ダンジョンのキャンプ場
地下5階のエリアボスを倒した後、俺達は地下6階に降りるための場所を探していた。
全員散らばり探しているが見つかっていない。アンリから教えてもらえれば良かったのだが、降りる場所を探すのもダンジョン探索の醍醐味だと言われ教えてもらうことができなかった。エリーには発見することが難しい階層の場所だけは聞かせてもらったが、ここは聞いていない。つまりそれほど難しくないということなのだが……。
「壁に横穴はないか」
ダンジョンの壁に横穴はない。裂け目もなければ、隠されてもいなかった。結構な時間をかけて壁をみていたせいで、ダンジョンの疑似太陽は沈み始めている。
このままこの地下5階のボス部屋で野営することはできない。ボスが復活してしまうからだ。6階に降りることが出来れば、野営する場所があると聞いているから、早めに見つけたい所だ。
「ま、ある程度見当はついたけどな」
ボスと戦った草原には降りる事ができそうな場所などなかった。となれば、所々にある木が怪しい。
一本一本、木を見て回るとそれらしいものを見つけた。木の洞、樹洞と呼ばれるものだ。それほど大きい穴ではなく腰ほどの高さで、中を覗くと階段のように段々となって地下に続いていた。ここで間違いないだろう。
すぐに3人を呼び急いで中へ入った。
「ここは階段のようになっているのですね」
「この先も色々なパターンで下に降りることになるんだろうな」
固定観念は持たず、色々な可能性を考えなければならないという事だ。地下へ降りる事だけではなく、様々な物事に対してだ。
「それにしても結構降りているのに、まだ6階に着かないんスね」
「かなり深い、です」
エルの言う通り深いのだろう。降り始めてから5分程経っているがまだ階段は下へ続いている。
「いや、遠くで明かりが見えるからあそこが6階だろう」
後50段程降りた場所の階段の色が少し明るい。横から差している光のせいだろう。
これだけ深いと床をぶち破ってとか考えるのも馬鹿らしくなるな。
俺達は早朝から出発し、日が暮れるまで動き回っている。疲れもかなり溜まっていて会話も少なくなっているほどだ。黙々と階段を降りていった。
地下6階へ入る横穴まで辿り着くと、俺達は中へと迷うことなく入った。
警戒しながら入るべきだが、6階の情報は聞いていて入り口は安全だと知っていたからだ。
オーセブルクダンジョン地下6階は洞窟エリアで、疑似太陽がない。ダンジョン特有の怪しい光だけだ。
洞窟エリアの特徴としては通路と広間があり、通路は狭く、高さも3メートル程で魔物に挟撃されたら危険だ。逆に広間は幅も高さもかなりあって、人間が100人居ても狭さを感じないぐらい広い。
地下6階へ入った先は広間で、何人もの冒険者がテントを張り、ここをベースキャンプとしていた。
この情報を知っていたから、警戒もせずに中に入ったのだ。そして、今日の俺達が泊まる場所でもある。
「よし、急いでテントを張るぞ」
俺は急いでマジックバッグからテントを取り出し設営に取り掛かった。三人も手伝ってすぐに完成させることが出来た。後は料理をするための火だが、このダンジョンは捻くれていて、地下2階の秋の草原エリアで薪を入手していなければ、この洞窟エリアで火を熾せない。
だがアウトドアに関して俺は妥協しない。簡易型焚き火セットを何個も作成しマジックバッグに入れてあるのだ。燃料となる薪も入れてあるから問題はない。
「さすがお兄ちゃん、です!」
俺が手際よく火を熾すとエルが目を輝かせる。
エルとシギルは焚き火を囲んで安堵した顔をしている。焚き火って何故か落ち着くんだよな。
そこまで準備するとようやく俺も落ち着いて周りを観察する余裕ができた。
他の冒険者達の様子だが、テントもなくただ焚き火の近くで寝ている者から、俺達のようなテントを建てる者、そして小さな家を建てている者達までいた。
殆どがテントで、約20のパーティがこの空間でキャンプしている。そして特徴的なのは、この広間から次の広間へ行く為の通路が何本かあり、その入口全部に見張りがいることだ。
この見張りは冒険者ギルドの依頼遂行者達だ。一日見張りをするだけでかなりの報酬が得られるらしい。
ぼーっと周りを見ていたが、自分の腹の虫が鳴くと我に返った。そうだった、昼を抜いて探索していたから腹がかなり減っているのを思い出した。そう感じてしまったら、もう我慢ができなくなる。料理を作ろうか。
とは言っても、凝った料理を作る気力など、もはやない。となれば、焼くだけの料理で満腹感を得られる物が良いだろうな。
オーセブルクの市場で材料はたくさん揃えているから、ある程度のものは作れそうだ。
簡単に作れ、明日の為に力になりそうな料理か。そんなもんあるか?考えるのも面倒くさいな。焼き肉でいいか。
っていうか、他の3人は自分が作ろうとも思ってないのが凄いね。俺をガン見してんもん。エルは普段であれば、「手伝う、です!」と言って寄ってくるのに……。
作ればいいんでしょ?やりますよ。
とりあえずは、焼き肉のタレ作りだな。味噌が無いのが致命的だが、揉みタレぐらいなら何とかなりそうだから、それで行こう。
まずは下準備だな。にんにくと胡麻はあるから、にんにくはすりおろし、ごまはすり胡麻にする。ネギっぽい野菜もマジックバッグから取り出して、輪切りにする。
それらを醤油、砂糖、塩、みりんと混ぜ、最後に胡椒を少しかけて、揉みダレの完成。簡単でしょ?
後は、肉を魔法で解凍し一口サイズに切り、木のボウルに先程の揉みダレと一緒にぶち込み揉むだけ。
そして、これも市場で買ったスキレットを火で熱した後、肉を焼く。
香ばしい匂いと、肉が焼ける音が辺りに広がる。ある程度他の冒険者達と距離があるから、迷惑にはならないだろうが、近くにいる冒険者は干し肉を食べているにもかかわらず、俺を凝視している。さすがに知り合いでもない冒険者の為に料理を提供してやる義理はないから、無視することにした。
俺の好みの焼き加減は、ミディアム・レアだが、この世界の魔物の肉に何があるかわからない。今日はしっかり焼こう。
焼き上がった肉を木皿に乗せ、レタスっぽい野菜を添える。俺の分はまだ用意できてないから三人に出す間にスキレットで焼いておく。
三人の前に料理を出すと、飛びつく勢いで食べ始めた。
「うまうまッス!」
「お兄ちゃんの味付けは、最高、です!」
「一家に1ギルさまです!」
ガツガツと食べながら、各々感想を言う。やだ、あたし照れてる?でも、1ギルって言うのやめてね。俺がやったゲームだと1円扱いになっちゃうから。
まあ、これだけ気持ちよく食べてくれたら、料理のしがいもあるよな。おっと、まだ肉を焼いてたんだった。この勢いじゃあ足りないだろうから、追加分も準備しておかないと。
そう思い料理しに戻ると、ある冒険者がスキレットで焼いている肉をつまみ食いしていた。
本来であれば怒る所だが、世話になった知り合いだったことに驚いて、声を出せなかった。
その冒険者は、銀色の髪をセミロングにした、美しい女性だった。Aランク冒険者で、このダンジョンの情報を詳しく教えてくれた、エリーだった。
エリーは俺が見ている事に気づくが食べる手を止めない。
「むぐ、お、おちてた、もぐ」
何という言い草。そんなわけねーだろ?
綺麗な顔なのに口にいっぱい頬張りながら、言い訳をするエリーに少しがっかりしていた。うちの子達を含め、皆可愛いし綺麗な娘ばかりだけど、ちょいちょい残念なんだよな。
「おい、まずは食べるのやめろ」
俺が言うとエリーは食べるのをやめる。だが指を咥え、ずっと肉を見ているではないか。俺を見もしないから、木の皿に移してエリーに提供することにした。
目の前に肉を出されたエリーは、俺と肉を交互に見ている。
「食ってよし!」
俺が言うと彼女は一心不乱に食べ始めた。食べる勢いを見る限り、美味しいと思ってくれているはずだが、彼女の独特な無表情のせいで感情が読めない。
「美味しい?」
俺が聞くと相変わらず無表情のまま、首を縦に振るだけ。とりあえずは美味しいと思ってくれているようだ。
俺はまた肉を焼きながら、皆の食べている姿を眺めていた。
あれから計10回以上追加で肉を焼き、ようやく俺を含め全員が満足した。
焼き肉は思ったより美味しく料理出来ていた。肉も地球の牛によく似ていて、急ごしらえのタレだったが良くマッチして旨かった。
たらふく食べたエリーは、少しぼーっとしていたが徐に立ち上がると、そのまま自分のテントに帰ろうとした。
「おい、待てぃ」
何事もなく食い逃げをしようとしたエリーを、俺は焦って引き止めた。色々事情聴取しなければならない。
「エリー、あんた何してんだ?しばらく街でゆっくりしてから、もう一度潜るって言ってなかったか?」
俺が聞くとエリーは戻ってきて、硬い地面に正座した。いや別に怒っているわけじゃないんだけど。
「……お金無くなったから」
エリーは口ごもりながら、こんな事を言いだした。
は?金がない?Aランク冒険者なのに?
詳しく聞けば、せっかくダンジョンから戻り換金したが、形見を買う為にお金を使ってしまったから食費がないと言う。
俺がエリーに売ったルドルフの宝杖は、彼女の形見だった。形見と言っても彼女にとっては顔も見たことのない曽祖父らしいのだが、一族に代々伝わる宝杖なのだから大金を払ってでも手に入れたかったらしい。
だがエリーは俺から宝杖を買う時に提案した金額は大金貨5枚じゃなかったか?それを俺は大金貨1枚で売ったのだが、それで金が無くなったとは一体何故?
「目標の為のお金。食費じゃない」
貯金はあるがそれは食費ではなく、彼女の目標の為の資金だと言う。食費は既に俺に払ってしまったから、街で休むのはやめてすぐにダンジョンへと戻ってきたそうだ。
エリーはダンジョンで狩って、それで食事をしようとしたらしいのだが、運悪く大量に狩られた後で見つからなかったらしい。
それは俺達のせいだな?
そして洞窟エリアで狩りをしていたが、食料になった魔物は少ししか狩れずひもじい思いで今日を終えようとしていたが、遠くから香ばしい匂いを辿って来てみれば、肉が落ちていて思わず食べてしまったと。
だから落ちてねーんだって。見りゃわかんだろ?どこの世界に丁寧に味付けした肉をスキレットで焼いた料理を落ちてるって言う人間がいるんだよ。
だがまあ色々な情報を無料で教えてくれて、助かったのもあるから今回は許そう。
「それで、目標って?」
声に出してから、聞かない方が良かったかと思ったが、エリーは少しだけ間をおいて無表情のまま話してくれた。
「……魔剣を買いたい」
魔剣はダンジョンからしか手に入れることが出来ず、運良く入手し売れば一財産で、物によっては余生を遊んで暮らせる程高価な物だ。それを買いたいと言うのだから、無表情で何を考えているのか分からない彼女も、色々とあるんだろう。
気になったが会って間もない俺が理由を聞くのも変だ。
「そうか、わかった」
だからそれだけ言ってこの話は終わらせた。
その後、うちの子達が遠くから俺達をそわそわしながら見ていたから、エリーを紹介した。
「私はリディアと申します。賢者ギルさまと一生共に歩んで行くと決めた者です」
確かに合ってるけど、何か言い方おかしくない?
「賢者?」
エリーが気になる所はそこなんだ?
「まあ気にしないでくれ。それでそっちにいるのが……」
「エルミリア、です。エルと呼んでほしい、です。お兄ちゃんとは良い仲、です」
いやいや、だから言い方気をつけて?
俺が突っ込もうと思ったが、シギルが割り込んで自己紹介をしたから言葉を飲み込んでしまった。
「あたしはシギルッス。旦那とは一夜を共にした仲ッス」
まずいですよ。確かに一緒に寝たけど、シギルの年齢を知らない人が聞いたら俺怒られちゃうから。捕まっちゃうから。ほら、エリーも無表情なのに白い目で見てる感じがしてるでしょう?
「ギルと皆はよろしくやっているの、理解した」
おめーも言い方気をつけろよ。皆あっているんだけどさ、ちょっと言い方が変だね?間違ってないから、訂正出来ないし。
とりあえず、紹介は終わったし皆も疲れているから今日はこの辺で終わりにしようか。
俺はマジックバッグから肉を何個か取り出してエリーに渡した。
「これは?」
「どうせ食いきれないほどあるから、やるよ」
俺が譲ると言うとエリーは、もじもじして受け取る。
「あ、ありがと」
無表情なのに喜んでいると分かるほど声が弾んでいる。だが、俺をじっと見つめると揉みダレが入っている器を指さした。
「あれもほしい」
あれだな?君はエル以上の食いしん坊さんだね?
俺は苦笑いしながら木の器ごと揉みダレも譲った。
「嬉しい。すぐに戻って料理する」
エリーは受け取ると軽く会釈してから、料理をすると言い自分のテントに戻っていった。
あれだけ食っておいて、まだ料理するってか。まあ喜んでくれて何よりだ。
「綺麗な方、です」
「ええ、それに強いですね」
「スタイルも良いッス」
エリーの評価はかなり良いものだった。よし、それじゃあさっきの言い草について説教をしなければならんな。
そう思ったが三人があまりにも眠そうだったから、寝かせることにした。
結局俺が料理を作って、見張りもすることになってしまった。
やはりダンジョン探索は辛いのだと再認識するのだった。