地獄の景色
「………うぅ、あ、あれ?」
ここはどこだっけ?
……そうだ。オイラは賢者とかほざいてるガキを片付けるように首領に命令されたんだった。
で、どうしてオイラは寝っ転がってるんだろ?
もしかして、走って向かう時に転んじまったか?早く立ち上がって行かねぇと、首領に怒られちまう。
賢者のガキをヤレば、後はお楽しみだからなぁ。さっさと立ち上がって行かないとな。しかし、なんかおかしいな。上手く立ち上がれない。
………え?う、腕が無い!
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
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叫び声が聞こえて目が覚めた。
まずはじめに俺がした行動は起き上がることだった。だけど地面が濡れていたせいで、手が滑ってまた寝てしまった。
ここはダンジョンの隠し通路の奥にある広間で、ここ数年で俺達迷賊のアジトを作った。
迷賊『ルールブレイカー』を首領が結成した当時から俺はずっといる。いわば初期メンバーだ。だから広間については詳しい。
この場所を見つけた時は色々苦労したが、感動もしたのを昨日のことのように覚えている。
なんせ俺達は冒険者として生きていくことを諦めた連中や、街で生活することが困難になった奴らばかりだ。この階層に来ることができたのも首領の力が大きかった。
運悪くというべきか運がいいと言うべきか、フレイムリザードの大群に襲われ逃げた時に、行き止まりまで追い詰められてしまった。
その時隠し通路を発見したが、本当に助かったし、運命を感じた。
だからかこの広間には愛着があり、暇な時は散歩もするし、見張りもするからよく知っている。
今日も女共を誘い込むまでは見張りをしていたが、水たまりなんてなかった。
一体何で滑っちまったんだ?新入りが小便でもしたか?
「………血だ」
手にこびりついていたのは血だった。
慌てて見渡すと、そこら中血だらけだった。いや、血の池があったと言ったほうがいい。
それだけではなく、俺の仲間達が殆ど倒れていた。
「何なんだよ、どうなってんだよぉ……」
体の一部が無くなっている奴や、体を魔法の杭で貫かれている奴。服が燃えて仲間の血で消そうと地面を転がっている奴や、そんな状況を理解せずに気絶している奴らがいた。無事な奴らもただ呆然と突っ立ってるか、震えながら股間の辺りを濡らしている。
だけど、今の所死んでる奴はいないみたいだ。それがまた不思議だ。
もし地獄とかいうのがあるなら、ここに近い状況だと思う。
いったい何が起きたのかわからない。とにかく恐ろしい光景だ。
俺も正気を保っているのがやっとだ。いや、正気を失っているから叫ばずに辺りの様子を見ることができてるのか?
いやどうでもいい、もう、どうでもいいよ。
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賢者の小僧がやった。
わしは一部始終見ていた。記憶は……、鮮明だ。
わしらは賢者と思しき奴とその一行を捕まえるためにここで待ち伏せをしていた。
作戦はまずはある程度強い奴らで戦って、手こずるようなら吹き矢の得意な仲間が体を痺れさせる毒を使って、敵の数を減らす単純な罠だ。罠ってやつは単純なものを何個か用意するのが良いんだ。その上、あの吹き矢はわしが作ったものだから、まっすぐ飛ぶ。吹く力が強く、狙いを定めるセンスがある程度あるなら必ず当たるだろうよ。
その証拠に賢者一行の3人を麻痺させて戦闘不能にすることができた。残り一人の女は全身鎧でガードされたが、賢者の小僧はどうやって回避したのか。
若い奴が魔法でガードしていると言っていたが、賢者の小僧は、杖も魔法陣を描くための詠唱もした様子がなかった。
だがそれはいい。面倒な弓使いのエルフと、不思議な剣を持っているヒト種の女、わしと同じドワーフの女に命中したんだからな。
明らかに奴らのパーティの中で攻撃力の高い連中を無力化できたのだから。
そして全身鎧の女は麻痺して行動ができない娘達を広間の端へ連れていき、守るように賢者の小僧に言われてたから、後は賢者を倒せば終わるはずだった。
そしてその時は来た。
小僧が俺達に向かって歩いてきた。
両手を下ろしたまま軽く広げながら。恰も「どうぞ攻撃してください」とでも言わんばかりに。
だが今ならわかるが、あれは「攻撃できるものならしてみろ」と表現していたんだ。
ただ歩いてくる賢者だが、気がつけば奴の背後に数えきれない魔法陣があった。
わしは魔法のことはよくわからんが、基本的なことは知っている。魔法使いは、魔法を使うための杖で魔法陣を描きながら詠唱する。
だが奴は賢者で、特別な魔法を使えるらしい。聞けば、氷の魔法を使えるみたいで、さらに杖なし無詠唱で瞬時に発動できるとか。
その情報を知っていたから、わざわざ急ぎで氷に強い素材で防具を作ったんだ。
しかしここからが、わしたちが思い違いをしていたところだった。もしかしたら奴の罠だったのかもしれんが。
ここから記憶が少し曖昧だ。いや、思い出したくないだけかもしれない。
そうだ、数えきれない魔法陣から、様々な属性の魔法が飛び出したんだ。
奴は特別な氷魔法を使えるだけじゃなく、全属性の魔法を瞬時に使うことができる大賢者だったんだ。
いや、大賢者でもそんなことは出来ないだろう。でもそれ以上の魔法使いの名称なんて聞いたことないのだから、そう言うしかない。
賢者の小僧の魔法は、恐ろしくも美しかった。
氷柱、石の槍、鎧を貫く水に竜巻。目を覆いたくなるような眩しい光かと思えば、逆に目を開けているのか閉じているのかわからなくなるような漆黒の闇。そして、真っ赤な火の槍と青い火の槍。
わしは運がよかった。
目の前にいた仲間が盾になってくれたから無事だっただけ。ドワーフだし背も小さいのもある。だけどそのせいで住み慣れたこの広間が地獄に変わる瞬間を見ることになるのだが。
手や腕、足が飛び交い、ある者は体を貫かれて吹き飛ぶ。血は雨のように降り、目を覆い視界を悪くした者は血で滑って転び、そして同じく何も見えていない仲間に踏み潰される。服や体は燃えた者はのたうち回って仲間の流した血で消火し、風に巻き込まれた者は永遠とも思えるような長い時間、体中を切り裂かれた。
その光景をわしは糞を漏らして眺めていた。
もう、首領に命令されても戦えないし、戦わない。
この地獄を作った奴はただの小僧でも、大賢者でもない。
ありゃあ、化物だ。
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その男は数え切れないほど飛んでくる魔法の中を走る。
彼は数多くの戦闘経験や修羅場をくぐり、今現在も生きている。
それなりに歳を重ね、もうそろそろ40も間近だ。だが、彼の肉体は無数の傷があるが若々しく、筋骨隆々。顔は髭を蓄え強面。見るからに歴戦の戦士といった風貌だ。
元々は冒険者としてダンジョンに挑んでいた。だが、運が悪いと言うべきか、ダンジョンの探索中に死にかける。
魔物と戦ってではなく、人によってだ。
はじめは不注意で食料を盗まれ、次は魔物から逃げている冒険者に魔物を押し付けられた。巻き込まれてボロボロになりながらも生き延びたが、最後には人間に襲われ、戦利品を奪われた。
命からがら街へと戻った時、戦利品を奪った奴を見た。街で一番高級な酒場で豪勢な食事をしているのを発見した時、彼は冒険者を辞めることを決断したのだ。
自分は今日宿に泊まる金もないのに、自分から戦利品を奪った奴は笑いながら酒を飲んでいる。こんなことが許されるなら、自分もするまでだと。
それから同じ境遇の連中や、街での生活が苦しくなった者達が集まってきて、『迷賊』と名乗り、同時に法に抗う者という思いを込め、『ルールブレイカー』という名前も付けた。
男は手下から首領と呼ばれるようになった。
そう、彼は首領クリーク。
手下からも、冒険者からも恐れられるクリークだが、今は死という言葉がちらつく中で、黒髪の少年に向かって走っている。
背後から悲鳴や呻き声が聞こえるが、無視して黒髪の少年を倒すことを優先する。いや、見なくてもどんなことが起きているか分かっている。
地獄のような光景が広がっているだろう。
だから、その地獄を創っている黒髪の少年を倒すのだ。
幸い、黒髪の少年は魔法使いだ。近づいてしまえば純粋な戦士の自分が有利なのだ。
そして、ようやく剣が届く距離まで近づくことができた。
剣は既に鞘から抜いている。後は振りかぶって斬るだけ。
「うぉおおおおお!」
一刻も早く魔法を止めねばという気持ちからの咆哮。
気合いを入れるが大振りはしない、平常心を保ったまま振りかぶり、頭目掛けて斬る。
この状況で奴隷にするために捕らえるなど考える余裕はない。
「シッ」
だが、ギルは体捌きで避ける。ただ避けるのではなく、一歩クリークに踏み込んで避けつつ、腰の刀を引き抜くと、息を吐きながら斬り上げる。
ギルの刃はクリークの左腕を深く斬った。
クリークは驚き、ギルは悔しそうな表情をしている。
クリークの驚きは、魔法を使用しながら反撃をしたことに対してなのだが、ギルの悔しそうな顔はなぜか。
それは腕を斬り落とすつもりだった攻撃が、クリークの分厚い筋肉と骨によって邪魔されたからだった。
ギルは刀に付着した血液を払うとすぐさま、上段に構えるがその一連の動作をしつつも魔法陣を構成し続けている。
ギルの様子を見たクリークは、今のままでは絶対に勝てないと理解した。
未だかつて、魔法を使いながら、精度の高い物理攻撃をしてくる敵はいなかった。なにより、この魔法のの嵐の中で、見たことも聞いたこともない剣術を相手にするには、どうしようもない状況である。
それでもクリークはまだ絶望していない。
ギルに注意しながら、背後にチラリと目をやる。
(しめた!まだ無事だ!)
クリークはギルからジリジリと距離を取ると、武器のロングソードをギルに向かって投擲した。
さすがのギルも唯一の武器を投げ捨てるとは思わず、刀で弾く。
普段は刃が欠けることを恐れ、体捌きで避けるのを心がけているが、刀で弾いているのはそれだけ動揺しているということなのだが。
ギルは小さく舌打ちをするとクリークに視線を戻すが、既にその場所にはいない。
脇目も振らずに走ってギルから離れている。
ギルは一瞬逃げたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
クリークは大剣を両手で抱きしめるように持っている手下に向かって走っていたのだ。
「荷物持ちぃ!!剣をよこせぇえええ!」
武器を替えるために、ロングソードを投げ時間をつくったのだ。
荷物持ちと呼ばれたクリークの部下は、首領に声をかけられても、ブルブルと震えるばかりで動かない。
クリークは悪態をつきながら、なんとか大剣を持つ部下まで走ると殴り倒しながら大剣を奪う。
その大剣は、剣と呼べるような代物ではなかった。
形は歪で、刃がある場所とない場所があり、人を斬るには向いていないように思える。
そして何より大きい。大きすぎるのだ。クリークほど体格に恵まれていて、更に鍛えてようやく武器として扱えるようなものなのだ。
だが、そんなことを気にする素振りもせずに、クリークはまたギルの元へと走って戻る。
しかし、走るクリークにギルの火の槍の魔法が飛んでいく。
それはそうだ。今まで当たらないのがおかしかったのだから。
クリークは大剣を盾のようにしながら構わず走っている。
そして火の槍が大剣に触れると同時に霧散するようにかき消えたのだ。
ギルはそれを見ると、今日何度めかわからない驚いた表情をした。
火の槍の魔法は堅い物に当たっても、突き刺さらなくとも燃えるのだが、この大剣は燃えず、かき消したのだ。
クリークは走りながら、笑う。
「はっはっは!どうする魔法使い!こいつは魔法を消すぞ!」
そう、クリークの本当の奥の手は、魔剣だったのだ。