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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
五章 白き竜
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一つの壁

 一歩踏み出す度に、靴の下に魔法陣が展開され、刹那に霜が付着した道が作られる。


 「旦那、だんだんと化物っぷりに拍車が掛かってきたッスね」


 暑さで額に汗を浮かべているシギルが、顔を呆れさせた。

 失礼な。いつマグマプールに落ちるかわからない道を、注意深く歩いて時間を浪費していたし、仲間を守るには足場を全て埋めてしまうのが良いと考えた結果なのに。

 俺達が17階層を出発してから2日が経っていた。なのに、まだ18階層だ。暑さで疲労しやすく、道が非常に危険だ。

 更に魔物もいる。18階層もコボルトがメインの敵だが、コボルトメイジ、コボルトアーチャーが多い。

 つまり、足元を注意して、暑さに耐えながら、遠距離攻撃にも警戒。10歩進むのに1分以上かかってしまう。そんなのやってられない。

 溶岩溜まりに落ちないように土魔法で溶岩を埋め、暑さを防ぐのに更に氷でコーティングしなが歩いていた。


 「でも、お兄ちゃんのおかげで早く進めます」


 エルはいい子だ。素直に感謝してくれるとやる気がでるから。


 「でも、ギル様大丈夫ですか?土魔法に合成魔法の氷属性まで付与したのでは、魔力が……」


 さすがはリディアだ、痛いところを突く。それでも……。


 「それでも、ギルは続ける。それはなぜ?」


 俺が後ろを見ると、エリーがいつのも無表情で首を傾げる。

 彼女達を信頼していないわけではない。確かに俺は少し過保護なところがあるけどな。


 「次のエリアが心配だ。経験豊富なエリーが突破できないんだ。体力を温存してほしいだけだ」


 おまけに22階層までしか情報がない。俺の魔力残量を心配するより、全員の体力を温存しておきたい、エリーに話したとおり本音だ。

 俺も成長しているから、このまま魔法を使い続けても魔力は残るだろう。それに、期待もある。エリーは22階層までしか降りることができなかったが、今回は違う。

 俺達という仲間がいるし、新しい武器も作った。エリーをがっかりさせないためにもできることをする。


 「だがもし、俺が役に立たなくなったら助けてくれよ。皆でさ」


 全員が表情を引き締めて、力強く頷く。そして俺は皆に見られないように頬を緩めると、また魔法を使いながら一歩を踏み出した。



 俺の魔力が残り少なくなった頃、ようやく20階層に辿り着いた。

 ボスはコボルトキングと親衛隊。名前を鑑定スキルで見ると、『コボルトキング』、『エリートコボルト』という名前だ。

 『エリートコボルト』というだけあって、多種多様な攻撃をしてくるとエリーが言っていた。

 20階層のボスはエリーに指揮してもらい、俺抜きで戦ってもらうことになった。というより、全員にハブられた。


 「お兄ちゃんは、つかえない、です」


 「え?いやいや、その言い方はおかしいのでは……」


 「ギル様は端の方で見ていてください」


 「リディア、君もか」


 「旦那、ほら邪魔だから早く行くッスよ」


 「今、邪魔って言った?」


 「ギル、口も動かさないで」


 「……」


 という会話があり、俺は今体育座りしながら彼女達の戦いを眺めていますが、大丈夫、僕は元気です。声が震えていますが、本当に大丈夫です。

 彼女たちがいじめをしているわけではないことはわかっている。俺を休ませるためだ。それはそうだ、20階層へ降りる階段で冷や汗を垂らしながら、膝をガクガクと震わせていれば、誰でも休めと怒鳴りつけるだろう。

 まあいい、今回は彼女たちに任せてみることにしよう。



 コボルトキングと親衛隊の戦い方は模範的だった。敵の数は6。そのうち盾役が2、近接が2、遠距離が1で、キングが指揮。

 もしかしたら、この世界の冒険者より戦い方を知っているかもしれない。

 だけど、俺の仲間達は地球の現代戦術を知っている俺から学んでいる。

 コボルトの盾役2匹が仲間達の前まで進むと盾を叩く。これは誘き出すためだ。盾役を排除しようとすれば、残り4匹が遠距離攻撃を仕掛けてくるだろう。


 「エル、後で魔法の詠唱しているコボルト、お願い」


 エリーはわかっている。


 「はい、です」


 返事と同時に魔法を使おうとしていたコボルトに、何本ものボルトが突き刺さった。

 倒れる音に驚き盾役2匹が振り返る。その隙を見逃さずエリーが槍で盾役1匹の頭を貫いた。

 それに激昂した近接2匹がエリーへと襲いかかってきた。キングが何かを叫ぶ。おそらく動くなと命令しているのだろうが、怒りで我を忘れている近接2匹は止まらない。

 エリーは近接2匹の攻撃を大盾で受けながら、ゆっくりと下がっていく。これは押されているわけではなく、近接2匹をキングから離しているのだろう。


 「リディア、キングを。シギル、盾持ち」


 「はい!」


 「ッス」


 シギルが振りかぶりながら走り、コボルトの盾めがけ思いっきりウォーハンマーを振り下ろした。

 金属と金属がぶつかったとは思えない鈍い音がすると、盾役のコボルトが悲鳴を上げながら膝をつく。盾を持つ腕がだらりと下がっているところをみると、あまりの力に骨が折れたらしい。

 シギルは勝負を急がず、武器を持つ腕をウォーハンマーで叩いた。両腕が使い物にならなくなった後、ウォーハンマーを頭へ振り下ろした。

 油断しない、良い戦い方だった。


 エリーが引きつけていた近接2匹の内1匹は、既に倒れていた。体中に鉄の杭を突き刺しながら。自分が死んだことにも気づかなかっただろう。

 エリーから少し離れてしまったところ、エルがクロスボウで狙ったのだ。

 残りの盾役1匹は、エリーの盾に剣を叩きつけている格好のまま動かなかった。いや、正確にはブルブルと震えている。

 エリーは魔法武器を使ったのだろう。今、コボルトの体には電気が走り回っていて、もはや意識が飛んでいる。

 最後は槍を急所へ突き刺して終わった。

 エルは既にクロスボウを使いこなしていて、欠点を見つけるのが難しいほどだ。

 エリーもうまく魔法武器を使ってくれた。最初こそ使い方に慣れなくて、発動に時間がかかっていたが、今ではスムーズに発動できるようになっていた。

 二人共、確実に今までより強くなっているはずだ。



 最後はリディアだが、苦戦している。

 といっても、コボルトキングが強いわけではない。17階層を出た後、俺が指示したことを守っているせいで、苦戦しているのだ。

 リディアの利き腕は右だが、今リディアが持つ刀は左手。

 俺が、これから先利き腕を使うなと指示を出した。

 リディアは刀の使い方に慣れるどころか、もはや熟練していた。今のまま使い続けても、成長は見込めない。リディアはステータスの成長率が皆より低いが、繊細な技術は誰よりも上だ。特に剣術。

 だから左手で、右手と同じように使うようにできれば、リディアはもう一歩成長することになる。

 だが、今はそれが足枷になっている。

 コボルトキングの戦い方は、さすがはキングと言うだけあってコボルトの中でもダントツで強いし、万能型だ。

 剣に盾、距離が離れたら魔法まで使う。近接攻撃だけのリディアとは相性が悪い。リディアとコボルトキングの戦いを見て、次に俺が、リディアのためにしてあげなければならないことがわかった。

 だがまずは、リディアがキングを倒すところを見届けよう。

 キングは魔法が弱点だと感じたのか集中的に『石礫』の魔法を使い、リディアはそれを避けつつ回り込むように走り、近づいていく。

 リディアが近づけば、キングが距離をとる。

 このままではキリがないと思うが、リディアが有利だ。魔力はいつまでも続かないからな。

 それをキングも理解しているのか、人間の俺でもわかるほど焦っている顔をしていた。それでも、近距離ではリディアに勝てないことがわかっているのか、魔法をやめない。

 このまま魔法を使わせ続けて、魔力を無くさせ勝つこともできるが、リディアはそれを望んでいないみたいで、果敢に攻めていく。

 そこでリディアの行動に変化が起こった。

 走りながら石を拾うと、詠唱しているキングに投げたのだ。

 投擲に驚き詠唱が途切れて魔法陣が消える。

 その隙にリディアが一直線に走り、距離を詰めた。

 キングは慌てて杖と剣を持ち換え、反撃しようとするが、それは悪手だな。リディアは近距離では負けない。

 走った勢いを殺さず、キングコボルトの心臓へ刀を突き刺した。

 こうして20階層のボス戦が終わった。



 ボス戦が終わった後、俺達は手分けして宝箱を探している。

 すると俺の元へリディアが近寄ってきた。


 「ギル様、その、見苦しい戦いをお見せして……」


 リディアは俺ががっかりしていると思っていたみたいだ。


 「リディア、何を言ってるんだ?コボルトキングとの戦いで、リディアは投擲して魔法の詠唱を止めた。確実に成長しているから自信を持てよ」


 「ほんとですか?自分では不甲斐ないと思っていたので」


 たしかに手こずっていたが、理由がわかっているから、不甲斐ないなんて思うわけないのに。


 「もし、だ。リディア、どっちの手でも武器を扱えたらどう思う?」


 俺は17階層でリディアに利き腕を使うなと言っただけで理由までは教えていなかった。


 「刀を持ち換えて使えるのは、剣術の幅が広がると」


 「そうだね。だけど、空いている方の手で武器が使えたら?例えば投げナイフとか」


 リディアは少し考えてから、「なるほど」と呟いた。リディアももう少し考える時間があれば、思いついたはずだ。


 「そう、剣術に限らず戦い方の幅が広がる。今回は投擲という形で成長を見せてもらった。満足しているよ」


 もちろん遠距離攻撃するためだけではないけどな。


 「そ、そうですか!ありがとうございます!」


 暗かった表情が、一気に明るくなった。やっぱり、うちの娘達は笑顔が可愛い。リディアはチョロ可愛いぜ。


 「チョロかわ、んんっ!じゃあ、宝を探そう」


 「はい!」


 元気よく返事するとリディアは走り去っていった。




 「みんなー、宝箱発見したッスー!」


 リディアと話をしてからしばらくすると、シギルが見つけた。


 「でかした!どうしてこのエリアのボス部屋だけ宝箱がランダム配置なんだ?」


 「いつもここは苦労する、そしていつもがっかりする」


 エリーの言っていることに疑問があるが、とりあえず開けることにしよう。

 宝箱を開くと、クリスタルのような石が何個か入っていた。


 「クリスタル、です?」


 「ああ、これですか。市場でよく見ますが、どういった物でしょう?」


 「鍛冶には使えなさそうッス。アクセサリーにはいいかもッス」


 「プールストーン」


 エリーが拾い上げて、石を眺めながら、名称を口にする。


 「プールストーン?どんな物だ?」


 「役立たず。街で売られてるけどすごく安い。ダンジョンで一番のはずれ」


 エリーの説明を聞くとリディア、エル、シギルががっかりする。

 エリーの話では、どの階層の宝箱にも出現する可能性があるが、20階層が一番出現するらしく、最近ではこの階層の宝箱を無視する冒険者もいるほどだとか。

 だけど、俺は違った。違和感を覚えたのだ。

 なぜなら、エリアボスの宝箱に入っていて、他の階層ではたまにしかでないことと、このランダムで宝箱が出現するこのエリアだけ、手に入れる確率が高いこと。

 結果、手に入り難いということだ。

 これは色々試す必要があるかもしれない。とりあえずは、マジックバックにしまって、暇を見つけたら研究してみるかな。


 「よし、みんなよくやった。チームワークも、魔法武器の扱いも慣れてきて、確実に強くなっていることを実感できたよ。少し休んでから下へ降りるとしようか」


 そして階段の前まで行くと俺達は休憩をした。俺は魔力を回復するために軽く睡眠をとった。

 俺が起きると、エルが料理を作ってくれた。エルの得意料理のスープだ。

 最近、エルの料理は成長が著しく、地球の調味料や出汁のとり方を覚えたおかげで皆が満足する味になっている。

 日本の料理で舌が肥えている俺も、美味しくいただけるほどだ。

 料理を食べ終わり、食休みをし、片付けが終わるとようやく下の階層へ降りていく。

 次のエリアへ着いた時、俺達は絶句した。

 エリーから情報だけは聞いていた。このエリアでダンジョン攻略を諦める者が多いらしく、オーセブルクダンジョンの壁だとも。だが、想像以上だったからだ。


 そこは1メートル先も見えない猛吹雪で、一面銀色の世界だったのだ。

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