この世界で一番
賢者試験の会場に訪れ、乱暴なやり方ではあったが最後まで試験を終え、そして賢者であることを認められたのに、それを拒否するというまさに前代未聞であるその行動に、会場中の誰もが驚愕の表情を隠しきれていない。
いや、会場中の誰もがというのは語弊があった。ここにいる全ての人の表情を確認できているわけではないのだから。
だけど、仲間達の場所はわかる。俺の仲間達の表情は各人各様であった。
俺が賢者になることを信じているリディアは、もちろん驚きの表情をしていた。悪いとは思うけど、もうやっちゃったからね。仕方ないね。
エルは理解が追いついていないのか、首を傾げる仕草をしていた。それが、『何を言ってんだこいつ』か、『どういうことだろ』というニュアンスかは不明だが、恐らく後者だろう。そう思いたい。
シギルは爆笑していた。お気楽且つ豪快な性格の彼女であれば、この劇は喜劇と感じるだろう。けれど、腹を抱えて笑うほどではないと思うんだが。
エリーは無表情のままだ。これだけ色々な出来事が起きているというのに無表情のままの彼女を見ると、こっちが逆に驚いてしまう。だが、ああ見えて思いの外感情の変化があるのだと、彼女自身はいつも言っている。まあ、信じてないけど。
一般見学者はおそらく殆どが驚いていることだろうが、俺が一番驚いてほしい賢者はというと、もちろん顎がはずれるんじゃないかというほど驚いている。
ラルヴァがまさにそうだ。口をあんぐりと開けていることから、信じられないといった心境か。
三賢人はまた違った驚き方をしている。中でも面白いのが、貴族で賢者、そして商人でもあるキオル。驚いているというのは間違いないだろうが、彼は目を輝かせている。どういった感情でそのように目をキラキラとさせているのかは、表情からは読み取れない。
タザールは顎に手をやり、何かを考えている。きっと俺が何をしたいのかを考えているのだろう。だけど、残念。何も考えていません。
スパールは傍から見ていると、一番冷静だった。髭を激しく撫でながら笑っている姿は、さすがは賢者代表だと感心する。だけど、笑っている途中で咳き込むあたり、平常心ではないだろう。照れ隠しならぬ、驚き隠しかな。
そして張本人である俺はというと、俺の心の中ではちっちゃい俺が小躍りをしているという表現がぴったりなほど喜んでいる。
なんせわざわざ俺を呼び出し、目立ちたくもないのに注目を浴びさせた彼らに一泡吹かせることができたのだ。心の中のちっちゃい俺でなくても、本当は俺自身小躍りしたいぐらいだ。
まさにしてやったという気持ちだ。
考えようによっては、目立ってしまったのは俺が原因ではと思うところもあるが、きっと気のせいだ。だからその事に関しては考えるのをやめた。数日前に。
「それはいったいどういうことか、説明してもらおうか」
俺が小躍りしようとする脳神経伝達を気合いで制御していると、考え込んでいたタザールが口を開く。
さてさて、これからは本当になにも考えていない。彼らの面子を潰す手段に、全思考を集中していたからその理由を聞かれても、正直困る。
俺が黙っていることに、多少苛立ちを覚えたのか少し声を荒げてもう一度聞く。
「これはなんの茶番だ!何のためにこの試験を受けに来た?!賢者になりにきたのではないのか?!それとも賢者キオルが言った通り、本当は研究の宣伝か?!」
どっちもハズレです。馬鹿にしに来ました、と真実を話したらさすがにまずい。けれど、違う言い方で話すことにはなるだろうな。
先のことをまだ何も決めていないから、会話の中で探しながら、ごまかすしかないだろう。
「賢者ね。賢者とはなんだ?」
とりあえずと、俺は賢者達に質問する。俺が一番疑問に思っていることだ。
とにかく会話で考える時間を作るしかない。
「何を……。そんなことは貴様だってわかっていることだろう!全ての魔法士達の頂点に立つ存在だ!」
ああ、そうか。彼らは勘違いしているのだ。
「頂点!ふははっ!これは面白い事を言う。ただ周りが賢者と持て囃しただけの、本当は賢者でもないただの魔法士である俺より劣るのにか?」
「貴様ぁ!」
「事実だろう?それに、賢者とは魔法の深淵を覗く者だと俺は理解している。それがいつから魔法士達の頂点に立つ者達になったのだ」
そうなのだ。それこそがこの世界における賢者のあり方だ。
「それこそ我々が一番理解している!」
「本当に?世界に役立つ知識を混乱させないためにという言い訳で黙し、さらには賢者をみつけるという立場を勘違いして、試験に来た魔法士達を難癖つけて追い払うことが?魔法士達に知識を授けるのでもなく、間違ったやり方で魔法を進歩させない事が、賢者のすることか!」
淡々と話すつもりが、段々と苛ついてきて最後には怒りにまかせて叫んでしまった。
いけないいけない。
俺は一つ息を吐くと、感情を鎮める。
ホワイトドラゴンとの対話で、今は使われていない魔法を教えてもらいそれを使用することが出来るようになった俺が、この中で最も魔法の深淵を覗いている自信がある。
ただの知識欲ではあるが、魔法の探求という部分ではもしかしたらこの世界で一番、俺が賢者なのかもしれないな。
そう考えると、権力を持ってしまったせいで好き勝手できなくなってしまった彼らには、知識を深める機会がないという一点においては、同情する。
こんなに気持ちが良くなることを、ひとつ失ってしまったのだからな。
同情する振りをしながら優越感に浸ることで、少し冷静さを取り戻した。
俺の怒りをぶつけられたタザールは、自分でも思い当たることがあるのか黙り込んでしまう。
タザールと代わるように、今度はスパールが俺と話をする。
「ふむ、お主の言葉は耳が痛い。信じられないかもしれないが、わしも若い頃は深淵を覗こうと躍起になっておったが、今はその事を話しているのではないのじゃ。それとお主が試験を受けに来て、それを断ることとは別の話じゃ。わしらは、何故賢者になれるのにそれを断るのかと聞いているのじゃがな?」
そうだった。俺は賢者になることを辞退して、その理由を聞かれていたのだった。
「進歩のない集団にいてどうする?」
「それならばお主が変えていけばよかろう?」
それを言われると非常に困る。あなた達の高くなりすぎた鼻をへし折りに来ましたと、俺の心の内を話してしまいそうになるから。
ここでなぜ俺がここまで苛立つのかという理由について思い出してみる。
彼らの試験での横暴は抜きにして、召喚状が俺へ届いた時点で俺はこの結末になるように動いていた。
そこまでする必要はあったのか?
結果としてはやってよかったと思い、そして後悔もない。
……元々の理由は、召喚状だった。
召喚状が送られた瞬間に思ったことは、この情報伝達手段が口コミだけという世界の中で、どうして俺がターゲットになるんだという、自分でも非常識だと思う怒りだった。
この世界に理不尽に召喚されたということが、やはり響いているんだろうな。
そしてその前にホワイトドラゴンから失われた魔法の技術の話を聞いていたことも、怒りの原因でもある。
失われた魔法技術に関しては、全部が全部賢者達のせいではない。だが、その代表でもある。
俺にとって、知識欲は三大欲求と並ぶほど重要な欲求だ。その機会が減っていくというのは我慢ならない。
なぜなら人間にとって、全生物より優れている点は知識だけなのだから。
そのアドバンテージである知恵もしくは知識、経験を、自ら消していく彼らを許せなかったのだ。
と、理由づけするが、詰まるところただの八つ当たりである。
……これを彼らには言えないだろう。
もうこれは罹災したと思ってもらうしかないな。うん。
そんな申し訳ない気持ちになっていると、俺が黙っていることが突破口と思ったのか、スパールは畳み掛けてきた。
「そうじゃろう?お主は魔力も知識も、わしらより優れていることは認めよう。じゃからこそ、賢者になり、お主自身気に入らないことを変えていこうとは思わないのかの?ふぉふぉ、見込み違いじゃったわぃ」
……はぁ?見込み違い?
これはあれか、俺をさらに怒らせて、訳わからなくなったところでいつの間にか賢者になっているようにさせたいのか?
あーあ、もう知らね。
「そこまで言うのならば、俺も遠回しな言い方はやめよう。お前達は賢者などではないと言ったな?いや、このまま賢者と名乗ってもかまわん。しかし、その賢者という名の価値は下がることになる。なぜか?それはこれから俺が、新たに魔法士の格を作ろうと思っているからだ。畢竟、『賢者』というのは、お前達が定めた魔法士の格の一つになるということだ」
何も考えてなかった上に、煽られたせいで思ってもいないことを言ってしまった。
さすがのスパールも俺が何を言っているのか理解できない。
俺も理解できない。落ちはどこ?
「何を言っておるのじゃ……?」
だが、思考を放棄した俺は、次々と口からでまかせを言う。
「理解できないか。ふむ、俺自身ここまですることになるとは思わなかったぞ」
本当に思ってなかったです。
「賢者達が真に賢き者達ならば、現状を維持することも考えていたが……。失望したぞ。だから、俺は魔法士の試験を新たに作ろうと決めたのだ」
いやぁ、初耳ですぅ。
「現在、魔法士は上昇志向があっても目指すところは賢者試験しかない。さらにその賢者試験は、賢者達の感情次第で合否を決められてしまう。それを試験とは呼べんだろう」
ここでようやく脳が口から漏れている言葉を理解した。
このまま続けると面倒くさいことになるとわかっていても、既に言ってしまったものは取り戻せない。内容が破綻しないように、思考をフル回転させながら話を続けるしかない。
現状だと子供のケンカだ。「バカといったほうが、バカ」レベルは避けたいところ。
「そこで新しい試験は、明確に合格の基準を決める。試験官の感情で合格不合格は決められないということだ。もちろん、話の流れから理解できると思うが、試験はひとつだけではない。既に考えているものでも、3つある」
今思いついたものとは言わない。
「魔法士試験、魔法技術者試験、魔法戦士試験。魔法士は魔法を扱う者の試験なのは言うまでもないが、魔法技術者と魔法戦士については聞いたこともないだろう。魔法技術者は、魔法に関わる道具、装備を作るものが受けるべき試験だ。魔法戦士試験はまだ詳しいことは話せないが、魔法が使えなくとも魔力だけがあり、武器を扱う心得のある者が受けるべき試験だ」
これは仲間達がいるから思いついたことだ。シギルはここで言う魔法技術者だし、リディアとエルは魔法戦士、エリーは魔法士と魔法戦士両方だ。
魔法剣士だと、剣術のみになってしまうから戦士としている。
「この3つの試験でも階級があり、今の所3階級に分けようと思っている。例としては、3級魔法士、2級魔法士、1級魔法士といった具合にだ。自分にあった階級の試験に挑むことができるようになるだろう。この試験が定着する頃には、魔法士達の仕事も増えるようになる」
本当にこれが現実になれば、間違いなく活性化するはずだ。ダンジョン攻略も魔法技術で稼ぐ者達も。
「冒険者が魔法士を雇いたい時は、募集に2級魔法士以上と記入出来るし、商人も魔法技術者の力を借りたい時は1級以上と募集をかければ良い。魔法士達にとってもアピールポイントになりえるだろう。逆にこれらを持っていない者は仕事がなくなるかもしれんな」
階級の力量、技量を明確にすることで、必要な人材を探せるという利点。詐欺にも遭いにくいし、事故も起こりにくくなるはずだ。
1級が最上位で、かなり難しくなる予定だが、3級は逆に基本的な試験になるだろう。
これらは俺が地球人だから、考えていなくともすらすらと口から出てきている。あのアーサーが聞いていたら「故郷のパクリじゃん」と罵られたことだろう。
俺は言いたいことを終え、ふふんと鼻を鳴らす。内心は「やべぇよやべぇよ」と慌てているが。
賢者達は黙って聞いていた。価値のある話だと聞いていたのか、それとも否定する言葉を考えていたのか。
当然のようにスパールが反論すると思っていたが、モブに成り下がったはずのラルヴァが反論してきた。
「ガキめ。それこそ荒唐無稽だ。第一に誰が賢者でもない若造の作った試験を受けるのだ?第二にそれをどこで開催するというのだ。賢者の力が及ぶ国では絶対に貴様の試験は認めない。つまり、どの国もその試験を受ける事は出来ないということだ。はっはっは!残念だったな!」
ラルヴァと同意見の賢者は、笑いをこらえながらラルヴァの話に頷いていて、俺の新試験を有用だと感じた賢者は、残念そうな表情をする。
この新試験を運営しようとも、魔法学会を敵に回した後では成り立たないということだ。
まあ無理なら無理で良いんだけど、と普段ならば思うのだろうが、悪いことに今回は、ここまで言われたら何が何でも実現させてやるという気持ちが湧く。
その気持ちがさらに現実的でないことを言ってしまう。
「それはどうかな?まずその賢者であるスパールが俺を認めたではないか。俺はもちろん、会場にいる一般見学者が聞いている。そして場所はここがある」
ラルヴァは小さく舌打ちすると、スパールを睨む。余計なことを話したなと言いたいのだろう。
さすがに賢者代表の言葉を否定するわけにもいかず、場所のことに焦点を絞った。それもプライドをかなぐり捨てて。
「それはこのオーセブルクのことかな?それこそ我々が何が何でも阻止することにしよう。この街にもコネはあるのでね」
自由都市と王国両方が治めていて、互いの法が届かないこの街にもルールはある。貴族ですらこのルールを破ることが許されないが、この街の有力者にコネを持つ賢者ならば可能かもしれない。
だけど最低なことを言っている自覚はあるのだろうか?認めないのではなく、阻止するというのは、さすが賢者でもまずいのではなかろうか?
いや、それがまかり通る権力を持つのが賢者なのか。
しかし、俺はこの迷宮都市オーセブルクのことを話しているのではない。
「何を言っているんだ。このダンジョンの中でだよ」
ダンジョンの中は自由都市だろうが、王国だろうが、迷宮都市だろうが関係なく、無法である。しかし、魔物が出没するダンジョン内のどこで試験などできようか。
ラルヴァや賢者達は失笑する。が、俺には可能なのだ。
「最近、このダンジョンの中に新しく村が出来たという噂を聞いてないかな?」
俺がここで一段階音量を上げる。
「その村は、今まさに街へと成長中なのだが、その村の経営が俺だと言ったら信じるかね?まあ、お前たちに信じてもらわなくても事実は変わらんがな。そしてその村はいずれ都市へと成長するだろう。その都市では、魔法を中心とした勉学、技術、装備を手に入れることができる。このプールストーンの技術もここで学ぶことができるだろう。試験もここで受けることができるようになるだろう!」
両手を広げながら叫ぶように話す。芝居じみた演説はようやく最後のセリフと共に終演を迎える。
「そう、俺は魔法都市を作るのだ!」
こう締めくくった後、俺は心の中でこう思った。
やっちまった、と。