雪山エリア突入
平均気温45度の火山エリアから、マイナス30度の雪山エリアへ来ていた。
雪山といっていいのかは不明だが、街ではそのように名付けられている。どちらかと言えば、北極エリアか、南極エリアと名付けたほうがしっくりくるのだが、この世界に北極と南極があるかもわからないし、あったとしても知識がないし発見もされていないのだろうから、仕方がない。
火山エリアもスタミナが減りすぎて辛いと思ったが、このエリアは更に辛い。まず20階層から、21階層へ突入した瞬間に罠がある。
それは汗だ。
火山エリアで汗をかき、そのままマイナス30度の吹雪の中を歩くと、凍傷になりやすい。水分は人間にかかせないが、この寒さの中では非常に危険だ。
だから俺達はしっかりと汗を拭いてから再突入した。しかしそれでも不十分だった。
このエリアでは、果物等の食料にありつくことは皆無であり、進む度に体温が奪われる。風は火を消し、吹雪が視界を隠す。積もっている雪は、足をとられ進む速度を落とし、更にクレバスが隠れている。
結果、21階層の入り口から魔法を使い続けていた。
「ところでギル。それ大丈夫?」
俺のすぐ後ろを歩くエリーが俺の現状を心配する。もちろん他の仲間もだが。
「魔力、大丈夫です?」
「ギル様の魔力とお体も心配ですが、その、なんていうか……」
「すごいッスね。寒さもなく、雪もなく、風もないッス。どうなってんスか」
俺は俺を含めた全員を風で囲み、その中を火で温める。風と火で2つずつの効果与えている。
風は温めた気温を循環させて逃さないようにするのと、吹雪を弾いている。
火はもちろん気温を温めるのと、足元の雪を溶かしている。
常時4つの魔法陣を展開してるためか、魔力の消費が尋常ではない。
「間違いなく、最後までもたないな」
俺の返事に全員が心配そうな顔をする。だが、今は無理しなければならない。
魔法が使えなくなれば、寒さで体力も危ういからだ。
「エリーの時はどうやって22階層まで行ったのですか?」
エリーは全身鎧だ。火山エリアも雪山エリアもエリーには厳しい環境のはずだ。金属鎧は刃物だけではなく、熱をも防ぎやすい。が、それはある程度だ。
このダンジョンのような高温、超低温だと、金属鎧が逆に枷になる。
高温には火傷と脱水症状になりやすく、超低温だと金属鎧は皮膚にくっつく。無理に剥がせば皮膚ごともっていかれてしまう。それに冷たくてもやけどはする。つまりは凍傷。どっちにしろやけどとの戦いだな。
その状況下では22階層どころか、21階層で限界だったはずだ。
「鎧脱いで、走った」
「マジッスか」
そんな方法では22階層が限界だろう。だけど、俺も同じだ。
「とにかく、このまま進んでも22階層突入前に魔力が尽きる」
魔力が尽きれば、この寒さの中で魔力回復をしなければならない。いや、もうすでに魔力回復が必要だ。火山エリアでボスを倒した後、睡眠をとって魔力回復をしたが所詮は仮眠。俺の魔力最大値からしたら、10%ほどだ。
「でも、お兄ちゃんなら、考えてあるはず、です」
そのとおり。
ヒントは元『迷賊』達にあった。いや正確には前から。
草原エリアでは食料と薬草を収集することができる。火山エリアも、俺達は『迷賊』に狩りつくされて縁がなかったが、あそこに出没するフレイムリザードからは、暑さから身を守ることができる皮を取ることができたはずだ。他のエリアにもそれぞれ意味があったはずだが、水場で食料を補充する以外は俺達に縁がなかった。
つまりはこのエリアにも寒さを防ぐ魔物がいるということだ。
よく出来たダンジョンだと感じた。無理矢理進むのは、確実に破綻する仕組みになっていて、ゆっくりと進むには魔物と戦い、その採取したものから攻略するための何かを作り出さなければならない。
『迷賊』達は俺と戦う前、俺が氷魔法を使うと前情報を持っていて、冷気に強い素材で装備を作っていた。
つまり、どこからかそういう素材を手に入れたということだ。
「この階層で魔物を狩るぞ。そいつから剥ぎ取った皮で防寒具を作らなければ、俺達は進めない」
それから俺達は歩き回り魔物を発見することができた。だが、予想外なことがある。
「この階層から急に難易度があがりすぎじゃねーか?」
目の前にいる魔物は20階層までとは比べ物にならないほど高難易の魔物だと理解できた。
その魔物は、簡単に言ってしまえばマンモスだった。
もちろん地球の400万年前から生息していたマンモスとは別物だが、限りなく近いからそう呼んでいる。
地球のマンモスで最大種は『ステップマンモス』らしく、肩までの高さは4メートルを超え、重さは20トンほどだと言われている。
だが、この雪山エリアに生息しているマンモスは5メートル以上はある。象のような姿は地球と同じだが、鼻がない。牙が4つあり、それが魔物の意志で動いていた。硬質な牙だということはわかるが、曲がったり、伸ばしたりを自在にするのだから、マンモスではないのだろう。
しかし難易度が高いのは化物じみた外見や大きさではない。現に遠距離のプロフェッショナルのエルが苦戦している。
「駄目です、お兄ちゃん。ボルトが体内まで通らない、です」
防御力が高いのだ。
ボルトが通らないのはボルト自体が短いのもある。だがなにより、マンモスの皮自体が厚いのだ。
「だぁっ、こいつにはあたしのウォーハンマーも効かないみたいッス」
今まさにシギルもウォーハンマーを当て、弾かれていた。それもまるで厚いゴムに弾かれるように。
エルとシギルはこの魔物と相性が悪い。だが。
「やりようはある」
俺は口の端を上げる。
いやいや、カッコつけている場合ではない。今も何トンもある足を振り上げ、俺達を踏み潰そうとしているのだから。
「エル、精密射撃を目に。シギル、刺さったらボルトをハンマーで打て。最後はエリー、打ち込んだボルトに魔法武器発射。リディアはエルを守れ」
俺は広範囲で吹雪を防ぐのと積もっている雪を溶かすために魔法を使っていて動けない。彼女たちに動いてもらうしかない。
リディアとエリーならば、この魔物にも刃が通るし、倒すことも可能だろう。だが、今回は魔物の皮を傷つけてもらっては困るから控えてもらう。
俺以外のメンバーがまだ理解できていないのか、少し反応が遅れた。地球で少しでも生活していれば理解できるのだが、それは仕方ない。電気と身近な付き合いがないからな。
それでも彼女たちは疑問を覚えながらも確実に遂行する。
エルがマンモスの目にボルトを打ち込む。エルのことは心配していない。おしゃべりしながらでも、考え事しながらでも撃ち抜くだろう。
問題はシギルだ。なんせ背が低いから5メートル以上あるマンモスの目に刺さるボルトへ、ハンマーを打ち込むのは厳しい。
だが、シギルは力だけは強い。もちろん脚力も強く、ジャンプ力も。
シギルはエルが打ち込むことを確信していたのか、ボルトが突き刺さる前からマンモスの足元へと走り込んでいた。
ボルトが目に刺さると同時に飛び上がり、突き刺さるボルトへハンマーを打つ。
2つの衝撃に、さすがのマンモスも前足を上げ悲鳴をあげる。
そして最後はエリーだ。
バチバチとショートスピアに纏う電気を、狙いを定めて放つ。
まさに一瞬でボルトに着弾し、体内に電撃が流れる。
声帯すらも痺れて、悲鳴もあげられず、轟音とともに倒れた。
直接体内に、それも脳に近い目から電気を流されたのだ。倒しきれていなくても、気絶は免れない。
トドメはリディアがもう一個の目に刀を刺して、終了だった。
しかしここからも急がなければならない。なんせ、この巨体なのだから、移動させることは出来ず、この場で解体をしなければならない。
俺もかなり魔力を消費しているから、解体に時間をかければ魔力が底をつき、俺がお荷物になってしまう。
「みんな、ギルさまが風を防いでいる間に、解体しますよ」
リディアの号令で、エル、シギル、エリーが大急ぎで解体を始める。もし、もしもの話、俺がなんらかの理由で動けなくなってしまったら、リディアがリーダーとして指示を出し、メンバーをまとめてくれるだろう。
その時を想定して、リディアには負担がかかるが、俺はこの世界で知ることの出来ない地球の知識を覚えさせる必要があるかもしれない。
もちろんエル、シギル、エリーにもだが。
だけど、とりあえず今は、それをしている暇はなさそうだ。
彼女たちが解体をはじめて、そろそろ1時間が経つ。
俺の魔力が底をつきそうだ。
「旦那、終わったッスよ!」
「一応、肉も取っておいた」
「さあ、戻りましょう!」
リディアが叫ぶと俺達は急いで入り口まで戻っていった。
21階層と20階層を繋ぐ階段まで戻ってきた。
そこでついに俺の魔力が無くなってしまい、俺は気を失った。
意識が戻り始めると、違和感に気づく。
体は動かず、息苦しさもある。これが金縛りってやつか!
そして、腕に絡みつくような感覚と、顔全体を覆う柔らかい感覚が、非常に気持ちいい。霊の仕業だな。
気持ちいい?
押し付けられていたのはエリーの胸で、両手に絡みつくのはリディアとエルだった。心配して俺に抱きついたまま疲れて寝てしまったのだろう。
幸せではあるが、階段でよく寝れるなぁ。俺は体がバッキバキだよ。ところでシギルは何をしているんだろうか?俺の両足は空いてますので、絡みついても構いませんよ?
絡みつくエリー達を起こさないように剥がすと、シギルを探す。
シギルは俺が寝ていたところから、少し離れて作業をしていた。
「お、旦那、起きたんスか?」
「悪いな、俺が役立たずで」
シギルの隣に座ると作業を手伝う。
今シギルがやっている作業は、剥ぎ取ったマンモスの毛皮の加工だ。鞣したりする必要があるが、時間がないからそのまま使っているみたいだ。
触ってみるかぎりかなり温かい。これなら寒さを十分防いでくれるはずだ。
「何言ってるんスか、17階層からずっと魔法使っているんスから無理しない方がいいッスよ」
「だけど、ギリギリ間に合ったよ。みんな強くなったから、心配もしなかったしな。それでどうだ?防寒装備は」
「これで終わりッス。一度試しに行ってみたけど、十分役に立つはずッスよ」
俺が魔法で防ぐより皆に負担がかかるが、これから先は魔物に魔法を使うことが多くなるはずだ。魔力を温存しながら進む必要が出てくる。
「うん、ご苦労さま。最近は裁縫までできるようになってきたな、シギル」
革鎧の作り方は基本的に金属と革を合わせ鋲でとめる。裁縫技術は必要ないが、最近は服を直すことが増え、裁縫スキルが成長しているようだ。
「へへ、まあ、物づくりは全部やりたいッスから。けど……」
照れた顔から一変し、暗い顔になる。何か悩みがあるんだろうか?
「どうした?」
「あ、その、戦闘で全く役にたっていないから、申し訳なく思っているッス」
なるほどな。たしかに俺も、ウォーハンマーがこんなに早く通用しなくなる魔物が現れるとは思っていなかった。だけど、役にたっていないとは思っていない。
「ウォーハンマーも悪くないが、シギルはちっちゃいだろ?」
「おい!」
「まあまあ、最後まで聞きなさいよ。それに小さくても可愛いからいいじゃないか」
そう言うとシギルは更に小さくなり、顔を真っ赤にする。
「ススススッス」
え?それ照れてるの?
「小さいのはデメリットじゃない。攻撃は当たりにくく、逆に懐に潜りやすい。だからそれを活かした武器を作ろうか。ただ、シギルには今までより、接近して戦うことになるから危険になるけど、どうする?」
「あたしもこのパーティのメンバーッスよ。覚悟はついていくと決めたあの日から既にできているッス」
悩む素振りもみせず即答。
シギルの一番の武器は意志の強さだ。
「鍛冶場がないからすぐには作れないけど、とりあえず皆が起きるまで一緒に設計を考えようか」
「ッス」
シギルが笑顔で答えると、二人で武器のアイデアを出し合った。少し議論が白熱してしまい、アイデアが変な方向に行ってしまったが、まあいいでしょう。
なんせ準備がようやく終わったのだ。やっと雪山エリアを攻略のスタート地点に立てたのだから。
俺は皆が起きるのを、寝顔を眺めながら待つのだった。