知られるのは、避けなくてはならないことですので」


 「そうだな。失敗したから良かったものの、またオーセリアンのように多数召喚をする国が現れても困る」


 「そちらも頭が痛い問題です。ですが、今はこちらですね。ふむ、こういうのはいかがでしょう?まず、かの者を呼び出しエステル教に勧誘を。そして、断ったとしても我々は手をださない」


 「ほう?続けよ」


 「恐れながら、聖王様のご子息をお使いになられてはいかがかと」


 王の子息を使うと言っては、間違いなく不敬。だが、聖王は怒るどころか笑いだした。


 「はっはっは、不浄穴か。それは良い。都市を作るのだ、金は必要だろう。依頼という形で報酬を出せば飛びつくはずだな」


 「はい、さすがにご子息の数が多くなりすぎておりますし」


 「うむ、一石二鳥よ。どちらにしろ得だな。そのようにしよう。早速、先程の執行者に指示せよ」


 「はっ、クレストに召喚状を書かせましょう」


 こうして、ギルに召喚状が届くことになった。

 だが、彼らはまだ知らなかった。ギルが狂化しており、罪悪感がないことを。

 さらに、召喚という言葉にギルが過剰反応することも。

 この時から数十日後、法国に悲劇が起こることを。

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― 新着の感想 ―
[一言] どうもこんにちは。今初読みの最中です。 不浄穴と聞きまして、ケツの穴を思い浮かべてしまいましたw これは文句ではなくただの感想なので特に表現は変えなくていいです。
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