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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
六章 賢者の資格
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81番目の魔法士

 一人目の受験者の衝撃的な試験が終わってから、4時間が経っていた。

 今は40人の試験が終わり、昼食休憩中である。

 俺達は会場を出て、近くにある食堂へ来ていた。


 「あれは……、あれは本当に賢者なのでしょうか?」


 リディアは自分が試験を受けたわけでもないのに、落ち込んでいる。

 それほど凄惨な光景だったのだ。

 一番目の受験者だけではなく、殆どの受験者が罵倒され、最後まで試験を続けることも出来ず帰らせられたのだ。

 中には面接で帰った魔法士すらいた。

 俺は緊張を解すための面接だと思っていたが、そうではなかったらしい。

 その魔法士はおそらくダンジョンで戦って力をつけてきたのだろう。面接でも堂々とした雰囲気だったのだが、言葉が少しだけ荒かった。

 すると、一番目の受験者を帰らせた、あの火の賢者が「賢者を敬う気持ちがない魔法士に、賢者試験を受けさせる気はない。即刻帰れ」と言い出したのだ。

 その後、その魔法士は怒り狂い賢者達へ魔法を発動するが、返り討ちにされそのまま兵士に捕まった。


 「なんだか、急いでいる、です?」


 「俺も同感だ。まあ、考えてみれば80人の試験で、一人に5分使い、休憩の時間を取ると8時間も試験をすることになるのだから、早く終わらせたいのかもしれない」


 「だったら日を分けてするべきッスよねぇ」


 本当にその通りだと思う。そうすればあそこまで殺伐とした空気にはならなかっただろう。

 観客である一般見学者も、呆れて帰ってしまう人が数人いたほどだ。


 「でも、見学者の意見はわかれてる」


 そこが謎である。

 この見学者の意見がわかれてるというのは、8時間という長時間の試験に対し文句を言う、言わないという意味ではない。

 賢者達の乱暴な試験の進行に対してだ。

 受験者にあれほど酷い仕打ちをしているのに、聞こえてくる意見は半々なのだ。


 『こんなんじゃ何年経っても、新賢者なんかでないよ』

 『これってただ賢者の威光を知らしめる為だけでは?』

 『どれだけ性格が悪くても、魔法が強ければ賢者か』


 と、俺と同意見の見学者がいる。

 だが、それと同じ数の反対意見もあるのだ。


 『賢者様に対してあの言葉遣いじゃあ帰らせられても文句は言えねーよ』

 『賢者様のお声を聞けたんだから、試験に来てよかったな、新人魔法士!』

 『いやー今回も面白いわ。間抜けな魔法士が賢者になれない姿を見れる日だしな』


 こんな感じだ。

 賛否が必ずあるのは理解しているが、それでも何かがおかしい。賢者ファンなのか?

 普通なら魔法士に同情すると思うのだが、俺が甘すぎるだけか?


 「賢者様はもっと魔法士の味方であるべきだと思います。私は間違っているのでしょうか……」


 リディアは賢者に憧れている。自分に魔法の才能がないから尚更なのだろう。


 「いや、俺もそう思うよ。今日、賢者試験に落ちた魔法士の中には世界中の人々が役立つ研究をしていた者がいたかもしれないからな」


 「そうですよね!でしたらギル様が賢者になれば、変わるかもしれませんね!」


 目をキラキラと輝かせるリディア。

 リディアの為なら賢者になりたい。なりたいが……。


 「リディア、俺は試験を見てこの世界の賢者が正しい魔法士の姿だと判断できなくなった。もし試験に受かったとしても、俺は辞退することになると思う」


 「え?でも……、いえ、ギル様が仰る通りです。私はギル様の判断にお任せします」


 少しだけ悲しそうな顔をする。でもそれは一瞬ですぐにいつもの笑顔になった。

 リディアは俺が賢者になることを誰よりも望んでくれている。そのリディアを悲しませたくはないが……。

 俺がどうやって賢者にならずにリディアを喜ばそうかと悩んでいると、遠くから俺を呼ぶ声がした。


 「おい、おまえギルじゃねーか?」


 その方向を向くと、知った顔が手を振っていた。

 そこにいたのは眼帯で髭を生やしたおっさんだった。

 以前、ヴィシュメールの街にいた時、色々な情報を教えてくれたヴァジだ。


 「ヴァジ!どうしてここに?」


 俺が気づいて名を呼ぶと、他の客を掻き分けて俺の席まで来る。


 「久しぶりじゃねーか、ギル。()()()()()()()()()()()!」


 ヴァジにこの迷宮都市オーセブルクの事を聞いたのだ。彼がいなかったら、オーセブルクダンジョンに来るのはしばらく後だっただろう。


 「俺はオーセリアン王国での用事を済ませて、ブレンブルク自由都市に戻るところだ。そんで、ついでにここで休ませて貰おうと思ったら、今日は魔法学会が開かれるって話じゃねーか。これは見学しなけりゃならんなということで、ここにいるんだ」


 一気に話すヴァジ。相変わらず豪快で話し好きだった。

 ヴァジは旅商人というだけあって、色々な国の色々な事情に詳しい。何か知っているかもしれないから、聞いてみるか?


 「ヴァジ、その魔法学会なんだが、なんかおかしくないか?」


 「ん?おかしいってのは、賢者の態度か?それとも、観客の反応か?」


 やっぱり何か知っているな。

 俺がこの世界の情報をあまりしらないからかもしれないが、それでもヴァジの情報収集能力には頭が下がる。


 「何か知ってるのか?」


 「まぁな。だが、ただでというわけにはいかんな。そうだろ、ギル?」


 あぁ、その通りだ。情報は金と同等の価値がある。それをタダでくれと言っているのだから、物乞いに等しい。

 だが、俺も稼ぎ始めているとはいえ、まだ形のないものに散財できるほど余裕がない。


 「金はだせないけど、商人が食いつく話ならある」


 そう、元『迷賊』達の村。っていうか、そろそろ名前決めてやらないと、元『迷賊』達の村じゃ宣伝もできないな。

 俺がポーカーフェイスしながら、切り札を出そうか出すまいかという駆け引きをしようとするが、ヴァジは切り札を見抜く。


 「そりゃあ、新しくダンジョン内に出来た村の話か?その情報は収集済だ」


 どんだけ耳が良いんだよ……。


 「ちっ、さすがだな。怖い顔してるくせに」


 「怖い顔は関係ないだろ、おっさん泣くぞ?」


 ノリが良いのも相変わらずだ。まあ、俺が間違っていたな。駆け引きなんてしていないで、さっさと本題に入ったほうが上手くいくこともある。


 「その村だがどこまで知っている?」


 これは純粋に『迷賊』という部分が隠れているかどうかを知りたいから聞く。


 「そりゃあ、オーセブルクの街の商人連中が噂する程度さ。とある階層に冒険者や商人が集まって村を密かに作っていた、ぐらいだ」


 どうやら元『迷賊』達というのはバレていないようだった。

 これはもしかしたら、一石二鳥になるかもしれないな。


 「ならその村の詳しい話、後その村で良い立地に出店出来るかもしれない情報と引き換えってのはどうだ?」


 「………ほう?それは思ってもないほど好条件じゃないか?いいのか?」


 「まあ、情報の交換なら対価だろ?ヴィシュメールでも情報を聞いたから、その借りも含めてだよ」


 そう答えると、ヴァジは手に持っていた木のコップを口に運ぶと、エールを一気飲みし机へ叩きつける。


 「成立だ。話せ」


 怖いから……、その顔で机に物叩きつけるの怖いから。

 たしかに、たかが魔法学会の情報の対価としては良すぎる情報だろう。だが、俺にも、いや、俺達にもメリットはある。

 商人に詳しい話をすることで、もっと村へ人を呼ぶことが出来るからだ。

 俺はヴァジに村の情報を話した。もちろん『迷賊』は伏せて。


 「ほぉ……。味わったことのない料理に飲み物、そして安心な寝床。その上発展途上か……。いいな、金の匂いがぷんぷんするぜ」


 「どうだ?価値あっただろ?」


 「ああ!申し分ない。今度は俺の番だな、といってもそんな大した話じゃないぞ?」


 「別にいいよ、それでなんで観客達は意見がわかれているんだ?あんな酷い内容じゃ観ている方も不満だろうに」


 ようやく本題に入り始め、俺の仲間達も聞き耳を立てる。そういえば、まだヴァジに紹介していなかったな……。


 「まあな、見世物としちゃあ面白いけど、あれは不自然だよな。あれはな、賢者の弟子だ」


 弟子?


 「弟子?」


 リディアが俺の代わりに聞き返す。

 今まで話に入ってこなかった俺の仲間達。俺とヴァジの話の時だけではなく、俺が話している時は極力、話の腰を折らないようにしているという、なんとも健気な娘達。

 だが今回は、さすがに自分が気になっているということもあって、割って入ってしまった。そんなに気を使わなくてもいいんだけどね。


 「……ギル、この娘達は仲間か?」


 「ああ、話が終わったら紹介しようと思ってたんだが」


 「あ……、失礼しました。ギル様のパーティに加えて頂いているリディアと申します」


 リディアが自己紹介をすると、俺が改めてヴァジに一人一人紹介する。詳しい話までする気はないが、顔は覚えてもらったほうがいいだろう。


 「なんだよ、ギル。ずいぶんと羨ましいパーティを組んでいるじゃねーか」


 「まあな。腕もなかなかのもんだぞ。それより、続きだ」


 「ああ、そうだった。そう、賢者達の弟子が観客に混じっていて、扇動してんだよ。師匠からの命令なのか、心酔しているからかはしらんけどな」


 厄介だな。弟子共は自分達が正しいと思い込んでいるから、声を大にして発言する。何も知らないただ観に来ただけの人達は、そういうものかと思ってしまう。

 実際、会場の空気は賛否両論という感じなのだ。

 この情報の他にも魔法学会の事を詳しく教えてもらった。やはりというかなんというか、賢者達は少し腐り始めているらしい。

 高報酬のみの依頼受諾、宮廷魔法士の独占、政治への越権などなど。

 賢者にそんな価値はないと俺個人が思っていても、この世界では魔法に優れた者は優遇される。賢者に対抗できる者は限られ、王、勇者、英雄ぐらいなのだ。

 そんな腐りきった連中だが、三賢人と呼ばれる者達だけはしっかりしているようだった。大衆の味方で、評判も上々。彼らがいるから賢者達は評価されていると言っても過言ではないとヴァジは言っていた。

 だが、賢者は平等だ。三賢人であっても、他の賢者のすることに口出しはできない。

 これはいよいよ魔法学会という無意味な催しは、一度壊したほうがいいかもな……。

 もしかしたらペールに演出を頼んだのは正しかったかもしれない。

 嫌な役目ばかり俺に回ってくるのはなんでだろ。俺はただ仲間達と楽しく旅ができればそれだけでいいのになぁ……。

 まあ、とにかくヴァジには感謝しないと。これだけの情報を教えてもらったのだから。


 「ありがとうヴァジ。良い情報だった」


 「何いってんだ、取引じゃねーか。それに今回の主役と話ができたんだからな」


 そう言うとヴァジはニヤリと笑う。


 「主役?」


 「ああ、俺の聞いた話じゃ、今回の魔法学会、いや賢者試験には召喚された奴がいるってな。なんでも賢者の名を騙る不届き者らしく、そいつの名前はギルっていうじゃないか」


 「……知っていたのか」


 「まあ、お前とたまたま同じ名前の奴かなと思ったんだが、この料理屋で見かけて確信したぜ。ああ、もちろん責めるために声かけたんじゃないぞ。飲み仲間で81番目の魔法士を応援しに来たんだ」


 ヴァジは俺の肩を思いっきり叩く。すごい痛いからやめてほしい。顔も怖いし。だけど、有り難い。


 「最後まで観るのか?」


 「ああ、召喚されたおまえの順番は最後だろ?」


 ヴァジはもう一度ニヤリと笑う。


 「そうか、じゃあ一番最後に一番面白いことになるから楽しみにしてろよ」


 今度は俺がニヤリと笑うのだった。



 ヴァジと別れてから俺達は会場に戻った。ヴァジは俺の出番まで時間があるからと言って、もう少し飲んでから来るらしく食堂に残った。気楽な奴め、羨ましいぞ!

 俺達は見学する場所を確保すると、思いの外ギリギリだったのか、試験はすぐに再開された。

 試験はまるでデジャブでも見ているようだった。

 これまでの受験者と同じで、研究まで発表させてもらえない試験。

 貴族風の受験者は、会場を驚かせる程の魔法を使った。両手で杖を操り、同時に二つの魔法陣を完成させると水属性と火属性の上級魔法を発動したのだ。

 今までの受験者の中で間違いなく一番の魔法士だろう。だが、それでも研究は発表させてもらえなかったのだ。

 実演はなかったが、キオルという賢者は貴族風の魔法士と同じ時間で3つの魔法を発動出来るらしく、その下位互換では価値がないと、何故か火の賢者が話していた。

 おまえ、つかえねーだろ?と罵声を浴びせたかったが、この怒りはもう少しとっておくことにした。

 なんせ、ようやく80人の試験が終わり、俺の番が来たからだ。

 俺は席から立ち上がる。


 「じゃあ、あー、控室に行くよ」


 俺が少しだけ緊張しながら言うと、仲間達が声をかけてくれる。


 「頑張ってください、ギル様!ずっと見守っていますから!」


 お姉ちゃんっぽいな、安心するよリディア。


 「おに、おに、お兄ちゃん!負けないでくだしゃ、さい、です!」


 俺より緊張しているエル。少しだけ和んだ。


 「ん、ギル、いつもどおりで良い」


 無表情だから尚更説得力あるな。勇気が出る。


 「旦那、外套似合ってるッス!かっこいい!やっぱりあたしが頑張って寸法を測っただけあるッス!」


 お前、前から俺の足に絡みついてただけだろ。それ絶対寸法関係ないだろ。でも、この外套は一番のお気に入りの服になった。ありがとう、シギル。


 「じゃあ、行ってくる。みんな楽しんでくれ」


 こうして俺は()()へ向かうのだった。

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