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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
六章 賢者の資格
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漆黒の外套を着た男

 賢者には高齢者が多い。それが試験の簡略化になる要因なのは言うまでもない。

 しかしそれとは別に高難度なのは、また別の話。

 高齢者が多いと休憩を要する場面もまた多い。現在、80人の受験者の試験を終えて、後一人で仕事が終わるのに連続して進めるのを躊躇う。

 結果、賢者達は10分の休憩をしている最中だった。


 「いやー、毎回感じていますが酷い試験ですよね。自分が合格したのが奇跡ですよ」


 ソファに座った賢人キオルが苦笑いを隠しもせず愚痴る。

 試験会場の控室とは丁度真逆に位置する部屋に賢者達は集まっていた。15人が居ても、窮屈を感じない大きな部屋で、ソファが何脚も置かれ全員が腰を掛けている。

 その一脚に三賢人が座っていた。


 「賢者キオル、もう少し声を落とせ」


 賢人タザールがキオルに注意をするが、タザール自身気にしている様子がないのは、キオルの意見に同感なのだろう。


 「『火』は少々やりすぎじゃのう」


 溜息しつつ首を横に振る老賢人は賢者代表スパール。一応、賢者達の代表という立場ではある。


 「スパール老が注意してみてはどうでしょう?さすがに聞くのではないでしょうか?」


 「聞くわけがない。ただでさえ貴族で傲慢な上に、火の魔法に関しては賢者の中で一番という自信が拍車をかけているのだ」


 タザールが鼻を鳴らしながら腕を組む。火の賢人に好意を持っていない心理の現れである。


 「僕も貴族ですよ。酷いなぁタザール殿は」


 「貴様も金の亡者ではないか」


 「賢者にも金は必要ですよ。タザール殿も白ローブが汚れたら買わざるを得ないでしょう?これはスパール老も認めていらっしゃることです」


 キオルの軽口にタザールはまた鼻を鳴らす。反論しようと口を開くが老賢人スパールがそれを止めた。


 「二人共軽口はそのへんでいいじゃろ。理由はどうあれこの試験が魔法士達にとって好影響でないのは事実じゃ。……じゃがの、賢者は同等の立場じゃ。わしが一番の最年長で、賢者達の代表であっても押し付けることはできんのじゃよ」


 スパールの意見に渋々ではあったが二人共頷く。

 賢者は同等である。一人に権力を集中させないためのルールであったが、それが問題になっていた。

 しかし、賢者達のトップを作るとして、もし火の賢人が賢者のトップにでもなれば、それはそれで大問題になるのも理解しているからこそ三賢人は苦悩する。

 さてどうしたものかと三賢人が頭を悩ませていると、悩みの大元でもある火の賢人ラルヴァが近づいてきた。他の賢者数名を引き連れて。


 「おや、三賢人が暗い顔してどうなされた?スパール殿は高齢だから仕方ないとしても、キオル殿はまだまだ若いではないか」


 スパールは何も言わず、キオルも愛想笑いを浮かべるだけ。

 だがタザールは違かった。


 「賢者ラルヴァ、貴様大賢者に向かってその発言は無礼だぞ。それに今日のアレはなんだ?あれでは試験に挑む魔法士すらいなくなるぞ」


 タザールの発言に、ラルヴァは一瞬キョトンとすると引き連れてきた賢者達と目を合わせ吹き出した。


 「ふっ、いや失礼。ではこう言いましょう。何故平民に気を使わなくてはならないのかな?この話し方でもずいぶんと譲歩しているのですがね。それに、これ以上の賢者はいらないというのが私達の考えですので」


 キオルも貴族である。だが、キオルが伯爵に対しラルヴァは侯爵でキオルより上位だった。


 「ふむ、先の会議でも議題に上がったが、我ら三賢人はそれを認めていないのじゃが?」


 前日に行われた賢者会議でラルヴァから、これ以上の賢者はいらないのではという意見があった。それを三賢人は否定をしたのだが、それを今回の試験で実行しているのだ。


 「そんなことのためにラルヴァ殿はあんなことを?一人は激怒して我らに魔法を使ったのですよ?」


 「冒険者の魔法士のことかな?いや、仮にも試験を受けに来ているのに言葉遣いもなっていない。その時点で落とされて当然でしょう。わしとて、あの魔法士がすぐに直していれば試験を続けるぐらいはしてやったものを」


 ラルヴァの意見に賛同するように他の賢者も頷いている。


 「それでも続けさせるべきだったのではないかのぉ、ラルヴァよ。それでは魔法士達から恨まれ……」


 「ああ、スパール殿。わしはその事を話しに来たのではないないのですよ。今の話でも理解できるように、賢者は対等であるというルールは邪魔だとわし達は思っていて、次回の賢者会議ではそのルールを変えさせて頂く事を伝えに来たのです。そろそろ誰かが賢者をまとめなければね」


 「それこそ暴言だぞ!賢者ラルヴァ!」


 「タザール殿、もう議題に上げることは心に決めていて、それが確定することも決まっているのです。そろそろ身の振り方を考えてはいかがですかな?では、失礼」


 それだけ言うと三賢人達から離れていくラルヴァ。


 「あれ?ずいぶんと簡単に引き上げましたね。もっと愚痴を言うかと思ったのですが」


 「……いや、愚痴を言う必要がなくなったのだ」


 タザールはあまり感情を表に出さない。そのタザールが苦渋の表情をしている。


 「ふむ、やられたのぉ。既に根回しは済んでいるということみたいじゃの」


 賢者会議で上がった議題の決定は、賢者達の賛成が過半数必要である。その過半数の票を手に入れることが可能だということだ。

 

 「なるほど、賢者の数は15人でこれ以上票を増やしたくない。だから今回の試験は今まで以上に厳しかったんですね。やりますねラルヴァ殿」


 「褒めている場合ではないぞ。対等というルールを撤廃しそのまま賢者長になるつもりなのだろう」


 キオルは腕を組み、タザールは背もたれに寄りかかる。


 「スパール老に何か良い考えはないのですか?いえ、いいえ、さすがのスパール老でも思いつかないですよね」


 何かを考え込むように髭を撫でるスパールにキオルが聞く。


 「ふむ、最後の魔法士に可能性があるかもしれん」


 髭を撫でるのをやめると呟く。


 「最後の魔法士……、召喚状のですか?」


 「……なるほど、彼が賢者になればもしかしたら票を同数に持ち込むことが出来るかもしれない」


 「その通りじゃ。これは賭けになるが、キオルの小僧が持ってきた噂話が本当であれば、ラルヴァが何を言おうと賢者にすることは可能じゃろう」


 『これ以上の賢者はいらない』と議題に上がっているが、決定はしていない。つまり、ギルが圧倒的な力を見せることができれば賢者になることができるのだ。


 「ですが、召喚状を送ったということが問題になりませんか?」


 「む、だが法は法だ。これは守っていかねばならんだろ」


 「じゃが、今日の試験に来ているというのはわかっておる。賢者になりたいからに他ならないじゃろ。後はその魔法士の実力に賭けるしかないのぉ」


 他にも出来ることがあるのではと、タザールが考え込むようにこめかみに手をやるが、キオルが何かに気付きソファから立ち上がった。


 「おっと、その命運を握る者の試験の時間がもうすぐ始まりますよ。そろそろ僕達も向かわないと」


 ラルヴァ達は召喚した者がいることを知っている。だが、噂を知らないからか、時間が間近に迫っているにもかかわらず試験会場に向かおうともしない。

 『どうせ賢者の名を騙る魔法士』だと侮っているのだ。

 このままだと時間になっても雑談しそうだからと、キオルに続いて、スパールとタザールも立ち上がる。それを見た他の賢者達も溜息をこぼしながらではあるが、重い腰を上た。

 三賢人は祈るような気持ちで休憩室を後にした。



 三賢人が会場に入り椅子に座ると、ようやく他の賢者達がぞろぞろと入場してきた。

 時間は既に過ぎている。

 これ以上、最後の魔法士の機嫌を損ないたくない三賢人は頭を抱えるが、そんな内心を知らないラルヴァは、さらに暴言を吐く。


 「何故、召喚された者が我ら賢者より先にいないのだ!こんな試験は無意味だ。試験会場に入る資格すらない!」


 ラルヴァの暴威は、三賢人にとって邪魔以外の何者でもない。慌てて、スパールが止めに入る。


 「ラルヴァよ。賢者の名を騙る者、どれほどの力量か見てみたくはないか?」


 ラルヴァは眉根を寄せるが、小さく「それも面白そうだ」と呟くと、兵士に入室させるように命令したのだった。

 それこそが全賢者の間違いだとは知らずに。



 会場の扉がゆっくりと開かれる。

 観客もやっとかという思いなのか、野次や歓声が大きい。

 そして開ききった扉に漆黒の若者が立っていた。

 賢者試験に白ローブを着るというのは、ルールではない。だが、習わしに近いものがある。というのもあって、黒い外套に身を包んだ者が会場に入ると、一斉に沈黙した。

 だが、沈黙した理由はそれだけではなかった。

 試験場の地面が、一瞬で白くなったのだ。試験場は土や砂地といった茶色一色。それに霜が降りたのだ。

 そして黒き男が歩くと、その足跡に氷の塊が突き出る。

 辺りにはダイヤモンドダストがキラキラと輝いていた。それは蝋燭や松明の光を反射して幻想的な光景だった。

 だが男のパフォーマンスは終わらない。

 彼が試験場の中心に立つと、彼の背後の地面に無数の魔法陣が浮かび上がったのだ。

 魔法陣から氷の何かがせり上がってくる。

 時間にして5秒。

 それは何もなかった試験場に現れた。

 氷の椅子。

 反対側が見える程透き通る美しい氷の椅子。その椅子はまるで玉座のようだった。大きく、彫刻が施された豪華な物。

 会場にいる全ての者は、一瞬で現れた氷の玉座に驚き、声を出せずに呆然としている。

 我に返ったのは、黒き男が椅子に座った直後だった。

 男は足を組み、肘掛けに肘を置くと頬杖をついた。

 賢者に対して不遜な態度。

 だが、大歓声が会場に響き渡る。

 その歓声に賢者達も我に返り、互いに顔を見渡す。何が起きたか理解できないのだ。

 こんな魔法見たことも聞いたこともない。

 誰が何を質問するかなんていうのは、既に頭から消えていた。だが、それでも貴族のプライドなのか、ラルヴァが氷の玉座に座る男へ叫ぶ。


 「貴様ぁ!それが試験を受けに来た者の態度か!恥を知れぃ!」


 怒り心頭のラルヴァは息巻く。叫んだ後も息が荒いままだ。それだけ興奮しているのだろう。

 観客が静かになる。火の賢人ラルヴァが叫んだからではなく、外套の男が何を話すのか、聞き逃さないための沈黙だった。

 十分と間をおいて、ようやく男が口を開く。


 「今日、試験を最後まで受けることができた者がいたか?」


 その言葉を噛みしめるように静寂が支配し、すぐに賛同するように歓声が上がった。


 「そうだ!今日の魔法士の中にも凄い奴はいたぞ!」

 「クソ賢者共、俺は研究に力を入れてたんだ!なんで見てくれないんだ!」

 「研究が発表されなかったら、商人にも利益がないじゃないか!」

 「それが魔法士達の目標になる奴らのすることかぁ!」


 その声にラルヴァが反論しようと何かを話すが、歓声にかき消される。

 このまま放っておけば暴動に発展しただろう。

 そこで外套の男が片腕を上げ、横へ払うような仕草をすると、霜が降り白く染められた地面が元に戻り、彼が残した氷の足跡が激しい音を鳴らして砕け散ると、会場の中に暖かな風が吹いた。

 何事かと観客が黙り込むと、外套の男は静かに話し出す。


 「お前たちの言いたいことはわかるが、ここは俺に任せてもらえるか?」


 その声に観客は何も答えない。答えないことこそが承諾の証だからだ。

 男が続きを話そうとするが、観客が黙ったのを良いことにラルヴァが割り込んで言いたいことを言い出した。


 「言っておくが、見学者を味方につけお前が試験を続行し、試験を最後まで続けようとわしはお前を賢者には絶対しない!分かったら帰れ!その不遜な態度を続けるようなら兵士に言っ……」


 「おい、勘違いしてないか?俺は試験を受けに来たんじゃない」


 予想していなかった答えに、ラルヴァでさえ毒を吐くのを止める。

 これに聞き返すことが出来たのは、老賢者スパールだけだった。


 「では、おぬしは何のためにこの賢者試験に来たのじゃ?賢者と騙ることが罪だと感じたからではいのかのぅ?」


 スパールはこの漆黒の男に興味を持っていた。圧倒的な魔力、未知の魔法、観客を鎮めるほどのカリスマ。

 先程キオルとタザールに話した、利用するという目的の為ではなく、純粋な興味で。

 外套の男は椅子から立ち上がる。すると、氷の玉座は一瞬で水になり、重力に従って地面に落ちた。

 男は腕を組むと口の端を上げてこう答えた。


 「お前達に、賢者は不合格だと言いにな」

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