会場へ
窓から差す日の光を浴びながら、俺はYシャツを着る。
とうとう魔法学会当日になってしまった。ほんの少しだけ緊張するなぁ。だけど、楽しみでもある。
上から目線の召喚状に未だ腹が立っているが、それでも自分の知識、力を披露する場は人間の成長のためには必要だ。そういう意味では感謝している。
だけど許せないものは許せん。だから、俺が今いる賢者共に本当の魔法というものを見せてやるのだ。
と、大きな口を叩いておいて、大したことなかったらまずいからあまり口にするのはやめよう。
「しかし……、スーツの上着もボロボロだったが、このYシャツもこんなに黄ばんでたっけなぁ?」
そんなわけない。この世界に来た時は白かったのだ。つまりは汚れだ。
洗っていても漂白剤や、良い洗剤がないから洗うたびに黄ばんでいくのだ。
「はぁ、こんな格好で魔法学会に行かなきゃならないとは……。せめて上着があれば隠せたのになぁ」
ここ3日は魔法学会の準備で時間を使ってしまい、買い物に行く時間を作れなかったから仕方ないといえば仕方ない。
でも、やっぱりちゃんとした格好で出たかったな。
まあ、ないものはしょうがない。そろそろ良い時間だし、軽く食事でもしようかな。
そう思いドアへ向かうと、ドアがノックされる。
おや?もしかして、俺が遅いから様子を見に来たのかな?
ドアを開けるとパーティメンバー全員がドアの前にいた。
なんか、全員集まるの久しぶりな感じがする。
ここ数日、皆気を使ってくれていたのか俺の部屋に来ることもなく、毎晩交代で俺のベッドに潜り込んでいたのに、それもなかったから間違いないだろう。
俺の邪魔をしないようにと気を使ってくれたことを、有り難いと思う一方で、寂しいとも感じる数日だった。
それがどうして今日は全員で俺の部屋に?
「あの、ギル様?精神集中の邪魔だとは思いますが、少しだけよろしいですか?」
俺が考え事をして反応が遅れたからか、リディアに気を使わせてしまった。
「いや、大丈夫。昨日寝るのが遅かったからぼーっとしていただけだから。それでどうした?今から1階に降りようと思ってたんだけど、行くのが遅かったか?」
皆起きるのが早く、いつも俺より先に食事をしているが、さすがに試験当日でこの遅さに心配させてしまったか?
「その………ですね」
なんだ?いつものリディアと違うな。
「どうした?なんか問題が起きたのか?」
普段リディアが物怖じすることは少ない。そのリディアが言葉に詰まるとは、いったいどんな言い出しにくいことがあるのだろう?
「お、お姉ちゃんがんばる、です」
「ですが、気に入らなかったらと思うと」
「大丈夫、ギルは気にいる」
なんだ?何をヒソヒソと……。
「ま、とりあえず、中に入れてもらっても良いッスか?」
「あ、ああ、もちろんだ」
そう言って皆を部屋へ入れた。
部屋へ入っても皆でヒソヒソ話し合い、ようやく相談が終わるとシギルが話しだした。
「その、あたし達から旦那に贈り物があるんス」
「贈り物?えっと、なぜ?」
記念日でもないのにどうしてという意味で答えると、勘違いしたのかリディアが悲しそうな顔をする。
「私達からの贈り物は迷惑だったでしょうか?」
「いやいやちがうから。じゃなくて、俺が皆に贈り物するのはわかるけど、どうして俺に?この世界では今日が贈り物する日とか?」
俺は彼女達にかなり世話になっている。彼女達がいなければここまで生きてこれなかったかもしれない。強さではく、精神面でだ。
それに対して、何か贈り物をするのは俺だろうと本気で思っている。
「そうじゃなくて、旦那にお世話になっているから何か贈りたいなと思っただけッスよ」
マジか。なんか、嬉しいな。
いや、地球にいた時も女性から贈り物されたことはあるが、それとはまた違う嬉しさだ。仲間だから?
「そ、そう。いや、すげー嬉しい」
俺がそう言うと少し安心したのか、リディアが前に出て手に持っていた黒いものを俺へ渡す。
「これは……」
それは外套だった。
この世界の外套は、フード付きローブみたいなものが一般的だが、貰ったこの外套は真っ黒なロングコートのようなものだった。
だが、地球のロングコートとも異なり、装飾が多い。
ボタンで留めるのではなく、腰にある大きな革ベルトがボタン代わりのようだ。そのベルトも装飾が施され、かなり豪華な外套といった感じだ。
生地も布とは触り心地が違う。
「布じゃないのか?」
「あー、さすが旦那ッスね。あんまり言いたくないッスけど、それはアラクネクロスってやつッス」
聞いたことがある。最高級の布じゃないか。
アラクネという魔物が吐き出す糸で作った布らしく、防熱や防刃の効果がある不思議な布。そしてそれはかなり高価だ。
これだけ多くのアラクネクロスを使っているし、金貨数枚はするだろう。
「こんな高価なもの、本当に良いのか?」
「もちろんッス、旦那。皆で出し合ったからそこまで負担はないッスから。そ、それと、デザインはどうスか?」
「そうそう、デザインな。よく俺好みのデザインを見つけたな」
俺が言うと、シギルが小さく「よし!」と言った。
「良かったですね、シギル。ギル様、それはシギルがデザインして、皆で作ったのです」
マジか!贈り物をもらえただけでも驚いたのに、まさか手作りとは。
聞けば、ここ数日で彼女達も色々な苦労をしていたみたいだ。
『無限なる水差し』を売り、俺に頼まれた物を見つけたら買い占め、そして俺へ贈り物するために同時進行でアラクネクロスを探し回っていたらしい。
そして、シギルがデザインしたのを夜中に全員集まって作成していたらしく、ここ3日間殆ど寝ていないのだとか。
シギルが疲れた顔をしていたり、余所余所しかったのはそのせいだったのだ。
その話を聞いて、俺がペールに行く日に抱きつかれた理由がわかった。俺の体のサイズを測っていたのだ。俺にサプライズプレゼントをするために。
「こんな嬉しいのはこの世界に来て初めてだ。本当にありがとう」
俺の本音だった。
そして俺は、一人一人抱きしめて、耳元でありがとうとお礼を言った。
俺を含め、顔を真っ赤にしていたのは言うまでもない。
その後食事を済ませ、貰った外套を着ると皆で宿を出た。魔法学会の会場へ向かったのだ。
「ふぇ、ここが、会場、です?」
「こんな立派な建造物が、オーセブルクにあったのですね」
俺達はまるで神殿のような建物の前に立っていた。
目立つのは建物を支えるようにそびえ立つ、円柱の大きな柱。所々にある装飾彫刻に下品さはなく、均等に並んだそれらは、神聖さを醸し出す。
地球の古代ギリシャのドーリア式建造物にそっくりだ。
しかし、ここが魔法学会の会場なのだから、神殿ではないのだろう。
「エリーも知らなかったんスか?」
「普通の冒険者は、貴族街には来ない」
魔法学会の会場は貴族街にあった。
オーセブルクは大きく分けて5つの区画がある。
外界から入った門を正門。その門から中心部までの通りを商店街。文字通り、商店が立ち並ぶ区画である。
その商店街の裏は一般区画。このオーセブルクの住人の殆どはここで暮らす。
そして中心部。ギルドや兵舎などがあるのはここで、露店などもこの場所に集まっている。
更に奥に行くと川があり、そこから下流に下ると貧民街。ダンジョンの2階層へ行く横穴から一番近くにあり、もし魔物が2階層から来た場合は真っ先にそこが被害にあうだろう。それが土地の値段が下がった理由なのだろうけど。
逆に川の上流に行き、川を渡ると貴族街。魔物の出没率がかなり低く、兵舎も近くにあることが理由で、貴族達が集まって住んでいるのだそうだ。
その貴族街の入り口にこの建造物が建っていた。
魔法学会の為だけではなく、色々な行事がここで行われるらしい。
「たしかにその通りッスね。貴族街なんかに冒険者が来ても、貴族にイチャモンつけられるだけッスからねぇ」
シギルが言った通り、問題を起こしたくないから冒険者はこの貴族街に近づかない。
「その貴族の目もあるし、とりあえず中へ入ろうか」
あまり外で目立ちたくない。そう思い俺達は急いで会場の中へ入った。
中は意外にも木造だった。どうやら古代ギリシャ風は外見だけのようだ。
入ってすぐはロビーで、そこにカウンターが設置されており、大勢の魔法士が並んでいた。しかし、名前を登録するだけらしく、それほど待たなくてもよさそうだ。
「すぐ登録してくるから、ここで待っててくれ」
俺は仲間達にロビーで待ってもらい、行列に並ぶ。
予想通りすぐ俺の番が来た。
「賢者試験の登録ですね?」
俺の順番が来ると、受付嬢は挨拶もなしに尋ねる。
「召喚に応じた」
俺は不敵な笑みを浮かべながら召喚状を受付嬢に渡す。
これは演技だ。この会場に入った瞬間から仲間以外には演技で接しなければならない。
「あぁ、あなたが例の……」
小馬鹿にしたような言い方をする受付嬢。
「それがわざわざ来た者に対する態度か?」
言葉に殺意を込める。こういう演技は苦手だけど、ちゃんと出来ているかな?
「し、失礼しました。召喚者の順番は最後になります。えっと、81番目です」
受付嬢は声が震え、目を合わせなくなった。
どうやら上手く演技できてるようだ。接客が悪いとは言え、この受付嬢には実験台になってもらったみたいで、申し訳ないなぁ。
「………………そうか」
少しだけ間を置き了承した旨を伝えた。
そして殺意を解き、カウンターから離れる。
ふぅ、こんな感じだったらおそらく、ペールの演出から外れないだろう。しかし、81人も試験を受けるのか……。
仲間達の元に戻ると、俺も落ち着ついた。やっぱり少しだけ緊張していたみたいだ。
落ち着いたら回りの様子がよく見える。
なんて言ったらいいか、会場に入った時は気づかなかったけど、かなりカオスな空間だった。
「あぁ、ちくしょう!うるさすぎて、詠唱を忘れちまう!」
耳を押さえながら、ブツブツと魔法の詠唱を繰り返し音読している者。
「王国の貴族である私は、賢者になることは既に確定しているのだ。同じ王国の貴族でもある賢者キオルがその証明。そして幼少の頃から宮廷魔法士の教育を受けているのだから、ここにいる平民共に遅れを取るわけがなかろう」
貴族っぽい魔法士が執事に演説。
「はは、お坊ちゃんが息巻いているぜ。魔法で魔物を倒したこともなさそうなお坊ちゃんがよ」
その貴族を馬鹿にする冒険者の魔法士達。
羊皮紙に黙々と何かを書く者や、震える足を抑えるために叩く者、ロビーの隅っこで遠くを見るような目をする者。
その様子を見て、洋画で観た精神病院を思い出した。
それに気になることもある。この場にいる者達の殆どが白い服装なのだ。というより、黒い服は俺だけだった。
「おい見ろよ、白ローブを着ない試験参加者がいるぜ」
「はは、あいつ落ちたな」
「どうせ初参加か、ダンジョンで魔物を数匹倒して調子に乗っちゃった奴だ」
「あぁ、いるいる」
俺を見てそんなことを言う魔法士達もいた。
それをリディアも聞こえたらしく、少し困った顔をしながら俺に囁く。
「もしかして今日その外套を渡したのは間違いだったかもしれません」
「気にするな。白い服装をしたから受かるわけじゃない」
「ですが」
「この話は終わりだ。俺はこの外套を気に入っているんだから、それでいいだろ?」
そう言うとリディアは困ったような、でも嬉しそうに頷いた。
そこで受付嬢が立ち上がり、試験参加者に告げる。
「皆様、受付は終了しました。では、1番から10番の方は控室へ、後の方はこの会場内であれば自由にしてください。その時が来ましたらお呼びします」
受付嬢が告げると参加者が散り散りになる。
控室に行く者や、一般見学者と同じく見学出来る席に行く者。ロビーに留まる者やトイレに向かう者。
多くは見学するようだ。
「それで旦那はどうするんスか?」
「あぁ、まあ俺の順番は最後だから、見学でもしようかな」
「では皆で見学しましょう」
まあ、試験の雰囲気を見ておきたいのもあるが、目的は他にもある。
ようやく賢者達の顔を見ることができるのだ。
さて、どんな顔をしているのやら……。
そうして賢者試験が始まったのだった。
これにて5章は閉幕です。
誤字脱字が多く、読みづらいのにもかかわらず、多くのブックマークや評価、更にはレビューまで書いて頂き、ありがとうございます。
これからもなるべく投稿頻度を落とさないようにしますので、時間が空いた時にでも読んでいただければと思います。
誤字脱字は投稿前に何度も読み直して探しているのですが、やはり見落としてしまう。見苦しいですが、こう書きたかったんだろうなぁ程度に思っていただければ助かります。
一話毎に、後書きでお詫びやお礼をしたいところですが、物語に作者の気配を感じてほしくないので、お知らせ以外は控えるようにしています。
でも、やはり読んでいただいた方にお礼したいので2章に一度はこうして後書きを書くことにしています。
さて、後書きは長すぎてもいけない。そろそろ終わりにしましょう。
では、最後にもう一度、5章を読んで頂きありがとうございました。