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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
四章 迷宮の賊
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イカ退治

 クラーケン。地球では数々の伝承があるが、その存在は明確にされていない。

 ファンタジーの世界では巨大なイカの姿が定着されつつあるが、タコや甲殻類、クラゲやヒトデなどといった様々な姿で描かれている。

 ただ一つだけ、どの物語や伝承に共通していることがある。

 それは海の化物で、その大きさは島のような大きさであるということ。日本にも同じ様な話があり、赤鱏(あかえい)という妖怪の姿で登場する。

 島と間違え上陸すると、海に引きずり込まれ消えてしまうという点も同じである。


 ここオーセブルクダンジョン15階層のボスは、クラーケンだった。

 見た目は巨大なイカそのもので、足の数もイカと同じ。いや、イカのは腕と言うのが正しいか。

 大きさは約20メートルほどだった。地球の物語や伝承に伝わる巨大さでないことが救いだ。


 「イカ刺しもいいな」


 「は?」


 「いや、なんでもない」


 エリーはこのボスをソロで突破しているからか、普段と同じで平然としているが、リディア、エル、シギルは口を閉じるのも忘れ驚いた顔をしていた。

 そんなところに俺が食い気に負け、声に出して料理名を呟いてしまい、それが運悪くシギルの耳に入ってしまったのだから、そんな返事が返ってくるのは当然というもの。

 真面目に倒すことを考えなければならない。

 エリーの話では、毎回このボスには苦労しているそうだ。

 エリーはショートスピアしか攻撃手段がない。だからか、毎回このボスと戦う度に倒すまで至らないと言っていた。クラーケンの攻撃をガードしながら足を攻撃をし切り落とすが、本体までは攻撃が届かず、結局最後にはクラーケンに逃げられて終わるらしい。ボスから逃げ、または別の方法でボスを倒さずに次の階層へ行くことも、選択肢のひとつなのだから、倒せなかったからと言って文句を言う奴はいない。逆に賢く突破したと褒めるところだ。

 エリーのように盾で攻撃を受け止められるから、その程度で済んでいるだけであって、他の冒険者がソロでここを挑むのは無謀だろう。俺達のメンバーでも、俺とエル以外は攻撃することもできないはずだ。

 でも、倒したいよな。


 「旦那、それでどうするんスか?」


 「ん?まぁ、色々と方法はあるよ」


 「マジッスか、旦那、すげーッス」


 シギルに限らず、リディアやエルが怯むのも分かる気がする。今までボスは大きくとも3メートルほどだったのに、ここにきて20メートルのイカですよ。俺だって魔法を使えなかったら、戦いたくはないと思う。

 しかしだ、魔法が使えれば意外と簡単かもしれない。

 クラーケンがイカの仲間かどうかはわからないが、もしイカであれば弱点もはっきりしてくる。

 イカは海の生物であるにもかかわらず、泳力がない。とは言っても、敵に襲われた時などは、ジェット噴射のように海水を吐き出し逃げる瞬発力はあるが、すでに砂浜まで近づいているのだからその心配はない。

 泳力がないのは大きな胴体とヒレ、腕を持っているからだが、その結果、腕で餌をつかめる範囲まで近づかなければならない。つまりは近距離タイプだが、全長20メートルもあれば、腕も10メートルほどあるから、クラーケンにとっては近距離でも俺達からすれば中距離で戦うことになるだろう。

 そして、なにより視界が広いのが厄介だ。イカは横に目がついていて、360度見渡せるといわれている。回り込んで隙を突く戦法はつかえない。だが、目が側面についているがゆえに、前方への視界が弱いとも聞く。攻撃の際は腕を束ねて突き出すことで、前方の視界の弱さを補っているから、結局は死角がないことになるが。

 こう聞けば弱点なんかないじゃないかと思うが、決定的なものがある。

 それは塩分濃度の低下に弱いのだ。

 水棲の魔物には、火や雷というのが地球のファンタジーでは当たり前となりつつあるが、実は水が弱点なのだ。もちろん海水棲の魔物という条件付ではあるが。

 ただ水魔法で、大量の水をばら撒いてもクラーケンは逃げるだけだろう。だがこの場に留めることができるのならば、俺達と戦うどころではなくなるはずだ。


 「エリー、準備できるまで惹きつけよろしく」


 「ん、わかった」


 エリーがクラーケンの目の前まで行くと、触腕が薙ぎ払われる。それをエリーが盾で防ぎ始めた。掴まれないようにいなしているのを見ると、盾での防御技術が優れているのが分かるな。

 俺も見惚れていないで準備しなければ。

 まず土魔法で出来る限り大きい石の槍を発動し、砂浜に突き刺すように飛ばした。直径20センチほどの石の槍でも、一本ではすぐに引き抜かれてしまうだろうから、10本ほどを突き刺しておく。

 そして、エルの村で買ったロープを、砂浜に突き刺した石の槍10本に結んでおく。そして、もう一本石の槍を作るが、これは特別製にする必要がある。抜かれないように、釣りで使う針と同じく『返し』を付けて発動。

 その端にロープを付けて完成だ。


 「エリー、当たるなよ!」


 俺はクラーケンの真正面に立つと、胴体目掛けて石の槍を放った。真正面から来る槍にクラーケンは反応することが出来なかった。槍は胴体に突き刺さり、クラーケンは暴れまわる。

 水中へ逃げようとするがロープがそれを防ぐ。


 「エリー、シギル、こっちに来てロープを引っ張れ。エルは弓で攻撃、リディアは攻撃してきた腕を斬れ」


 俺が指示すると全員が忙しく動き、俺は巨大な魔法陣を構成する。


 「『大鉄砲水』」


 鉄砲水の勢いをもった大量の水が魔法陣から放たれ、クラーケンにぶち当たる。

 ヴィシュメールの森で戦ったリッチが使っていた鉄砲水の魔法を俺の魔力で巨大にしただけのものだ。

 だが、クラーケンは逃げようと必死になっていて、俺達と戦闘をするどころではない。

 ただこれだけでは倒せない。しっかりとトドメを刺す必要がある。俺はもう一本石の槍を作り空中で待機させたまま隙を窺う。

 3分程待っていると、疲れ果てたのか動きが鈍くなった。その瞬間を見逃さずに俺は石の槍を放った。

 両目の間に突き刺さると、クラーケンは動かなくなる。両目の間に神経があるからだ。


 「た、倒したッスか?」


 「もうちょっと待って、動かないようなら皆でロープを引っ張ろうか」


 「え、これも食べるんですか?」


 「当然じゃなイカ!」


 む、今のはギャグではないぞ。本当だぞ。

 俺が自分の親父ギャグに悩んでいると、もう動かないと確信が持てる時間が経っていた。

 俺達は全員でクラーケンを引き上げると15階層のボス戦は無事に終了した。




 「ほ、ほんとに食べるんスか?」


 「嫌なら食わなくてもいいけど……」


 俺はクラーケンを倒した後、刀でマジックバッグに入る大きさに捌くと凍らせてからバッグに入れた。そして、一本だけ生のまま獲っておいた触腕を、更に食べられる大きさへとカットした。それを串に刺すと火で炙る。

 本当はイカ刺しを食べたいが、寄生虫がいるかもしれないからやはり冷凍して24時間以上してから食べるしかない。

 加熱すれば問題はないということで、焼くことにした。

 良い焼き加減になったところで、醤油を垂らすと香ばしい匂いが辺りに広がる。

 シギルだけではなく、殆どのメンバーが嫌がっていたのに、この香りを嗅いだ途端に唾液を飲み込む音が聞こえた。


 「まあまずは、俺が毒味をしよう!」


 さて、この世界のイカの味はどうかな?見た目は大王イカっぽくなかったから期待はしているが。

 醤油の香りを漂わす、焼けたイカを頬張る。

 プリっとした身は硬さなど一切なく、歯で噛み切ることが出来た。噛めば噛むほどイカの旨味が染み出し、どちらかと言えば淡白な味を醤油が引き締める。

 魔物だろうが、新鮮な食材をその場で食べればもちろん感想はこれしかない。


 「うまい!」


 この一言に尽きる。

 俺がガツガツと食べ始めると、我がメンバー屈指の食いしん坊の、エリーがおもむろに立ち上がり串を掴むとイカ焼きを口に運ぶ。


 「!…………っ!」


 エリーもガツガツと食べ始めた。それを見れば黙ってはいないエルが登場。


 「お兄ちゃん、いただきます」


 「おう」


 小さな口で小動物のように食べる。


 「お、美味しいです!お兄ちゃん!」


 そうだろうそうだろう。イカ焼きは地球でも海の観光地に行けば大人気の商品だ。俺のはただの醤油だがそれでも美味いと思うのだから、イカは流石である。

 エリーとエルの食いしん坊の好評を得ると、後は簡単だった。リディアが慎ましやかな仕草で食べ始め、シギルが我慢できなくなると乱暴に串を掴むとイカを食べる。

 もちろん美味いと感想をいただきました。


 「はー、まさかあの悪魔のような見た目の生物がこんな美味しいとは思わなかったッス」


 「焼いた時の香りでわかった」


 「マジッスか」


 エリーはただ俺が美味しそうに食べてたから、我慢できなかっただけでしょ、とは言わないのが華か。そのおかげで皆の警戒心を解くことが出来たのだから。

 彼女達からすれば、ゲテモノを食べている感じなのだろう。それを美味いから食えと言われても、難色を示すはずなのは当然である。

 日本人ほど食に煩い人種はいないと個人的には思う。納豆も同じで、匂いとネバネバが初めて食べる人を抵抗させる。俺も子供の頃は食べるのが嫌だった思い出があるが、今では好物なのだから慣れなのだろう。そして、世界中でこんなものを食べるのかと言われている食材を食べることが多いのも日本人なのだ。

 世界で認められる食の国でもあり、ゲテモノを沢山食べている変人でもあるからこそ、美味い物を作り続け、見つけ続けられるのである。

 この世界でも同じことで、見た目でまずそうだから食べないというのが多い。まずは警戒心を解き、一口を食べてもらうのが大事なのだ。


 「好き嫌いがあるのは仕方ないけど、食わず嫌いはいけないよ」


 「ギルさまの名言です、皆さんご静聴を」


 いやリディアさん、もう終わりましたよ。なんとなくわかるでしょう?


 「あー、うん。とりあえず、俺が美味いというものは食べてみればいいんじゃないか?それで口に合わないなら、これから食べないようにすればいいし、もし俺と同じで美味いと感じることができたのなら、幸せが一つ増えるじゃないか」


 俺が話終えるとリディアが拍手をする。恥ずかしい。


 「まー、確かに今回のは見た目だけで判断したッスねぇ。気をつけるッス」


 「エルは、お兄ちゃんの料理大好き、です」


 エルは何でも試す性格だから心配はしていない。シギルも納得してこの話は終わらせた。


 「うん。よしおやつも食べたし、そろそろ下に降りようか」


 「その前に、このボス部屋の宝箱はどこなんでしょう?」


 そういえばそうだ。エリーも倒した事が無いのだから宝箱がどこだか分かっていなかったのだ。

 ボス部屋の報酬である宝箱は、ボスが倒されたと同時に出現するらしく、ボスを倒す前に気づかれないように宝箱の中身だけを回収することはできないのだ。


 「海の中だったら最悪ッスね」


 確かにそれは最悪だ。クラーケンが砂浜まで近寄ることが出来る海なのだから、かなりの深さがあるだろう。


 「多分、砂浜」


 だが、エリーは俺達が立っているこの砂浜にあるという。


 「それは何故、です?」


 「冒険者が回収しやすいところに、いつもある」


 なるほど、確かに今までがそうだった。

 エリーの勘を信じて全員で調べると、砂浜の中央を掘ったところに宝箱は埋まっていた。


 「エリーの言う通りだったな」


 「ん」


 「さて、中身はなんスかね?」


 シギルが近づき宝箱を開ける。


 「なんスかコレ」


 いや、シギルが呆然とするのが分かる。俺も唖然としていた。あれだけ巨大なボスを倒したというのに、コレかよという思いだ。

 中に入っていたのは、陶器で出来た水差しのような物だった。


 「む?!」


 だが意外にもエリーがその無表情を崩し驚いていた。


 「どうした?」


 「これ、マジックアイテム」


 「はあ?!」


 俺にはただの水差しにしか見えないが。


 「どういう物なんですか?」


 「ん」


 エリーが水差しを手に持ち傾けると、水が出てくる。水が入っていたことに驚くが、ただそれだけだ。

 だが、30秒経っても終わる気配はない。


 「まさか」


 「ん、やっぱりそう。これは、『眇眇(びょうびょう)たる水源』、または『無限なる水差し』と言われてる」


 やはりか、ということはこの世界ではこの水差しの価値は……。


 「高いのか?」


 「ん、大金貨10枚、または白金貨1枚」


 「白金貨ッスか?!」


 まさかの100万円相当だった。なんでもこの水差しからは飲める水が無限にでるらしい。飲料水はこの世界では貴重だ。食中毒になる危険があるから酒を子供が飲むほどなのだから。

 それが無限なのだから、交渉次第ではもっと値段を上げることができるだろう。


 「よし、それは売って皆に大金貨1枚ずつ配ることにしよう」


 「え、使わないんです?」


 「飲料水なら俺の魔法があるし、これだけ苦労しているんだから皆も欲しいもの買ってストレス発散したいだろ?」


 「さ、さすがです!ギルさま!」


 やめろやめろ、照れるじゃねーか。


 「お兄ちゃんは全部好き、です!」


 俺もエル大好きだぞー。


 「良いハンマー買ってもいいんスか?!」


 買え買え。


 「貯金」


 エリーは堅実だなぁ。

 皆が喜び、何を買うか話し合っている。

 俺は水差しを布で何重にも巻いてマジックバッグにしまった。


 「それも無事に今回のダンジョン攻略を終わらせてからだけどな」


 そう死んでは意味がないのだから、浮かれ過ぎないようにしなければならない。この後もまだダンジョンは続くのだから。

 皆ももちろん分かっている。先程までの浮かれた顔つきをしている者はもはやいない。


 「さて、それじゃあ次の階層に行くか」


 砂浜には下に降りる階段がない。ではどこか。

 それは海だった。クラーケンが現れる時に渦巻が出たが、丁度その場所に穴があったのだ。

 どういう原理なのかわからないが、浸水はしてないようだ。

 俺達は順番にその穴に入ると、中はいつものように階段になっていた。

 その階段を降りていくと、何故か気温が上がってきたような気がする。

 ただ階段を降りているだけなのに、額には汗が浮かぶほどだ。16階層で一度休もうと思っていたから、エリーに情報を聞いていなかったが、かなり厳しい環境のエリアなのでは?

 エリーに確認しようとしたところで、階段を下りきる。聞くよりも見たほうが早いと思い広間へ入った。


 「洞窟エリア、です?」


 「半分正解。火山エリア」


 そこは溶岩が行く手を阻む、猛暑のエリアだった。

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