賢者学会概要
一通り召喚状を読み終えると、俺はそれを握りつぶす。
内容は噛み砕くと、『お前は賢者と偽って名乗っている。しかし、その実力次第では賢者と認めてやってもいい。だから、魔法学会へ来い』。
「ふふ、ギル君、何故そのような表情なんだい?」
アンリは口元を手で隠しながら笑う。察しているくせに、わざわざ俺に聞くか。
その俺は今、苦虫を噛み潰したような顔をしていることだろう。
「別に行かなくてもいいんですよね?」
「おや?それはなぜかな?」
ムカムカして説明する気分ではないのだが、冒険者ギルド本店のギルドマスターに言われたら説明せざるを得ない。
「別に俺は賢者になれなくても構わないんですよ。それに賢者とは人が決めるものです。決してある一部の人だけが決めるものではない」
俺がイラつくのはそういうことだ。この世界では、賢者になるには今いる賢者達に認められなければならない。
彼らがどういう人間かは知らないが、果たして自分より優れている魔法士を認めることが出来るのか?
俺が彼らより優れていると言い切るのは、この世界の科学知識が低いのが理由である。
この世界に来てから魔法を勉強しつづけて、自然科学の知識が新しい魔法の開発に必須だとわかったからだ。
まあ、魔法陣を同時に出す技術がなければ知識以前の話だが。
ホワイトドラゴンの話では、遥か昔にはその技術はあったと言っていたから、今いる賢者達が魔法を衰退させたと言っていいだろう。
そんな奴らに誰が賢者だとか決めてほしくないというのが俺の意見だ。
「そうか、君は彼らこそ賢者にふさわしくないと思っているのだね?」
「傲慢でしょうか?」
「さて、どうかな?君の意見を尊重するならば、その傲慢かどうかも私が決めることではないのでは?」
確かにそうだ。俺が意見を貫けば、誰も他人に意見を言えなくなってしまう。でも……。
「それは……、極論です」
「ふむ、でも君が言っているのはそういうことだ。確かに一理ある。だが、これはそういうルールのなのだと割り切ることも大事だよ」
くそ、良いこと言いやがる。この巨乳め……。
つまりは、郷に入っては郷に従えというやつだ。地球の考えを押し付けるのは間違いだということか。
「……わかりました。でも参加するのもしないのも自由ですよね」
「そこまで召喚という言葉が嫌いだったか。召喚に応じなくてもいいが、賢者という称号は使い勝手がいいと私は思うよ」
賢者という称号を得れば箔が付く。そう言いたいのだろう。
その通りだと思う。賢者というだけで戦闘を避けることが可能だったりするからな。
「まったく……、あなたはギルドマスターより外交か、商人の方が向いている」
「交渉に長けているからこそ、一介の冒険者からギルドマスターになれたと、私は思っているよ」
アンリがお嬢様のように小さく笑う。笑い方まで上品か。性格良し、器量良し、ついでに笑顔良し。
この完璧人間が元冒険者だと言うのだから、わからないものだな。でも、まだ気分が悪いから笑うたびに揺れる胸でも見て気を鎮めよう。
「わかりました、召喚に応じましょう。……ですが、学会と言っても何をすればいいのか」
冷静になればすんなりと納得できた。だが、地球でもただの会社勤めの一般人の俺は、学会なんて縁のないこと。
「私の知人の魔法士から聞いた話で良いなら説明するが、それでもいいかな?」
さすがはギルドマスター、顔が広い。
「……お願いします」
アンリの知人である魔法士が学会に出た時の経験を話してくれた。
まず学会についてだが、現在の賢者達全員が参加し会議をするのがメインらしい。その会議の内容については不明だが、その会議の後、賢者達が研究した新しい魔法技術を公表することがあるらしい。今回の俺の件には関係ない。
その後に、賢者試験というのが開かれる。これが俺の呼ばれた件だ。賢者試験で試されるということだろう。
その賢者試験の内容は、3つ。
面接、実技、知識らしい。
面接、実技は良いとして、知識とはどういうことだと思っているとアンリが補足してくれた。
面接で魔法知識を測るのではなく、世界に貢献出来るような知識を持っているかという試験だと言われた。
それが魔法技術でも、魔法知識でも良く、新発見のものならば魔力さえ絡んでいれば何でも良いとのこと。
しかし、これが一番問題らしい。発見できなければ、試験を受けようと考えない魔法士も多い。
だけど、それについては問題ない。今回の遠征で手に入れたある物が、実はかなり有用な物だということを俺は偶然発見したのだから。
つまり問題は面接と実技。実技はまあなんとかなるだろう。最後に残る問題は面接だな。
「面接か……。」
「何か問題が?君と話している私の意見では、悪い人格ではないと思うよ」
良い人格でもないと?まあ、ひねくれているから仕方ないか。
そんな考えが表情に出ていたのか、アンリが俺の顔を見て笑う。
「ふふ、大丈夫。君はその歳でも十分魅力的だよ。私がもう少し若かったら、靡いてしまうかもしれなかったぐらいにはね」
あなたこそ、その胸は魅力的ですと、口が裂けても言えない。だから、ガン見して察してもらおう。
「問題というより、俺は平凡ですからね。インパクトに欠けるなぁと思って」
面接においてインパクトは大事である。
地球の面接では、話し方で誠実さや仕事ができそうだとかを表現する必要があるために、誰も彼も同じような話し方をする。
面接官の鼻あたりを見て、ハキハキと。
俺自身、会社の面接官をやったことがあるが、全員がそんなイメージだからインパクトがある奴を採用してしまう傾向があった。
賢者になれなくてもいいと考えは今もかわらないが、召喚に応じるからには正真正銘の賢者に選ばれた方がいい。それも、現賢者達を従わせるぐらい圧倒的な賢者として。……もしくは、圧倒的過ぎて逆に賢者に選ばれないというのも、別に悪くない。どちらでも良いが、とにかくインパクトだ。
「つまり君は会場に入った瞬間に只者ではないと思わせるのが目的だと?」
「そうです。賢者だと認めさせることは出来るが、折角だから彼らの未熟さを教えてやろうと思いましてね」
俺の口の端がニヤリと勝手に上がる。これがアンリには不敵に見えたのか、僅かに眉を顰めた。
「……君はどれほどの力を身に着けたというのかな。それこそ傲慢ではないのか?」
「本当にそう思いますか?」
俺は靴で隠すように魔法陣を展開する。
使う魔法は『アイスフィールド』。ホワイトドラゴンとの対話で教えて貰った上級魔法の一つだ。
この魔法の凄いところは、小さい魔法陣でも威力は絶大で、更に『無詠無手陣構成』が出来る俺は、身動き一つしないで辺りを氷の世界に出来るというところだ。
はたから見れば、俺を中心に氷の世界が生まれているように見えるだろう。
実際、今この部屋の温度は下がり、机や壁、調度品に霜が降りる。
ホワイトドラゴンが発動していた、あの氷の世界を創れるのだ。まあ、俺のはホワイトドラゴンに比べたら格下の猿真似だが。ホワイトドラゴンは常時発動だからな。
アンリが自分が白い息を吐いていることに気が付くと、辺りを見渡す。
「これは……、魔法?でも、いったいどうして……」
そして、俺が全く動かず平然としている姿をアンリが見つけると理解したようだ。
「君の魔法か!いったいどうやって、いや、それよりもこんな魔法見たことがない!」
そういうことだ。
俺は魔法を消す。たちまち辺りは元の世界へ戻っていった。
「まあ、そういうことですよ。聞いた話ではこの魔法は現在は存在しない古代の魔法だと聞きました。その技術を失ったのは今いる賢者達の怠慢ではないでしょうか?」
アンリが椅子の背もたれに身を預け、感心したような息を吐く。
「そうか、君の魔法はここまで凄いものなのか。確かにこんなことが出来る技術が失われたのなら、賢者達の怠慢と言われても仕方ないな」
そこまで言うとアンリは顎に手をやって考える。しかし、思考に費やしたのはわずかだった。
「なら、私の知り合いで劇の演出家がいる。彼を紹介しよう」
一瞬、なぜ演出家をと思ったが、面接の話だと思いだした。
「その演出家に衝撃的な面接を演出させると?」
「そう。何を馬鹿なと思う?彼はこのオーセブルクで一番人気の劇団の演出家なの。その劇を見たら必ず虜になると言われているぐらい凄い演出家なのよ」
アンリの口調が崩れるくらい感情を込めて話している。そうか、アンリ、君もファンなんだね?
「そ、そうですか。でも、受けてくれますかね?そんな有名な演出家なら、たかが魔法士の面接ぐらいで力を貸すというのは考えられませんが」
「たぶん大丈夫だと思うわ。彼は面白いことに目がないもの」
アンリ、普段は女性らしい話し方なんだね?おそらく女性差別されないために色々と考えた末の話し方なんだろうな。
俺が柔らかい微笑みを浮かべていると、アンリは自分の話し方が元に戻っていることに気づいたのか、咳払いをした。
「コホン、すまない、少し興奮してしまった。私は劇が好きでね、その時に知り合ったのだ」
「気にしないでください。好きなことを熱弁してしまうのは仕方のないことです。わかりました、その方を紹介していただけますか?」
「い、いいのか?紹介すると言っておいてなんだが、彼が関わると悲惨なことになるかもしれないよ?」
「悲惨とはどういうことですか?性格に難があるとか?」
「まぁ、素晴らしい演出家ではあるのだが、少々やりすぎる傾向にある」
聞けば、前にも同じようなことで紹介して、見事失敗に終わったことがあるらしい。それもやりすぎで。
しかし俺は少し興味が湧いた。
俺は召喚状はやりすぎだと思っている。招待状とか、案内だとかにしてくれれば、俺も苛つかなくてよかったのにと。
ならば、俺も少しやりすぎても良いのでは?
普段こんな考えになることはないんだが、やはり召喚という言葉が俺を苛つかせているのか。この世界に理不尽な召喚をされた恨みがあるせいか、それとも俺に埋め込まれた狂化スキルのせいか。
そう考えてしまえば、後は早かった。
「それでいいです。やりすぎても、実力を見いだせないようでは俺を賢者と選ぶ権利はない」
「……わかった。では少し待ってくれるか?」
アンリが部屋から出て少しすると、手に羊皮紙2枚を持って帰ってきた。
「待たせたな。ひとつは私からの紹介状と、もうひとつは地図だ」
これは有り難い。この街は意外とごちゃごちゃしてて覚えにくいんだよね。それに紹介状も用意してくれるなら話を通しやすい。
「ありがとうございます」
「これで私も共犯だな。ギルドマスターとしての私は、こんなことは間違っていると感じ、冒険者の私は、やるならとことんやれと思う。今回は冒険者だった私が勝ったということだな」
「大丈夫ですよ。もし失敗してもギルドマスターの名前も演出家の名前も出さないですから」
「別に出してもらっても構わないよ。いけ好かない魔法協会の賢者に、何を言われても冒険者ギルドはびくともしないからね。それに君の言うことは正しいと感じた。賢者達はその称号だけでやりたい放題だから、少し鼻っ柱を折るのも一興だとね」
……もしかして魔法協会と仲が悪いのかな?まぁ、聞かなかったことにしておこう。
しかし、賢者の鼻っ柱を折ることができる演出とは……。考えても仕方ないし、会えば分かるか。
「とりあえず、ありがとうございます。それじゃそろそろ帰りますね、仲間も待っているし」
「そうだね、本当に話したかったのは召喚状の話ではなかったのだが、今日はこれで帰してあげよう。この件が終わったらまた来てほしい」
たぶん元『迷賊』の村の件だろうな。報告したかったが、今日は遅い。アンリの言う通り、この件が片付いたら、改めて話をしに来よう。
そんなことを考えながら俺は冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドを出ると外でリディアが待っていた。
運良く宿を見つけたからそこへ案内する為にらしい。
リディアに案内されて、宿に着くと皆は晩ごはんを食べ終わった後らしく、既にベッドで寝ていた。だが、リディアだけは俺を待っていた為にまだ食事を取っていなかった。
本当、リディアだけだよ、俺を心配してくれるのは。まあ、他の皆も俺の心配をしていたのだろうけど、こと食事に関しては戦いだから。
俺はリディアと二人で無事にダンジョンから生還したお祝いの食事をした。少し高価な酒と食事だったのは皆には内緒だ。
明日はゆっくりできると思ったが、まだまだ忙しいようだ。今日は早めに寝よう。