ダンジョンの賊
「こいつがお前をのした奴か?」
俺の大事なパーティメンバーにちょっかいを出した冒険者の一人が、仲間を連れてやってきたのだ。
「そ、そうです……、こ、こいつです」
「こいつ?」
「あ、いえ、その」
俺が聞き返すと、俺と揉めた時の恐怖を思い出したのか、その冒険者は怯える。
「何ビビってんだよ。ところで女共、いねーじゃんか」
「お、そうだった。おいガキ、女はどこにいるんだよ」
絡んできている冒険者達は全員で5人、もし戦闘になり相手の強さによっては苦戦しそうだが……。
負ける気がしないな。
それに、俺は今大変機嫌が悪い。なぜか?
それは折角お風呂に入ろうかという時に、それも美女美少女と一緒に入る機会を失ったのだ。俺でなければこいつらを殴りつけている所だ。あれ、おかしいぞ、目元が濡れているな。
よし、こいつらを無事には返さないぞぉ。
「おい!聞いてんのか?!」
しまった、どうやってこいつらに罰を与えてやるか悩んでいたら、完全に無視していた。しかし、こいつらは、既に武器を抜いていて暴力が前提なんだよな。
そして問題がある。風呂場に武器を置いてきてしまい、俺は現在丸腰なのだ。更に今は浴槽と壁を維持するために魔力を垂れ流している状態で、難しい魔法陣を組めない。いつも使っているような圧倒的な数の魔法陣は構成できそうにない。構成出来ても3つ程の魔法陣ぐらいか。
今も、冒険者達は俺に向かって何かを叫んでいる。まったく聞いてないけど。
もう面倒くさいから、ヤるか。そういえば、もう一つだけ試したい魔法があるから、こいつらに実験台になってもらおうかな。うん、そうしよう。
「ずっと黙ってっけどさぁ、もしかしてこのガキビビってんじゃねーの?武器も持ってねーし」
「はは、さすがに5人相手で丸腰じゃあ強気にはなれんよなぁ」
「だが話を聞かない奴って、許せないよな?」
「確かにその通りだ。おい、聞いてんのか?!」
冒険者の一人が俺に掴みかかろとする。
俺はこいつらが馬鹿みたいに話している間に魔法陣を完成させていた。その魔法陣は俺の手の平に描かれていて、彼らから見ることができない。
その魔法陣に俺は魔力を流す。
氷の棒が一瞬で伸びる。いや、正確には氷の剣だ。氷の剣は刃の部分が細かくギザギザになっていて、斬るというより、削る武器になっていた。
その氷の剣を、俺に触れようとしていた冒険者の腕へ振り上げた。
俺に触れようとしていた手が俺の背後へと飛んでいった。
「え?」
腕を失った冒険者はまだ自分の身に何が起きたのか、脳が理解していない。そして、まじまじと切断部を見て、ようやく脳が腕を失った事に気づく。
「ぐ……っ、ぎぃぐっ、あああああああああああああ!」
「は?」
腕を押さえ、のたうち回っている冒険者を、他の奴らは呆気にとられていた。
そんなにぼーっとしていていいのか?もう目の前に俺がいるぞ。
氷の剣が二人目の腕を斬る。続いて3人目も。俺がキャンプ場でイジめた奴は腰を抜かしていた。
だが4人目は俺が攻撃した時から魔法陣を構成し始めていた。かなり腕が立つ冒険者のようだ。
だから俺は氷の剣を投げつけた。
氷の剣が飛んでいくと、さすがに避けなければならず詠唱がキャンセルされた。
俺はすぐに距離を詰め、もう一度氷の剣を作り出すと、杖を持つ腕を斬り落とす。俺が斬り落としたのは全て武器を持つ、利き腕だった。
これで俺に攻撃を加えることは出来ないだろう。
全員が地面に蹲り、未だに無事なのはキャンプ場で絡んできた冒険者だけだった。
俺は彼にゆっくりと近づいていく。その彼は、あまりの恐怖に漏らしてしまい、ガタガタと震えている。
「おい、なんでお前だけ残したか分かるか?」
「は、ははい?い、いえ、わ、わかり、ません」
「次、顔を見たら分かっているな?と、お前に言ったな?」
俺が告げると、彼はその時の事を思い出したみたいで、号泣し命乞いをし始めた。
「ど、どうかぁ!どうか命だけは許してぇ、うぐぅ、頂けないでしょうかぁ!」
さすがに殺そうとは思っていなかったが、これだけ脅せば二度と馬鹿な事を考えないだろう。
俺が黙っているのを拒否と受け取ったのか、今度は言い訳しだした。
「俺はや、やめておいたほうが良いって言ったんです!でも、親分が拐ってこいって言ったんです!」
嫌なことを聞いたな。親分って言ったか?
「おまえらは何者なんだ?冒険者ではないだろ?」
「………」
『親分』や自分達の事は話してはいけないことだったらしい。さすがに混乱していてもそのぐらいの判断は出来るか。
「そうだなぁ、じゃあこういうのはどうだろうか。話せば、命は救ってやる。もちろん5体満足で返すことを約束しよう」
「ほ、本当ですか?!あ、……でもどうせ後で殺される」
今殺されなければ、後で仲間に殺される。だが、もしかしたら。
「努力すれば生き残れるかもしれんぞ?」
「え?」
「仲間を殺させずに全員戻し、更に俺の情報まで持ち帰れば死ぬことはないかもな?」
この一言で気持ちが傾く。しかし、他の奴らの腕を斬り落としておいて、気絶させなかったのは失敗だったかもしれない。
「ぐぅ……、や、やめておけ!話せば……死ぬぞっ」
まあ、こういう風に止める奴が出てくるよな。だけど、我が地球の歴史で作られた創作や物語では、このような場面で話させる事が出来る交渉術が数多く書かれている。
それを試してみよう。
「よし、一番多く俺に情報を提供してくれた者は、殺さないと約束しよう」
さすがは歴史ある交渉術。全員が我先にと話してくれた。もちろん全員殺さずに返してやった。利き腕を失ったからしばらくは戦えないし、俺の前に出てくれば次はないと脅しておいた。
奴らの情報をまとめると、この16階層から活動をしている賊達だそうだ。
この階層から価値のある素材やアイテムの入手が見込めるが、戻ってくる時には疲弊しきっている。そこを狙い全てを奪うのだ。
賊達の数は総勢で100名ほどいるそうだ。それだけの数に囲まれれば、さすがに強い冒険者でも撃退しようとは思わないか。現に奴らの話では、冒険者達は稼ぎを全て置き、戦闘にすら発展しないと言っていた。
奴らはどうやってそれほどの数を集めたのかという疑問が生まれるが、それはオーセブルクの街で生きて行くことができなくなった冒険者や商人、そして町人が集まった存在達だそうだ。
彼らが言うには、戦意が無くなった冒険者には何もしないそうだが、では、全てを奪われた挙げ句、疲弊しきった冒険者はどうやって無事に街へ帰るのだろうか。
彼らはアフターケアまでしないし、無事に戻ることを見届けることもしない。だが、想像は容易だ。
賊達も被害者なのだが、俺にはやはり、奴らは悪だと感じる。しかし、倒す義理もなければ、殲滅するのにも苦労するだろう。できれば、相手にしたくない連中だ。
「でも、あいつら返しちまったから、狙われることになるだろうなぁ」
可愛い女の子達との入浴タイムを邪魔されたからといって、少々やり過ぎたかもしれない。彼女達にも話さなければいけなくなった。
まったく厄介なことに巻き込まれるな。そういえば、賊達の名前はなんだっけ?似つかわしくない名を言っていたが。
ああ、そうだ。
「『迷賊、ルールブレイカー』だったか、失笑ものだ」
まあ、今考えても仕方がない。あちらさんの出方次第で俺達の行動も決まるだろうな。俺から粛清しようとは思わないが、もし、邪魔をするなら……。
さて、そろそろうちの娘達が入浴を済ました頃だろう。一緒に入ることができなかったのは本当に残念だったが、一人で入る風呂も嫌いではない。
「よぅし、ふやけるまで入ってやるぞぉ」
そして俺は怪しい笑みを浮かべながら彼女達を待つのだった。
「そんなことがあったのですか」
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
俺達は風呂を済ませ、キャンプ場へと戻ってきた。皆に『迷賊』に襲われたことを話している最中だった。テントの中で会議をしているが、かなり目の毒だ。
何が目の毒かというと、俺とシギルが今日の最初の見張りだが、残りのメンバーは既に寝る準備に入っており、それぞれがパジャマ的な姿になっていた。
リディアは普段から清楚だが、寝る時は一変してスケスケのネグリジェを着用し、見てはいけないものが見えている。そして、エルは常に幼いが、リディアの影響か彼女もまた寝る時は際どいネグリジェを着ているのだ。
その二人は俺の話を聞き、俺が危険なとき暢気に風呂で寛いでいたことが心苦しいのだ。
「別にかまわないよ。お前たちを守るのも俺の仕事だ。それで、その、エリー、んんっ、『迷賊』についてなにか知っているか」
何故エリーに対して、言い淀んでいるのかというと、俺も初めて知ったんだが、彼女は寝る時、下半身は下着で、上半身はノーブラキャミソールという、なんとも扇情的なお姿なのだ。普段は全身鎧に包まれているからわからないが、実は隠れ巨乳で、今はその豊満な肉体を恥ずかしがりもせずに俺の前に現している。
目のやり場に困るが、ガン見し脳の記憶領域に焼き付けなければならない。
「ん、少しだけ知ってる。でも会ったことない」
会ったことがない?あれだけ女に飢えている連中が、ソロでずっと行動していたエリーを襲ったことがないだと?それこそ腑に落ちない、何故だ。
「どうしてッスか?一人旅ほど狙われやすいと思うんスけど」
シギルも俺と同じ疑問を思い浮かべたか。
「わからない」
「絡まれた記憶はないのか、エリー?」
「ん、ある、けどそれはいつものこと」
それはそうか、エリーはAランク冒険者で有名人だ。妬んでいる奴や気に食わない連中は常にいて、抑制できないやつは実際に絡んでいるんだろう。そして、返り討ちにあったということか。
その中にもしかしたら、『迷賊』の奴らがいたかもしれない。仕返ししようにもエリーの進行速度が速いから、奴らは追いつくことが出来なかっただけとも考えられるな。
エリーに聞いても分からないと答えるだろうが、十中八九当たっているだろう。
「わかった、ありがとうエリー」
「それでギルさま、どうするのですか?」
全員の視線が俺に集まる。
「何もしない。俺は自警団でも兵隊でもないし、今回の目的はダンジョン攻略だからな」
「……お兄ちゃん」
エルは困っている人々を助けたいと考えているようだ。だが。
「エル、全ての人を助けることはできない。それとも俺達の誰かが犠牲になっても、見知らぬ人を助けろと?」
少し厳しいことを言ってしまったかもしれないが、エルもそろそろ学ぶべきだ。必ず助けられない時が来ることを。
「うん、ごめんなさい、お兄ちゃん」
「いや、俺こそ厳しいことを言ったな。ただ、エル、あいつらから俺らにちょっかいを出すようなら……、潰す」
「うん!わかったです!お兄ちゃん」
これでエルに嫌われなくて済むかな?
「まあとりあえず、俺の考えはこんなものだ、いいか?」
皆は納得してくれたようで、笑顔で頷いてくれた。
「よし、じゃあ俺はシギルと見張りにつくよ。皆は交代までゆっくり寝てくれ、シギル行くぞ」
「ッス」
そして俺とシギルはテントを出た。
「エル、大丈夫ですか?」
「エルはお兄ちゃんを襲った人達を許したくない、です」
エルは人々を助けたいのではなかった。ギルに攻撃をくわえたのを許せなかったのだ。
「今はギルの言う通りにすべき」
「エリーは情けなくないのですか?」
自分がギルの役に立てないことが。
「悔しい、けどそれで無茶をして、ギルを心配させたくない」
エリーの言葉にリディアとエルは黙る。
エリーも悔しいのだ。エリーはソロでAランクまで上り、『聖騎士』と冒険者達に呼ばれるほどだ。プライドだってある。
だが、レベルは低くともギルは圧倒的だ。今回の件だって、一人でなんとかしてしまうかもしれない。
自分達が枷になっている可能性すらあるのだ。
結局の所、自分がギルに釣り合うまで強くなるしかないのだと、エリーは結論づけた。
「強くなるしかない、です」
「そう、ですね!明日からもがんばりましょう!」
「ん」
リディアとエルも、エリーと同じ結論に至った。そのためのダンジョン攻略だと。
今、見張りに立っているシギルも同じ気持ちのはずだ。
彼女達はこの日改めて決意した。