25階層
俺達がマンモスっぽい魔物を倒し、防寒具を作ってから2日が経っていた。
現在24階層でホワイトウルフの群れとの戦闘を終えたところだった。
「これで、終わり、です!」
エルが最後のホワイトウルフにボルトを打ち込む。
「まさか、25階層に降りる階段を見つけたところで、こんな大群に襲われるとは思いませんでした」
「悪いな、俺が階段を降りる前に休憩しようと言ったのが間違いだった」
「いやあ、どうッスかね。最近階段で休憩してて襲われたッスから」
そう、23階層から24階層に降りる階段で、雪が降らないからという理由で休憩をしていたら、魔物に挟み撃ちされたのだ。
階段は安全地帯ではなかったよ。
「どこも同じ、でも広いほうが戦いやすい」
この2日間で21階層から24階層まで降りていた。
雪山エリアは広く、高低差があり、なにより寒さが一番の敵だった。歩けば雪がスタミナを奪い、汗をかけば凍傷の危険が高まる。止まれば低温で動きが鈍り、雪山という名前の通り酸素が薄いという最悪の状況。そこへその状況に適応している魔物が現れるのだ。エリーが苦戦し、突破できなかったのもわかる。
21階層の魔物はマンモスだったが、群れず、数も少なく、まず見つけるのが難しい。防寒具を作らなければならない状況でなければ、素通りできただろう。
22階層は、熊というかイエティ(?)だった。それなりの数がいたが、大きさもマンモスに比べれば小さく、対処しやすかった。
23階層にはペンギン。少し大きめなペンギンだった。群れで遭遇したが、問題はそこではない。俺達ですら苦戦するほどの敵だったことだ。
なんせあれほどの可愛さだ。近づかれたら、抱きつきたい衝動に駆られ攻撃できないのだ。その上、相手は遠慮なくペチペチと殴ってくるのだからたまらない。俺達は逃げることしかできなかったが、怪我もなく無事に突破することが出来た。あれほどの地獄は味わったことがない。また23階層にはいかねば。
そしてこの24階層には、ホワイトウルフ。普通の大きさで、その名の通り白い狼。しかし、10匹から20匹の群れが、そこかしこにいて非常に素早い。
あまりに速いから、魔力を温存しようと努めていた俺が、この24階層では使うことにしたほどだ。つまり激しい動きをする必要がない、俺とエルで対処するしかなかった。
初めは一群ずつ対処していたが、途中からは魔法で戦闘を回避することに成功した。
風で俺達を囲み、そこに火属性魔法を使う。火が消えない程度の風が、炎のカーテンへと変化する。
魔物と言っても所詮は獣。火には近づくことができなかったのだ。
そのまま25階層へ降りる階段を発見したが、ボス前に最後の休憩。そこでまた襲われて今に至る。
「ここでというか、この階層では休憩すらできそうにないな」
「はい、狼ですので鼻も良いですから既にこちらへ向かってきている群れもいるかと」
いつ何時でも背筋を伸ばし、凛とした女性であるリディアですらため息を吐き、疲れた表情をしている。
魔物もそうだが、ここは『雪山』エリアと呼ばれているのだ。その名前は伊達ではなく、登山下山を繰り返し、その最中にも滑落に注意していれば誰でも疲れる。
「お兄ちゃん、リディアお姉ちゃんのいうとおり、こちらへ向かってきている、です」
エルが目を細めながら指をさす。
俺の目には何も見えないが、エルが言うのだから間違いないだろう。
「狼の相手、ギルとエルの負担が大きい」
「んー、毛皮を着込んでも、長時間留まっていれば体温が奪われる。しかし休憩せずにボスに挑んでいいのか、俺は迷っている」
「大丈夫じゃないッスか?あたし達もかなり強くなっているし」
一理ある。それに迷っている暇はないか。
「とりあえず、階段を降りてみよう。階段の途中で休憩できれば、そこでしよう」
そうして俺達は階段へと降りていったのだった。
結局、階段に魔物は侵入してこなかった。
しかしそれ以上の問題もあった。
魔物が侵入してこなかったのもその問題のせいだ。それは気温が更に低くなったから。今まではマンモスの毛皮のおかげで、寒くはあったが我慢できた。しかしこの階段を降りてから毛皮が役に立たない。
単純な表現だが、極寒だ。
「なんスか、この寒さ……」
シギルが自分を抱きしめる。更にちっちゃく、いや、何も言ってないのに何でシギルは睨むんです?
「これが目標の25階層に降りる階段……、ギルの言う通り、一人じゃ無理だった」
「確かに、武器を握る手が悴んで戦闘どころではないですね」
「動きが鈍い、です」
この状況でボスに挑まなければならない。そして、この環境で生息できる魔物がボスということ。つまりは自由に動けるのだ。
不利以外の何物でもない。
「とりあえず、この階段で休憩は命取りだな。先に進みボスを倒すしかないな」
全員がその結論に至った。せめて皆が動けるように魔法をつかわないとならないな。
俺は魔法を使い周囲を温めながら階段を更に下っていった。
おそらくこの24階層と25階層をつなぐ階段は、魔法使いがいなければ進めないようになっている。もちろんサバイバルに特化し、体を温める知識を持つものがいれば突破できるが、時間がかかってしまう。
だから魔法が手っ取り早いが、それを計算しているのか階段が非常に長かった。普通の魔法使いの魔力なら、とっくに尽きているだろう。
まるで、この階段を下りきるほどの知識を手に入れるか、魔力を手に入れるかしろと言われているようだ。
だが、俺達が階段の最後の一段を降りた時、寒さなど忘れるほどの驚きがそこにはあった。
一驚、吃驚、驚愕、驚嘆、仰天という驚きは、何度も経験しているが、それは俺が地球を含めた人生で最大の驚きだった。
目の前には部屋の中が見えるほど、透き通った氷の、それでも分厚い扉。
氷の扉越しに見える内部はとても美しかった。
床、壁が全て氷で、広大かつどこまでも高い天井。そこの中央に巨大な木が一本生えていて、その木も氷だ。氷樹とでもいうのか、その内部を光が通り、乱反射で部屋全体が眩しいほど明るい。
部屋全体にはダイヤモンドダスト。それがまるで巨大な氷樹から落ちる葉のようにも見えた。
どの芸術作品より綺麗な光景だった。
だが、驚いたのはそれだけではない。氷樹の前で眠る魔物にだ。
「ホワイトドラゴン」
俺の口から思わず溢れる言葉。
魔物を見たわけでも、情報を聞いていたわけでもない。
地球で若い頃、友人の付き合いでプレイしたゲームでの知識だった。そのゲームでは氷のダンジョンの最奥にいるボスで、今の状況と似ている。
「ギル様はご存知なのですか?あの巨大なドラゴンを」
「いや、前の世界での知識だよ。皆に普段話している通り、現実に存在しているわけじゃないけどな。しかし……、ドラゴンがボスだとは思わなかった。予定外だし、予想外だ」
今まで見た魔物の中でもダントツのデカさ。頭から尻尾までで20メートル近くあるだろう。体重は測定不能。さすがに知識のないものを予測することはできない。鱗、巨体を制御することができる翼、俺が知っている地球の生物の殆どをたった一振りで、破壊できる尻尾の重さなど予測できようはずがない。
しかしこれだけは、はっきりと理解できる。あの魔物が重いということ。
潜在的な強さは、体重に比例する。……人間以外は、だけど。
人間の強さは説明のつかない予測不可能な、不確定要素が多すぎて計測不能。それに関して計算するのは時間の無駄だし、今は暇がない。
「ここで眺めていても時間と魔力の無駄だ。とりあえず入ろう。やばかったら撤退も視野にいれるぞ」
全員が理解し頷く時間ももったいない。
俺は氷の扉を開き中に入った。
ホワイトドラゴンは扉を開く前から俺達の気配を感じていたはずだが、寝るために丸まった姿勢のまま微動だにしない。
俺は気配を消すこともせず、ホワイトドラゴンの目の前まで歩く。
するとホワイトドラゴンが静かに目を開く。
何故ここまで無防備な行動をしたのか。もちろん理由がある。
24階層までの敵と、25階層のボスとでは、段違いの戦闘力だったからだ。
25階層に無傷で来ることが出来る実力があったとしても、絶対にこのドラゴンには勝てない。
つまりは。
「ホワイトドラゴン、という種族であっているか?」
俺の頭ほどある瞳が、じっと俺を見つめる。
しばらくして、ゆっくりと口を開くと話しだした。
《ヒト種族か、蛮勇で死を覚悟し斬りかかってこないだけの知能があるか》
そう、対話が可能ということ。
ドラゴンが俺達に理解のできる言葉を話すことに、仲間達が驚く。
驚きはしているが、全員が黙ったままということは、この場は俺に任せるということだ。
《我が種族は竜族。ホワイトドラゴンという名は、人間共が呼ぶ呼称に過ぎん。なんとでも呼ぶが良い》
「ドラちゃん……」
《それは許さん》
わがままな奴め。
「白龍、奥に進むにはお前を倒さなければならないのか?……いや、それはないか」
《何故言い切る?》
「おまえに勝てる種族など、同じ竜族ぐらいだろ」
ホワイトドラゴンは目を細めて嗤う。
《面白い。久方ぶりに面白い対話だぞ、ヒトよ。だが、お前はどうだ?それなりの強さがあるのだろう?」
そこまで話すと、ホワイトドラゴンの瞳に殺意がこもる。そして、口から冷気が漏れる。
こえー……。
「ま、自信はある、が、今は勝てない」
俺はチラリとホワイトドラゴンの鱗に目をやる。
石の槍も、風の刃も、高圧水流も、この鱗には傷一つ付けることが出来ないだろう。
冷気と相性の良い、火属性でも現在は火力が足らない。
《今は、か。ふはは、言うではないかヒト》
殺意と冷気が弱まる。
《我を倒すことができれば、全てを凍らす魔剣が手に入るぞ?》
「いや、別に欲しくないな」
《ふははははは!欲のない!》
「どうせ過去にここまで到達することが出来た冒険者も、戦闘すらしなかったんだろ?」
《確かに。つまらぬこと、この上ない》
表情と言って良いのかわからないが、明らかにつまらないという雰囲気を醸し出す。
「戦わずに突破することができるということは、お前の役割は案内役なんだろ?」
《その通り。しかし臆病なヒトは対話をすることもなく、盗人の如く気配を消しながら奥の階段へと進む》
それはそうだろう。話せると思わねーだろ。何言ってんだ、このトカゲは。
《今失礼なこと考えたか?》
「何故わかる!」
《ふははは!面白い!》
「楽しんでもらえて嬉しいよ。それで案内役の仕事はしてくれるのか?」
《くく、よかろう。言うてみよ》
ホワイトドラゴンがこのダンジョンについて教えてくれるというので、あれこれ質問をしてみた。そして色々と謎が解けた。
なんとなくわかってはいたが、この25階層は最下層だった。なぜなら、ホワイトドラゴンの後ろにそびえ立つ氷樹は明らかに次の階層へ行く、上り階段だったからだ。
次へ進むと24階層になるが、ややこしくなるため26階層と呼んでいるみたいだな。
このダンジョンはVの字型だということも教えてもらえた。最後まで進むと最後には1階層のすぐ隣まで行くことができるらしい。
他の階層の詳しい話を聞こうとしたが、それは知らないと言っていた。ホワイトドラゴンの案内は、他の階層がどんな場所かということを教えるのではないようだ。
ここまで教えてもらって違和感を覚えた。
大ボスであろうホワイトドラゴンと戦う必要がなく、最後まで進めばそのまま一階に戻ることができる。恐らく、簡単に街がある平原エリアまで戻ることができる仕組みだろう。
そこが違和感なのだ。
簡単過ぎる。
「………」
《何か疑問でも?》
「いや、なんかおかしい。隠してるのか?」
この『隠しているのか』という質問は、おまえ何か隠し事をしているのか、という意味ではない。
《ふははは!面白い、実に面白いぞ、ヒトよ!そうよ、隠しているのだ」
そういうことだよな。
「どこかに隠し階段、もしくは隠し通路があるということだな?」
《その通り。だが、その場所は我にも分からぬ》
ホワイトドラゴンは案内するだけで、他の階層を知っているわけではないのだ。しかし、その事実を知っているだけでも違う。それでも、この広大なダンジョンをくまなく探さないとならないのは、骨が折れる。
だが、ここまで教えてもらえたのは大収穫だったな。
大収穫ではあるが、大問題でもある。
嫌な予感がする。
「それで、真の奥へ進むにはどうすればいい?」
ここは25階層。このまま進むと、単純に50階層が終点になり、その50階層は1階層の隣に位置する。この50階層の間に隠し階段、または隠し通路があるのがわかった。
しかし、その隠してある場所を発見することができたとして、今までの経験上、何かを手に入れる必要があるのではないか?
真の最下層へ進むには、試練があるのではないか?
《お前には答えが見えているのだろう?》
くそっ、やっぱりそうなのか。
「お前と戦わなければ、奥に進めない……」
ホワイトドラゴンが嗤う。
《ふはははは!その通り!》
嫌な予感が当たってしまった。
このダンジョンは親切設計に見えて、その実、最悪な性格をしている。
ホワイトドラゴンという魔物を配置しておいて、ただの案内役で済ませるはずはない。
《さてどうする?やるか?》
「やるかどうかは、最後の質問をしてから決める」
《なんだ?》
「真の奥へ進んだ者はいるか?」
現状、俺達のこのダンジョンでの目的は、エリーの父を超えること。エリーの父が真の奥へ進んでいないのならば、戦う必要はない。
俺は別に最後まで攻略しなくてもいいと思っているのだから。
《ふむ。一組だけいた。そこにいる銀の髪に似た男がいた。その答えが聞きたかったのだろう?》
いえ、聞きたくなかったです。くそっ!有能な親父め!何してくれてんの?。
俺は仲間達を見渡す。
全員が引きつった顔をしているが、俺が「マジでやる?」というアイコンタクトをしたら、頷く。
え、まじで?アイコンタクト失敗してるんじゃ?
《ふははは!向上心のない連中よ!安心せよ、殺しはせん》
あ、ならやってもいいかな。
「はぁ、じゃあやりますか」
俺が答えると、全員が武器を構える。
ホワイトドラゴンがゆっくりと立ち上がる。それだけで、地震と勘違いする振動が体に伝わる。天井から何本か氷柱が落ち、床の氷にヒビが入った。
《ではかかってこい、小さき者共。お前達の勇ましき心を行動で示せ》
こうして、唐突に最悪の戦闘が始まった。