魔剣 対 賢者
魔剣。
俺が知っている情報は少ない。なんせこの世界に、知り合いは少ないからだ。つまりは情報を仕入れる機会が多いわけではないのだ。
そして更に悪いことに、俺は勘違いをしていたようだ。
魔剣は俺とシギルが作っている魔法剣の上位の物か、類似品だと思っていた。が、それが間違いだったことが今、理解できた。
いったいどういう理屈だ?
魔法を無効化しているように見える。
今もクリークは俺に向かって走ってきていて、俺も連続魔法をばら撒いている。クリークを狙って魔法を使っているわけではなく、敵全体へ使っている。できる限り殺さないように。
火の槍が魔法陣で生成され飛んでいき、たまたまクリークへ。
そして当たる直前、クリークは歪な、禍々しさすら感じる剣を力任せに振り上げて、火の槍に当てる。
すると熱だけ残し、煙のように消えた。
俺の火の槍は、剣で振り払われただけで消えたりしない。金属を焼き切ることができなくとも、青い炎の槍は、当たれば当たった場所で燃え続ける。
それがどうだ。見事に消されたぞ。
魔法使いだったら、どうしようもない。
まぁ、俺は問題ないけど。
だけど、本当にどういう理屈なのかわからない。クリークは見るからに戦士系だろうから、魔法なんて使えるわけない。
決めつけるわけではないが、剣を振り続けながら、魔法を使って、俺の魔法を消すなんてできるようには到底見えない。
それに魔法で火の魔法を打ち消す場合、水、風、土の魔法で防ぐしかないが、目で魔法の効果が映らないようにするには、風属性しかない。
だが、風魔法で打ち消す場合は強風で進行方向を曲げることしかできないはずだ。もちろん上位の風魔法であれば文字通り打ち消すこともできるが、その場合は、目に見えないのではなく、竜巻のように砂や埃を同時に巻き上げてしまい認識することができるから、この時点でクリークが魔法で俺の魔法を打ち消しているのではないことがわかる。
そして、魔法剣で消す場合も同じだ。
ということは、あの剣の効果だろうし、あの剣は魔剣なのだろう。
他にも疑問はあるが、そろそろクリークが俺に辿り着く。実戦で試し、疑問を晴らすしかないだろうな。
「おらぁ!賢者ぁ!辿り着いたぜ!」
クリークは叫びながら、魔剣を横薙ぎにするために構える。
少しは学習してるみたいだ。縦斬りは、迫力、威力ともにあるが、袈裟に斬られない限り避けやすい。
まあ、まだ勉強不足だな。
「………で?」
俺はひとつ息を吐くと、前へ出る。大剣の横薙ぎは、その迫力で後ろへと逃げやすいが、前に出たほうが当たりにくい。
振りかぶった方とは逆へ、回るように避けるのが良い。
俺もそうやって避ける。避けながら斬る。
回り込みながら、クリークの背中を斬った。突けばそれで勝負はついたが、ここは我慢して斬るだけにしておく。
「ぐぁあっ!くそ!この化物がぁ!」
化物?何言ってんだよ。剣術で、日本の歴史に勝てるわけねーだろ。どの国よりも剣で1対1の戦いを真摯に考え続けている国の出身だぞ。故に化物だとか賢者だとか関係はなく、必然なのだ。
構えだけで、何時間もにらみ合う戦いをする剣術だ。ただ勢いで斬りかかるだけの剣に負ける要素が見当たらない。
実は日本の剣術と、西洋剣術に違いはそれほどない。最大の差は片刃か両刃かによる剣術の違いだろう。
だが、個人的には日本の剣術が最も難しく、最も強いと思う。まあ、自分が日本出身だから、そう思い込んでいるというのもあるが。
何が最強かなんてものは、使い手によるのだろう。
だが、日本の剣術には西洋剣術にはないところも多いのだ。まずは構えの多さと戦術。
五行の構えが基本だが、その中でも有名な構えは中段の構えだろう。正眼の構えともいうが、剣先を相手の目に向けて構える型だ。
中段の構えは剣道でよく見る構えだが、その他にも上段、下段、八相、脇構えの5つで五行の構えという。
では、構えの戦術とは何か。
相手が上段に構え、それに対し自分は下段に構える。そのまま睨み合うと、相手が上段から脇構えに変更する。またしばらく睨み合いが続き、今度は自分が下段から中段へと構えを変えた。
この構えのやり取りで、双方の思考が読み取れる。相手は上段に構え、先の先で一撃必殺しようとしていた。それに対し自分は下段に構え後の先を狙った。
だが、相手はそれを読み脇構えに変更し、後の先を狙う戦術に切り替えた。そして最後に自分が中段の構えへと変更したが、これは相手がどのような行動をしてもスムーズに対応することができるからだ。
つまりは、後の先の取り合いをしたという例題だ。
このように構えだけで、長時間心理戦が繰り広げられていたと考えられる。
時代が経ち、流派で得意な構えが決まると、構えによる心理戦が少なくなり、自分の流派の構えが一番強いというプライドの戦いが多くなった。
これからわかるように、日本の剣術には精神的な考えが組み込まれている。
中でも特殊なのは居合だろうか。鞘に収まっている状態が既に構えであり、抜く時鞘を滑らせ、加速させることで最速の剣技を出すことできる。
俺が、今クリークに対してやっていることはまさにこの居合だった。
俺がクリークの背中に斬りつけた後、クリークは振り返るとめちゃくちゃに剣を振り回した。
一方俺は、剣を鞘に収めるとバックステップして冷静に躱す。そして、隙を見つけると居合で斬りつけ、また離れるのを繰り返す。
「くそが!どうして当たらない!当たれば一発でぶっ殺せるのにぃ!」
全くわかってねーな。なぜ当たらないかじゃなく、なぜ斬られているのかを考えろ。
というのは酷だろうな。相手は先の先を本能で狙っているが、俺は後の先を自分の意志で狙っている。クリークというより、この世界ではそんな言葉もないだろうし、居合抜きも存在しない剣術なのだから、混乱するのは目に見えていた。
というか剣で相手すれば、勝てることがわかったから、もういいや。
そろそろ魔剣の攻略するか。あんまり斬りつけると心が折れるかもしれないからな。
俺は距離を取ると辺りを観察する。
もはや立っている敵はクリークだけになっていた。戦闘不能になっていない男達もちらほらいるが、戦意喪失していて、立ち上がることすらできないだろう。これならクリークだけに集中しても大丈夫だ。
俺には魔剣に3つの疑問がある。
どうやって魔法以上の効果を発揮させているのか。どの程度の効果なのか。
そして、デメリットはあるのか、だ。
最初の疑問、どうやって魔法以上の効果を発揮させているのかは、考えても無駄だろう。この世界の住人が科学を理解できないように、俺も魔剣について物理的や科学的に考えても理解できないのだ。
ではどの程度の効果なのかを確かめてみよう。
魔法の連射をクリークだけを狙って放ってみる。
他属性の魔法が一直線に向かっていく。
クリークは悪態をつきながら、また魔剣を盾のように構える。
石の槍が、火の槍が、鉄砲水が、かまいたちが魔剣に当たる瞬間かき消えた。
「どうだくそったれがぁ!てめぇの魔法なんざ、魔剣には効かねーんだよ!」
はいはい、わかったわかった。
なら次は魔剣の大きさを超える範囲の魔法でいってみよう。
俺は鉄砲水を最大範囲で放つ。
クリークの体を飲み込む程の水流が魔剣にぶち当たる。が、当たったところから消えていく。魔剣より大きな水が、中心に吸い込まれるように集まり、消滅している。
このまま放射し続けてもいいが、時間と魔力の無駄だろうな。クリークに当たることはない。
「はぁはぁ、何度やっても無駄だ。魔法はこの魔剣の前では、無意味なんだよ」
………なぜ俺より疲れている?魔法を連続で使い続け、剣を戦った俺よりだ。
クリークは顔面蒼白で冷や汗を流し、更に膝をガクガクと震わせている。
三つ目の疑問、デメリットはあるのかだが、間違いなくあるな。
魔剣の効果を目の当たりにした時からずっと不思議だった。
魔剣の効果はそれぞれ違うらしいが、どれも奇跡的な効果を発揮する。
今回の魔剣は魔法の効果を打ち消すが、これはかなり奇跡的だ。これほどの剣だったら普通は聖剣と呼ばれるべきだ。
なのに魔剣?
つまりは奇跡ではないということ。なんらかのマイナス要素が魔剣にはある。
そしてクリークの様子を見て理解した。
魔剣は魔力、あるいは生命力を吸い取って効果を発揮する。それが魔剣と呼ばれる所以だ。
はぁ、がっかりだ。もういいや、終わらせるか。
「試してみるか?俺の魔力が尽きるか、おまえが力尽きるか」
俺が微笑を浮かべたまま話すと、クリークは激昂する。
「良い度胸じゃねーか!!お前の手足を叩き斬った後、目の前で女共を犯してやる!」
余裕を見せるために微笑を浮かべた表情をあえてしていたが、クリークの言葉を聞くと、自分でもわかるほど無表情へと変化する。
俺は自分に対して、殺すだの言われるのは何も思わないのだが、仲間達に対し何かを言われると少しイラつく。
あげく犯すだと?
これから戦うというのに、敵がグダグダと口悪く俺を罵っていたりしていると、俺はそれを隙だと思っている。
話している最中に魔法を打ち込めばそれで終わるからだ。相手の罵倒に対し、俺が言葉を返すなどしない。
だから、魔法ではなく腰にあるナイフを投擲。
クリークは馬鹿正直に魔法が飛んでくると思っていたのか魔剣を構えていて、その隙間から見えている足にナイフが突き刺さる。
「ぐぅっ!ちくしょう、汚ねぇ!」
たった5人に50人以上で待ち伏せし、毒を使い、最後には魔剣を持ち出す賊風情が汚いと俺に言うか。
捕まえるためにわざわざ致命傷を与えないようにしていたが、どうせ捕まれば死刑だし、仮に俺が執行しても構わないだろう。だけどこれは楽に死なせられないなぁ。
俺は目の前に大きな魔法陣を構成する。
使う魔法は光魔法。この世界には6属性の魔法があるが、実はそのうち2種類の光と闇属性には傷つける魔法が存在しない。
もちろん俺が知らないだけの可能性があるが、今の所相手の感覚を狂わす効果がある魔法しか使うことができない。
今から使う魔法もただの目くらましだ。
魔法陣が完成すると、広間の全てが照らされるほどの眩しい光が陣から溢れ出る。
殺傷能力のある魔法が魔剣に当たる瞬間に消滅してしまうのであれば、広間を全て照らすだけの無殺傷の光に魔剣はどう反応する?
だがやはりというべきか、クリークの周りだけ光が届いていないようだった。
光が影を消し、建物や人の輪郭と背景が一体化する中、クリークの姿だけがくっきりと見えるのがその証拠だろう。
だけど、この魔法は俺の姿を隠す為だけの魔法だ。
クリークの周りだけ光を打ち消しても、光源の後ろにいる俺を見ることが出来ない。
クリークから俺が見えなければそれでいいのだから、魔剣があろうとなかろうと意味がないのだ。
光魔法を吸収し続ける魔剣により、クリークは魔力か生命力かわからないが衰弱していく一方だろう。
これがこの魔剣の弱点だ。もしこれが魔法陣を消滅させるというものか、一帯の魔法を封じるのであれば、俺は負けていたかもしれないな。その時は仲間を連れて逃げるけど。
さて、このまま見ているだけで、クリークが倒れるか、衰弱死するかするのを確信している。
だが、それで済ませるわけねーだろ。
俺は走りだす。クリークを間合いに入れると鞘から刀を抜き、魔剣を持つ右手以外を斬りつける。
まずは左手の手首。違う武器を持ち、余計な真似をしないように。
次は左腕に。……これはする必要はなかった。勢い余って斬ってしまったが、腕を上げて防御されないからいいか。
次は両足の足首、膝、腿。歩けないように念入りに。
クリークは左腕をだらりと下げ、膝立ちしながら、右腕で魔剣を抱きしめている。顔を見ると、表情は歪み、目からは涙、鼻水、涎を垂らした。
今にも閉じようとしている瞼、焦点が合わない瞳。
俺の光魔法を魔剣が吸い続けた結果だろう。
そこまでしてから刀を鞘に収め、魔法をやめる。
光が収まっていき、辺りは影を取り戻す。
俺はクリークの正面に歩いていき屈むと片膝をつく。
「………で?何か話すことはあるか?」
もう決着している。
「………うぅ、ゆ、ゆるじてくらさい……」
クリークは涎を垂らしながら呟く。
さすがに殺されたくはないみたいだ。
だけどまだ。
「許すわけねーだろ」
俺は冷たく言い放ったのだった。
非常に遅くなりました。
みなさんがお休みの時に忙しいというのは
とても悲しいものがありますね。
まだ、ちょいちょい忙しく、更新が遅れる可能性がありますが、
待っていただけると幸いです。