ホワイトドラゴン
ホワイトドラゴンとの対話の末、俺は望んでもいないのだが、どうしてか戦う流れに。どうしてこうなったと悪態つく間もなく、戦いの火蓋が切られてしまった。
《さあ、全てを出せ》
だが、戦いが始まった時に立ち上がったまま、ホワイトドラゴンが動かない。というより、様子をうかがっているようだ。
どうやら俺達の力量を測るみたいだ。
「ギル様」
「わかってる。攻撃してこいってことだろ」
さて、どうあがいても勝てないが、どうすれば俺達の勝利か考えなければならない。
第一に死人がでない、これは必須であり、前提条件。
第二にできる限り、負傷しない。
第三にホワイトドラゴンに認められること。
条件を列挙してみたが、不可能に近い条件だ。だけど、やるしかない。ホワイトドラゴンがどんな攻撃をしてくるかを予想して、指示しなければならないな。
「全員散って攻撃を基本に!エルは俺の後方から、どうしても当たる攻撃だけは避けてくれ!」
あれだけ図体がでかいのだから、集団で固まっているところを狙われたら、一網打尽にされてしまう。できる限り、散るべきだ。
エルは武器の性質上、既に発見されている状態で逃げ回りながら攻撃するのは、かなり厳しい。ならば俺の後方で、動かず攻撃だけに専念してもらうほうが、魔法で守りやすい。
「各自の判断で魔法武器を使用してくれ!散れ!」
俺が指示すると皆が散らばっていく。
ホワイトドラゴンは目だけで俺達の動きを追う。しかし、ホワイトドラゴン自身は身動ぎはしない。
俺、リディア、シギル、エリーがホワイトドラゴンの前後左右の4方向に分かれる形になり、エルは俺の真後ろ、それもかなり離れて射撃体勢をし、準備が完了した。
戦闘態勢が整った瞬間、意外にもシギルがホワイトドラゴンに走り出した。
シギルは俺達の中で一番背が低く、体も小さいが、オプチミストである。故に、敵が強くてもどうにかなるという、意味不明な勇気に溢れているからこその、この一番槍だ。
シギルがウォーハンマーを振り上げると前足に思いっきり叩きつけた。
だが、生物に当たったとは思えない、鈍い金属音とともに攻撃が弾かれた。
「マジッスか!」
シギルが反撃を受けないように、回避行動を取りながら下がるが、当のホワイトドラゴンは戦闘開始から全く動いていない。
間髪入れず、リディアとエリーが攻撃をするが、やはり弾かれているみたいだ。
俺はというと、その様子を眺めていた。
ホワイトドラゴンがどんな攻撃を嫌がるか、それを見るために。
ドラゴンの表情を理解するなんて経験はないが、それでも目を細めたりの反応はあるはずだ。しかし、期待していた反応はなく、俺をじっと見ているだけ。これでは、我慢しているのか、本当になんの痛みを感じていないのか分からない。
では違う方法で試してみよう。
「連続魔法使うぞ!」
俺が叫ぶとリディア達が離れる。
それと同時に俺は、限界まで魔法陣を展開した。光属性を除く5属性で。
今の俺が出来うる、最多の魔法陣構成のためか、集中するために無意識で腕を組む。そのおかげか、瞬く間に200以上の魔法陣が俺の背後に出現した。
《ほう、面白い》
ホワイトドラゴンが目を細める。驚いた表情ではなく、おそらく楽しんでいるのだろう。
これでさっきのリディア達の攻撃が、全く効果なかったことがわかった。俺の魔法ではどうかな?
俺が魔法陣全部に魔力を流すと、一斉に魔法が飛び出す。
魔法が散弾銃のようにランダムで飛んでいくがこれはフェイントだ。途中で曲がり目や口を狙わないとダメージは与えられないと考えて、当たる直前で曲がるように調整した。
補助のために闇魔法の黒く分厚い霧を俺とホワイトドラゴンの間へ配置。これでどこを狙っているか隠す。光魔法で目眩まししたいところだが、今回は使わない。目を瞑られては困るからだ。
火の槍、石の槍、圧縮水、かまいたちがホワイトドラゴンに当たる直前で曲がり、顔面にぶち当たる。
まるで戦争映画の砲撃を連想させるような爆音が連続で響く。そして魔法が命中する度にホワイトドラゴンの顔付近には煙が立ち上る。
およそ30秒間、ホワイトドラゴンは俺の魔法を顔面に受け続けた。受けている張本人からしたら永遠に感じる時間だろう。
だが、これで終わらせない。まだまだ、魔力は残っている。追加で魔法陣を展開し続けてやる。
俺が追撃するために魔法陣を展開していると、ホワイトドラゴンの顔が少しだけ後ろに下がった。
(効いている?)
しかし、間違っていた。
ホワイトドラゴンが口を大きく開け、吠えたのだ。
竜の咆哮。
それだけで衝撃波が走り、顔付近から上がる煙が散り、闇魔法の霧が霧散するように掻き消えた。そして衝撃波が俺のところまで届いたのか、魔法陣すら消えてしまった。
集中を乱された?!
こんなんどうやって倒せってんだ!
本日何回目か分からない心の中での悪態をつきながら、状況を見極める。
俺の魔法でダメージは与えることは出来たのか?
だが、ホワイトドラゴンの顔は、少し焦げたぐらいだった。鱗は剥がれず、生物の弱点である目や口からの出血もなかった。
つまり、あれだけの連続魔法ですら、ほぼ無傷。鱗を汚した程度で終わったのだ。
《ふははは!面白いぞ、ヒトの子よ!我に咆哮を使わせただけでも偉勲であるのに、その面様か》
言われて気づく。俺は悔しそうな表情をしていたらしい。
なんせ今までこれで敵を退けてきたのだ。通用しなくとも、かすり傷ぐらいはと、心のどこかで確信めいたものがあったのだろう。それが無傷だったのだから、無意識に悔しがってしまったのだ。
しかし、生き残れたらこれは良い経験になる。連続魔法が通用しない敵がいると心構えができるのだから。
いや、戦闘後のことを考えている場合ではない。今この状況をどう切り抜けるかを考えなければ。
あと俺達に残されたのは、エルのクロスボウでの精密射撃、リディア、シギル、エリーの魔法武器発動、そして俺の合成魔法。
さてどれか一つでも効果があればいいのだが。
《ふむ、そろそろ我も動くか》
はあ?!マジかよ!
いや、考えてみればどうしてホワイトドラゴンは攻撃しないと思っていたのか。
後悔する間もなく、ホワイトドラゴンが動き始めた。
軽く体を捻り、一周するように尻尾で薙ぎ払ったのだ。
リディアは尻尾の先端が当たる位置にいたおかげで、飛んで避けることに成功し、シギルはただしゃがんだだけで、頭上を尻尾が通り過ぎ、俺はスライディングしながら避けた。
最後のエリーは真正面から盾で受けるつもりらしく、構えている。避けるのが正解だが、エリーは重鎧なのだ。素早く回避するのに向いていない。
もちろんエリーも受け止められるとは思っていない。力を上方へ逃がすように盾を斜めに構え、受け流すようだ。
そして尻尾が盾に当たる。上手く尻尾が盾の上を滑っていき受け流すことに成功した。が、全てを受け流せなかったのか、盾がふっ飛ばされ、エリーも横へ倒れてしまう。
「エリー!怪我はありませんか?!」
一番近くにいたリディアがエリーに駆け寄る。
「だ、だいじょうぶ」
エリーはゆっくり立ち上がった。どうやら勢いを殺すために自分から倒れ込んだらしい。
様子が見えない俺とシギル、そしてエルは声が聞こえたことで安堵した。
だが、軽く尻尾を払っただけで、エリーの盾をふっ飛ばしてしまうのだから、生身に当たったらと考えると背筋が寒くなる。
ホワイトドラゴンは尻尾の薙ぎ払いが終わったあと、元の体勢に戻っていた。余裕の表情だ。いや表情はわからないけれど、そんな気配がする。
それもそうだろう。ホワイトドラゴンからすればただ体を回しただけなのだから。
うーん、控えめに言って絶望だな?全く対処法が思いつかない。
だが、俺がどうしようか迷っていると、思わぬ所から助け舟が出た。
シギルが俺にハンドサインを送っていたのだ。
なになに?
『あたしに良い考えがある。エルと二人でしばらく時間稼ぎ、よろしくッス』
……は?いやいや、それは俺とエルに犠牲になれってことだろ?体のいい生贄じゃねーか。
俺は勘弁してくれとハンドサインをシギルに返す。
だが、すでにシギルは俺のことは見ておらず、リディアとエリーの元へ走り出していた。
マジか。信頼って重いんだな?
エルをちらりと見ると、俺と同じように顔が青ざめていた。
くそっ、これで効果なかったら恨むぞ。
「エル、俺がやるから、目を精密射撃して、嫌がらせしてくれ」
と少し震え声でエルに指示を出す。もちろんホワイトドラゴンに聞こえないように小声だ。
「う、うん。お兄ちゃんも気をつけて、です」
俺は深呼吸すると覚悟を決める。
「は、白竜!どうだ俺の魔法は!」
とりあえず、お喋りしてお茶を濁そう。
《む?うむ。素晴らしかった。我ですらアレは真似できぬ》
むむ、ちょっと嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
《だが、何故自分の背後からしか魔法陣を展開しないのだ?》
……何を言っている?
魔法陣は自分の近く、せいぜい数メートル程度しか展開できないはずだが。
俺が魔法陣の基本を思い出していると、ホワイトドラゴンが納得して話しだした。
《なるほどな。その技術が失われているのか》
つまりは、魔法陣を展開する位置を伸ばす方法がある、ということか?
《どれ、我がやってみせようか。しかし、ただ使うのもつまらない。戦いの最中、使ってやろう》
余計なことを……。
仕方がない。気になるしやってみるか。話も良い流れになっているしな。お茶を濁すのは失敗したけど。
俺だけを標的にさせるため、もう一言必要だな。
やだなーこわいなー。
「なら、俺も本気を出そう。魔法勝負と行こうじゃないか」
そう言って、口の端を上げる。
これが俺にできる目一杯の虚勢である。
両腕を広げ、手の甲を正面に向ける格好。すると地面に魔法陣が2つ展開され、その魔法陣から氷の剣と石の剣がせり上がってくる。
その剣を掴むと引き抜き、更に氷の剣に炎を纏わせ、石の剣に電気を帯びさせる。
《ほぉ、ほぉ!氷まで使うか、ヒトよ。魔法の深淵を覗きつつあるな》
ホワイトドラゴンは本気で感心しているようだ。
だが、ここからが本番だ。この『氷炎剣』と『地雷剣』で、近づき攻撃しなければならないのだから。
俺は小さく息を吸い、走り出す。
狙うは前足、爪の付け根。
走りながら近づいている最中も、背後に魔法陣を展開し、連続魔法をする。今回は氷の槍だけ。
果たして、氷の化身であるホワイトドラゴンに氷の魔法を使って意味があるのかはわからないが、これも注意を引くためと、もう一つの攻撃につなげるための布石。
狙いは絞らず、適当に魔法を飛ばす。精密に狙えるほど集中できる状況ではない。
氷の槍がホワイトドラゴンの体中にあたり、砕け散る。その砕け散った破片は、勢いよくぶつけたためか粉々になり、空中を舞っている。
そこへ雷の魔法を放つ。
雷は氷の破片を伝っていき、ホワイトドラゴンに全体に走った。
さすがのホワイトドラゴンも雷撃は痺れるようだ。ダメージはないかもしれないが、今は痺れるだけでいい。
その間に、足元に辿り着いたのだから。
前足の比較的小さい指の爪の生え際を狙って、両方の剣で突く。そしてすぐ、両腕を広げるように切り裂く。
そこからは二刀流での連続斬り。同じ部位、同じ箇所だけを狙って斬りつける。
格好良く言っているが、足の小指を思いっきり殴っているだけだが、効果は絶大だ。
《ぐぅるる》
さすがのホワイトドラゴンも不快感があるようだ。
そして爪の付け根から血が流れた。
「よし!」
一矢報いた。
と、思わず気を抜いてしまった。
気づいた時にはもう一方の前足を振り上げていた。
「お兄ちゃん!」
エルがギリギリで気付き、ホワイトドラゴンの目に向けてクロスボウを連射するが、目を閉じ、瞼でボルトを弾いた。
だが、助かった。この隙に分厚い石の壁を魔法で作り出すことが出来た。
壁が完成すると同時に前足が叩きつけられる。なんとか壁で防ぐことができ、俺はその場から離れた。
だが。
「お兄ちゃん、上です!」
俺は上を見上げた。
そこには俺が作ったものではない魔法陣が展開されていた。
あぁ、そうか。これがホワイトドラゴンが話していた魔法か。
ホワイトドラゴンから15メートル以上離れているのに、俺の真上に魔法陣が展開されている。俺の知らない魔法、いや、詠唱文だ。
そして、俺が逃げた位置に魔法陣を展開していたということは、狙っていたということだ。
なんとかホワイトドラゴンの魔法陣を見ることが出来たが、これを役立てるにはまずこの魔法から生き延びなければならない。
幸い、発射までまだ猶予がある。俺の魔法なら間に合う。
恐らく氷系の魔法だろうか。間違っていたら死ぬかもしれないが、決め打ちするしかない。
石のドームを5重で作成。その中に隠れた瞬間、何か硬いものが降ってきた。
かなり多くの、何か硬い物が上空から降り注いでいる。ホワイトドラゴンは連続魔法は使えないらしいから、コレ自体がひとつの魔法なのだろう。
石の5重ドームが壊れる前に終わることを祈るしかない。
30秒程降り続くとようやく静かになった。なんとか石のドームが守りきったみたいだ。
だが、安堵している暇はない。この石のドームに尻尾の薙ぎ払いや、前足を叩きつけられたら俺ごと潰されてしまうからだ。
すぐに石のドームを解除し、回避できるように準備しておく。
どうやら魔法が終わったあと、ホワイトドラゴンは攻撃せず待っていたようだ。命拾いした。いや、見逃してもらった、か。
そして足元を見ると、拳大の氷の塊が無数に転がっていた。あの魔法は雹を降らせていたのか。
上級のそれも合成魔法である氷魔法を使えるということは、魔法ですら俺より上。
勝てる見込みはない。
俺は勝利を諦め、逃げて生き延びる方法を高速で考える。
しかし、突然ホワイトドラゴンが叫びだしだのだ。
《ギギギ、ギャアァアアアアアアオオオオン》
何事かとホワイトドラゴンを見てみると、尻尾の先端にエリーがショートスピアを突き刺していたのだった。