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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
五章 白き竜
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オーセブルクの街一番の演出家

 俺の朝は遅い。遅いと言ってもこの世界ではというだけで、地球では7時ぐらいだろう。

 しかし、夜の10時ぐらいには就寝しているであろうこの世界の住人は、朝の5時ぐらいから活動を開始する。それに比べれば、俺の起床時間は遅いと感じてしまうかもしれない。

 エリーが見つけた宿は、奇跡的に部屋が3つも取ることができ、俺は久しぶりに一人で寝ることができた。可愛い女の子に添い寝してもらうのも、とても嬉しいがたまには一人で大きなベッドを独占するのは悪くない。

 さて、起きてまずすることは、顔を洗ったり、トイレに行ったりだ。個人的に歯を磨くのは食後なので後回し。ちなみに歯磨きを寝起きにするか、朝食後にするかは意見が別れているが正しいと思われるものは決まっていないみたいだ。実際、歯医者達でも意見が別れてるそうな。

 そんなことを考えながら、いつもの黒スーツに着替えるが、そこでふと気づく。


 「……ズボンは大丈夫そうだけど、上着がボロボロじゃねーか……」


 昨日まで着ていて全く気づかなったが、背中や肩、そして腕辺りが破けたり、色が抜けていたりしていた。

 ここまで大事に着てきたけど、これはもうダメかな。


 「はぁ」


 溜息を吐きながら、スーツの上着をマジックバッグにしまう。

 新しい物を買いたいけど、今日はアンリから紹介してもらった演出家に会いに行かなければならない。しばらくはYシャツで我慢するか……。

 そして俺は部屋を出る。

 階段を降りると、既に皆は起きていて食事をしていた。


 「あ、お兄ちゃん、おはようございます」


 「ギル様、おはようございます」


 「おはよっス」


 「おはよ」


 エルが俺に気づくと全員が朝の挨拶。なんかこういうのって幸せに感じるなぁ。


 「うん、おはよう」


 挨拶を返して俺も席に座る。ちょうど良くウエイトレスが来たから、俺も朝食の注文をした。注文を受けてウエイトレスが下がると会話が再開される。


 「そうそう旦那。今、話していたんスけど、今日は旦那忙しんスよね」


 リディアから昨日のギルドマスターと話した内容を聞いたのだろう。俺が演出家に会いに行くことを知っているらしい。


 「そう、まさか賢者に召喚されるとは思わなかったよ」


 俺はげんなりしているが、対照的にリディアが満面の笑みだ。


 「でもこれで、本物の賢者になれますよ!私は出会った時から賢者だと思っていましたから、ようやく世界が気づいたかという思いです」


 リディアは興奮すると、何言ってるかわからんな。それに世界って、スケールデカすぎ。

 そういえば、最初に賢者って言われたのはリディアにだった。つまりは元凶……、いや、かわいそうだから責めるのはやめておこう。


 「まあ、俺が賢者になれるか決めるのは、既に賢者となった者達らしいから、どうなるかわからんぞ?」


 それにもう演出家に会いに行って、度肝を抜かせてやろうって決めちゃったからなぁ。逆に度肝抜かせすぎて、一生賢者になれないこともあり得る。


 「ギルは既に賢者。それだけの実力がある」


 「まあ、たしかにその通りッスよね。今回のダンジョンの帰りに火山エリアを通る時、まさか凍らすとは思わなかったッス。もうあれは化物ッスわ。旦那を賢者と呼ばずに、誰が賢者になれるんスか」


 ん、今化物って言った?また言った?

 それはアンリにも見せた『アイスフィールド』の魔法だな。ホワイトドラゴンに教えてもらった魔法の一つだが、そのおかげで火山エリアを進む速度が大幅に上がったのだから、良い魔法を教えてもらったもんだ。

 まさか溶岩すら凍らせるとは思わなかったが、さすがは上級魔法ってことだな。

 氷魔法という概念はこの世界にない。火、水、風、土、光、闇の6属性が全てだ。なのにどうして、氷の魔法に上級があるのか?

 氷魔法は合成魔法で、3つの魔法から成っている。下級魔法陣を3つ重ねて作るのが氷魔法だが、その重ねた魔法陣を中心として、その外側に更に円を描き全部で一つの魔法陣にする。そして、重ねた魔法陣と新たに描いた円の間に、いつも魔法陣で描いているように、どの場所から、どの形状で、どの場所へと描く。普通の魔法陣には属性も描くが、合成魔法の場合は空欄でいい。

 これをすることで氷属性魔法陣として、一つの魔法陣になったわけだ。これを『合成魔法命令陣』と言い、ホワイトドラゴンが言っていた既に失われた技術らしく、これだけで上級魔法扱いらしい。

 他にも色々と魔法を教えてもらったが、あまりにも難しくて、瞬間展開できるようなったのは『アイスフィールド』ぐらいだ。


 「まあ、俺の話はなるようにしかならないから、どうでもいいよ。で、俺は忙しいけどそれを聞きたかったわけじゃないんだろ?」


 シギルが話したかったのは別の内容だろう。


 「あぁ、そうだったッス。あたし達は買い物へ行くッスけど、なんか必要な物があればついでに買ってくるッスよ」


 なるほど、そういうことか。じゃあ色々とお願いしようかな。


 「エリー、悪いんだけど商人ギルドで、水差し売ってきてくれるか?できれば高めに。で、大金貨1枚ずつ皆に配ってくれ」


 「……あー、あの水差し。忘れてた。うん、わかった」


 火山エリアのボスで手に入れた、無限に水が出る水差しだ。これを売ってそれをお小遣いにすると約束していたのだ。

 エリーに頼むのは、エリーと最初に出会った時商人ギルドで交渉してたの思い出したからだ。ここを拠点としているエリーは商人ギルドにも顔見知りが多いに違いないから、交渉もしやすいだろう。

 皆も思い出したようで、喜んでいる。


 「あと、最後にこれ」


 俺はマジックバッグからある物を取り出してテーブルに置く。


 「これを見つけ次第、全部買い占めろ」




 皆を送り出すと俺も宿から出て、演出家がいる劇団の所へ行くことにした。

 送り出す時、皆に抱きつかれたのだがあれはなんだったのだろう。エルが左腕、リディアが右腕、エリーが背中からで、シギルが前から抱きついてきたのだ。

 少しすると何事もなかったように離れて、買い物に出かけたのが今も不思議でならない。まあ、色々な大きさの柔らかい胸の感触を味わえたのだから、俺としては嬉しかったが。

 もしかして、寂しかったのかな?言ってくれれば一人一人抱きしめてあげたのに……。

 その事を思い出しながらてくてく歩いていると、地図で示されている場所へ辿り着いた。

 そこは少し大きめな一軒家だった。

 劇団と聞いて、オーケストラとかの劇場を想像していたが、もしかするとこのオーセブルクでは野外劇場がメインなのかもしれない。

 だとすれば、稽古はこういう大きめな家でするのもうなずける。だけど、少し入りづらいな。

 だがここで待っているわけにもいかないので、意を決すると中へ入った。


 「ちがーう!そうじゃない!そこはもっとこう、美しく、そう美しくだ!」


 中に入った瞬間、一人の男が大声で叫びつつ大きな仕草で劇団員に指導している。

 しかし、ずいぶんと抽象的な指導だな。もしかして、この人が演出家か?


 「あのぅすみません。この劇団の演出家ですか?」


 俺はおずおずと尋ねる。


 「むむ!確かに私がこの劇団の演出家だが……、今は入団希望者は募っていないぞ!それともファンか?!それならここは立入禁止だ!」


 声デカっ!

 もしかして、叫んでたのではなく、基本大声なのか?でも、演出家で合っていたようだ。


 「いえ違います。冒険者ギルドのギルドマスターアンリから紹介してもらったんです」


 言いながら紹介状を手渡す。

 それを読むと目を見開らく。いや、そんな驚くようなこと書いてねーだろ。大げさだな。


 「アンリからの紹介ですな?!そう!私がペール!この劇団の演出家っ!」


 うるさっ!

 声デカすぎて、逆に聞き取りづらい。それにこの劇団の演出家の(くだり)は既に聞いたって。大事なことだから?


 「えっと、ピエール?」


 「ちがーう!そうじゃない!ペールだ!」


 あ、ペールね。なんか雰囲気がピエールって感じだったから……。

 何を言っているかわからないだろうが、なんか、こう、そんな感じなんだ。

 ペールは、緑の大きな羽根帽子を被り、目がチカチカするような赤紫の派手な上着に、『ジャボ』という胸にヒラヒラしたものがついているシャツ。下は上着と同じカラーのハーフパンツみたいなものに白タイツ。

 中世の貴族みたいな格好をしているのが、なんかピエールっぽくない?俺の勝手なイメージかな?


 「失礼した、ペールさん。俺はギルと言います」


 「ふむ、アンリの頼みなら仕方ない。みんな!今日はここまでにしよう!」


 え、休憩じゃなくて、終わらすの?


 「あ、いや、少しだけお時間いただければ……」


 「ノン!冒険者ギルドのギルドマスターが紹介状を持たせたのだ!おそらく一日がかりの大仕事になるはずだ!」


 勘か。なんか劇団員の皆さんに申し訳ないな。


 「なんか、その邪魔して申し訳ないです」


 「平気さ!彼らはプロだからね!さぁ、そんなことよりどんな面白い話かな?いやいや、ここで聞くのは野暮ってものだな。ゆっくり聞きたいから奥へいこうじゃないか!」


 まるで舞台役者のように大きな仕草で、俺を家の奥に誘う。

 ついていきたくねーな。でも、アンリの紹介だしそうも言ってられないか。

 ペールはずんずん奥へ歩いていく。仕方ないから俺も後についていった。




 「ふぅ、つかれた」


 家の奥、おそらくペールの部屋だろう。そこへ入り扉を締め、椅子に座るとペールの雰囲気が激変した。

 背もたれに寄りかかり、天井を見上げて嘆息する。


 「いや、すまない。オフの時はこんな感じになるのだ」


 どうやらあのうるさい話し方は、劇団員への指導の時だけみたいだ。


 「いえ、この小さな部屋であの話し方をされては、こちらも聞き取りづらかったので助かります」


 「言うじゃないか。早速だが本題に入ろう。アンリの紹介状には魔法学会の面接での演出と演技の指導してほしいとしか書かれていない。詳しく話してくれるかな?」


 ペールが紹介状を指で弾く。

 概ねそのままで合っているが、そういうことではなく理由が知りたいのだろう。俺は詳しく心境も含めて話した。


 「なるほどね。つまり君は見返してやりたいということだね。それを魔法学会、いや別名賢者学会の場でやってやろうってことかな」


 正式名称は魔法学会だが、それがなぜ別名賢者学会と言われているのか。

 それは魔法士が賢者になるために行われる賢者試験がおまけと化しているのが理由だ。なんせ、ここ数年賢者になった者はいないのだから、賢者試験の前に開かれる賢者達だけの会議、賢者会議がメインと思われても仕方がない。

 それに噂では魔法士を罵倒するだけの試験に成り下がったと言われていて、その嫌味も込めてそう呼んでいるのだろう。

 賢者達のためだけの学会、賢者学会と。


 「そういうことです。少々高くなりすぎた鼻を折ってやろうと思いましてね」


 「面白いじゃないか。やはり面白い話を持ってきたな。普段できないことが、それも無作法を演出、そして演技指導とは……」


 ペールはくつくつと笑い、俺に聞こえないように呟く。

 いえ、全部聞こえてますよ?まあ、やる気になってくれるなら何でもいいけど。それに、指導されてもやるやらないは俺が決めるしね。


 「だが、出来る範囲というのがある。まずは君がどんなことが出来るか知りたい」


 なるほど、俺がどんなことを出来るか知らなければ、演出を決められないか。

 といっても、何が知りたいかわからないから、ダンジョンに潜って戦った経験を話すことにした。

 一通り聞き終えると、ペールはふるふると震え、そして叫ぶ。


 「素晴らしい!そんなことが出来るならば、演出に幅が出る!」


 あ、元に戻った。仕事のスイッチが入ったとすぐわかるのも羨ましいな。


 「そうですか、度肝を抜くことができますか?」


 「ああ!もちろん、出来るとも!なぜなら既に頭の中で完成したからだ!しかし、時間が少ないのが難点、すぐに演技の練習を始めよう!演出はやりながら覚え給え!」


 え、今思いついたの?凄いと思う気持ちと、そんなぱっと思いついた演出で大丈夫かという気持ちがあるんだが……。

 ん?そう言えば、いつ魔法学会が開かれるか聞いてなかった。


 「魔法学会ていつなんですか?」


 「そんなこともしらないのか?!二日後だよ!」


 ……それはさすがに想定外だった。マジか、それじゃあ、もしこいつの演技指導が気に入らなくても、自分で考える暇もないじゃないか。

 もうこのペールに賭けるしかない。


 「何をやっているギル君!さぁ、立ち上がって!」


 俺は諦めにも似た感情で、言われるがままに立ち上がると演技指導が始まった。

 この日、ペールの演技指導は夜中まで続くことになった。

 だが、意外にも素晴らしい演出で、終わった頃にはこの演出で賢者試験に挑むことを決めたのだった。

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