勝負の行方
光魔法の眩い光を直視してしまい目を閉じていたアーサーは、目の状態がよくなると痛めている両手を見てまだ戦えると判断したのか、ファイティングポーズをとる。
魔力は底を尽きかけ、両手は血が滴り落ち指が何本も折れている。見た所、アーサーの戦闘スタイルは格闘がメインらしいから、かなり不利なはずだ。
そのはずだがアーサーはまだ戦意を失っていない。
失っていないどころか、笑顔でファイティングポーズをとり、やる気に満ちている。
一方俺は、アーサーの攻撃をガードした時に痛めてしまった片腕と、蹴り飛ばされてしまい背中を打ち付けた時の痛みだけだ。
両方とも我慢していれば問題がないくらいだし、魔力もまだまだ残っている。アーサーは俺よりも力が強く素早いが、俺のほうが有利だろう。
なのに続行しようとしているのは、アーサーが戦闘狂なのか、それとも引けない別の理由があるのか。
「FOOOOOOO!オラ、ワクワクすっぞ!」
ちがう、あいつは馬鹿なだけだ。間違いない。
俺と同じく、地球から無理矢理連れてこられて苦労もあっただろうと同情し、手加減していたが段々とイラついてきた。
どうやって叩き潰してやろうかなぁ。
「来ないならこちらから行くぜぇ!」
アーサーが体制を低くした。
あの瞬時に間合いを詰める速度で俺に近づくつもりだろう。
アーサーが飛び出すと同時に、俺は51の魔法陣を構築した。
あの速度で突っ込むのだから、急に止まることは出来ないだろう。
使う魔法は水魔法。親指ぐらい大きな粒を50個ほど前方に飛ばした。残りの1個の魔法陣で風を送り水の粒の速度を上げる。
バチバチバチと音が響く。
アーサーが水の粒を全身に受けた音だ。
風が強い日の雨を顔に受けたらかなり痛いが、あの速度の突進中に受ければ激痛だろう。
「あばばばばばばばばばぁ!」
アーサーはびしょびしょになりながら、のたうち回った。
「くぅ……、土と光どころか、水魔法や風魔法まで無詠唱で使えるのかよ?どれだけ優遇召喚されてんだ……」
いや、まず立ち上がれよ。なに寝ながら顎に手をやって考えてんだ。
アーサーはのろのろと立ち上がる。
俺は魔物や下衆な奴らなら、今の立ち上がっている瞬間にも追い打ちをかけていたが、何もせずに待っていた。いや、魔物や下衆な奴らだったら、最初に突っ込んできた時点で水魔法を使わず、土魔法の石礫を当てて勝負を決めていただろうから、まだまだ手加減しているみたいだ。
「ならば、俺の得意魔法で勝負をかける!魔力が少なくともこれぐらいはっ!」
アーサーが叫ぶと足元から黒い靄が立ち上がり、アーサーの体を覆っていく。
このボス部屋は光が差しているが、それは中央の花畑だけだ。この壁際はそれなりに暗いから、アーサーの姿が見えにくくなる。
だが、真っ暗ならいざ知らず、ダンジョンの壁は少しだけ発光しているから逆に真っ黒な塊は目立っていた。
俺は一回り大きな魔法陣を構築する。
そして手で仰ぐ動作をすると、強風が真っ黒な影に向かって吹いた。
黒い靄は剥がれていき、アーサーの姿が顕になった。
「何ィ?!」
強風に耐えられず、後ろに転がりながら叫んでいた。
これで一応あいつの武器と呼べるものは全て潰したが、まだやる気はあるのかな?
アーサーは倒れたままの姿勢で動かなかったが、しばらくするとよろよろと立ち上がる。
そしてわなわなと震えだした。
「もうダメだ、おしまいだぁっ」
まだ余裕はあるな。
っていうか、あいつはネタを出さずにはいられないのか?
しかしここで予想外なことが起きた。
「うぅ……」
クレストが気絶から目覚めたのだ。水や風が当たったせいか?
「クレストさん!」
「んん?アーサー……、はっ!『聖騎士』はどうした?!」
アーサーの言葉でクレストは意識がはっきりとしたらしく、急いで立ち上がる。
「うっ、頭が……」
だがまだ頭が痛いらしく、後頭部を押さえている。
「これは……、勝機!」
アーサーはまたやる気を取り戻したらしい。はあ、面倒くせぇな。
まだまだ、戦いは続きそうだ。
【アーサー視点】
「クレストさん、大丈夫ですか」
アーサーはまだヨロヨロと足元が覚束ないクレストに駆け寄り、肩を貸す。
「アーサー、状況はどうなっている……」
「クレストさん、かなりまずいです」
アーサーがクレストに今までの経緯を話すと、クレストはギルを睨む。
「土、光、水に風の魔法を瞬時に発動とは、賢者どころではないぞ。闇魔法を瞬時に発動できるアーサーも異常だが……、あいつは何者なのだ」
「ソウデスネー、ナニモノナンデスカネー」
「どうした、棒読みだぞ?しかし、はじめて奴を見た時は、Cランク冒険者の首飾りを付けていたから油断していた」
クレストがギルと6階層のキャンプ場で会った時、ドッグタグを見て納得したように頷いたのは、エリーに助けられた冒険者だと勝手に思い込んだからだった。
だがたとえギルがAランクの冒険者だったとしても、クレストはギルの実力を測る事はできなかっただろう。
「クレストさん、奴は今この時にも僕達を襲わずにただ見ているだけです。まだまだ余裕があるんでしょう。どうしますか?」
「二人がかりなら何とか出来るだろう。奴は我が法国にとって危険な人物になりかねん!ここで仕留めるぞ!」
クレストが腰から下げていた杖を取り出すと構えた。
「さすがですよ!やりますか!」
嬉々として叫ぶと、アーサーも構えをとる。
その一部始終を見ていたギルの雰囲気が激変した。
今まで直立不動だったギルは、ゆっくりと腕を組む姿勢になる。何より今までに感じたことのない殺意がクレストとアーサーに突き刺さる。
そしてギルの背後に無数の魔法陣が瞬時に現れた。
「やべぇ!クレストさん、走って!」
「な、なに?!」
アーサーが走り出すと、クレストも着いていくように走った。
二人が今さっきまで居た場所に、『ファイアランス』が何本も突き刺さり、それを見たクレストは顔を青くすると逃げる速度をあげた。
なぜなら二人の後を追うように、炎の槍が飛んできていたからだ。
「火属性もかよ!」
アーサーは吐き捨てると、クレストとは別の方向、それもギルがいる場所に走り出す。
ギルに攻撃をする為にではない。クレストが魔法陣の構成を始めたから、囮になるためだ。
普段のギルであれば、魔法を使おうとしているクレストに炎の槍を突き刺すはずだが、今はアーサーを追うように『ファイアランス』を発動している。
アーサーはその行為が、手加減しているのか、それとも戦術なのかわからなかったが、当たらないのなら攻撃してもいいのではないかと考えを変えるには十分だった。
「当てる気がないなら攻撃するぞ!」
叫びながら速度を上げ、ギルの目の前まで辿り着くと拳を振りかぶった。
が、ギルとアーサーを挟むように魔法陣が現れた。
アーサーは止まれずそのまま拳を振り抜こうとしたが、ギルの展開した魔法陣から衝撃波が生まれ、また吹き飛ばされた。
なんとか着地に成功したが、その場所へ炎の槍が何本も向かってくる。
「おっぶぇ!」
身を投げ出すようにローリングして躱すことができたが、本当に紙一重というところだった。
「アーサー、こちらへ!『ストーンウォール』!」
クレストがアーサーを呼ぶと同時に石の壁を作った。
アーサーもその壁へと向かって走り、スライディングしながら壁に隠れた。
炎の槍がものすごい勢いで壁にぶつかり、轟音が辺りに響く。
「何者なんだあいつは?!あんなのは化物だ!」
さすがのクレストも顔が青ざめている。耳に指を突っ込み、アーサーに同意を求めているのか、独り言なのかわからない叫び声をあげている。
その様子をアーサーは見ながら、「戦争映画を見ている気分だ」と呟いた。
アーサーが呟いた通り、まさに塹壕に隠れ爆撃から逃れている様子にそっくりな状況だった。
その状況にアーサーは何故かテンションが上がり始めていた。
「アーサー!何か打開策はないのか?!」
「よぅし!見てろ!」
アーサーは叫ぶと徐にズボンとパンツを脱ぎ、下半身を露わにした。
そして、踏ん張る姿勢をとる。そうジャパニーズスタイル・トイレットだ。
「な、なにをしているんだ、アーサー?!」
「黙って見ていろ!今からあいつにう○こをぶつけてやるんだ!」
「………」
「もうこれしか方法はないっんんっ!」
イキんでじゃねーよ、とクレストは心の中で思い、何故こいつを勧誘したのかと過去の自分がした行動に後悔をしながら、アーサーを冷たい目で見ていた。
「んんっ!駄目だっ!見られていたらでねーよっ!」
「お前が見ていろと言ったんじゃないか!」
そんな漫才が壁の裏で繰り広げられているとは知らないギルは、小さく「そろそろか」と呟くと、『ファイアランス』から、『ストーンランス』に魔法を変えた。
まるでバリスタのような槍が石の壁に向かって何本も飛んでいく。
石の壁が崩壊するのは一瞬だった。
吹き飛ぶように石の壁が壊れると、その衝撃でアーサーとクレストはカエルのように転がった。
その二人の姿をみたギルは呆れ顔だった。
一人は綺麗だった金髪のオールバックをボサボサにし、ギルを見る目には恐怖の色が伺えた。
もう一人は下半身が露わで、その瞳には羞恥の色が見て取れた。
「何やってんだ、おまえは」
さすがのギルもアーサーの馬鹿さ加減に呆れてしまった。
さすがの俺も、男に股間を見せつけられて、殺意を出すことをやめてしまった。
「ギル君、さすがの強さだな!」
アーサーの戦闘狂の部分は鳴りを潜め、普通に話していた時の様子に戻っていた。
「いいからまず立ち上がって、服を着ろ」
「む?我が巨象を見て恐れ慄いたか?」
巨象どころか親指ぐらいしかないじゃないか。あーあー、かなり追い詰めたからあんなに縮んじゃってまあ……、見ちゃおれん。
「いいから、まずそのミミズをしまえ」
俺がそう言うと、しゅんとしながらいそいそと服を着ていった。
クレストはまだ立ち直っていないのか、少し震えながら俺を見ていた。
(もう少しだ)
俺は魔力が尽き、崩れそうになる膝に力を入れる。
「おい、おまえ。そこの馬鹿の上司だろ?」
「は、はい!」
俺はアーサーを殺す気になれなかった。だから、わざわざ恐怖を煽るような魔法の使い方をしたのだ。
魔力を使い切ってしまったが、演出としては中々の迫力だったはずだ。
戦闘狂のアーサーだけでは効果が薄く、クレストが目覚めているからこそ有効的な演出だ。
「俺が手加減したのはわかっているな?」
「……はい」
「俺はお前達をいつでも殺せた。一度死んだと思って、エリー、『聖騎士』は諦めてくれ」
これは嘘ではない。いつでも殺せたがやらなかった。
アーサーも殺気を込めて戦っていたが、本当に殺すつもりはなかったはずだ。武器を持たず格闘をしていたのが理由だ。
それにあまり乗り気じゃなかった。エリーの安全を考えれば消してしまうのが良いのだがな。
「しかし、聖王様の命を受けていて失敗したなど言えません」
「ならばこう言え、『聖騎士殿の仲間に賢者がいて、彼に阻まれた』と」
「それでもです。私もまだ死にたくないのです」
意外と強情だが、それだけ聖王が恐ろしい王ということだろう。
だが、俺に今殺されるか、後で聖王に殺されるかと言われて、今だと言うのが分からない。信仰心か?
「エステル法国は全属性の魔法を瞬時に使える大賢者を相手にすると?」
「!い、いえ!そのようなことは!」
「俺を敵に回したくないのなら、聖王になんとか言い訳を考えろ。どちらにしろ、今回は『聖騎士』を連れて行くことはできないだろ」
今の俺では国を相手にすることなんかできない。これは強がりだ。
だが魔法世界で、上位の魔法使いを相手にするのはそれなりの覚悟がいる。魔法を覚えた俺でさえ、俺より強い魔法使いと戦えと言われれば、逃げようと考えるだろう。
それだけ強い魔法使いは厄介なのだ。
それに俺が文字通り死ぬ気で戦えば、100人ぐらいなら命と引き換えに道連れに出来ると思う。神の国としてはたった一人を相手にして、100人の信徒を失えば威光も陰るというもの。
クレストも俺と戦い、それを理解しているのだろう。しばらく考え込むと静かに口を開いた。
「わかりました。今回は引き下がりますが、またすぐに別の者が現れるでしょう」
「別に構わないが伝えてほしい。次は死人が出るぞ、と」
「……はい」
クレストは礼儀正しく腰を折る。彼の信仰心が揺らいだのか、誠実さを取り戻したみたいだ。クレストは元々悪い人間というわけではなさそうだな。
「話し終わったっすか?じゃあ帰って飯にしましょうよ、クレストさん」
アーサーは鼻をほじりながら言う。
クレストは青筋を浮かべながら、上層へ戻る階段に歩き出した。アーサーもその後について行く。
「アーサー」
俺は小声で呼び止める。そして、アーサーの目を見て「わかっているな?」と呟くと、アーサーは頷いた。
俺がアーサーと戦ったのは、エリーを助たいと言った仲間の為でもあるが、情報を引き出したかったからだ。
アーサーは戦う前に簡単には教えられないと言った。そして戦い倒したから情報を求めているのだ。
アーサーも理解したのか、サムズアップすると、階段を上がっていった。
「あいつ本当にわかってんだろうな……。馬鹿だから心配だわ」
足音が消えるとその場に座り込んだ。立っていられない程魔力を使ってしまい、限界だったのだ。
「はー、しんどい」
でも、これでしばらくはエリーに関して問題は起きないだろう。
少し休んでから11階に降りるとするか。