シギルの作戦
シギルはギルとエルに時間稼ぎを頼むと、倒れたエリーとそれを助けるために近づいていたリディアの元へ走り出した。
ホワイトドラゴンの規格外の戦闘力に対し、たった二人に時間稼ぎを頼むことに申し訳ないと思いながらも。
ギルがホワイトドラゴンの気を引いているおかげか、それともシギルの攻撃では痛みすら感じないと思っているのか、シギルは難なくリディアとエリーの元へ辿り着くことができた。
「エリー、大丈夫ッスか?!怪我は?ポーション使うッスか?」
近づくやいなや、シギルは矢継ぎ早に質問を浴びせる。もちろんホワイトドラゴンの注意を引かないように小声ではあるが。
ホワイトドラゴンの尻尾の薙ぎ払いが凄まじい威力だったこともあり、それを受け流したとは言え、強靭な肉体と防御力を持つエリーが倒れてしまえば、シギルでなくとも誰でも慌てるだろう。
「大丈夫、怪我はない。腕が痺れたぐらい」
盾をふっ飛ばされてしまったが、エリーに怪我はない。受け流しきれないと分かっていたからこそ、倒れ込むことでダメージを軽減していたのだ。
エリーは立膝の姿勢でホワイトドラゴンを睨んでいた。憎しみではなく、悔しさから。
「そうッスか、無事でよかったッス」
エリーが無傷だったのと、心が折れていないことに安心し、シギルがホッと息を吐く。
しかし、リディアがシギルの手を見て慌てた。
「いえ、それよりシギルの手は大丈夫なのですか?!」
シギルは何のことかわからなかったが、左手を見てみると手のひらがズタズタになっていて、血まみれだったのだ。
「ありゃ?尻尾触った時ッスかね?今のところ痛みはないッス。手がなくならなくて良かったッスね」
シギルは事も無げに話すが、リディアとしては、なぜ安全に避けていたのにわざわざ尻尾に触ったのかと言いたくなった。
だがそれよりも大事なことがあると、シギルが口を挟ませない。
「とりあえず、ホワイトドラゴンの攻撃が当たらない場所まで下がるッスよ」
たしかにその通りだと、渋々ながらリディアは頷くと、エリーを手伝って安全な位置まで下がった。
「それで……、ギルを囮にして何かあるの?」
ギルを囮にしてまで大事な話があるのかとエリーが問いながら、ギルの方をチラリと見る。
正確にはギルとエルだが、ギルがエルを危険にすることはないし、実際エルは尻尾の薙ぎ払いをされたとしても当たらない位置にいるから、実質危険なのはギルのみだ。
現在はギルがホワイトドラゴンに対し、連続魔法を叩き込みながら接近しようとしていた。それを見て、一種の感動にも似た気持ちになるが、今はそれどころではない、今がチャンスなのだとシギルが説明する。
「もしかしたら、ダメージを与えられるかもしれないッスけど、試してみるッスか?」
その言葉にリディアとエリーが驚くが、考えることもなく返答する。
「できるの?できるならやる」
「そうですね、さすがにギル様に任せっぱなしではなく、私達も一矢報いたいですね」
その答えに対し、シギルが満足そうに頷く。
「ホワイトドラゴンの尻尾を触ったかいがあるッス」
シギルがなぜ掠っただけでその部分が失われそうなホワイトドラゴンの尻尾の薙ぎ払いを、自分から触ったのかは触診のためであった。
鍛冶師であるシギルは数々の素材を触れる機会がある。素材持ち込みで装備を作ってくれと依頼され渡された品や、店の仕入れの時に気になった素材を見せてもらった経験。
シギルの店は繁盛しているとは言えないが、それでもドワーフの女が作成していることに偏見を持たない者にとっては、安く良い装備を作る隠れた最良店でもある。
装備の良し悪しが分かる冒険者は、必然的に色々な意味でレベルの高い人物であり珍しい素材を持っている。シギルはその素材を触り、装備を作成してきたのだ。
触ることでその素材がどういうモノなのかを理解できるほどに。もちろんドワーフという種族の特性や、シギル自身の才能もあるのだろうが。
そして、竜の鱗であっても理解したのだ。
ホワイトドラゴンの尻尾の薙ぎ払いを避けた時に触ったことで、どのような事をすれば鱗を貫き、本体へダメージを与えることが可能かを。
「あの鱗は氷の膜で守られているッス。実際の鱗自体は鋼鉄ほどの硬さッスね」
硬いことは硬いが傷が付けられないほどの硬さはあの鱗にはない。ではなぜ、傷を付けることができなかったのか。
それはホワイトドラゴンの魔法と、このエリアの特性である。
ホワイトドラゴンは常に自分を守るために氷の防御魔法を付与している。
そしてこのエリアはマイナス50度にもなる寒さである。氷の属性が強化されているのだ。
「でも、その氷の膜?それにも傷が入った様子はなかった」
「確かにそうですね。今もギル様の火の槍で氷が解けているという感じはしませんし」
二人は氷の膜で覆われていると聞いてもピンと来ない。
「魔法のことはわからないッスけど、恐らく傷つけた端から氷を新たに作り出しているんじゃないッスかね?それなら傷つけていたとしても、あたし達にはわからないッス」
その予想は正しかった。ホワイトドラゴンが常に氷の膜を貼り続けているから、傷を付けた瞬間にその部分が新しい氷の膜で埋められていたのだ。
さらに言えば、魔法を使っているとはわからないほど透明な氷を作り出し、それを常時使用していることが、ホワイトドラゴンの恐ろしいほど緻密な魔力操作を物語っている。
「でも、この三人で力を合わせれば何とかできるかもしれないッス。凄い難しいッスけど……」
シギルが言い淀むが、二人の表情はやる気に満ちていた。
それを見てシギルは内心、心強く思う。
「やる気ッスね?じゃあやろう。その作戦は………」
そしてシギルは三人に作戦を説明するのだった。
シギル達三人はホワイトドラゴンの尻尾の先まで来ていた。
バレないように行動すると決めたから、無言である。
シギルは尻尾の先の一つの鱗にウォーハンマーを押し当てた。そして魔力を流すとそのウォーハンマーは、魔法武器としての特性を発揮する。
ウォーハンマーに火が纏う。
リディアも火属性の魔法武器ではあるが、リディアの魔法武器『劫火焦熱』は火を纏わないからこの役割はシギル一択である。それにリディアには別の役割があった。
シギルが鱗の状態を確認して、まだ火力が弱かったのか更に魔力を流す。自分が流せる限界まで。
そしてしばらくすると、ウォーハンマーの押し当てている部分だけが少しへこんでいた。氷の膜を溶かし、新たに埋めようとする氷の膜をも防いでいるのだ。
(いよいよッス。準備は良いッスか?タイミングは一瞬ッス)
シギルが小声で話すと、二人が頷いた。
頷いたのを確認するとシギルがウォーハンマーを鱗から離した。その刹那、リディアが刀で鱗を斬った。
氷が無くなっている一瞬の間に鱗を斬ったのだ。鋼鉄の硬さを持つ鱗を斬る技術、斬鉄であった。
リディアがギルからそういう技術があると聞いた時から密かに練習していたのだ。その練習の甲斐あって、見事鱗を一枚斬ることができた。
しかし、まだ終わっていない。リディアが剣を振り下ろすと同時に、エリーが槍を突いていたのだ。
リディアが鱗を斬ってくれると信じていたエリーは、刀が振り降ろされた瞬間に槍がちょうど刺さるようにタイミングを合わせたのだ。
一枚の鱗が音もなく落ち、ホワイトドラゴンの肌が見えた場所へ槍が突き刺さる。
そしてすぐさま、限界の魔力を魔法武器に流した。
エリーの魔法武器は盾とセットになっている。盾の内部を電池としての役割を持たせ、魔力を流すことで電気を帯びた盾になる。そして過充電して余った電力は槍の先端に移動させ、前方へ放電することで遠くにいる敵へ攻撃する雷撃になるという仕組みだ。
放電するには盾と槍の両方、同時に魔力を流すように設定してある。間違って放電して、フレンドリーファイアーを防ぐためであった。
そのため盾がないと放電はできないが、槍の先端に電気を纏う機構も組み入れていた。
現在、盾はホワイトドラゴンの尻尾を受け流した時に遠くに飛ばされたから槍の電撃のみであったが、ドラゴンと言っても生物である。体内に直接電気を流されればたまったものではない。
《ギギギ、ギャアァアアアアアアオオオオン》
ホワイトドラゴンが叫ぶ。
いや、叫んでいるというのは間違いだ。電気によって筋肉が無理矢理痙攣させられているのだ。それは肺も同じで痙攣し、自分の意志とは関係なく息を吐き出していて、それが鳴き声となっていた。
結果、この咆哮だった。
「よし、成功ッス!」
《ガァアッ!》
エルが喜んだのもつかの間、電撃を嫌がったホワイトドラゴンが尻尾を振って逃げたのだ。
威力こそなかったものの三人で固まっていたからか、全員がふっ飛ばされる。幸い、ただ振り払っただけだったからか、三人に怪我はない。
ホワイトドラゴンがどんな攻撃をされたのか確認するために尻尾を見る。エリーの槍が尻尾の先端に突き刺さっていたのを見て、笑い始める。
《ふははは!見事!よもや傷を2つも付けられるとは思わなかったぞ》
一頻り笑ったあと、満足そうに息を吐くと、ギル達がこの部屋に入ってきた時と同じように地面に寝転がる。
これが戦闘の終わりの合図だったのだ。
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ホワイトドラゴンが俺達と対話していた時の姿勢に戻ると、俺は戦闘が終わったのだと理解した。死者が出なかったことに胸を撫で下ろす。
そして、エルと二人でシギル達3人の元へ駆け寄っていた。
「よくやったな!三人共!」
俺が褒めると、三人が喜ぶ。エリーは表情には出ていなかったが、頬を少し赤くしていたから喜んでいるのだろう。
「シギルのおかげ」
「はい、シギルの作戦通りにしただけです」
「いや、タイミングがかなりシビアだったッスから、二人の実力があってこそッス」
三人で称賛し合う。
その姿を眺めているとエルが悲しそうに声を出す。
「エルは今回、まったく役にたたなかった、です」
「何言っているんだよ、エルも頑張ってくれた。俺が危ない時に精密射撃でホワイトドラゴンの嫌がる攻撃をしてくれて助かったよ」
ありがとう、エルと声をかけ、頭を撫でるとエルがニッコリする。可愛くね?天使だろ。
俺達が喜び合っていると、俺達を苦しめた張本人のホワイトドラゴンが話しかけてきた。
《たしかに我に傷を2つも入れるとは偉業よ。しかし、まさか本当に戦闘をするとは。くくく、面白かったぞ》
は?ちょっと待て、今聞き捨てならない言葉を聞いたぞ。
《言ったであろう?『全てを出せ』と》
………ああ、ああ!そういうことか!
俺が思考を巡らせて答えを出すと、ホワイトドラゴンが意外そうに言う。
《まさか今理解したとは》
「くそっ!違うだろ、お前は誘導していた!」
《ふははは!自分の理解が及ばなかったことを恥なければならんぞ》
怒りは収まらず、目の前にいる堕竜を罵らずにはいられなかったが、確かにその通りだった。俺の考えが足りなかったのがいけないし、自分が知っていないということを知らなければならない。無知の知だ。
このホワイトドラゴンとの会話や戦闘で、俺に良いところは一つもなかったな。
傷を付けたとはいえ、深爪にしたぐらいだし、会話に至っては相手の意志を読み違えた。しっかり反省し次に生かさなければ。
《うむ、そなたの良いところはその勤勉なところよ》
勝手に心を読むな。まじで読めそうだから嫌だ。ついでに言えば、お前に俺の何がわかるというのだ。
「しかし、『全てを出せ』か。あの流れでは『全力を出せ』と勘違いするだろうよ。言いたかったのは、戦いたくなければ、全てを出せということか」
《然り》
ホワイトドラゴンは目を細め、満足そうにする。
俺以外の脳筋4人は、俺の顔を見てどういうことか聞きたそうにしている。俺は、苦笑いしながら説明した。
戦闘しても勝ち目はないことは分かっている。俺達も、ホワイトドラゴンもだ。
怪我するぐらいならまだいいが、死人が出る可能性もあるのだから、戦闘はしないほうがいいだろう。ましてや、レベルや戦闘能力が未熟の冒険者ならなおさらだ。
なんせ、25階層というダンジョンの中間地点に辿り着いたら、遥か上位の魔物がボスなのだ。いや、このダンジョンのラスボスに近い魔物と戦うなど正気の沙汰でない。まあ、ラスボスがどれぐらい強いかはしらないが。
つまり、逃げ道がある。
何か他のことでホワイトドラゴンを満足させよということだったのだ。
それが、このダンジョンで手に入れた報酬なのか、芸なのか、金なのかなんでもいい。つまり、その『全てを出して』満足させることができれば問題なかったのだ。
俺が説明すると、見るからに4人は力が抜け地べたに座り込む。
すまねぇ、すまねぇ。俺が戦わなければならないと早合点してしまったからだ。だが、戦いで納得させることができたのだから、結果オーライかもしれない。
《ふむ、さてそれでは対話の続きをしようか。戦って更に聞きたいことがまた増えたのであろう?》
その通りだ。色々話さなければならない。
俺はホワイトドラゴンの前に座り、対話を始めたのだった。