試験開始
南から運ばれる薫風を感じる薄暑。本格的に暑くなる前の非常に生活しやすい気温ではあるが、ここは地球ではない。
ここは異世界である。
そしてこの生活しやすい場所は、この世界でもっとも危険な場所であるダンジョンの中。一年中、各階層の気温、気候は決まっている。
そんな世界の理から外れるダンジョンの地下1階に俺はいる。
この環境でさえ頭がおかしいと感じるのに、逞しいこの世界の住人はこの危険と言われるダンジョンの地下1階に街を作ったのだ。
中世ヨーロッパ風の家々が立ち並ぶこの街は、オーセブルクと言われている。
その街の中でも貴族街と呼ばれる区画に、古代ギリシャの神殿によく似た建物があるが、そこで今日魔法学会なるものが開催されている。
魔法学会のプログラムのひとつである賢者試験に、俺は参加しているのだ。
俺は朱瓶 桐。この世界では異世界人だとバレないように、ギルと名乗っている。
地球でただの趣味人だった俺は、ある日この世界に召喚された。なんの説明もなく、魔物が蔓延る山奥にほっぽり出されたのだ。
そんな中今まで生き残れたのは、地球で学んできた知識を活かし、この世界の魔法を覚え、そして仲間達がいたからだ。
魔法なんてファンタジーの、それもフィクションの中でしか存在しない。それが現実に扱えるとなれば、それに傾倒するのも分かるだろ?
もちろん俺も熱中した。そして少々目立ちすぎてしまい、この世界の賢者と呼ばれる者達に目をつけられ、この賢者試験へ強制参加させられることになったのだ。
魔法が多少使えるぐらいではこんなことにはならないが、俺が賢者であると騙ったことがいけなかった。
この世界の賢者は、知識多き者ではなく魔法の深淵を覗く者を指す。つまり魔法の知識量、魔法の強さだ。そして、今参加している賢者試験で認められて、初めて賢者と認定されるのだ。
だが、賢者達が俺を強制参加させるために、召喚状を用意したことが俺の癪に障った。ただでさえこの世界へ理不尽に召喚され、そのことでさえ怒りを覚えるのにそこにこの召喚状だ。
更に魔法は絶大な力で、この世界でも重要視されているが、深淵を覗く者である現賢者達が知識を隠し、魔法を簡略化したために魔法が衰退している。
その賢者達が、おそらくこの世界でもっとも魔法に心血を注いでいる俺に対し、「お前は賢者ではない。賢者試験に参加せよ」等と言ってきたのだ。
だから俺は、この賢者達に本当の魔法を見せるために、この試験に参加したのだった。
そしてその俺は今、額に汗を浮かべながら同じく試験を受ける者達を見学席から見ている。
何かまずいことがあって冷や汗をかいているのではなく、ただ単に暑いのだ。ただでさえ初夏の気温なのに、見学席は満員。これだけ密集していれば気温も上がる。
そしてこんな暑い中、黒いロングコート風の外套を羽織っていれば……。
「あちぃ……」
こんな言葉が無意識に漏れるのも仕方のないこと。
だが、この外套を脱ぐ訳にはいかない。なんせ俺の大事な仲間達の贈り物だからな。だけど暑いものは暑い。
それでも他の見学者に比べればまだマシだろう。俺と俺の近くにいる仲間達に、俺が氷属性と風属性の魔法で涼しい風を送っているからだ。
賢者試験は、試験を受ける者以外にも一般見学が許されている。そして俺の仲間達も、俺を応援するために同行してくれたのだ。
「ギル様、ありがとうございます。ですが、試験前なのに魔力を使っても大丈夫なのですか?」
風で揺れる赤い髪を手で抑えながら、俺の心配をするヒト種の美少女はリディア。
17歳で亡国の元王女。国を出てから冒険者になり、そして俺と出会ってからはずっと一緒だ。
スリムな体ではあるが、俺のパーティメンバーの中でも、そして恐らくこの世界でもトップクラスの剣術使いだ。
俺の事を賢者と呼び始めたのは彼女で、この迷惑な賢者試験へ強制参加するはめになった元凶でもあるが、俺は気にしていない。彼女こそが俺の一番最初の仲間で、誰よりも俺のために尽くしてくれるからだ。
俺は「大丈夫だよ」と答えた。
「やっぱり、1パーティに1ギルッスねぇ」
だからその言い方はやめろと……。
地球の伝説的なRPGゲームの通貨風に俺を呼ぶのは幼女。
だが幼女なのは見た目だけで、年齢は20歳。紫色の髪をツインテールにするこの可愛らしい女の子は、ドワーフのれっきとした成人女性である。
俺のパーティでは、主に装備や旅に役立つものを作ってくれている。俺が開発した魔法剣を俺から教えてもらうために同行したのだ。
祖父から受け継いだ武器屋を世界一の店にするために俺のパーティに加わり、既に魔法剣を教えたにもかかわらず、今でも俺達と一緒に旅を続けている。
装備作成だけではなく、戦闘面でもドワーフの種族特性の馬鹿力を活かし、勝利に貢献している。
「はぁ……、お菓子、美味しいです」
俺が作ったクッキーを小動物のように食べているのは、美しい金髪のエルフ。
彼女はエルミリア。名前が長いから、エルという愛称で呼んでいる。
見た目と精神は14歳程度だが、実際は70年という時を生きている。少々人見知りではあるが、14歳の恥ずかしがり屋の少女と考えれば不思議ではない。
だがスタイルは精神年齢とは逆に抜群だ。そのせいか、すれ違う度に男共が彼女を凝視するのも仕方がない。
当面は彼女を守るのが俺の役割となるだろう。
パーティの役割としては、後方からの狙撃。エルフ特有の視力の良さで俺達をサポートする。
「もぐもぐ、むぐ。ギルの料理は全部美味しい」
エルと同じく、俺の作ったクッキーを遠慮なく口いっぱいに頬張るのは、リディアと同じヒト種のエリー。
銀髪のセミロング美女である彼女は、このオーセブルクダンジョンで活動する冒険者である。『聖騎士』と呼ばれるほどの強さで、ソロで22階層まで潜ったことすらあるのだ。
現在は重鎧を着ていて隠れているが、その鎧の下は女性達が羨む程の抜群のスタイル。俺のパーティ一番の巨乳でもあるが、俺のパーティで1、2を争う食いしん坊でもある。
戦闘面ではその防御力を活かし、最前線で魔物の攻撃を受け止める盾役をこなす。俺のパーティで欠かせない人物だ。
これが俺の自慢の仲間達だ。
俺のパーティは美女、美少女、美幼女(?)で、性格も良い。俺は仲間に恵まれていると思いつつも、いつか俺は嫉妬で狂う男達に刺されるかもしれないと怯えている。
そんな無駄口を叩きながら待つが、一向に始まらない。
俺は一つ息を吐くと改めて会場である建物を眺める。
外観は古代ギリシャの神殿風だったが、中は全くの別物。そして外から見ていた時も感じていたが、巨大な建造物だ。
外の石造りとは逆に、中は木製だった。おそらく新たに建物を建てたのだろう。
木製だからといって質素になったわけではなく、寧ろ豪華な作りになっていた。
2階建てで、1階入り口にはロビーと2階に行くための階段、トイレなどがある。そして、試験が行われる広間とまだ俺が入ったことがない控室もあるらしい。
その試験をする場所の広間は、木製ではなく土だった。床に土を敷き詰めたわけではなく、そこだけくりぬいた地面になっている。闘技場と言えばわかりやすいか。
昔は裁判を行っていたのか、もしくはついでに処刑もここでやっていたのかもしれない。
その広間の奥は1メートル程高くなっている壁があり、その上には椅子が並べられている。きっとそこに賢者達が座るのだろう。
そして2階に観客席。残念ながら椅子はなく立ち見だ。
梁や柱にも細やかな装飾が施され、歩くことが出来る床には全て赤い絨毯が敷かれている。明かりは相変わらず、松明や蝋燭に頼っているが燭台などが純金製。これ一本盗んで売れば、それなりの金額になるだろう。
だが、そんなことは許さないとばかりに、兵士が見張りをしている。その数はこの建物内だけで30人以上。
人件費だけでもかなりの出費だろうが、いったいどこからそんな金が出てくるのやら。
「ギル様、どうやら始まるようですよ」
リディアの声で会場の広間に目を移すと、賢者達が入場してきた。
「あいつらか……」
白いローブを着た男達が15人静かに椅子へ座る。そしてその中で一番老齢であろう賢者だけが立ち、2階にいる観客達を見渡す。すると、今まで話していた観客が静かになった。
そして静寂を破るように声を張り上げる。
「この薬の賢人スパールが、賢者試験の開始を宣言する!」
短くシンプルな開始の合図。
すると歓声が起こった。娯楽の少ないこの世界では、こういう試験を見学するのも娯楽なのだろうか。笑い声や、拍手、罵声などが聞こえる試験会場というのも不思議なものだ。
それよりもだ、どうやら薬の賢者スパールが、賢者達の代表みたいだな。
「お、あれが一人目ッスか」
シギルが指を指す。
小さな扉から入ってくる若者。緊張しすぎているのか、顔面蒼白で歩き方がぎこちない。どうして一番目を選んでしまったのだろうか?
別に抽選とかないのだから、ちょうど中間ぐらいに受付を済ませれば良かったのに。
そんなことを考えていると、彼の面接が徐に始まる。
「魔法士よ、名を申せ」
「は、はひ!んんっ、ぼぼぼ、僕は………」
観客から笑い声が上がる。そして、賢者も笑っている。
なんて失礼な……。
ただ3人の賢者だけは、笑わず質問を続けていた。おそらく彼らが3賢人と呼ばれている人達だろう。
面接は3分ほどだった。
質問は、どうして魔法を使うようになったのだとか、何故賢者試験を受けに来たのかとか、得意な魔法はとかだった。
なんとなくだが、この面接に意味はないと感じる。緊張を解く為に、受験者に声を出させている
だけだ。もちろん人柄も見ているのだろうが。
「では、お主の得意な火の魔法を見せて頂こうか」
賢者スパールがそう告げる。どうやら実技を見るようだ。
「はい!よろしくお願いします!」
一番目の受験者も緊張が解けてきたのか、ハキハキと話すようになっていた。
彼は立ち上がり構えると、詠唱をし始める。
手には何も持っていない。
すると観客席から実況にも似た感想や声援が聞こえる。
「おぉ!杖なしか!」
「珍しいな。本当に魔法陣を構築できるのか?」
「出来ても遅かったら意味がない」
「がんばれー!」
30秒ほどの詠唱で魔法陣が組み上げると、魔法を発動した。
彼の魔法は火の上級魔法である『ファイアストーム』だった。地面から3メートルの火柱が吹き上がる。
「おぉ!高い!」
「それにまぁまぁの速さだった!」
観客席からの拍手と感嘆の声。
「ど、どうですか?」
魔法と止めると一番目の受験者が賢者達に自分の魔法の出来を聞く。
賢者スパールが頷いて何かを話そうとするも、横から割り込んで質問する男がいた。
「わしは火の賢人、ラルヴァである。貴様、なにゆえ杖を使わんのだ」
「え?その、杖を使わずとも魔法が使えることをアピールしたかったからですが……」
そう答えると、火の賢者はわざわざ聞こえるように溜息を吐く。そして徐に杖を出すと、魔法陣構築を始める。
10秒。受験者よりも3倍速い時間で魔法陣を構築し、上級魔法『ファイアストーム』を発動した。
5メートルの高さがある火柱が上がり、しばらくその状態を保つと魔法を止めた。
「貴様の魔法は話にならん。詠唱時間、威力とも劣っているではないか」
「いえ!その……」
「言い訳を聞くために話しているのではないのだよ。貴様は失格だ。理由は言わなくても察しているだろう?わからなくても説明する気はない。さあ、貴様の試験は終わりだ。出て行け」
「え!?いえ、研究を聞いてくださ……」
「兵士!連れて行け!」
そうして受験者が兵士達に連れて行かれ、一人目の試験が終わったのだ。
なんとひどい試験なのか……。研究に力を入れた受験者だったかもしれないのに、アピールを間違えただけでこれか。
火の賢者が言う通り、そのアピールは失敗だった。確かに杖なしで上級魔法を使えるのはアピールになるだろう。だが、時間がかかりすぎては意味がないし、威力が不安定なのもいただけない。
しかしだ、火の賢者が火属性の魔法を得意とするのは聞かなくてもわかることで、ただの魔法士より速く安定した火属性の魔法を使うことが出来るのも当然だろう。
火の賢者より遅いからといって、試験を強制で終わらせるのか……。
さすがの観客も少し引いている。
これは見るに堪えない試験になりそうだ……。