コボルトの鍛冶場、再び
『迷賊』に襲われた次の日、俺達は16階層を練り歩いていた。
というのも、この16階層に出没する魔物はコボルト、ということはコボルトの鍛冶場があるはずで、俺達はそれを探していた。
『迷賊』に襲われるのではという心配はあったものの、今のところは襲われることなく探索に集中できていた。
まあ、気になることはあるのだが。
「……お兄ちゃん」
「うん、わかってるよ」
「追い払いましょうか?」
魔物ではない。俺達の後をついて来る冒険者がいるのだ。俺達に姿を見られないように尾行しているのだ。
偶々ということもあるが、昨日のことを考えると監視されていると考えていいだろう。
「いや、別にそのままでいいよ」
「ん、捕まえて情報聞かない?」
「聞いておいたほうがいいかもッスよ?」
俺も大概だが、彼女達は戦闘狂だな。
彼女達の考えは正しいが、捕まえて拷もゲフンゲフン、尋問しても正確な情報を話すとは限らないし、最悪の場合『迷賊』じゃないこともある。
別に気に入らないからと注意しても、俺は構わないのだけれど。
「俺達が悪者にされても困るし無視していいよ」
「ギルさまがそう言うなら……」
俺が考えを話すと、皆も渋々ではあるが納得してくれた。だが、これから行く場所でやることを見られるわけにいかないというのはある。
コボルトの鍛冶場があるということは有名な話だが、俺達が作成する物を見られるわけにはいかない。
もちろん俺達が作ろうとしているのは、魔法剣、いや、剣ではないから魔法具とでも言おうか。
「鍛冶場までついて来るようなら、なんとかしようか」
こうやって話している最中にも視線を感じるのは、いい感じしないよな。考えておくかな。
だが、尾行だけではなく、魔物にも気を抜くわけにはいかない。コボルトだって油断をしたら怪我だけじゃすまないからだ。
「エリー!すまんがもう少しだけ耐えてくれ!」
「ん!」
俺達は鍛冶場の目前というところまで来ていた。だが、思いの外つらい。
「エル、エリーが耐えている間に数減らせ!矢ばら撒け!無くなっても良い!」
「はいです!」
鍛冶場を守るコボルトが30体以上いたからだ。
「リディア、回り込んでくる奴は頼むぞ!エルの矢に当たるなよ!」
「はい!」
つらいのはそれだけではない。
「シギルはリディアの逆側だ!自由にやって良い!」
「ッス!」
それは俺が役立たずだからだ。まだ視線を感じていて、俺が連続魔法を封印し、殲滅力に欠けるからというのが大きい。
今はエルを守りながら指示を出している。
「お兄ちゃん!矢がなくなった、です!」
「よし、じゃあエルはヅケを気にしてくれ」
ヅケとは、俺が考えた隠語のことだ。もちろん尾行という意味だが、俺達を尾行している奴のことを注意していてほしいと暗に伝えている。
今までは俺が気にしながら指示を出していたのだが、エルの矢が尽きたから交代し、俺が援護をすることにした。
「『氷柱』で援護する!」
俺が氷の魔法を無詠唱で使えるという情報は、『迷賊』に伝わっている。だったら氷の魔法だけ使えると思われていたほうが都合が良い。
『氷柱』は文字通り、つららのような氷の槍だ。一本ずつではあるが、確実に魔物の数を減らしていく。
30分ほどの長期戦だったが、ようやく終わりが見えてきた。残り5体ほどだ。
コボルトは勝てないと理解したのか、逃げようとしている。逃がすと仲間を呼ばれる可能性があるから、仕留めたい。
俺は刀を抜き走る。
コボルトに追いつくと1体の首を飛ばす。そうすると、4体のコボルトは逃げるのをやめ俺に飛びかかってきた。
右手の刀だけでは追いつかない。
左手にも魔法で氷の剣を作り出し、二刀流にした。
先頭のコボルトが棍棒で俺に殴りかかってきたが、氷の剣で防ぎ、刀で心臓を突くと倒れた。
残り3体は横一列に並んで突っ込んでくる。
二つの刀を同時に突き真ん中にいるコボルトの喉に突き刺し、すぐに腕を広げ左右にいるコボルトの首を切り落とすと、戦闘は終了した。
「よし、皆お疲れ様」
氷の剣を捨て、刀を血払いして納刀すると皆を労う。
皆が疲れているかもしれないと思ってのことだったがそんなことはなく、息も整っている。パーティでの戦闘は日が浅いのに、チームワークが良い。
皆強くなったなぁ。
少し前まであんなに怯えていたエルも、今ではしっかり自分で考えて戦っている。もしかしたら、今回のダンジョン攻略で一番成長しているのはエルかもしれない。
そんなエルは今、使った矢を拾おうとしている。
「エル、矢は拾わなくていいよ」
「え、なぜです?」
「エルにも新しい武器を作ろうと思ってね」
「ほ、ほんと、です?」
エルが今使っている弓は、俺がこの世界に来た時、最初に戦ったコボルトを倒したときに手に入れた弓だ。近距離まで近づかれた時のために、緊急用としてショットガンっぽいものを渡してあるが、あくまで緊急用だし、弾も2発分だ。
エルの弓は強力だが、恐らくエル自身が満足していないはずだ。
「エルもそろそろ物足りないんじゃないかと思ってね」
「お兄ちゃん……。あ、ありがとう、です!」
そういうと俺の腕に絡みつく。胸が柔らかいという感情しか思い浮かばない。
当然この鍛冶場の目的はエリーとエルの武器を作るためだ。さて、そうなるとそろそろ尾行が邪魔だな。
「リディア」
「はい」
「ここで1日か2日逗まる。悪いが皆に指示して準備を頼む」
「ビバークの準備、ですね。わかりました。それでギルさまは?」
「ちょっと追い払ってくるよ」
魔法具を作るところはみられるわけにはいかない。始末してもいいが、情報も探っておくか。
「それなら誰かを連れて行って下さい」
「いや、こういう仕事は俺がやる。それは譲れない」
「ギルさま……」
暗い部分は俺がやったほうが良い。
「じゃあ、頼むぞリディア」
「はい!」
リディアに野営の指揮を任せて俺はその場から離れた。
さて、まずはどうやって近付こうか。普通に近づいても逃げられるしなぁ。
うん、馬鹿の方法を使うか。
ギル達からつかず離れずのところに一人の男がいた。絶妙な場所に陣取り、近づかなければそこに誰かいるとは思わないだろう。尾行に慣れていて、さらにこの階層を熟知している。
だが、男は怯えていた。
「な、なんて奴らだよ。賢者だけじゃなく、他の奴らもすげー強さだ」
男の目的は尾行し、ギル達の戦闘力や弱点を調べるためと、ダンジョンのどの位置にいるかだ。
「こんな危険な仕事なんて思わなかった。早く終わんねーかなぁ。それよりこんな所で何しようってんだ、あいつら」
今もギル達を監視し、その動向を探っていた。ともすれば、気になるのは女性陣だ。
「危険な仕事だが、へへへ、良い女共じゃねぇかぁ。今から楽しみだぜ」
今にも涎を垂らしそうな顔をしながら、物陰から覗いている。
だが、男のすぐ後ろの闇から声が聞こえ始めた。
「何が楽しみだって?」
「な?!」
決して油断していたわけではない。男は『迷賊』の中でも尾行に関しては自信があった。なのに、気づかれずに背後を取られた。それも触れるほど近くにだ。
暗がりから姿を現したのはギルだった。
「はっ?!なんでお前が!あ、ありえないだろ!」
だってここは一本道なのにと。
そう、男の背後を取るのには、一本道を歩き、男を通り過ぎなければならない。男が気づかないはずはない。
タネを明かせば、ギルは闇魔法で影を纏い、暗がりを歩いてきただけだ。これはギルと同じくこの世界に召喚されたアーサーの魔法を真似しただけだった。
だがその事をギルが話すわけがない。
「それを、おまえが知る必要が、あるのかっ!」
ギルは男の腕を掴み肩を極めると、膝裏を蹴り地面に跪かせ、そのまま押し倒す。うつ伏せ状態にし、動きを完全に封じた。
さらに氷魔法でナイフを作ると、首に当てた。
「いってぇ!」
何をされたのかわからないまま、肩に激痛が走り、たまらず悲鳴をあげた。
だが、ギルは男の耳元に口を近づけ、底冷えするような声で囁く。
「黙れ、殺すぞ」
「ひっ」
「俺の質問に答えるだろう?」
男も迷賊になってからそれなりの修羅場を経験し、こういうことも覚悟していたのだが、ギルの囁きに頷くことしかできなかった。
男に尋問し、情報を引き出すと肩の関節をはずしてから、追い払った。
魔物に襲われなければ、生きて戻れるだろう。うん、俺、優しい。
しかし色々情報も手に入れることができて、さらに追い払うことができた。もう見張られることは無いと思う。万が一、監視要員が交代して来るにしても、時間は稼げただろう。
「だけど、やっぱり『迷賊』が狙ってきたか」
男から聞き出した情報で、『迷賊』だと確信することができたが、ずいぶんと調子にのっているようだ。
俺を殺し、女を犯すだって?
そうかー、俺もどうやって心を折ってやろうかしっかり考えないとなー。
まあ今はいいとして、情報の整理しようか。
といっても殆ど、知っていたが。
目新しい情報は、迷賊のボスの名前がクリークというらしい。
クリークねぇ。ドイツ語で戦争って意味だが、この世界では関係ないし、偶然だろう。だが、かなり戦闘狂らしい。
元Aランクの冒険者で、腕も立つみたいだ。
『迷賊』は100人近くいると聞いていたが、戦闘員は半分の50人ほどというのが、聞き出した情報だ。
結果的には全く役に立たない情報ばかりだが50人倒せば、後は非戦闘員というのがわかっただけ良かった。
さて、そろそろ皆の元に戻って、武器制作に取り掛かろうか。
皆にも追い払ったことと、『迷賊』の情報を一応話しておいた。それからシギルと打ち合わせした後、コボルトの鍛冶場を見て回った。
俺がこの世界に来たときと同様で、インゴットが置いてあった。金、銀、鉄のインゴットだ。だが、ダンジョンの規模が違うからか、量も多く質も良い。
金インゴットは20個近くあり、大儲けだったのは嬉しい誤算だ。
俺とシギルが金インゴットに目を輝かせていると、エルとエリーが近づいてきた。
「ん?どうした二人共」
「えっと、どんな物を作ってくれるのか気になって、聞きにきた、です」
「ん」
話してもいいけど、それより良いことをを思いついた。
シギルにそのことを話すとシギルも快諾してくれた。エルとエリーは不思議な顔をしている。
「うん、秘密だ!」
「えー……、お兄ちゃん意地悪、です」
「ギル、いじわる」
エルは袖を引っ張り、エリーは無表情だったが小さく頬を膨らませて不満を訴える。あぁ、二人共かわいい。
「意地悪じゃなく、二人にも手伝ってもらいたいと思ってね」
「え?エルも手伝っていいの、です?」
「邪魔にならない?」
普通なら面倒くさいとか嫌がるはずなのに、二人共そんな様子はなく、逆に手伝えて嬉しいとさえ思ってくれているようだ。
「自分で作る武器っていうのは愛着が湧くし、それにどんな武器か構造から理解できるのは良いことだよ」
「うん、エル手伝う、です!」
「ん」
エルはこんなことを言わずとも手伝ってくれたと思うが、さらにやる気を出してくれたみたいだ。
エリーの性格は面倒くさがりだが、今回は自分の魔法具ということもあってか、手伝いたいと自分から思っているようだった。
「リディアには苦労かけると思う、すまないな」
「いいえ、私は違うことでお手伝いさせていただきます」
リディアは柔らかく微笑む。本当にいい娘だなぁ。
ここはダンジョンで、コボルトの鍛冶場だ。この場所にコボルトが大勢いたということは、この近くに魔物が湧くということだ。その処理をリディアにしてもらうことになっていた。
「よし、エルは俺の手伝い、エリーはシギルの手伝いだ」
「はいです!」
「ん」
「話は終わったッスか?じゃあ始めるッス」
シギルはすぐに取り掛かることができるように準備をしてくれていたみたいだ。
じゃあ楽しい武器作りを始めますか。