魔道具
俺がプールストーンを掲げると、ラルヴァが堪えきれず笑い出す。
「ふ、ふはは、それが貴様の言う革新的な研究の素材かね?」
三賢人を除く賢者達も、ラルヴァにつられ笑っていた。
三賢人も笑いはしないが、プールストーンに何の価値があるのかと言いたげな表情だ。
プールストーンはダンジョンの宝箱から出る報酬で、一番のハズレと言われている。冒険者も宝箱を開けてこの石が中に入っていると、酷くがっかりするのだとか。
そのせいか、価値もエール2杯分ぐらいだ。
唯一の救いは、宝箱に入っている確率が少なく、一番確率が高く手に入るのが20階層のボスを倒した後に出現する宝箱だと言われていた。
だが、不思議とは思わないのか?
20階層と言えば、あの高気温の火山エリアだ。あの暑さを抜けてようやく倒したボスで、一番多く出る報酬だということに。
「いやいや、ずいぶんと面白いことを言い出すではないか。うむ、わしも知っておるぞ。それはプールストーンだ。ルビーやエメラルドが買えない平民が、見栄のために加工して身につけるものだろう?それは魔法素材ではなく、細工師の素材として研究したほうが良いのではないかな?」
ラルヴァの言う通り、一般人にとってはそういうことに使うことが多いようだ。
「そういう貴族だからだとか、平民だからだとかの目線でしか見れないから見落とす」
「なにぃ?貴様、平民の分際で貴族であるわしを馬鹿にするか」
「少し黙っておれ、ラルヴァよ。話が進まないではないか、のう?」
また言い争いになるかと思われた矢先、老賢人スパールが止めに入った。
さすがに賢者代表に言われたのでは、ラルヴァは黙るしかない。しかし、ラルヴァはスパールを睨んでいた。
もしかしたら、あの二人は仲が悪いのかも?
だが、スパールに気にした様子はない。それは純粋な興味からか、本当に話が終わらないと思ったからかはわからないが、ラルヴァの視線を気にする以外のことに集中しているのだろう。
「ギルよ。あまり固定観念に囚われたくはないが、わしもここにいる賢者も、そして会場中の人々もそのプールストーンがラルヴァの言う通りの物だということは知っておるのじゃぞ」
良かった。それなら賢者達が秘匿する技術とやらと被ることはない。
「そうか残念だな」
俺はここで区切り息を吸い込むと、会場中に聞こえるように声を大きくした。
「さあ、ここからは商人達も必見だ!売り物にプールストーンがあるなら、値段を考え始めた方が良い!」
まあ、俺達が買い占めたから、この街には殆ど無いがな。
そして俺は会場を見渡す。そしてある一組の家族を見つけるとそちらへ歩き出す。
夫婦と幼い少女の家族だ。
俺はこの家族に手伝ってもらおうとしていた。魔法を使える俺が実演したところで、意味がないのだ。
観客席は2階に位置する。手伝ってもらうにもこの高低差ではやりづらい。
俺は氷で階段を作って直接その家族の元へ登っていく。
そして目の前まで行くと、親である夫婦に話しかけた。
「すまない。娘さんの力をお借りしてもいいか?大丈夫、危険はない」
できるだけ怖がらせないように、優しく話す。
信用してくれたのか、母親が頷いてくれたのを確認すると少女に話しかけた。
「やあお嬢さん、こんばんわ」
「わぁ……、黒い王子様だぁ……」
嬉しいこと言ってくれるじゃないか。会場からも笑いが漏れる。
笑うところじゃねーぞ?俺、王子さまやぞ?
「今何歳かな?名前は?」
「えと、9歳で、名前はカリマ、です」
「カリマ、君は魔法を使えるかぃ?」
「……使えないよ」
よし、これで天才魔法少女だったらどうしようかと思った。
「大丈夫、今から魔法を使えるようにしてあげよう」
俺の一言でざわつく。魔法陣も詠唱も知らない、10歳も満たない少女に魔法を使わせようとしているのだから、当然だろう。
「さあ、この石をこの向きで持って……、そう、上手だね。このまま待っていてくれるかぃ?」
俺は少女のカリマにプールストーンを持たせると、会場を見渡す。
一体どういうことか、説明をしなければならない。
「魔法がまだ使えない少女、カリマが持つプールストーン。このプールストーンは綺麗だけではなく、ある特性が隠れていた!」
ここで賢者達を見る。
「それはこのプールストーンには魔力を蓄積できるという特性がある!そして、このプールストーンを加工すると、魔法が使えずとも発動するのだ!それを今、このカリマの力を借りて証明してみせよう!」
俺はカリマに視線を戻して、また優しくやり方を説明した。
「大丈夫、難しくないよ。さあ、カリマ。その石を握ってごらん?強く握り過ぎず優しくね」
「こ、こうですか?」
少女カリマがゆっくり力を込めると、プールストーンが淡く輝き石の天辺から小さな火が吹き出る。
『おぉおおお!』
彼女の回りにいる観客が歓声をあげるが、遠くにいる賢者や、観客には見えないほどの大きさだ。
「すばらしいよ、カリマ。じゃあ、ゆっくりと力を強くしていこうか。ただ、危ないから、顔から石を離して握ってね」
そう説明すると、俺が言った通りカリマは更にゆっくりと力を込めていった。すると次第に火が大きくなり、20センチ程の大きさまでになった。
ここまで大きな火になれば、カリマから反対に位置する観客席にまで見えるだろう。
そしてそれは当たっていて、大歓声が会場を埋め尽くした。
「おおお!これは、これは大事件だ!」
「あんな小さな子が、あんなに大きい火を?!」
「あの魔法士が魔法を使っているのでは?」
「あれが本当なら、あのゴミ石が凄い価値になるぞ!」
「くそっ!最近売れちまった!」
うんうん。まあ、予想通りの反応だな。疑いもあるが、殆どは信じているようだ。実際、俺は何もしてないしな。あと、最近売れてしまった商人さん、買ったのは多分うちの娘達です。
「カリマ、ありがとう。素晴らしい魔法だったね」
「ハィ……。こちらこそありがとうごじゃいます、王子様」
カリマからプールストーンを返してもらうと、他の人にも渡して試してもらう。
まずはカリマの両親。そして、その隣の商人、さらに隣のご老人。
全員が全員、火の魔法を使ったのだ。
俺はプールストーンを返してもらうと、階段を降りて元の場所へと戻っていった。
「さて、賢者達よ。どう思う?」
氷の階段を水に戻した後、賢者達を見て俺は感想を聞く。
「そ、それを見せてくれないか?ギル君!」
ぎ、ギル君?やけに馴れ馴れしい賢者が居たものだと思ったが、賢者達の中で一番若く、そしてそれでも大賢者と呼ばれている三賢人の一人である若者だった。
「あ、失礼した。僕は賢者キオルと申します。商人からの成り上がりで貴族になったもので、その研究に興味があります」
あ、そういう?まあ、見せてもいいけど……。
俺はキオルへとプールストーンを放り投げた。
「キオル、しっかり返せよ?」
キオルは嬉しそうに受け取ると、俺のプールストーンを舐めるように見る。
元々賢者にも見せるつもりだったし、問題はない。研究を盗まれないように対策もしてあるから大丈夫。
そしてキオルが石を握って火が出るのを確認すると、何度か頷き感想を口にした。
「ふむふむ、間違いなく魔力を流していないのに魔法が出ますね。素晴らしい……。む、これは魔法陣が石に彫ってあるのですか?しかも知らない文字ですね」
商人根性なのか、賢者としての純粋な興味か、どちらにしろ目ざといな。
「その文字は研究が盗まれないために、わざわざ失われた言語を使用した。君たちでは理解すら出来ないだろう」
まあ、日本語なんだけどね。
それに研究と言っても、魔法剣と同じようにただ魔法陣を彫ってあるだけだ。理屈さえわかってしまえば、簡単に真似のできる代物だ。
完成するまでに数日間という時間を要したのは、発見と魔法陣をこの小さい石に彫るという工程に時間がかかったからだ。
結局、俺が発表をしたことで、いつかはこのプールストーンに魔法陣を彫ることを生業にする魔法士が、大勢現れるだろう。
「いいですね、これは。僕がこの研究が嘘偽りのないものだと証明します。それでギル君、君はこの技術をどうする気ですか?」
賢者の一人であるキオルの言質はとった。
だが……。
「どうするとは?」
「僕は貴族で賢者ですが、今も普段は商人として各地を回っています。その商人としての意見になりますが、汚い話、これは金になります。恐らくですが、火だけではなく、色々な魔法をこの石に閉じ込めることが可能なはずです。そう考えると、この一瞬でも様々な用途が思い浮かぶ」
キオルは俺のプールストーンを俺へ放り投げると、続きを話す。
「この技術を使って商売を始め、財を成すことも可能でしょう。しかし、劇的な新商品の登場という宣伝文句を捨て、この場で技術の発表をしてしまうとは、どういうことでしょうか?」
なるほど、キオルは本当に商人目線で話している。
俺を賢者にするかしないかという、本来の目的すら頭から抜け落ちている始末だ。
意外と話の分かる奴かもしれないな。
「どういうこととは面白いことを言うじゃないか、キオル。ここは賢者試験の会場で、研究の発表をしているだけに過ぎない」
「本当にそれだけの理由で?試験会場自体を宣伝する場にしたいのではなく?それはまた……、その、ずいぶんと……」
短絡的?浅慮?考えが足りない?
商人としては信じられないようだ。それはそうだろうな。
金になる技術を俺だけが知っていて、その技術の特許を取らずに発表してしまうようなものだから、地球の企業ならばクビ、更には訴えられかねない。
先に商品として売り出されてしまえば、俺が発案者だと言い張っても意味がないのだから。
「この技術は真似をすることが非常に容易だ。だが、俺の許しを得ず、勝手に盗むことが利口かどうか考えればわかるだろう」
ここまで言って理解したのは、やはり三賢人。顔が強ばっている。
俺の魔法技術、魔法研究、この愚王の如き振る舞いは、全てこの為に。
会場中に聞こえるように、今日一番の大声を出す準備の為に、息を吸い込む。
「俺ならば、万の軍勢ですら一瞬で塵にできるのだ!この俺の技術を盗むような愚か者が、この街にいるとは到底思えん!礼を欠く者は、地の果てまで追いかけてゴミのように潰すことをこの場で誓おう。俺は!誓いを!違えない!」
言い終えると沈黙が支配する。
これは脅しだ。勝手に真似しちゃダメよーって。……と可愛く言ってもヤバイことを言い出した奴には変わりないか。
さて、この脅しのどこまでが真実なのか?
万の軍勢ですら塵にできるという件はどうだ?これは、ホワイトドラゴンから『法転移文字』を教わり、使えるようにもなったことで、きっと可能だろう。
それに今の俺は、例え数万人の命を消したところで罪悪感は生まれない。まあ、意味もなくしたいとは思わないが……。
では、地の果てまでという件は?これは、嘘だ。ぶっちゃけ面倒くせぇ。
ということで、万の人を一瞬で殺せるけど、面倒くさいからさせんなよ?というのが、心の声である。
魔法ではここにいる賢者が力を合わせても俺には勝てないと、恐らくだが証明したはずで、この脅しにも効果はある、はずである。
「ふぉ、ふぉふぉ。ずいぶんでかく出たのぉ?ギルの小僧よ」
沈黙が支配する会場で、一番最初に声を発したのはやはりというか、食えない爺さんのスパールだった。
この脅しが、ある程度嘘であるだろうと感じているのだ。
「まずはお前達で試すか?」
俺は背後に無数の魔法陣を展開し、地面と天井に会場全てを射程に入れた超巨大な魔法陣を更に展開した。
観客席からの悲鳴を覚悟していたが、意外にもそれはなかった。
確実な命の危険を感じると、人間は何もできなくなるというのは真実かもしれん。
「本気……、かのぉ」
「次にお前が発言する言葉次第だ」
まぁ、仲間もいるからやらないけどね。
俺とスパールが睨み合うが、思いがけない人物が割って入った。
「わかった。とりあえず、その魔法陣を解いてくれるか?」
それは今まで一言も発言しなかった、最後の三賢人の一人だった。
俺は魔法陣を解くと、彼に問う。
「あんたは?」
本当は知っている。スパール、キオル、そして俺に召喚状を送った最後の三賢人、タザールだ。
だが、ここでは興味の無い振りをするためにこう聞く。
「三賢人が一人、タザール。話を続けてもよいか?」
俺はあごを刳って、続きを促す。
「ふむ、本題に戻したいと思う。つまりはそこまでして賢者として認めてもらいたいということだな?」
「なるほどのぉ。元を正せば、この場は賢者試験じゃったの。いかんいかん、前代未聞が多すぎて忘れておったわぃ」
まあ、その本線から外れたのも同じ賢者であるキオルのせいなんだが。
「そろそろ最後の一人に時間を割くのは終わりにしたい。本来の仕事に戻ろうではないか、賢者達よ」
ここでタザールは他の賢者を見るが、意見を聞くわけではなかった。
すぐに続きを話し始める。
「さて、技術も研究も申し分ないが、貴様は無礼だ。我らとしては失格にしたい、が」
ここで横にいるスパールの顔を見るタザール。
スパールが頷いたことを確認すると、また続きを話す。
「未知の魔法、そして革新的な魔法研究は、この会場の誰もが認めるだろう。そのような者を賢者ではないと否定してしまえば、我ら賢人の信用がなくなってしまうというものだ」
ここでもう一度スパールを見る。
最後は賢者代表に話させようということか。
「うむ、そうじゃの。我らとって脅されて半強制的ではあるが、ギルの小僧、お主を賢者と認めよう」
スパールはゆっくりと立ち上がり、会場中に知らしめるように両手を広げて高らかに宣言する。
そして、三賢人以外の賢者を見渡した。
「よいな、賢人達よ。ラルヴァも」
他の賢者達に確認をする。
俺の脅しに怯えきっている賢者達は青い顔しながら頷くだけだ。
あのラルヴァでさえ、悔しそうな顔をしながら小さく頷いていた。もはや、あいつはただのモブに成り下がったなぁ。
会場中から大声援と拍手喝采が俺に送られる。さっきまで賢者達の道連れとして死んでいたかもしれないのにだ。
もしかしたら、俺の機嫌を損ねたくないと思ったのかもしれないなぁ。でも、まあいっか。
あぁ、やっともう少しで終わる。今回は苦労した。
主に演技が……。
「おめでとう、新賢者ギルよ。これからも精進なされぃ」
そう言ってスパールは俺へ祝いの言葉を贈る。
ここでふと疑問が浮かぶ。あれだけ、乱暴な事をしておいて俺を賢者にするとは……。俺ならば、こんなこと言い出す奴を賢者になどしたくはない。
その上、脅しもしているのだ。だからだと、言い切ってしまうにはそれこそ浅慮だろう。
もしかしたら俺にはわからない裏があるのか?
まあ、どっちでもいいか。結果は変わらないのだから。
俺は声援と拍手が止むのを待つ。
ようやく、ようやくだ。次の一言を言うためにこの劇場で演技をし続けたのだ。
拍手が終わり、俺の一言を聞くために静まると、俺は息を吸って全員に間違いなく聞こえるように大声で言い放った。
「断る!」