エリーの魔法具
先制攻撃は、今この場にいる全員の中で、最速の攻撃を持つエルだった。
クリークが腕を組み、顎をしゃくりながら子分に命令を下したが、言い終わった瞬間にはクリークの一番近くにいた子分3人の足にボルトが突き刺さっていた。
ボルトを足に受けた子分たちは衝撃でうつ伏せに倒れてしまったが、未だに何が起きたのかわかっていない。
「え?」
「は?」
「あれ、はは、倒れちまった」
三人共同じ反応に同じ格好だ。俺達に襲いかかろうと踏み出した瞬間に、吹き飛ばされるほどの衝撃を軸足に受けたのだ。まだ痛みを感じいないらしく、どうして自分が倒れているのかも理解が及んでいない。
倒れた仲間の状態を理解してないのか、周りの奴らはニヤニヤしながら倒れている男達を眺めていた。だが、足に突き刺さっている鉄の杭をみて青ざめる。
「お、おい、おまえ足になんか刺さってるぞ」
「……え?」
足を触ってようやく頭が理解しはじめてきたのか、ボルトを撫でるように触ると段々苦悶の表情になっていき、そして。
「ぎゃああああああ!」
「俺!俺の足が!」
「あ、あぁああ、ぬ、抜いて」
叫ぶ。
迷賊の全員がパニックに陥っていた。
クロスボウは地球の歴史でも古い。最古は紀元前に登場するが、現代のクロスボウとは異なり、大型だった。体と地面で固定して背筋で弦を引く方式で、今のように片手で引けるような物ではなかった。
時代が進むとクロスボウも進化していった。梃子を使ったタイプや、ハンドルを回して弦を引くタイプなどが登場した。
俺が採用したのはそのどちらでもない。もちろん参考にしたが、基本は歯車を使用した機械式で、トリガーがない。
片手で持ち腰に構えて撃つ腰だめ式で、空いた手でクロスボウの側面についたクランクを回すことで弦を引く。そして、そのままクランクを回し続けると自動的に矢を放つ。
普通のクロスボウならば、上に矢を乗せるだけだが、俺が作ったクロスボウは内部に矢を入れる。そのかわり上部にはボルトをストックするための入れ物が設置してあり、クランクを回し続けることで連続で発射することが出来る。
常人であれば狙いをつけるどころか、的に当てるのはかなり難しい。だが、エルだけは別だ。
天性のセンスと技術が的に当てる。
射程に関しては、エルの努力次第で伸びるように設計してあるから、この武器はこれからもっと強くなる。
そして、こんなものはこの世界には、絶対に存在しない。
迷賊共が、いやこのクロスボウの攻撃を受けた者全てが、混乱するか、理解することもなく死を迎えるだろう。
「や、やりやがったな!行け!手足ぐらい折っても構わねぇ!」
だが、首領クリークも同じく混乱していたはずだが、怒りで無理矢理思考を戻したみたいだ。恫喝と感じてしまうほどの大きな声で子分の心と体を動かす。そういうところはさすがだと思う。俺も学ぶべきところだと。
しかし感心している暇はない。10人がクリークの命令に反応し、俺達に襲いかかろうとしていたからだ。
「エリー、いけるか?」
「ん」
エリーが俺達を守るように前へ出る。
さすがにエリーだけで10人に囲まれれば危ないか。
「シギル、エリーの武器に巻き込まれないように援護。リディアは隠し通路の方を警戒。悪いなつまらない役で」
「問題ないッス!」
「はい、作戦通りですから」
俺も動きたいが……。
刀を撫でながらチラリとリディアとシギルを見る。
「だ、駄目ッスよ!旦那が手出したら、皆殺しじゃないッスか!」
「そ、そうです!ここは指揮に徹してください」
こうやって止められてしまう。これも皆で話し合ったことで、ここまでは全て作戦通り。
人と戦った経験がないエル、シギル、エリーが、戦っておきたいと言い出したのだ。
リディアは既に人と戦った経験があり、通路の警戒に回ってもらった。
たしかに俺達が有名になればなるほど、こういう厄介事に巻き込まれ、人と戦うこともあるだろう。今経験出来て良かったと考えるべきなのか。
「わかった。でももし、少しでも危うくなったら、手出すぞ」
これだけ言うと、今敵と戦うエリーとシギルに集中する。
俺もエリーの新武器に興味があったからだ。
エリーは自分の体ほどある盾を地面に突き立てるように構えた。
エリーに与えた武器は二つで、盾と槍。
迷賊の一人が手斧を力任せに盾へと振りかぶる。
金属がぶつかる激しい音がした。
だが、エリーは微動だにしない。
「おいおい、盾で受けるだけじゃ俺達は倒せねーよ、べっぴんさん。それにその短い槍じゃ突く前によけられちまうぞぉ」
「……」
まあ、普通ならそうだろうよ。盾師は大きい盾に、長い武器と決まっている。普通ならな。
「それにそんな細い腕じゃ俺の力に勝てねぇぞ」
よく話す雑魚だな。どうせすぐに動かなくなるのに。
エリーに斧を叩きつけた男は、斧を引っ込めず、盾に押し付けたまま力を込め。エリーを押し倒そうとしている。
「へへへ、このまま倒して楽しんじまうかぁ」
「………ふぅ」
エリーは息を吐くと、魔力を盾に流し込み始めた。
盾に変化はない。もしかして本当に失敗しちまったか?
だが、エリーが魔力を更に多く流すと、ようやく変化し始めた。
バチバチと音が鳴り、盾が青く輝く。そして次第に青い光は盾の角から空中にヒビをいれる。
エリーの盾は電気を纏っていた。成功だな。
そして盾に叩きつけていた斧へと光が広がり、男に届く。
「ばばばあばばっばばばあばあああああばば」
髪の毛が逆立ち、体から煙が上がる。
エリーが盾を振り払うと斧が離れ、男は白目を剥き、泡を吹きながら崩れ落ちた。
男は感電したのだ。それを理解しているとは思えないが、後に続こうとしていた迷賊達は足を止め驚きとどまっていた。
まあ、驚いていたのはエリーもだが。
「な、なんだよそれは!」
「くそっ!あれは近づいちゃいけねぇやつだ!」
「遠距離だ!遠距離攻撃しろ!」
我に返リ弓をあたふたと準備しはじめるが、それでは遅い。
今度はエリーが槍に魔力を流すと、槍の穂が金色に眩く光る。そして徐々に光は広がり辺りを埋める。
その後ワンテンポ遅れて爆音が響く。
光が収まると7人が倒れていた。
残り二人だが、彼らの背後にはシギルが立っていて、ウォーハンマーを振り下ろすところだった。
野球のスイングを連想するような見事な振り切り。二人まとめて10メートル程吹っ飛び、更に5メートル程地面を転がりようやく止まった。
……もしかして死んでんじゃねーか?あ、大丈夫だ、痙攣しているし……。
「な、何が起こった!」
「くそっ、目が!」
「なんだよ今の爆発音は!雷か?!」
襲いかかろうとしていた10人は一瞬で倒れ、無事な迷賊はまた混乱していた。
エリーのために作った武具は、電気を魔法で発生させることができる魔法陣を組んだ。元々はエリーの得意魔法である光属性でレーザーでもと思っていたが、どうやっても光属性では再現ができなかったのだ。
なら激しい光を放つ電気にしようと決め、色々と試した結果、10個の魔石に魔法陣を描きようやく雷を発生させることが出来た。
地球の科学で雷発生の仕組みについては、理解していたから、それをエリーの持つ大きな盾の中で再現させたのだ。
あの盾は中が空洞になっているが、だからといって脆いわけではない。なによりシギルが手がけたのだ。頑丈にしてある。
盾の内部で発生した電気はそのまま盾自身を電池にして溜め込み、攻撃を受けると放電し相手にダメージを与える。
そして限界まで貯め込むと、目には見えない程の細かい氷と水を使用し槍に転送。槍の先から放電し前方にいる敵を感電させることが出来る。
とまあ、口で言うのは簡単だが魔法陣を組むのに2日かかってしまうほどの苦戦だった。だが、攻撃力は絶大。生物ならくらえば戦闘不能にすることができる。
もちろん槍もシギルの自信作だから、魔法具として使わなくともかなり扱いやすく、そして信頼がおける武器になっているはずだ。
ただ、問題があるとすれば、放電までに時間がかかることと、魔力の消費が半端ないことだが。
だがこれで敵の戦闘員の数は約半数。情報通りならばだがな。
「てめぇら……ナニモンだぁ?」
ちっ、少しは動揺しろよ。
迷賊達は混乱から立ち直れていなかった。首領クリーク以外は。
クリークは動揺するどころか怒りの感情だけしか表情からは読み取れない。
そこが不思議だ。いや、ちがう。怪しいと言ったほうがいい。
油断はできない。
「……ギル」
「ん?どうしたエリー」
いつもの無表情でツカツカと歩いて来る姿は、なんだか怖い。もしかして武器に不備が?!
「ギル、とてもとても素晴らしい武器」
え、それ今言うこと?いや嬉しいけどさ。
「おい、無視してんじゃねーぞ。そりゃあ、魔剣か?」
筋肉がなんか言ってるけど、エリーは全く気にした様子もなく俺の手を取る。
「ギルとシギルは最高」
え、だからそれ今言うこと?ほら、筋肉が顔真っ赤になってるから。
「おらぁ!ガキども!俺様が聞いてんだろーがぁ!」
クリークは腰の剣に手をかけ、俺達に叫ぶ。
豪華な装飾が施された鞘、大きな宝石が埋め込まれた柄、あれも誰かから奪った物だろうか?
それにしてもイキってんなぁ、あの筋肉。
「おい、そこの筋肉。どうして俺が教えてやらなきゃならんのだ」
「き、筋肉……」
「あいつ、首領になんてことを」
「死んだな、あいつ」
しまった。俺の発言で混乱していた迷賊達を正気に戻しちまったみたいだ。
「ちっ、わかってんじゃねぇか。そうだ、この筋肉が見えてるならわかってんだろ?」
機嫌良くなってんじゃねーよ。やべぇな、あいつは俺の弱点かもしれん。馬鹿は罵倒が効かないからな。それに何がわかったと思ってるんだ?
「まあいい、その武器も奪っちまうし。おい野郎共、そろそろやるぞ」
ん、なんだ?何かやるつもりか?!一応守っておくか。
「痛っ」
「チクっとしたです」
「針が刺さったッス」
針?まさか。
「首領、3人に命中しました」
「3人だと?」
「はい、一人は全身鎧のせいで、賢者の野郎は何か魔法使ってるようです」
「ちっ、気づきやがったか」
俺は目だけで周りを見る。迷賊の何人かが、手に筒を握っていた。
くそ、吹き矢か。
「リディア、エル、シギル!大丈夫か?!」
「なんだか、動きが」
「手が痺れてきた、ですぅ」
「あー、やられたッスね。これ毒針ッス」
シギルが自分に刺さっていた針を抜き、鑑定していた。
やっぱりそうか。俺は風の魔法で自分を守っていたから大丈夫だったが、リディア達を守れるほどの時間がなかった。
「くく、罠にかからないように警戒していたようだが、手遅れだったな」
ま、それほど問題じゃないんだが、一応エリーに対応してもらうか。
「エリー、三人に毒消しポーション使って、守ってくれるか?」
「ん」
下級毒消しポーションを大量に作っておいてよかった。
俺が指示するとエリーが三人を端につれていきポーションを飲ませる。
「ふん、ポーションぐらいは持っているか。だが、一瞬で毒を打ち消せるほどのポーションではあるまい」
そう、毒消しポーションは等級に関係なく殆どの毒を解毒できるが、下級は徐々に解毒する。中級から瞬時に解毒し、上級ともなれば中級では解毒することができない、ドラゴンの毒をも解毒することができるらしい。
今回使われた毒はせいぜい体を麻痺させる毒だろう。俺が作ったポーションで解毒できるが、しばらくは戦闘に参加できないだろう。
毒を警戒していなかったわけではなかったが、迷賊が弱すぎて油断していたか。
「これで、動ける奴は二人。よし野郎共出てこい!」
クリークが大声を上げると、後ろからぞろぞろと増援が出てきた。
今いる奴らより、増援のほうが戦闘員っぽいから、今まで戦っていた奴らは非戦闘員だったかもしれない。
あぁ、そうか。クリークは、余裕だったのか。余裕を隠すためにずっと怒りで表情を隠していたのか。
賊であろうと、集団のトップということか。それなりに頭は回るようだ。
というより俺達が油断しすぎたんだろうなぁ。まあいい、反省は終わってからしよう。新武器の試し斬りも済んだことだし。
「みんな、悪いけど後は俺がやるわ」
俺が皆に話すとエリーが代表で頷いた。
「くくく、お前一人でこれだけの人数を相手にするだと?」
クリークが笑うと、迷賊全員が笑いだした。
「おい、最後に言っておくけど、逃げるなら今のうちだぞ?」
これは俺の最後の優しさ。
「ぎゃははは!」
「首領!なんか言ってますぜ、一人で!ぶふっ」
「こわいこわいよぉ、ママぁってか!」
「くく、おまえら笑ってやるなよ、ビビっちまうだろうが」
まあ、こうなるんだろうな。俺は至って真面目に警告したんだが、仕方ない。
「そうか、逃げないんだな?じゃあ、おまえら……」
殺意を込める。
「皆殺しだ」
遅くなりました。
お盆過ぎるまでは、更新が遅れそうですがご了承ください。