光と闇
6階層のキャンプ場で驚くべき内容をエリーから聞いた。
なんとエステル法国の聖王はエリーを嫁にしたいから、わざわざ使者を送り国に来るようにと伝えにきたのだそうだ。
そして結果はあの誘拐まがいの行動だった。
「ん、は?嫁?」
「うん、妻、妃?」
聖王、馬鹿じゃねーの?それが俺の感想であり、彼の印象となったのは言うまでもない。
「うわ、それきついッスね」
「最低、です」
「力づくはいけませんね!」
うちの子達も怒ってますよ。というか、この世界の聖職者は独身制ではないのか。
「でも、一国の王妃ですから、楽はできそうですね」
リディアは元お姫様という肩書など忘れているようだ。もう立派な冒険者だとは思うけど、考えまで一般人に寄らなくてもと思うのは、酷なのだろうか。
「もしかして、今まで独身を貫いていたけど、エリーに一目惚れしてどうしてもってことッスか?」
なるほど、仮にも聖職者だ。シギルが言っていたように今まで煩悩を捨て去ってはいたが、運命の相手に出会ってしまったのならば、盲目になるのもわからなくはない。
「んーん、聖王は既にお妃様が10人いる」
おい聖王、煩悩を滅してから出直せ。
そんなんじゃあ、エリーに断られるはずだ。エリーは一人で冒険者を続け、ソロでダンジョン攻略もし、Aランク冒険者にまでなったほどだ。それなりの覚悟がなければ出来ないことだと思うし、まだ詳しくは聞いていないが、目的があるのだろう。
それを誠実でもない王が、自分の部下を送り込み、妻にしたいから来いと言われれば、イラっと来るのは当然だろう。
「エリーは、エルの妹になる、です。だから、守る、です」
最近俺は、エルが女神に見えてきたのだが、これは目の錯覚だろうか?
リディアやシギルも、エルの事を微笑ましく見ている。
「エル、ありがと」
エリーも素直に礼を言う。そしてエルよ、そんなことを言われたら、エリーが断りづらくなってしまうじゃないか。よくやった。
「そういえば、あたし達は法国の連中より少し後に10階層を出たけど、あいつらいないッスね?」
そのことに関しては、この6階層キャンプ場に着いた時に、見張りの冒険者に聞いてみたからどこに行ったのか把握している。
「見張りの話だと、既に上の階層に戻ったそうだ」
「……すごい体力ッスね」
本当にね。まあ、俺と顔を合わせたくないというのが本音だろうけど。
「さて、明日は早くここを出るからさっさと寝よう」
実は魔力がまだ殆ど戻っておらず辛いのだ。魔力の回復を図るには、大まかに3つ方法がある。
一つ目は、回復薬を使用する。
二つ目は、瞑想をする。
三つ目は、睡眠。
他にも方法はあるが、これが基本となる。回復薬を使用するのは大金が必要となるから論外。瞑想は、まだやったことがないし、回復量は微々たるものだそうだ。戦闘中に行い、魔力が底を尽きないようにするのが目的なのだからそれも仕方ないけれど。
最後は睡眠。人間が無意識に瞑想できる手段で、何時間もその場から動かないのだからかなり回復が見込める。なにより、寝て起きれば、感覚的には一瞬で8時間程の瞑想をしたと思えるのだから、これが一番だろう。
はっきり言おう、眠いのだ俺は。
全員同じ気持ちらしく、すぐに就寝する流れになった。
だが悲しい事件が起きた。そう、俺が見張りだったのだ。この後、俺が濃い目のブラックコーヒーを浴びるように飲んだのは言うまでもない。
夜が明けるとオーセブルクの街に向かって出発した。
運が悪く5階層のボスが復活していて倒すことになったが、俺以外のメンバーで対処してもらうことにした。
だが、今回は盾役がいる。
エリーが一番先頭に立ち、オーク達を惹きつける。数体をエリーが掛け持ちしながら防御に徹しているが、オークの隙を見つければ即座にショートスピアで頭を貫き数を減らす。
エリーの横から攻撃してくるオークには、リディアとシギルが対処して数を減らし、エルが遠くのオークを仕留める。
ハイオークに至っては全員でタコ殴りにして終了した。
エリーがいるだけでかなり安定し、余裕で突破することが出来た。やはりエリーは俺達のパーティに欲しい存在だということを再認識した戦闘だった。
お楽しみタイムの宝箱は下級治癒ポーションだった。エリーに譲ってすぐに上を目指す。
4階から2階はすぐに登れるから楽だが、1階へ登るには行列に並ばなくてはならない。戦闘とはまた違う疲れが出てしまうが、どうしようもない。
待っている間、エリーがエル達と話していた。
「さっきのエリアボス、ギルはなんで戦わなかったの?」
「あー、まあ楽しようとしてたんじゃないッスよ」
「ええ、ギルさまが手を出してしまうと、一瞬で終わってしまうからですね」
「エル達の、経験のため、です」
「……本当に賢者なのね」
「そうですよ。ギルさまは賢者さまです!」
「お兄ちゃん、強い、強すぎ、です」
「あれは化物ッス」
おい、誰だ今化物って言った奴は。いや、口癖でわかるよ。後でお仕置きだな。たかいたかーいしてやろう!
「……強い人といると、自分が弱く思えて辛くない?」
俺は聞こえない振りをしているから、表情まではわからないけれど、エリーの声のトーンが少し落ちたから、真面目な話をしているのだろう。
「確かにそう思うことはあります。ですが、良いことの方が沢山ありますよ」
「沢山?何?」
「そうッスね。あたしはギルの旦那の知識が凄いと思うッス」
「エルは、全部、です。お兄ちゃんは、全部かっこいい、です。でも、中でもお料理が美味しい、です」
「私は戦闘面において全てです。剣術、魔法、体捌き、戦術、全てが手本になっています」
エリーは口を挟まず黙って聞いていた。エリーの前で戦闘をしたことがないし、知識を出した覚えもない。料理を食べさせてあげたぐらいか。
エリーは俺のことをどう思っているんだろうな。
エリーがお礼を言うとその話はそれで終わってしまった。
行列に並ぶこと1時間。ようやく地下1階まで戻ってくることが出来た。
その後は何気ない会話をしながら歩いていたら、いつの間にか街へ着いていた。
そしてさっさと宿へと戻ったのだが、期限が過ぎてしまっていたのを忘れていた。俺達が泊まっていた部屋は既に他の人に取られてしまい、諦めて他の部屋をお願いしようとしたが、満室だったのだ。
さて困ったと悩んでいたが、ここでエリーが助け舟を出してくれた。この宿より安く、料理も悪くない所を紹介してくれるそうだ。何でも、中心部から遠いから穴場なんだと。
この申し出を有り難く受け、俺達はエリーに着いていくことにした。
ちなみに馬車は今回のダンジョン探索に行く前に、街の入口にある厩舎に移動しておいた。安いし、管理もしっかりしていると、冒険者ギルドマスターアンリから教えてもらった場所だ。
案内してもらった宿は『太陽の恵み亭』という名前だった。
料金は一人用が銀貨1枚、二人用が銀貨2枚。俺達が泊まっていた『太陽と星屋』より1銀貨ずつ安い。
さすがはこの街で長く活動している冒険者、良い所を知っている。
考える間もなく、ここで二人用を二部屋取った。そしてもちろんエリーもここに泊まる。
エリーのアドバイスで面倒でも、一日ずつ延長したほうが良いと助言をいただいた。ダンジョンに潜るのが何日になるかわからないのだから、当然と言えば当然か。
今日はこの宿で晩飯にすることにしたから、エリーも誘ってみたら快諾してくれた。
エリーは別に一人でいることに固執しているわけではなさそうで良かった。
一度部屋に荷物を置いてから食堂に来ると、既にエリーがいた。食いしん坊キャラは健在だった。
いつもの通り頼もうとしたが、ここに食いしん坊がいるとなれば、彼女のお薦めを食べなければなるまい。
ということで、注文はエリーに任せた。
料理が出てくると全員でがっついて食べる。
「うん、おいしいね」
「……悲しい」
「ん?」
美味しいと思うがエリーは納得いっていないようだ。一体どうしたというのだろう。
「ギルのご飯が恋しい」
ああ、そういう事。まあ、気持ちは分かるよ。さすがに地球の調味料を味わってしまったら、何か物足りないという気持ちにはなる。
「あー、気持ちは分かるッスねぇ。あたし達は旦那の料理当番の時に毎回食べさせて貰っているから、尚更ッスよ」
「確かに。私達も教えてもらっていますが、まだまだその境地には至っていませんから」
彼女達の料理当番の時は、教えてほしいと言われた時に俺がレシピを教えている。だが、さすがに地球の味と作り方を知っている俺と、料理を見たこともない彼女達では味に差が出てしまうのは仕方のないことだ。
彼女達が俺と同じように作るにはもう少しだけ時間が必要だと思う。それにがんばって作ってくれるだけでも、嬉しいことだしね。
「エリー、まだ甘い、です」
「?」
「幻の調味料、まよねーず、というものがあるらしい、です」
そんな話をしたなぁ。あの時は急にマヨネーズを付けて、茹でたブロッコリーを食べたくなったから、マヨネーズがないこの世界に絶望して、エルに愚痴を言ってしまったのだ。
俺はマヨネーズを持っている。だけど、丁度買い換えようと思っていた時にこの世界に召喚されてしまい、残り一回分程しか量がない。もったいなくて使えないから、彼女達には持っていることを秘密にしているのだ。
茹でブロッコリーには、たっぷりとマヨネーズをつけたい。ならば、マヨネーズを作ってしまおうと考えるのは当然のこと。
だが、作り方を知っていても、到底キ○ーピーマヨネーズと同じ味は出せない。どこが違うのか味比べをすることも考えると、至高キュー○ーマヨネーズは尚更使えなくなってしまっていたのだ。
食いしん坊のエルとエリーが幻の調味料、マヨネーズについて熱中している。
この流れは……。
「ギル、マヨネーズを食べてみたい」
ちがう、マヨネーズは飲み物です。いやいや、そうじゃない。
やはり食べてみたいとエリーが言い出したか……。
「残念だけど、幻だ。そう簡単には作れないんだよ」
いや、持っているし作れるんだけど、新鮮な玉子とレモンを探さなくてはならないのだ。それに撹拌するために魔法を開発しなければならないっていうのも悩みだ。
「悲しい……」
本当に悲しそうにしているから、もう少ししたら作れるようになりそうだと教えてあげたら、目に見えて喜んでいた。無表情な彼女が食事に関しては、喜怒哀楽をはっきりと出すみたいだ。
こんな感じで晩飯は楽しく話ながら過ごすことができた。
その日の夜。
今日はリディアと寝る日だが、かなり疲れていたのかリディアは既にベッドに入り寝息を立てていた。
そして俺も寝ようかと思っていたら、ドアをノックされた。
訪問客はエリーだった。俺はリディアを起こしては可哀想だと思い、廊下で話を聞くことにした。
何の用かと思ったが、あの事以外ないだろう。俺達のパーティに加入するかどうかだ。
「もっとゆっくり考えても良かったんだぞ?」
「んーん、もう十分」
「そうか」
俺達と一緒に過ごしたのはたった1日。だが、エリーにとって決断するには十分だったのだ。
「それで、エリーはどうする?」
「ん。どうしてもやらなければいいけないことがあるの」
エリーはゆっくりと語りだす。
エリーの一族は帝国領の元王族だった。正しくは曽祖父までだが、その曽祖父は俺が倒したアンデッドの魔物、リッチだ。
そのリッチ、確かルドルフと言う名前だったか。彼は、彼をよく思っていない王族や、貴族の裏切りで、ヴィシュメールの街の近くにある森で罠に嵌められ、そこで亡くなった。
俺が知っているのはここまでで、エリーの話はこの後の話だ。
ルドルフが亡くなって、その息子、エリーにとっては祖父だが、彼も罠に嵌めた王族や貴族から国を追い出されたらしいのだ。そして冒険者として生きる道を選んだらしい。だが冒険者になって正解だったかもしれないとエリーは話す。
彼の功績は凄まじく、まだ迷宮都市オーセブルクとして、街になっていない頃からこのダンジョンに潜り、当時最深階層到達者だったというのだ。と言っても29階層で、30階層のボスで命を落としてしまったらしい。
そして、彼の子供、エリーの父も冒険者になる。
エリーの父は、祖父を超え、更に深く潜ることに成功し、今でもその記録を超える者はいない。
その記録は44階層。そして、45階層のボスで命を落としてしまったのだ。
次はエリーだ。彼女の目標は父を記録を破り、45階層のボスを倒すことらしい。
エリーは幸運にも父が最後に残した手記を手に入れることができた。その手記には45階層のボスには魔剣クラスの武器が必要と書かれていて、エリーが魔剣を買うために金を稼ぐ経緯になったのだ。
これがエリーの目標だった。
「父を超えるには、一人で45階層のボスを倒すのが近道」
なるほどね。さすがにエリーのじいさんや、親父さんもソロでは45階層を突破できないから、それをエリーができれば、親父さんを超えられた証明になるということか。
これは仲間にはなってくれなさそうだな。決意は堅そうだ。
「でも、30階層どころか、25階層も突破出来ていないのが現状」
「ん?エリーは今どこまで突破できたんだ?」
「22」
22階層か。ソロでそこまで行けるのも凄い事だと思うのだが。
「ギルと一緒なら、45階層より下の世界を見られる?」
「わからない。でも個人的な意見だけど、一人よりは可能性はあると思う」
「うん。同じ意見。だから、仲間に入れてほしい」
諦めかけていたら、急展開だ。もちろん願ってもない提案だ。
「もちろん、というか、こっちからお願いしているんだ。断る理由がない」
「明日、皆に話す」
これで話は終わったみたいだ。エリーが自分の部屋へ帰ろうとする。
どうやら仲間になってくれるみたいだ。言葉が少ないのと、表情が変わらないから喜んでくれているか不明なところだが、良かった。
俺も部屋に戻ろうとした所で、エリーに呼び止められた。
「ギル、ありがと」
喜んでくれていたみたいね。俺も嬉しいよ。
俺はエリーに手を上げて答えると、部屋に戻った。これで何とかパーティとして形になりそうだ。今まで以上に戦える。
いつまで街で休むかまだ決めていないが、本腰を入れてダンジョンを攻略出来るかもしれないな。
明日から楽しみだ。
俺はそのままベッドに潜り込み目を閉じる。
眠りに落ちそうになる寸前、またドアのノックがした。
(また、エリーか?話忘れた事があったのか?)
少し、機嫌が悪くなったがまだ仲間になったばかりだ。俺の行動パターンなんて分からないのだから、怒るようなことではないな。これからお互いに知っていけば良い。
俺はベッドから出ると、ドアへ向かう。そして、リディアを起こさないように静かにドアを明けた。
「来ちゃった☆」
馬鹿なセリフと共に扉の前に居たのは、エステル法国の闇魔法の使い手、アーサーだった。