クリークの相談
「冒険者だけじゃなく、商人まで金の匂いを嗅ぎつけて、この村まで来やがった」
俺はその言葉に驚いた。なぜなら商人が嗅ぎつけるのが早すぎることだ。
商人にとってこの広場、この村は金になる。そのうち必ずやってくると思っていたが、この村を作ってからまだ数日だ。それだけ魅力ということか。
「それで、この村に店を出させてほしいと言ってきた」
なるほど、確かに俺は予想していたが、まだまだ先の話だからとクリークには話していなかった。
これは悪い話ではなく、良い話なのだ。村から街へ発展するには、元『迷賊』達だけでは足りないのだ。金も、人も、経験も。
その部分を他の商人にやってもらうことは、俺の予定通りだ。
「大丈夫だ、もちろん予想していた」
「ほ、本当か?」
何を疑っている。地球では金の匂いがしたら、ハイエナのように他の企業が群がってくるのだ。この世界でもそこは変わらない。
「もちろんだ。それで、元『迷賊』達の場所は確保してあるのか?」
「というと?」
「元々いる奴らが優先だ。先に希望を聞いて土地を最優先で分けてやれ。そろそろ自分達がやりたいことも見えてきている頃だろう?」
それが住む家でも、経営したい店でも良い。元『迷賊』達がやりたいことを出来る土地を、与えてやらなければならい。
この村で生活するのをやめたい時には、その土地を売ることで纏まった金を手に入れることができるのもある。もちろん今はそんな価値はないが、これからその土地の値段が上がる。それに先に土地を手に入れるということは、村の中心部だ。値段が上がった時、一財産になるだろう。
「………なるほど、そういうことか。俺達だけじゃ街を発展させるには難しいから他の奴らにも手伝ってもらうんだな?だが、俺達には一等地を持つ権利が元々あるから、先に与えるのか」
クリークが顎に手をやり考え、そして結論を出す。
クリークは脳まで筋肉でできているが、決して頭が悪いわけではない。賊とはいえ、そのトップにいたのだから、才能はあったのだ。
そして俺はクリークに俺の考えを叩き込んである。なんとなくではあるが、理解したのだろう。
「それで余った土地は、他から来た商人に分け与えるのか」
おいおい、いつからそんな甘くなったんだ?
「何言っているんだ。他の場所はロープで囲んで所有地と書いておけ」
「は?お前何言って……」
「確かに現在は土地が有り余っているだろう。だからといって、他から来た奴に、ここは俺の土地にするなんて勝手に言わせるわけねーだろ」
ここはダンジョンの中で、誰の土地でもない。だが、後から来ただけの奴に、ただで土地を手に入れてもらっては困る。元『迷賊』達の努力があってこそ、この土地が、この場所が金になったのだ。
だが、俺らが勝手に言っているだけで、商人達も納得が行かない。なんせ、土地が余っていて、その土地は誰の物でもないのだから。
たとえ村の財産だと言っても、それは言い訳にならない。
だが、既に所有者がいるとしたら?そしてそれが売地だとしたら?
「土地に所有地、もしくは売地と書いておけば、それを買いたくなるのが商人さ」
「……なるほどな。だが、そりゃあ詐欺ってもんだ」
「はっ、そいつはいい。クリーク、お前の手下に詐欺師いただろ?そいつに不動産屋させろ」
「ふ、不動?なんだ?」
そうか、この世界に不動産という言葉がないのか。
「つまりは土地の売り買いを仲介する業者だ」
クリークも元々汚い事に手を染めた人間だ。そこまで言うと全てを理解した。
「そうか、俺は商人に対して無視していればいいんだな?」
「その通り、ああ、だけど土地を手に入れた商人には税金は取れよ」
税金は村、街の権利だ。クリークも何もしなくても村に金が入るのだから、それは導入するつもりだったらしい。
俺達は含み笑いを隠すように二人でカップを口に運ぶ。
土地を村のトップが売るのでは、買い叩かれるのが落ちだ。だが、それが業者を仲介した個人同士の売り買いなら文句すらでない。
だが実際は誰も所有者がいない。それを詐欺師が所有者がいるように売るのだ。
「だが、詐欺師の手下には実入りがないのが悪いな。その土地代も村の金だろ、結局は」
「仲介業者なんだから、売り上げはあるぞ。売った額の1~3%をそいつの売り上げにしていい」
「そんだけか?」
「元々土地は金貨数百枚だろ?その1%ですら、金貨が手に入る」
十分な儲けだろう。運が良ければ1分話しただけで、金貨が手に入ることもあるだろう。後はそいつの話術次第だ。もちろん後で俺が少しだけノウハウを教えるつもりではあるが。
「恐ろしいな、詐欺師に向いているんじゃないか?」
「詐欺師だろうが、しっかりした値段の商品があり、顧客が満足すればまっとうな商売だ」
それに地球ではそれが正当化している。その場所で生まれ育っている俺は、それが商売の基本だとも思っている。安く仕入れ高く売る。商人の基本である。
クリークは俺が話した内容を羊皮紙にメモを取っていた。
「わかった。明日になったら、まだ土地を持ってない部下共に希望を聞いて振り分ける。それで余った土地をロープで囲んで売地にする」
「全部売地はするなよ、所有地と売地済みも混ぜておけ。真実味が出るし、後で自分たちでやりたいことがある時に役に立つ」
村経営の建物を作るのが良いだろう。公衆浴場でもギルドでも、村に直接利益が入る施設も大事だ。
「なるほどな、わかったぜ。悪いなこれで相談事は終わったんだがもう少しだけいいか?」
「ああ、いいぞ」
それほど難しい相談でなくて良かった。だが、村経営などしたことのないクリークには大事な相談だったのだろう。先程までは思いつめた顔だったが、今では笑ったりしている。
そういう時にこそ良いアイデアは出るものだ。
クリークも思いついたアイデアを俺に相談し、俺がそれをやめさせるか、後押しするような話し合いがこの後も続いた。
「おっと、このまま話し続けたら朝になっちまうな。明日というか、今日1階層に戻るんだろ?」
話に夢中になりすぎて時間を忘れてしまった。やはり知識を広めたり、教えたりするのは楽しい。やりすぎは駄目だけどな。
「そうだな、せっかく安心して寝られる場所に泊まるのに、寝不足じゃあ意味がないな。大事な相談の方は解決しそうだし、そろそろ戻るよ」
「ああ、悪いな」
俺は立ち上がり出口まで向かう。
「ああ、そうだクリーク」
「あ?なんだ忘れ物か?」
「いや、まだ数日だがよくやっている。がんばったな。これからも精進しろ」
クリークは一瞬呆けると慌てて答えた。
「あ、ああ、おう」
そうして俺は集会所を後にした。
その後、クリークがニヤニヤしながら拳を強く握りしめたことは知る由もない。
次の日、起きてすぐにクリークに挨拶を済ませると、17階層の村を後にした。
久しぶりにベッドでゆっくり休んだが、さすがにまだ疲れも残っている。だが、あのホワイトドラゴンと絶望的な戦闘経験があるおかげか、下る時以上の速度で進んでいく。
ホワイトドラゴンが強すぎたのか、17階層より上の階層の魔物が弱すぎるのか。
予定では水辺エリアの11階層で、今日の宿泊予定になっていた。しかし、移動速度が上がっているおかげか、日暮れ前には辿り着いてしまい、結局の所、今日中に街へ向かう流れになった。
魔法も使わずに、純粋な武器のみの戦い方で夜には2階層から1階層へ登る横穴の渋滞に並ぶことができたぐらいだ。強さと経験の両方が備わった結果だろう。
俺の頼もしい仲間達も笑顔で雑談しながら、魔物と戦っていたほどだ。
「しかし、俺達がどれだけ速く着いても、この渋滞はどうしようもないんだよなぁ」
この横穴は3つの道がある。一つは下り、一つは上り、残り一つは緊急用。
衛兵が見張りをしており、横入り、追い越しなどは一切許さない。もし、そのルールを破った場合、最悪牢で一晩過ごすことになる。
「牢で過ごすより待ったほうが早い」
畢竟、エリーの言う通り。
「ですが」
リディアが俺達だけに聞こえるほどまで声量を落とす。
「ホワイトドラゴンが話していた隠し階段、もしくは通路は帰り道では見つかりませんでしたね」
ホワイトドラゴンが教えてくれた、ダンジョンの真の奥というのは隠し階段の先にある。普通に進むと行き着く先は1階層のすぐ隣に位置する偽りの50階層だ。
その話を聞いてから、帰り道でも注意しながら通ってきたのだ。だが、リディアの言う通り、発見には至らなかった。
「んー、やっぱり偽りの26階層以降なんじゃないッスか?」
「25階層までで、通ったことのない道にも、あるかも、です」
シギルとエルの話を合わせると、全部じゃないか。
つまり探索をやり直せと……。マッピングしながら進むぐらいしないと駄目かもしれないな。ふふっ、子供の頃、友人達から朱きマッパーという仇名を付けられ恐れられた俺には問題ないがな。腕が鳴るぜぇ。
俺がニヤニヤしながら両手をニギニギしてると、「だ、旦那がおかしいッス」、「もしやご病気では?!」、「疲れ」、「看病する、です」と皆に心配された。気をつけなければ。
そんな話をしながら30分程待つとようやく1階層へ戻ることができた。
街についた時にはもう真夜中になっていた。
オーセブルクの街に入る門を潜り門番に、『冒険者ギルド身分証明書』を見せていたところで、俺はミスを犯したことに気づいた。宿の事を考えていなかったのだ。
「宿、空いているかなぁ」
オーセブルクは人気の街だ。早めに宿を確保しておかないと、すぐに埋まってしまう。
俺が仲間達と相談しようとした矢先、俺の、『冒険者ギルド身分証明書』を確認していた門番が会話に割って入ってきた。
「おまえ冒険者のギルだな?」
この門番とは顔見知りでもなかったはずだが、呼び止められるようなことしたかな?
「そうだが、なんのようだ?」
「冒険者ギルドのギルドマスターから伝言がある。街に戻って来たら時間は気にせず、冒険者ギルドに寄ってほしいと」
オーセブルクの冒険者ギルド本店の、ギルドマスターはアンリという名で、妙齢の巨乳美人だ。見目麗しい見た目だけではなく、かなりやり手の女性だ。オーセブルクダンジョンに初めて潜った時、俺達がそれほど苦労しなかったのも、アンリの手助けがあったからこそだ。
彼女のおかげでダンジョン初心者の死亡率が下がっているのは、間違いないだろう。
そのギルドマスターが俺達を呼んでいるらしい。
だが、宿も探さなければならない。街に帰ってきてまで野営はしたくない。
ここは手分けするか。
エリーはアンリと親しいらしいから、俺についてきてもらうのが話がしやすそうだな。
「悪いんだけど、俺とギルドマスターと知り合いのエリーが会いに行くから、リディア、エル、シギルで宿屋を探してくれるか?なんなら先に食事してて良いから」
「…………ご飯」
エリーは食事の方が大事らしい。
「エリー、腹減ってるのか?」
「………ご飯……」
くそぅ!俺だって減っているのに!
「わかった、俺が一人で行ってくるから絶対に宿は確保してくれよ」
「わかった!」
あのどんな状況でも無表情を貫くエリーが、少し微笑みながら頷く。それほど嬉しかったのか。
だが、エリーはこのオーセブルクに詳しく、宿を確保する確率も高くなる。宿を探してもらうのが正しいのかもしれんな。
4人も宿探しに割くのは多すぎるかと思うが、それでも確保できない確率の方が高いのだ。
「4人に任せるから必ず確保してくれよ。頼むぞほんと」
切実な願いとともに4人を送り出すと、俺は冒険者ギルドへ向かった。
オーセブルクの冒険者ギルドは、さすがダンジョンの街のギルドだけあって24時間営業だ。冒険者の帰還する時間が固定ではないのだから仕方ないのだが、それでもこの世界で24時間営業は思い切った考えだ。
それにギルドマスターのアンリは俺にいつでも良いからと伝言を残した。いったい彼女はいつ寝ているのだろうか。
俺は冒険者ギルドに入り、受付に要件を話すと応接室に通された。さすがに知り合いの受付嬢のマリアは帰った後だった。挨拶できなかったのは残念だが、この街にいる限りいつでも会えるだろうから、いいけど。
応接室に通され椅子に座って程なくすると、ギルドマスターのアンリが入ってきた。そしてアンリが挨拶代わりに話した内容で、呼んだ理由を理解した。
「やぁ、村長ギル君。ずいぶんなご活躍だったじゃないか」
俺がそういう名乗りをしたのは、元『迷賊』の村でだけだ。クリークは村長代理で、俺が村長ということになっている。
つまりは、迷賊達を懲らしめ、隠し通路の先にある広場のアジトを解体し、さらに村まで作ったことをどこからか聞きつけたのだ。
嫌な流れにならなければいいが……。
俺があからさまに嫌な顔をしていると、それを察してかアンリは笑う。
「ふふ、そのことだけで呼んだのではないよ、もっと大事な話があるんだ」
「大事な話?」
後、やらかしたかもしれないのは……、法国の件か?
「君のことを聞きつけた賢者達から、召喚状が届いている」
召喚状とは、嫌な響きだ。アンリも笑っていた表情から急に真面目な顔になっていた。
その表情で厄介事が増えたと、俺は確信したのだった。