表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
五章 白き竜
65/286

魔法学会前日

 演出家ペールの指導を受け演技の練習をした後、フラフラになりながら宿へ戻ると食事も取らずに即就寝。そして、まだ仲間達が寝ている時間帯に起き出すとコソコソと街を出て近くの森へ入る。

 なぜこんなところに朝早くから来ているのかというと、明日開かれる魔法学会で使う予定である魔法の練習のためだった。

 別に宿屋の庭を借りて練習しても良かったのだが、ペール曰く、「誰にも見られないほうが良い」とのこと。

 ペールは魔法とは程遠い生活をしているが、それでも俺の魔法が特別なものだとわかるらしい。だから、そんな魔法を練習とはいえ、宿屋の庭で使われては迷惑になるし、最悪衛兵を呼ばれるかもしれないから、念のために誰もいない場所で練習するようにと言われたからだ。

 それにできれば、役者が演技を見せる場所は舞台の上だけのほうが良いらしい。

 本職の役者さんなら興行的にも当然の話だが、俺の場合は演技している俺をこういう性格の人物だと理解させる必要があるとかなんとか。

 まあつまりは、相手(賢者達)は俺のことを知らないのだから、それをわざわざ演技だとバレるようなことをしないほうが良いと。

 さて、それでどんな魔法の練習かといえば、ペールの演出で椅子を魔法で作るというのがあった。

 だが、魔法で椅子なんて作ったことないし、魔法の命令文に椅子なんてなかったのだ。

 ここで言う魔法の命令文とは、魔法陣に描く『どのような形状で』という部分だが、そこには剣だとか、槍、矢、玉、壁、立方体などの命令しか存在せず、ましてや『椅子』なんて命令を書けば魔法が発動すらしないのだ。

 ではどうやって椅子を魔法で作るか。

 幸いにも図形の命令文はあるから、それを組み合わせて作ろうという考えに至った。

 しかしここで更に問題、いや、大問題が浮上した。

 それは、この俺が椅子に関して妥協はしないということだ。

 昨日の時点で、図形を組み合わせて簡単な椅子を作ることはできたのだ。そしてペールもこれで十分だと言ってくれた。

 だがしかし、俺は認めなかった。

 立方体に背もたれが付いた物を椅子と呼ぶのか?いや、呼ばない!

 俺はそうペールに言ってやったのだ。すると、ペールも納得してくれた。彼も演技に妥協を許さない人物だ。俺のこだわりも理解できたのだろう。

 そしてペールは目をそらしながらこう言ったのだ。「あ、はい、それは宿題ということで」とな。

 そして今に至る。全部が全部自業自得で笑ってしまうな。でも、誰しも妥協できないことってあるから仕方ないよね。

 そうして俺は魔法の練習を始めるのだった。



 ダンジョンの疑似太陽が一番高く上がる頃、時間にして6時間ほど魔法の練習をしてようやく納得のいく『魔法の椅子』が完成した。

 俺好み且つ、今回の演出にぴったりな豪華な椅子を魔法で作ることができた。明日これを出した時、誰しも座ってみたいと思うこと間違いないだろう。

 俺は額に浮かぶ汗を腕で拭い、水筒に入れた水を飲む。


 「しかし、ペールの演出は思いの外良かったなぁ。俺がミスしなければ、賢者達は驚くだろうな」


 あまり期待していなかったが、ペールの演出はかなり良いものだった。さすがは冒険者ギルドのギルドマスターがファンになる劇団の演出家だ。

 魔法学会が過去どんなものだったか知らないが、まさに前代未聞になるだろうと確信している。ただ、仮に成功した場合は賢者になれない可能性が高くなるのも確信している。まぁ、残念がるのはリディアぐらいだから、それは別にいいだろう。それに別の目的もできた。

 魔法学会の賢者試験は、一般人の見学が許されているらしく、俺の狙いはその一般見学者を味方につけることだ。

 賢者になれなくてもいいという気持ちは相変わらず変わらないが、この演技が上手く行けばその一般見学者の印象には残るだろう。

 それからは成り行き次第だが、面白いことになるかもしれない。


 「ふっ、見ておけ賢者どもめぇ」


 さて、『魔法の椅子』もできたことだし、そろそろ街へ戻るとするか。昨日の朝からうちの娘達と話もしてないからね。

 そうして俺は街へ戻るべく森を後にするのだった。



 街へ帰ってくると寄り道せずに宿屋へ戻る。

 お昼時のせいか宿屋1階の食堂は活況を呈している。

 どうにもエリーが選んだこの宿は料理が美味しいらしく、宿泊客でなくとも食事のためにわざわざ食べに来る。そのせいでどのテーブルにも客がついているみたいだ。

 腹が減っているがテーブルは埋まっているし、待つのもなぁ。

 今日は昼を抜くか、それとも自分で作って済ませようかと考えていると、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。


 「ぎ・ギルお兄ちゃん!」


 む、この天使が囁くような声は間違いなくエルだろう。

 その場所を振り向くと、エルとエリーが二人で昼ごはんを食べていた。

 二人だけなのを珍しく思うも、二人のテーブルに空きの席があったから俺は考えるのをやめ、急いでその席へ向かった。

 席に着くと忙しそうに動き回っているウェイトレスを呼び、注文を頼むとようやく息をついた。


 「二人がいて助かったよ。街にいるのに自炊するところだった。それにしてもエリーとエルの二人だけか?」


 別に自分で食事を作るぐらい良いじゃないかと思うかもしれないが、この宿の部屋に台所なんてない。だから作れる料理と言ったら、干し肉をパンで挟むぐらいしかできないのだ。

 台所が備え付けられている宿もあることにはあるが、そういうところは逆に食堂がない。

 折角、食堂付きの宿に泊っているし食堂で食事をしたいと考えるは普通だろう。

 ダンジョンの中では自炊しているのだから、街にいる間ぐらい楽をしたいという気持ちもあり、出来る限り料理を作らないようにしているのだ。


 「今……もぐ、買い物から……むぐ、帰ってきた」


 我がパーティ1、2を争う食いしん坊キャラのエリーが食べながら話すが、食事を優先したかったのか途中で会話を終える。

 そこでエルが交代するように話しだした。


 「リディアお姉ちゃんとシギルは、買い物を続けてる、です」


 なるほど、リディア達はまだ街を回っているのか。まあ、昨日は俺の買い物でかなり時間を使わせてしまっただろうから、今日ぐらいは自分たちの買い物に集中してくれても全然構わないが。


 「そうか、それでエリー。結局、水差しはいくらになったんだ?」


 俺は無限に水が出る水差しを、エリーに渡し商人ギルドで売って欲しいと頼んでいたのを思い出した。

 俺の質問にエリーは5秒程もぐもぐと咀嚼して飲み込んで、ようやく話しだした。うんうん、よく噛むのは良いことだよ。


 「大金貨15枚」


 マジか!!エリーの予想では大金貨10枚ぐらいだと言っていたから、増減してもそのあたりだろうと思っていたら、大金貨5枚も増加したのか。

 聞けば、最近ダンジョンでは奥へ進む冒険者が減り、比例してマジックアイテムも市場に出にくいらしい。更に、今回の『無限なる水差し』は、水辺エリアのボス『クラーケン』を倒し、その報酬でしか手に入らないというかなり希少な品だ。

 そしてそのクラーケンに至っては倒さずとも撃退さえできれば、次の階層へ行けることが判明してからは倒す冒険者も少なくなったのだから、この『無限なる水差し』の値段が跳ね上がるのも頷ける。


 「それは僥倖だったな。皆に大金貨1枚ずつのお小遣いじゃ少なすぎたか?」


 「大金貨1枚を自由に使える冒険者自体、そんなにいない。十分」


 そう言えばそうか。大金貨1枚を現在の地球の価値に換算すると、一枚で10万円。そして、この世界の時代の物価を考えると価値は10倍。つまり一人100万円手元にあることになる。

 そう考えれば、かなりの大金をお小遣いとして渡したが、皆本当に頑張ってくれたのだから当たり前だろう。


 「そうか、まあ、残りはパーティの資金なんだから欲しいものがあったらその時に買えばいいか」


 俺が納得していると、ウェイトレスが頼んだ料理を運んできてくれたから、会話を一時やめ食事に集中することにした。

 エルとエリーは食事の時、黙々と食べる性格だからなんとなく俺も黙ってしまう。別に話しかけても気にしないとは思うのだがなんとなくね。

 全員が食べ終わるとエルが思い出したように話しだした。


 「そういえば、です。お兄ちゃんに頼まれたもの、部屋に置いておくってシギルが、言っていた、です」


 頼まれたものとは、おそらく昨日買い占めろと頼んだ物だろう。


 「何に使うんです?」


 エルが小さくクビを傾げる。この仕草可愛いなぁ。

 今回のダンジョン攻略の帰り、皆が寝てから俺がソレを調べていたら偶然あることを発見して興奮したなぁ。まだ試作品すら完成していなかったから、皆にはまだ話していなかったのだ。

 どうしてこんな物を買い占めろと言われたのか不思議がっているみたいだ。


 「ああ、これはな………、いや、そういえば明日……、ちょうどいいかもしれない」


 俺が一人で勝手に納得していると、エルとエリーが少し困った顔をする。


 「あぁ、悪い。明日、魔法学会があることは話したよな?その賢者試験は一般人の見学も許されているらしいんだけど、見に来るか?」


 急に話が変わって困惑するも、二人が当然のように頷く。折角の休暇なのに、俺の賢者試験で時間を使うことになんの疑問も持っていないようだ。

 俺は彼女達のこういうところが好きなのだ。だから俺も彼女達の為に全てを尽くせる。


 「そ、そうか。ちょっと恥ずかしいのもあるが、見に来てくれたらその時になんでこんな物を街中から買い占めたか分かると思うよ」


 恥ずかしいのは演技を見せることだ。普段を知っている彼女達に演技を見せるのは、さすがの俺でも少し照れる。

 そして教えないのではなく、明日他に来る一般客と一緒に驚いてほしかったからだ。

 俺がそう答えると二人はまたも不思議そうな顔しながら頷くのだった。



 食事が終わるとエルとエリーはまた買い物に出るというから、俺は自分の部屋へ帰ってきていた。

 俺も買い物したいが、まだ魔法学会の準備が終わっていないのだから仕方ない。

 俺は彼女達に街中から買い占めてもらった物を、机に出して作業をしていた。

 買い占めた物は、大きな背負い袋で3つもあった。数で言えば、3百個近く手に入ったことになる。

 明日使うものはたった1個だがまだ研究途中なこともあり、心配だから大量に買ってきてもらったというわけだ。

 もちろんそれだけではなく、もし俺の考える通りなら格段に値上がりしてしまうからだ。

 俺の考えは正しく、これは画期的な物だった。明日、俺が発表すれば商人達がこぞって買い漁るだろう。その前に俺達が買い占めたのだ。

 俺達が使うのもあるが、金に困った時売る為に。

 そして明日の発表に使う物が8割方完成する頃には、外は暗くなっていた。

 一つ伸びをして、椅子から立ち上がる。

 さすがに長時間座っていると腰に来るなぁ。そんで思いの外、細かい作業だから時間がかかる。

 残りの作業のことを考えながら伸びをしているとドアがノックされた。


 「あ、あのギル様。ただいま帰りました」


 リディアのようだ。ずいぶんと買い物に時間がかかったみたいだが、女性達の買い物なのだから当然だろう。楽しめたようで何よりだ。


 「おかえり」


 そう言いながらドアを開けると、リディアとシギルが立っていた。そういえば、リディアとシギルで買い物をしていたな。


 「シギルもおかえり」


 「ただいまッス、旦那」


 二人共満足そうな顔をしている。だが、少し疲労しているようだ。まあ、朝から暗くなるまで買い物していれば、誰でも疲れるか。


 「明日、魔法学会ですね。途中でエル達と会って聞きましたが、私達も見に行けるんですね?」


 「ああ、聞いたのか。うん、一般の人も見ることができるってさ」


 「では、がんばらないといけないですね」


 「そうだな、気合いをいれて行くよ」


 俺が答えるとシギルが慌てて横から答える。いや、下からか。


 「そうっス!あたし達も応援しに行くッスから!」


 ぴょんぴょんと飛びながら話すシギルは、小動物みたいで可愛い。


 「それでギル様はまだ?」


 「ああ、もうちょっとかかるかな。今日も夜中まで起きる羽目になる」


 「そうですか、体に気をつけてくださいね」


 「旦那がんばるッス!あたし達は帰ったことを報告にしにきただけッスから、邪魔しないようにさっさと部屋に戻るッスね!」


 そういうと、ドアが閉められ足音が遠ざかっていく。

 ……別にそんな急に帰らなくてもいいじゃないか。少し寂しい。

 もしかして、俺が忙しいから怒っているのかな?

 この魔法学会が終わったら休暇を数日伸ばして、皆でゆっくりしよう。そう決意すると俺は作業に戻るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ