会敵と試射
コボルトの鍛冶場で武器を作り始めてから3日が経ち、無事に完成したあと俺達は17階層に降りてきていた。
運悪く16階層を出発し、17階層に降りるまで敵に出会わなく、武器の試し斬りをすることが出来なかった。
「魔物出てこないッスねぇ」
「17階層に『迷賊』のアジトがあるらしいから、もしかしたらそのせいかもな」
17階層の魔物はフレイムリザードというらしく、皮が優秀な防具になりさらに火の耐性がある。かなり人気の素材でそれなりに高値で売られているらしい。それを『迷賊』が独占しているのだろう。
恐らく狩りすぎで発生が追いついていないのかもしれない。
「これでは、お二人の新武器の能力を見ることができないですね」
俺、シギル、リディアは早く使ってもらいたいと思っていた。作成者の俺とシギルは武器に不具合が見つかった場合、再調整をしなければならないからだが、リデイアは純粋に興味だろう。
だが、意外と武器を使う本人達はそれほど焦っていなかった。
「でもお二人は落ち着いているッスねぇ。早く使いたくないんスか?」
「エルは、せっかく作ってもらったのに、焦って失敗したくない、です」
「ん、ギルとシギルに悪い」
俺達に恥をかかせないために冷静だったのか。本当に良い娘達だよ。だけど、俺とシギルも武器の不具合で、二人を怪我させたくないから、なるべく弱い相手で試し斬りしてもらいたいんだけどな。
一応二人にはどういう効果があるか説明してあるが、強敵でいきなり使っても上手く扱えないはずだし、さらにエリーの武器には、まだ実験段階の魔法を組み込んだから、それが発動するか、そしてエリーがその概念を理解しているのかを知っておきたい。
しかし、魔物がいないことにはどうしようもないな。
他にもまだ気になることはあるのだが。
「ですが、17階層に降りてすぐに襲ってくると思ったのですが、来ないですね」
リディアが言うと皆が頷く。俺だけでなく、メンバーの全員がそのことを気にしている。
俺もこの階層に降りたら、『迷賊』達に囲まれると思っていた。
そうなると厄介なことがある。
「こ、これじゃあ、誰が『迷賊』か、わからない、です」
エルの言っていることがその厄介なことだ。
ダンジョンにいるのは俺達だけではないのだから、他の冒険者とすれ違うこともある。それが『迷賊』なのか、ただの盗賊っぽい顔の冒険者なのか判断できないのだ。
それにこの美女軍団が歩いていれば、すれ違い際に必ず見られるから、それも判断を狂わせる。ただ見惚れているのか、様子を見られているのかわからない。
つまりは『迷賊』は俺達を発見できるが、俺達が『迷賊』を見つけることができない。非常に厄介だ。
『迷賊』達が間抜けであることを祈るばかりだ。
「とにかく今は先に進むしかないな」
少し進むと変化があった。明らかに敵意ある視線を感じるようになった。
皆も気づいているはずだ。
このままずっとついて来るつもりか?そう思っていたら背後に数人現れた。
「おまえら止まれ」
ついに来たか。こいつらが間抜けで良かった。
立ち止まると、進行先にも数人現れた。左右は壁、前後は敵、囲まれたみたいだな。
「へー、こいつらが。へっへっへ」
「ひゅー、確かに美人ばかりだ」
「俺はあのドワーフがいいな」
「おまえの趣味はどうでもいいよ。俺はあのエルフだ」
「おまえの趣味も大概じゃねーか」
間抜けの上に、クズだった。
「それで、『迷賊』とかいうクズ共が、俺らに何のようだ?それも、こんな少数で」
今見える範囲ではあるが、俺達を囲んでいる人数は10人。
俺とエルで瞬殺出来る数だが、今は手を出さないでおくか。
「ぷっ、はっはっは。すげーな、このガキ」
「本当だな、すげー調子に乗ってるよ」
「お前だけ先に殺してもい……ぐ、ぐあああああ!足がああ!」
殺すとか言っちゃ駄目だよ。ムカついちゃうから。
俺は殺すとか言い出した男の足に『氷柱』を刺してやった。
「や、やりやがったな!」
「おい、俺の話は聞いているんだろ?お前ら全員、腕なくしたいか?さっさと質問に答えろ」
俺が殺意を込めると、目に見えて怯え慌てて用件を言い出す。
「ま、まて!ボスがお前らを呼んでいる!それに言伝もある。『決着をつけようぜ』と」
何が決着つけようだ。一度も会ったことないし、罠に嵌めようとしているだけだろうが。
「で?なんで待つ必要があるんだ?」
「え?」
「お前ら全員戦闘不能にした方が、人数減らせるじゃねーか。エル、足撃ち抜け」
俺が言うな否や、残り9人の足に鉄の杭が突き刺さる。
「ぎゃああああああ!」
「いてぇ!いてええ!」
「ぐっ、一瞬で9人の足を狙いやがったのか」
そう、まさに一瞬だ。エルの精密射撃と新武器の性能があれば、9人程度の足を射抜くことなど一瞬でできるだろう。
「エル、新武器の具合はどうだ?」
「さすが、お兄ちゃんとシギル、です!」
エルの手にある新武器はクロスボウ。それを連射できるように改良したのだ。
クロスボウとは、弓の一種で板バネの力で専用の矢、ボルトという短く太い矢を弦で発射する機械式の武器である。
威力はあるが、構造上短くて矢羽の少ない矢を使用するため、慣性がかかりにくく不安定であり、結果射程が伸びない。
エルにとって長距離からの狙撃ができないのはマイナス要素だが、それに関しては仕掛けがある。その仕掛けを作動させるには、エルの努力が必要となるのだが。
仕掛けはそれだけではない。この武器も魔法具なのだ。
3つの効果を隠してある。それを使うのはまだ先になりそうだがな。
しかし、武器の具合を聞いたのだけど、俺とシギルを一番に褒めるとはエルらしいな。
「ああああ!くそ!お前らただじゃすまさねぇぞ!」
全員が地面に這いつくばっているのに、何を言ってんだ。
「お前らがただで済んでねーけどな。で?ボスはどこだ?」
あの後、グチグチと文句を言っていたから、一番苛烈なことを言った奴を一言話す度に殴っていたら、心を入れ替えたのかボスの居場所を話してくれた。
そして全員の足からクロスボウのボルトを無理矢ごっほごっほ、優しく抜いてやると涙を流しながら、地面に丸まっていたから、俺の優しさに感謝したのだろう。
……ボルトだって特別製だから、仕方ないよね。本当なら全員利き腕を斬り落とすところを、うちの娘達が見ていたからやめておいたのだから、優しいよね、俺って。
まあ、エルが優しさで動脈を外してたみたいだから、死ぬことはないだろう。出血多量にならなければだけど。
ボスの居場所を聞き出すと、俺達はその場所へと向かっていた。
逃げないでなぜ向かうのか?それは、武器を作っている時に話し合い、『迷賊』を潰そうと決めたのだ。
俺以外が。
俺は、何人か捕まえボスの居場所や罠を聞き出して、それを全部無視して下の階層に向かおうと提案したのだが、皆が倒したいと言ったのだ。
俺は彼女達には、人間相手に戦ってほしくなかった。罪悪感に悩む必要はない。
だけど、彼女達は俺だけに汚い仕事はさせたくないと言って譲らなかったのだ。どうやら覚悟がなかったのは俺だけだったみたいだ。
帰りも17階層は通る。その時に俺達が万全の状態だという確信はないのだから、今潰してしまおうというのは有りだ。
「ギルさま。この先が隠し通路のある部屋だと思われます」
教えてもらった情報によると、隠し通路の奥がアジトらしい。
というか、わざわざアジトの場所を教えるとは、よほど自信があるのか、それとも馬鹿なのかのどっちかだな。
「そうだな。まぁ十中八九罠だから、対処できる俺が先頭に行く」
隠し通路を通っていく。通路は短くすぐに出口だった。
通路の先は広間で、何棟も木造の建物が建っていた。それなりの労力と時間が必要だっただろうが、それを街にいる時に使えばいいのにと思ってしまうのは俺だけだろうか。
そしてやはりと言うべきか、通路を出た先は何人もの『迷賊』達が待ち構えていた。これは通路に引き返そうとしても他の『迷賊』が待ち伏せているだろうな。
「お、ようやく来たぜ」
「へぇ、良い女達じゃねぇか」
「だけどよ、こいつらを連行してくる奴らがいねぇじゃねーか」
「おい、ガキ!あいつらはどうした!」
…………ガキ?ああ、俺のことか。たまに忘れるんだよな。
「あー、あいつらは死んだ」
「な、なにぃ?!」
死んだように動かない、と言おうとしたんだが、食い気味に叫ばれて続きを話せなかった。わざとじゃないよ?
「どうせ俺らが入ったと同時に通路側に待ち伏せしてんだろ?」
「な?!どうしてそれを!」
あぁ、こいつらが街で生き残れなかった理由がわかった気がした。こいつら馬鹿だ。好都合だ、もう少し情報を引き出せるか?
「全部知ってるぜ?罠はこれだけじゃないのもな。それの対処もすでにしている」
罠は一個だけでは効果は薄いものだ。罠を回避されるのなんてのはよくある話だ。だから何個か用意しておくのが定石。
「ま、まさか、ど」
「だまれぃ!」
ちっ、今話そうとしてたのに。
「首領!」
「ったく、頭の弱い奴らだ。自分からバラそうとしてどうすんだ!」
あいつが『迷賊』のボスか。体がデカく、筋骨隆々。聞けば元Aランク冒険者という話だが、たしかに他の連中より強そうだ。
だが、頭が弱いのは一緒だ、馬鹿め。お前のセリフこそが罠が他にもあると言っていることに気づいてすらいない。
俺はまだ罠があると目で皆に合図すると、皆も理解したらしく頷いた。
「ふん、おまえたちが賢者とその一行か。確かにいい女が揃ってやがる」
こいつらはそれしか言えないのか。そんなに女に飢えているなら街に出て出会いを求めろよ。
「俺はクリーク。『迷賊ルールブレイカー』の首領だ」
え、このタイミングで自己紹介?俺もしたほうがいいの?
「俺は、」
「お前の名前なんぞ聞いてねぇよ」
この糞野郎がぁ……。
「だが、俺の部下共を16人も倒した腕は認めてやろう。どうだ、俺の部下になれよ。女共もその小僧より俺の方が楽しめるぞ」
クリークは舌なめずりしながら、女性陣を舐めるように見る。
ただ、うちの娘達はあんまり気にしていないようだ。
「何をですか?修行ですか?」
「お兄ちゃんのほうが料理おいしい、です」
「ん、ギルはお風呂作れる」
「皆まだまだお子様ッスねぇ。でもあたしもギャグは旦那のほうが楽しめると思うッス」
ちがうそうじゃない。
「ちっ、ずいぶんと手懐けてるじゃねぇか」
「はぁ、まあ何でも良いけどさ。そんなんでいいの?」
「………なにがだ」
クリークは何のことだか分かっていないみたいだ。
俺は口の端を上げて、最高に悪い顔をしてみせた。
「てめぇが話している間に、俺達なら皆殺しにできたぞ」
クリークは額に青筋を立て怒りに満ちた顔をする。
いいぞ、もっと怒れ。罠なんか捨ててかかってこい。
「いい度胸じゃねぇかぁ。おい、ガキは奴隷にしようとしたがやめだ。俺が殺す」
「やってみろよ、雑魚が」
うわー俺に似合わないセリフだ。え、なんでうちの娘達は、「さすがです」みたいな顔してるの?俺こんなこと言う奴だと思われてる?
「野郎共わかってるな?!行け!」
お前はかかってこないかのかよ。
だがこれで、力任せにかかってくるだろう。もちろん油断はしないがな。
さぁ、戦闘開始だ。