撤収
ホワイトドラゴンとしなくてもいい戦闘が終わった後、さらに色々な事を教えてもらった。ダンジョンの攻略的な情報は既に全て聞き終わっていたが、戦闘後に聞きたいことが増えた為だ。
俺にとって一番有益な魔法に関する情報だ。
そして、それはいずれ俺の仲間達にも役に立つ。
ホワイトドラゴンが戦闘中に使っていた魔法についてだ。それは既にこの世界で使わなくなった古代の魔法。
この世界の魔法は、全て魔法陣から成る。それは絶対で例外はない。
魔法陣は、魔力で作った文字で描かなければならない。描く場所はどこでもよく、空中にも描くことができる。もちろん、地面や物でも良いが、その後魔力を流さなければならず二度手間になる。
速さを求めるならば、魔力文字で描くのが良い。俺の場合は魔力を体から溢れさせ、その魔力をスタンプのように貼り付けて魔法陣を展開しているから、瞬間的に且つ連続で魔法を発動している。
簡単に言っているようで、たゆまぬ努力をしている。
努力と言っているだけあって、誰でもできる技術である。もちろんセンスも必要だが。
魔法陣は、二重丸を描く。そしてその丸と丸の間に☓を描くように区切る。真ん中は文字を描く場所だから、貫通するように描いてはならず、あくまで丸と丸の間だけ。だが、ホワイトドラゴンが言うには、この区切る線は、魔法初心者が区切りをわかりやすくするために、描いているだけで別に魔法に必要なものでもないとのこと。
そして区切った二重丸の間には4つの文字を入れなければならない。その文字は、使う属性、どこから発動するか、どんな形状で、どの場所へ向かってと描いていく。
二重丸の中心には六芒星。六芒星の小さな三角形の部分の6つ、右上に火、右下に水、真下に闇、左下に風、左上には土、最後は真上に光と描く。六芒星の中心部には特別な属性の文字が入るが、それはまだ分かっていない。
これが基本の魔法陣だ。
ホワイトドラゴンの使った魔法の魔法陣は全く違う。
二重丸の外の部分に文字があったのだ。
ホワイトドラゴンが言うには、この文字を『法転移文字』というらしい。この文字を使うことで、魔法陣を自分の数メートルからしか発動できなかったのを、どこにでも魔法陣を発動することができる。
しかし、便利なことばかりではない。主に魔力、倍以上の魔力が必要になってくる。
自分の手元と、発動する場所での魔法陣2つ分の魔力、更に魔力を転移させるために魔力が必要と、ややこしいことになっていた。
そして、この『法転移文字』を描くことで、元々使っていた魔法陣の文字すら変えなければならない。
と言っても、どこから発動するかの部分を『転移』と変えるだけだが。
最後に一番重要な『法転移文字』だが、ぶっちゃけた話、よくわかんね。
ちがう、俺は無能じゃない。
この世界の文字や、距離の単位がわからないだけだ。俺の世界、特に日本で一番メジャーなメートルで、実践して試さなければならない。
なんせ俺はこの世界の住人じゃないからね、仕方ないね。
ということで、理論は理解できた。
他にも色々と魔法の事を教えてもらい、ホワイトドラゴンとの対話を終えたがずいぶんと時間がかかってしまった。仲間達は俺とホワイトドラゴンの長話に飽き寝て待っていたみたいだ。
こんな寒いところでよく眠れるなと思うが、ホワイトドラゴンが寒さを抑えてくれていたみたいだ。ホワイトドラゴンも久しぶりの会話で、ずいぶんと楽しんでいたから、俺が心置きなく会話をするために仲間達の面倒まで見てくれたらしい。
そして、対話が終わり俺達は25階層から出ることになった。
奥に進むのではなく、1階層に戻るために。今回の目標は達したし、俺達の体力も限界に近かったからだ。
そして、17階層まで戻ることができた。
本当は1階層まで戻りたい気持ちが強いが、さすがに俺達でも1日で戻ることは不可能だ。だから、『迷賊』達の視察も兼ねて、滞在することにした。
「大ボス!戻ってきたんですかぃ?!」
俺達が隠し通路を抜け広場に出ると、むさ苦しい男共が門番をしていた。
「……大ボスって俺のことか?」
「当然でさぁ。この村の村長である、俺らのボスのさらにボスなんスから」
そんな話になっていたのか。俺は今まで通りこいつら元『迷賊』の首領クリークがボスで良いと思い、村長になってもらったんだが。
「まあいい、悪さはしてねーな?んで、クリークはどこだ?」
「へい!悪さして手足吹き飛ばされちゃあ、かないやせんから。クリークのボスは、いえクリーク村長は、集会場兼村長の家にいますよ」
「わかった。門番の仕事がんばってくれ」
「あざっす!」
門番の仕事を労ってから門を潜り中へ入る。
驚くことに中は様変わりしていた。たった数日でそれほど変化はないと思ったが、元々あった建物を改装し、しっかりした家になっていたのだ。
「す、凄いですね。シギルの技術指南があったとはいえ、ほんの数日ですよ」
「……食べ物屋まである」
掘っ立て小屋からしっかりとした建築物になっていたのも驚いていたのに、店まであったのだ。そして一番驚いたのが、元『迷賊』達とは違う人間がいたことだ。
恐らく火山エリアを探索していた冒険者達だろう。
美味しそうに食事をしていたり、どこの宿屋に泊まろうか相談している奴ら、そして元『迷賊』達と一緒に働く者までいたのだ。
「あ!サー!攻略ご苦労さまです!サー!」
あ、エルが扱いた連中だ。
急に話しかけられ、エルがビクつく。
「え、あ、あの」
「どうなさったんで?サー」
俺はエルに耳打ちして、こういうようにと教えた。
「き、貴様ら!サボってないだろうな!せっかくウジ虫を卒業したのだ!しっかりと村の為に、そして金を落としてくれる客を考え料理を作れ!」
「「「サー!イエス!サー!」」」
ゴツい男達がまだ幼さが残るエルに叱咤されているのが素晴らしいと思わないか?そして何より叱咤されているコイツらも少し嬉しそうだし。
そう言えばエルに教えさせたのは料理だったな。軍隊っぽい人間が料理を作るのか……。尋常じゃなく強そうだ。
「悪いな、おまえらのボスに話があるんだ。先を急ぐぞ」
「了解しました!大ボスと他のお嬢達もお疲れッス!どうぞごゆっくり!」
さすがにこれ以上エルに軍曹を演じさせるのは、ボロがでるから先を急ぐことにした。
クリークがいる村長の家に着くまでに何人もの元『迷賊』達に挨拶された。俺に手足をふっ飛ばされて、死にかけた奴もいるだろうに皆明るく、仕事に励んでいた。
こいつらも本当はまっとうな生き方をしたかったのに、その機会に恵まれなかっただけなのだ。今は生き生きしてるのがその証拠だろう。
働いて、金を手に入れ、自分の欲しいものを買う。それだけで嬉しいことなのだ。
そしてこの村はダンジョンの中だというのに、地上のどの街にもない技術が詰め込まれている。それを見て体験するために、この階層まで足を伸ばす冒険者も必ずいるはずだ。
さらにこの村は、この階層から奥へ攻略するために、冒険者の休憩場所として欠かせないはずだ。今はまだ賑わうとは言えないが、口コミでこの場所が知れ渡る。
そうすれば、ダンジョン攻略にも本腰を入れる冒険者が増えるだろう。もちろんこいつらの努力次第だがな。
そんな事を考えていたら、クリークがいる場所まで来た。
集会所も兼ねているらしく、他の家と比べると大きい家だった。だが、豪華とは程遠く、どちらかといえば質素な感じだった。
中へ入ると、すぐ大きな部屋があった。そこには大きな机に椅子がいくつも並んでいた。どうやらここが集会所なのだろう。
その一番奥に俺が探していた、クリークの姿があった。
「ようクリーク、大盛況じゃないか」
「お?おお、旦那か。帰ってきたのか」
何やら羊皮紙を机の上に並べて仕事をしていたらしい。
「ああ、目標の階層まで突破したから、一度街まで戻ることにしたんだ」
「この短期間に25階層まで行ったのか?!あの雪山エリアを突破して?!」
俺達が苦労しただけあって、雪山エリアを突破するのは難易度が高い。
「まあ、ギリギリだったけどな。それでクリークは村長が板についてきたじゃないか」
「化物だなやっぱり。あ?あぁ、まあ上手くいかねぇことも多いが、何とか子分たちの力になるようにしているつもりだ」
ん?今化物って……。
いや、聞き間違いだろう。小声だったし。
「で、悪いんだが今日一日、滞在させてもらうぞ」
「ああ、そういうことか。もちろんだ、ゆっくりしていってくれ」
「じゃあ仕事の邪魔しても悪いから、俺達は宿屋でも探すよ。それで完成している宿屋を聞こうと思ったんだが……」
「何言ってんだ。あんたらの家は完成しているぜ?」
は?いや、作ってもらうことになっていたが、既に完成しているとは思ってもみなかった。
「もう完成したのか?いや、別に手が空いた時にやってくれれば良かったのに」
「あいつらが勝手にやったんだ。使ってやってくれ」
それは凄い有り難い。宿を探す時間も惜しいぐらい、俺達は全員が疲れていた。
「それに飯も用意してやる。あいつらも自分らが少しでも上達したと見てもらいたいだろうからな」
「家は助かるよ、ありがとう。だが、飯は駄目だ」
「どうした?毒なんか入ってねーぞ?たぶん」
多分?
「いや、そうじゃなくて、それはちゃんと料金を払う。それがこの村のルールだ、例外はない」
俺がそういうと仲間達も頷く。
その様子を見たクリークはニヤリと笑う。この村は働いた報酬に金を貰うことの喜びを教えるために作ったのだ。俺が指示して作らせたからといって、俺達だけ特別扱いしてもらうけにはいかない。
「そうか、こちらこそ助かるよ。じゃあ食いに行ってやってくれ」
「ああ、エルが教えた料理人達の店を回ってくるさ」
「おう、家はこの集会所の裏だ。鍵は……、これだ、持っていけ」
クリークは手元にあった鍵の束から一つ外すと俺に投げた。
「ああ、ありがとう」
俺はキャッチしてお礼を言う。
「で、悪いんだが飯食い終わったら、少しだけ相談に乗ってくれるか?」
「わかった、後で寄るよ」
「おう、待ってるぜ。じゃあ行って来い」
そうして俺達は集会所を後にした。
エルが教えた料理人の店を3件回って、食事をした。俺の作ったものとは少しだけ味は違ったが、かなり美味しかった。
どの店も冒険者の客がいて、ある者は満足そうに舌鼓を打ち、ある者は今まで味わったことのない味に驚愕し、ある者は味を盗もうと羊皮紙に何かを書きながら真剣に食べていた。
エルの弟子に聞けば、今日だけのことではなく、毎日この調子で売上も上々だとか。これは成功といえるのではないだろうか。
その料理人達も今ある料理だけに頼らず、新しい料理を開発しているらしく、さらなる発展が期待できそうだった。
俺達は店全部にしっかりと金を払い、美味しかったと伝えると俺達に用意された家へ戻ることにした。
荷物を置くと、他の娘達は眠いというから、俺だけクリークに会いに行くことにしたのだった。
「それでクリーク、なんの相談なんだ?」
俺は集会所を尋ねると、クリークがまだ同じ席で羊皮紙を睨んでいた。
「おお、来たか。どこでもいいから座ってくれ。そうだ少し待ってくれるか」
俺が座りぼーっと待っていると、クリークが飲み物を持ってきてくれた。俺がクリークに教えたコーヒーだった。
「おぉ!有り難い!」
俺も疲れで頭が回らなくなっていたのだ。コーヒーはとても助かる。
「ああ、最初は何でこんな苦いものを飲まなきゃならねーんだと思っていたが、村長の仕事をやり始めてからこいつが相棒になっちまったよ。どうだ?オーセブルクから取り寄せた豆で作ったんだ」
わかるぞ、クリーク。働く人間の味方だよな、コーヒーは。
俺は湯気が立ち上るカップに顔を近づけ、豆を焼いた独特な香りを堪能する。そしてカップに口をつけ、熱いコーヒーを口に含んだ。
「ん、うまい」
お世辞ではなく、本当に美味い。恐らくクリークが満足するまで、何度も何度も焙煎、グラインド、淹れ方を調整したのだろう。
俺の好みとは少し違うが、これがクリークの好みの味だ。そしてそれは完成度が高く、非常に美味だった。
「さて、コーヒーで無理矢理頭を回転させて悪いが、本題だ」
「ん、さっきの相談か?村に問題が?」
コーヒーを更に口に含むとコップをテーブルに置く。
「問題というわけじゃないんだが……」
そう前置きをしつつ、クリークは話し出すのだった。