16階層の治安
16階層火山エリア。そこは、坑道のような穴が続き、その道中には上下左右関係なく溶岩が行く手を阻む。
ある時は天井から滴り、ある時は壁から吹き出す。そしてある時は、歩いている床が薄く固まっただけの溶岩の海ということも。
そしてこの階層から冒険者ギルドのバックアップである、キャンプ場の見張りがなくなるのだ。
例によって、16階層入り口は大きな広間になっていた。今も少数ではあるが冒険者のパーティが何組かキャンプをしている。これだけ危険な火山エリアに、一年の内の殆どをここで過ごす冒険者もいるとか。
このエリアは15階層までとは違い危険度が跳ね上がるが、魔物が比較的には弱く、稼ぎが良いエリアだと言われている。
この16階層は俺がこの世界に来た時に初めて倒した魔物、コボルトがメインの敵だ。つまりは鉱石やインゴットが手に入る可能性がある。
そしてこれは俺達にとっても、僥倖だったのだ。
「もしかして、旦那が話していたコボルトの鍛冶場があるんスかね?」
「かもな。見たことあるかエリー?」
「ん、ある」
「やったッス!」
シギルが小躍りしながら喜んでいる。愛らしい生物だよな、シギルは。
「なんか作りたいものがあるのか?」
「いや、エリーの武器作るんじゃないんスか?」
そういえば、エリーは魔剣を欲しがっていて、俺達のパーティに入れば魔法剣を作ると約束したんだった。
「いいの?まだ全然役に立ってないけど」
「いやいや、十分助かっているッス!」
シギルの言う通りだ。エリーのおかげで安定してここまで来ることが出来たと言っていいだろう。
「そうだな。食材はまだまだたくさんあるし、そろそろ風呂にも入りたいから、しばらくは16階層で稼ぐか」
「やったッスね、エリー!」
「ん、うれしい」
エリーが嬉しいのは分かるが、どうしてシギルも喜んでいるのだろうか。もしかして、鍛冶をしたくて仕方無かったのだろうか?
「よし、じゃあ今日はここでキャンプするぞ。テント設営が終わったら、少しだけ探索するから、誰か一緒に来てくれ」
「では私がご一緒します。ギルさま」
「リディアか、頼んだ」
「はい!」
リディアが美しい笑顔で返事をする。そしてキャンプの準備を始めた。
晩飯まで時間が少し空いているのを利用し、俺とリディアは探索をしていた。
なぜ休まずに探索をするのかは、今夜風呂に入るために良い立地を探すためと、一応どのぐらい敵が出没するかを調べるためである。
風呂に入るには俺なりに条件を設定していた。まず、行き止まりであること、そしてその場所が、敵の生まれる場所でないこと。
ダンジョンの魔物は、ある程度時間が経つと生まれる。何か魔力のようなものが集まって、生成されるのだ。
何も生まれるまで待つ必要はない。風呂建築予定地の近くに魔物が全く存在しなければ、問題ない。生成される場所には必ず数体は魔物がいるからだ。恐らくだが、生まれた直後、倒されないためにその場所を守る役割が与えられていると仮定している。
そしてどのぐらい敵が出没するかは、キャンプの時に見張りをどうするか考えていなかったから、確認をするためだ。
他の冒険者パーティも見張りを立てるとは思うが、自分達以外のパーティを守ることはないだろう。それは不公平であるし、なにより敵は魔物だけではないからだ。
俺達が信用出来るのは、俺達だけなのだ。
という説明をリディアに話していた。
「なるほど、確かにギルドマスターアンリは、冒険者にも気をつけるようにと言われてました」
「まだそういう事に巻き込まれていないが、ここまで冒険者が少なくなって来ているのだから、気をつけないとな」
夜の見張りはそれを含めて2人ずつにするのが良いのだが、後で皆に相談してみようか。しかし、エリーはそんな場所をソロでやってきたのだ。尊敬すらするよ。
「あ、ここは行き止まりですね」
「そうだな、ここなら大丈夫かな。キャンプ場から近いし」
「そうですね、ギルさまの魔法の壁で隠蔽するのであれば、問題ないかと」
この行き止まりに突き当たるまで、魔物に出会わなかったからこの場所を俺達の風呂場建築予定地に決定した。
そして目印を残しながら、キャンプ場へと戻ることにした。
キャンプ場に戻ってくると、俺のメンバーが何やら他の冒険者と話していた。
「いいじゃねーかよぉ、俺達のテントに良い酒おいてあるからさぁ」
「そうそう、今晩は楽しくなるよー?」
どうやら今夜のお誘いだったみたいだ。うちの娘達は美女美少女だからな、仕方ないといえば仕方ない。その、うちの娘達はというと、完全に無視を貫いていた。
「あ、お、お兄ちゃん」
エルが俺に気がつくと、声を出して俺の事を呼ぶ。……少し怯えているか?
「どうした?あんたら何かようか?」
何かされたわけでもないし、俺が話しかければ退くと思ったから普通に話しかけた。
「は?なに、おまえ」
「独り占めは良くないよ、坊っちゃん」
だが二人組の冒険者は、俺の身なりを見るとニヤニヤと笑い、退く素振りすらみせない。確かにこの16階層まで辿り着ける冒険者パーティなのだから、強気になるのは当然ではある。
「ふむ、坊っちゃんとは俺のことか?まあいい、それより何のようだ?」
「はっはっ!見れば分かるでしょーが。頭弱いなぁぼくぅ」
「こんなおこちゃまよりも、大人の俺達のほうが楽しませるよ?」
二度目だぞ。
「再度聞こう、なんのようだ?」
「うっせーな!そんなこと見れば分かるだろって言ってんだろうが!」
「端っこで俺達がお前のガールフレンドとよろしくやってるところを見てろよ!」
その言葉で俺の近くに立っていたシギルが青ざめる。この冒険者達が怖いわけではない。俺が殺意を出したからだ。
リディアは俺がやりすぎないように刀に手を添え、エルは俺から離れる。俺とまだ長く一緒にいないエリーだけが、呆然とやり取りを見ていた。
「三度目は許さん」
俺は一瞬で冒険者の一人に近づくと鎧を思いっきり殴った。鉄製の胸当てが拳型にへこむと同時に10メートルほど吹き飛んだ。
「や、やろぉ!」
残された冒険者が武器を抜こうとする。
「喧嘩に武器を持ち出すか!」
殴った勢いで回転し、回し蹴りを武器を抜こうとしている指へと当てる。
何かが折れる音がし、冒険者は膝をつく。
その冒険者の首を片手で締め、そのまま持ち上げる。
俺は殺意を言葉に乗せて話す。
「俺は、何のようだと、3回聞いたぞ?」
「あ……っぐ、はぁっ」
あまりの苦しさと、逃れるための抵抗で俺の脇腹を蹴るが、ダメージはない。
「ずびばっ……ぜぇ」
「あぁ?聞こえねーよ?話したくねーなら、一生黙っとくか?」
「ギルさま」
リディアが静かに俺を呼ぶ。その声で俺は我に返ることができた。
「だいじょうぶ」
俺はそういうと冒険者を投げ捨てた。
彼はしばらく咳き込み続け、そのうち胃の中の物を吐き出してしまった。だが、それで呼吸が出来るようになったのか、涙を流しながら謝り続けた。
「ずびばぜん、でしたぁ!ずびませんでじたぁ!」
最初に殴った冒険者はぴくりともしねーけど、死んでないだろうな。ま、喧嘩をふっかけてきたのはこいつらだし、いっか。
「俺の連れがいてよかったな。次、顔見たら分かっているな?」
「はい!」
「そこで倒れてるゴミを連れて、さっさと消えろ」
俺が言うと、急いで立ち上がり倒れている冒険者を担ぐとダンジョンの奥へと消えていった。
ダンジョンの入り口ではなく奥?
厄介なことになりそうだ。だけど、それよりもだ。
「リディア、ありがとう」
「いいえ、止める必要もなかったですね」
全員に俺が狂化や、反転を付け加えられて召喚されたことを話しているからか、俺の人格の急な変化を見ても察してくれる。
「今のがギルの狂化?」
もちろんエリーにも話していた。
「すまんな、驚かせたか?」
「んーん」
それだけ言うと、エリーは焚き火に戻っていった。エリーの気遣いか、それとも本当に大したことない事だと思ってくれたかは、分からないが、普通にしてくれるのは有り難い。
「よし、今日の晩飯当番は俺じゃないが、お詫びとして俺が作ろう!」
「む」
ここから焚き火まで結構距離があるのに聞こえたらしく、エリーは勢いよく俺を見ると、何度も頷いていた。
エルやシギルも、既に普段のように戻っていた。
あまり暴力的な所を女の子の前では見せたくないのだけど、それを見なかったかのように接してくれるのは本当に嬉しいものだ。
しかし、冒険者ギルドの見張りが居ないだけでも、この治安の悪さか。俺達が絡まれているのを見ているのに、他の冒険者は助けようとすらしない。これは後々苦労することになりそうだ。
さて、楽しい料理の時間だ。今回のダンジョン攻略前に買い物した時に手に入れた、秘密兵器で彼女達の舌を満足させようと思う。
秘密兵器とは、粉だ。危なくないよ。小麦粉だよ。
今日は魚とイカの天ぷらとキンキンに冷えたエールでさっぱり晩飯だ。
とりあえず、鍋に油を入れて温めておく。そして魚とクラーケンの下処理。魚は丁寧に骨を取り除き、クラーケンは噛み切れるように予め切っておく。
残り少ないマヨネーズを木のボウルに入れ、水を加えてよく混ぜる。そこに小麦粉を少し粉が残る程度まで入れ、またよく混ぜる。
そこに食材を入れ、粉を絡めて準備完了。
マジックバッグからエールの樽を出すと、氷の魔法で作ったコップに注いでおく。
油の温度を菜箸で確かめ、食材を投入。
小気味良い音が辺りに響く。音も楽しめるのが天ぷらの良いところだと俺は思う。
そしてなにより、簡単なのだ。もちろん簡単なのと美味しさはイコールではないが、それは慣れだろう。
そして、カラッと揚がったものを皿に並べて出来上がり。軽く塩を振る。天つゆがないのが悲しいが塩も十分に美味い。
皆を呼ぼうとしたら、既に今日のディナーテーブル(床)に全員が集合していた。
いや、天ぷらを上げている時からそわそわしていたのは知っていたが。
「食ってよし!」
「「「「いただきま(す)(ッス)(す、です)」」」」
焼きイカの味を引っ張ってるからか、全員がクラーケンの天ぷらを選び、口へと運ぶ。
サクッという音が皆の口から漏れる。
「う、う、美味いッス!」
「サクサク、ですぅ」
「本当に美味しいですよギルさま!」
「もっと、もっと食べられる」
凄い速さで天ぷらが減っていく。大丈夫、まだまだ沢山あるから。
俺も食べてみる。うん。美味い。サクサクしているし、マヨネーズレシピもうまいな。味もしっかりしているし、思ったよりくどくない。
そして、天ぷらを食べた後に飲む、キンキンに冷えたエールがたまらん。
最近はエルも飲めるようになり、天ぷらもエールも楽しんでいる。
次は川エリアの魚で作った天ぷらだ。
口に含むと、衣はサクサク、中はふんわりしている。そして、白身の魚の味が塩で際立ち、淡白ながらも美味い。これも成功だな。そしてその後に飲むエールがやはり最高に美味い。
皆も食べたことのない食感を楽しみつつ、口に運ぶ速さを保ち続けている。
「こんな料理食べたことないですよ。これもギルさまの世界のですか?」
「そう、天ぷらだ。気に入ってくれた?」
「ええ、本当に不思議な食感で、美味しいです」
他のメンバーも頷きながら、食べ続けている。満足しているようで安心した。
しかしこれで、マヨネーズが本当に少なくなってしまったが、それでも作って良かったな。
食事が済むと次は風呂だ。
俺とリディアが設定した、予定地まで全員で行く。辿り着くと見張りをしてもらい、俺が浴槽を作る。
エリーは何をするのか分かっておらず、エルに説明を受けている。
魔法で風呂場を完成させると、水を入れて温める。そして壁を作って完成だ。
「よし、完成したから女性陣で先に入ってくれ」
俺が壁の外に出ようとすると、エリーが呼び止めた。
「ギルは一緒に入らない?」
「いや、俺男ですよ?さすがに嫌でしょ?」
それは一緒に入れたら、色々とあがりそうだけど。気分も下半身も。
「ん、嫌じゃない」
「マジか、でも他の子達が嫌がるからな」
「エルはお兄ちゃんと一緒がいい、です」
「ま、まあ、前に約束したし、ッス」
「そ、そうですね。お背中お流しする覚悟は出来てます」
覚悟あるの?っていうか本当にいいの?イッちゃうよ?
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな?魔力も結構使ったし」
魔法で生成された物はそのまま残るが、生成した物を他の形に変え維持するのには、魔力を流し続ける必要がある。石の壁、石の浴槽を維持している今も、魔力を垂れ流しているのだ。ちなみに氷魔法は形を変えた物ではなく、生成物になるみたいで、魔力を流し込まなくても良かった。
そういう理由もあり、出来れば入浴時間を短くしたいと思っていたのだ。一緒に入れば、それだけ魔力を使う時間が少なくなるのだから、願ってもない提案だった。ホントダヨ?イイワケジャナイヨ?
だけど。
「と、思ったけど、今日はやめておくよ。ちょっと気になることがあって見張りに立ちたいから、皆はゆっくり入っててくれ」
それだけ告げると壁の外へ出た。そして更に魔法で出入り口を塞ぎ、外から見ることが出来ないようにした。
それからその埋めた壁から離れ、腕を組みながら見張る。
いや、見張るというの正確ではなかった。これからこちらへと歩いてくる奴らを待ち構えているというのが正しい。
その奴らが姿を見せたのはすぐだった。
「いた、いました、あいつです」
その声の主は、先程俺が痛めつけた冒険者の一人だった。