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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
五章 白き竜
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幕間 三賢人の会談

 ギル一行が、本格的にオーセブルクダンジョン攻略のために突入する1日前まで遡る。

 ブレンブルク自由都市と、迷宮都市オーセブルクをつなぐ街道の、ちょうど中間にある街の見るからに高級そうな料理屋に、これまた高級な白いローブを来た二人組みの男がいた。

 高級料理屋で個室を借りて話をする二人は、明らかに身分の高い人物達だろう。

 二人は静かに赤ワインを飲むだけで、会話がない。

 少しだけ開けている窓から聞こえる雨の音と、ワインを飲み込む音だけだったが、グラスを机に置くとようやく口を開いた。


 「このスパールを待たせるとは、キオルの小僧め」


 二人組のうちの一人はかなりの高齢で、いつから伸ばしているのかわからない真っ白な髭を撫でながら、もう一つの席で待つ男へ愚痴をこぼす。


 「賢者スパール殿、こう雨脚が激しいのでは、賢者キオルも自慢の白ローブを汚さないよう参るのは些か時がいるのでないでしょうか」


 丁寧な話し方をする壮年の男。しかし、彼もまた少し苛立ちを隠し切れていないのがわかる。


 「ふん、賢者タザール。貴様も苛立って嫌味がこぼれているではないか」


 二人の男はこの世界で賢者と呼ばれている者達だった。

 賢者タザールと、賢者スパール。

 二人の賢者はこの料理屋でもうひとりの賢者を待っていた。ワインの瓶が一本空になる時間を。

 さすがに待ちきれなくなったのか、賢者スパールが帰ろうと声をかけようとした時、扉が勢いよく開いた。

 そこには金の装飾が目立つ、どちらかと言えば白の割合が多いかなというローブを来た青年が立っていた。


 「大変お待たせしました、両賢者殿。急いで来たので喉がカラカラですよ」


 そう言うと空いていた席に座り、ワインをグラスに注ぎ一気飲みする。


 「キオルよ、急いで来た割には、ローブが汚れておらんのぉ?」


 老賢者スパールが怒りのこもった目で、青年賢者キオルの豪華なローブを見る。


 「スパール老、僕がローブの予備を忘れるとでも?」


 キオルは飄々と答えながら、扉のそばに置いた自分のカバンを指差す。そこからはびしょぬれのローブが少しだけはみ出ていた。どうやら、入る前に着替えたようだ。


 「賢者キオル、我ら賢者の先輩を待たさせた言い訳はあるのか?」


 タザールが机を指で叩きながら話す姿は、明らかにキオルの態度に苛立っていた。

 さすがのキオルも、二人の賢者を怒らせるのはまずいと思ったのか、居住まいを正す。


 「両賢者殿、大変お待たせして申し訳なく思います。しかし、早急に情報を集める必要が出てきたので、色々回っていたのです。どうかご容赦を」


 普段がお調子者の人間が、急に真面目な態度になると、それだけで緊急な内容に聞こえてしまうのはどこも同じである。

 スパールとタザールは、目を合わせると同時に嘆息する。


 「もうええわぃ、キオル。それで何か問題でもあったのかの?」


 「さすがはスパール老、お話がわかる。あぁ!もちろんタザール殿も僕の遅刻を許してくださるというのはわかっていますよ。なんせタザール殿は僕がこの部屋に入った瞬間に全てを見抜い……」


 「賢者キオル、世辞はどうでもよい。本題は」


 キオルの長話を断ち切るように、タザールは指で強く机を叩く。


 「そうでした。話がまたそれました。僕はブレンブルク賢者会議の後、南東へと旅をしていたのですが、そこで面白い話を聞きましたよ」


 キオルはそこで話を区切ると、タザールを見る。

 タザールは、机を指で叩くのをやめ、一つ頷く。続きを話せと。


 「賢者の名を騙る男の話です」


 そこまでキオルが話すとスパールが呆れた表情をした。


 「またか」


 「そのとおりです」


 「少々魔法が得意な者が、自分を賢者と勘違いすることは多いからのぉ。捨て置けない内容かの?」


 スパールが髭を撫でながら、無視できないのかと質問すると、キオルは頷く。


 「僕たち賢者は通ってきた道ですが、賢者になるには年に2回の魔法学会で僕たち三賢人を含む、賢者たちに認められて、初めて賢者と名乗ることを認められます」


 この世界の賢者とは、魔法の深淵を覗く者だ。ただ、それ以上の条件がある。

 賢者を目指す魔法士は、年に2回開かれる魔法学会の場で、魔法の新技術を発表しなければならない。

 魔法学会は、年に2回開かれるが、毎年毎回場所が違う。場所を一箇所に定めてしまうと、その会場から遠くにいる魔法士達が参加し難いという理由と、一斉に集まることを避けるためである。

 魔法士達にとって、自分が活動している地域にまで賢者達が集まり、学会を開いてくれるのは嬉しいことだ。だが決して、嬉しいだけではない。

 発表内容が稚拙であれば、罵倒の嵐。既に賢者達が知っている知識なら、罵倒の嵐。気に食わない人間なら罵倒の嵐と、最近では賢者が魔法士を馬鹿にするために開かれているのではないかと噂されるほどである。

 現にここ数年、賢者として選ばれたのはたった一人だけだった。


 「そうだな。特に賢者キオルは記憶に新しい。その若さで賢者に選ばれたのだからなおさらだ」


 その一人はこの場にいるキオルだった。


 「あの時はさすがの僕も緊張しましたよ」


 「ふん、よく言うわい。両手魔法陣展開という驚きの発表だったではないか。その上このスパールとタザールに続いて大賢者という称号までもらって、今では三賢人と呼ばれている小僧が」


 「まあまあ、僕の話はいいじゃないですか。その賢者の名を騙る男の話に戻しましょう」


 「どうせその男は詐欺師だというのだろう?」


 「いえ、賢者の名を騙るとは言いましたが、最近になってです。その前は自称ではなく、他人から呼ばれるほどの魔法士だとか」


 「ほぉ」

 「ふむ」


 スパールとタザールが身を乗り出す。


 「珍しいですよね、他人が賢者と評価するのは。ですが、魔法で強い魔物を倒し、それなりの身分の者が、認めてしまえば賢者と呼ばれることもあります。そう、例えば冒険者ギルドのギルドマスターとか」


 「ふっ、ずいぶんと具体的だな。例え話ではなく、事実をそのまま話せ、賢者キオル」


 「タザール殿はもう少し話術の勉強も必要ですよ。これでは面白い話が台無しです」


 「わかったわかった、それで?」


 キオルが肩を竦め続きを話す


 「僕が聞いた話ですと、ヴィシュメールでリッチが現れたらしいです」


 「リッチとはこれまた厄介な……。被害がでそうじゃのぉ」


 自慢の髭を撫でるのをやめ、椅子の背もたれに身を預けるスパール。


 「しかし、被害はなしで討伐されました。いえ、討伐以前の被害は正確にはわかりませんが、討伐時の被害はなかったとの話です」


 「ほぉ、それはなりよりじゃ」


 「うむ、大勢の冒険者達で、緻密な作戦を用い挑めば被害はでないだろうな」


 ほっとするスパールとタザール。しかし、キオルはニヤニヤと笑う。


 「一組の冒険者パーティだったそうですよ。それも、リッチを討伐したのは齢20に満たない若者だとか」


 ここぞとばかりにキオルが両手を広げる。ここがキオルの仕入れた面白い話のピークなのだろう。


 「なんと!」


 「それは……」


 スパールとタザールが驚くのを見て満足気に頷くキオル。


 「お二人が驚くのは何年ぶりですか?僕はそういうお顔をしてほしくて、面白い噂話を探しているので、ようやく叶って嬉しいですよ」


 「賢者キオルの情報収集には頭が下がる。それで、もちろん続きがあるのだろう?」


 「ええ、ええ、もちろんです。ピークは過ぎましたが、まだ続きがあります。まず、その若者の仲間が彼を賢者と呼んでいたのですが、その功績でヴィシュメールのギルドマスターも彼を賢者と勘違いしました」


 「そこまでの強さがあれば、賢者と間違われるのもうなずけるのぉ」


 「しかしです、彼自身は賢者ではないと話していたとか」


 「謙虚さもある。それならば捨て置いても問題はないのでないか?」


 キオルは首を横に振る。


 「そこまではいいのです。最近、その一行はオーセブルクのダンジョンに潜っていると聞きました」


 「賢者とて金は必要じゃ。お主のようにな」


 スパールは金の装飾が施されたキオルの白ローブを指差す。


 「そのとおりです、衣食住全てに金は必要です。あぁ、僕の話はいいのです。その一行はそのダンジョン内で、どうやら法国の方々と揉めたようで」


 「それはまた厄介な」


 タザールは腕を組みため息を吐く。その仕草だけでどれだけまずい状況かがわかる。


 「タザール殿のご懸念の通り、法国の天命執行者らしいのですが、どうも返り討ちにあったらしいですよ」


 「ほっほ、それはそれで厄介な」


 「そうですそうです。法国は貴族がいないからか、頂点がわがままですとそれだけで問題が山積みになりますから。ですが、返り討ちにあった執行者は今の所、仕返しを諦めているとか」


 ここでようやくスパールとタザールが、真の本題に入ったことに気づいた。タザールは眉を顰め、スパールはいつもより激しく髭を撫でる。


 「法国が仕返しをしない?」


 「うむ、それは異常じゃのぉ。理由も掴んできておるのか?」


 飄々としたキオルも真面目な顔つきに変わっている。


 「執行者は二人だったそうですが、その若者一人で倒し、更には脅したそうですよ」


 話を聞く二人の、唾液を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。


 「なんでも、彼は一人で50人は魔法で殺せる大賢者だから、手を引けと言ったらしいですよ」


 「なんと豪胆な。そんな作り話を法国の執行者が信じてしまったと?」


 「それがどうやら信じたようで。なぜなら、全属性を扱うことができ、瞬間詠唱なるものも」


 そこまで聞くとタザールが机を両手で叩き立ち上がる。怒りを顕にしながら。


 「それこそ嘘ではないか!それで何故信じるのだ!」


 だが次のキオルの一言で沈静化する。


 「それが真実だからでは?」


 部屋に沈黙が広がる。聞こえるのは激しい雨音だけ。三人の賢者は様々な考えを高速で頭の中に思い浮かべているのだろう。

 その中でも一番の年長であるスパールが、いち早く考えをまとめたのか、それとも考えるのをやめたのか、ため息とともに口を開く。


 「瞬間詠唱なるものは、聞いたことがないが、小僧の両手詠唱より、その若者の瞬間詠唱の方が結果多く魔法を使えるとでも?」


 「おそらく。実は噂ではなく、僕はオーセブルクに寄った時に知り合いの執行者から、悩み相談と、その賢者はどういう人間かと聞かれたのです」


 「なるほどな。賢者キオルより若い賢者はいないから、賢者の名を騙ると思ったわけか。しかし、両手詠唱ですら現在最速の詠唱方法なのに、その若者の方が早いとは。どれほどの早口なのだ?」


 「僕も成長しているんですよ、タザール殿。今では3つの魔法を同時に扱えます」


 キオルが腰に手をやって自慢する。だが、すぐにがっくりと肩を落とした。


 「なぜ落ち込んでおるのじゃ。3つの魔法を同時になど前代未聞。それこそ、その若者より早くなったのではないか?」


 「いえ、いいえ。執行者の話では、一瞬、刹那、瞬間、だそうですよ?」


 「それこそ見間違いだろう」


 「なんでも、『石の槍』が、50人の弓兵に一斉射撃されたみたいに飛んできたとか」


 絶句だった。だが認めたくないのか今回は早く沈黙が破られる。しかし、結果は瞬間詠唱を使う若者を認める内容だった。


 「それは、賢者とか大賢者というレベルではない」


 「そうです。彼が大賢者というのであれば、我々は何だというのでしょう?」


 「法国の執行者が、執行を阻まれ、その仕返しをしないというのが真実味を帯びているのぉ」


 老賢者スパールが一呼吸置き、タザールとキオルを見渡す。


 「ふむ、運良くというか運悪くというか、20日後の魔法学会は迷宮都市オーセブルクじゃしの」


 「はい、スパール老。彼を認めるにせよ、潰すにせよ、一度会わなければなりません」


 「では、その者も魔法学会に出てもらおうではないか。大賢者を騙る者、賢者の称号を手に入れる機会はほしいはず」


 彼らは三賢人、結論も早い。


 「では、呼び寄せよう」


 「私が召喚状を書こう」


 スパールが言うと、タザールがすぐに羊皮紙と羽根ペンをバッグから出す。


 「召喚状ですか?招待状ではなく?」


 召喚状は裁判など呼び寄せる時に使う令状である。キオルは怒らせるのは避けたいから招待状にしたほうが良いと警告しているのだ。


 「かまわんじゃろ。賢者は魔法学会に認められた者のみ名乗ることができる。これは魔法協会の法、つまりは世界の法じゃ。強気に出るのは当然じゃよ」


 一理あると、キオルは頷く。


 「それで、その者の名は聞いておるのか?」


 「ああ、はい。たしか……」


 部屋に羽根ペン走らせる音だけが響く。

 そして召喚状の宛名にこう書かれていた。


 ギル殿と。

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