エリアボス
ダンジョンでの狩り、採集を終え、俺達は夜に宿へと戻って来た。
地下2階から地下1階へと戻る時にも行列になっていて、戻るのに時間がかかってしまった。
久しぶりの戦闘だったからか全員が非常に疲れていて、食事をうとうとしながら、もそもそと食べてすぐに部屋へと戻った。
この世界にはシャワーなんてものはなく、井戸の水で行水をして汚れを落とす。ちなみにここオーセブルクダンジョン地下1階は夏の気候で、井戸の水を浴びると気持ちいいと感じるのが救いなのだが……。
「もうね、ぼかぁお風呂に入りたいよ」
こんな独り言を言ってしまうぐらいにはストレスが溜まっていた。日本人としては風呂に入れない環境が我慢出来ないのだ。せめて、熱いシャワーだけでもあれば良いのだが、それもこの世界には存在しない。
明日からのダンジョン探索中に、魔法で風呂に入れるようにしようと心に誓った。
部屋に戻るとシギルは既にベッドで腹を出して寝ていた。
「子供か」
シギルの服を下ろし、ベッドの中へしっかりと寝かせてから俺も同じく入った。
水浴びで体が冷えてしまったのか、ベッドの暖かさが眠気を誘う。隣に寝るシギルの体温もあってか寝心地が良い。
すぐにうとうとしてしまい、目を閉じると眠りに落ちた。
朝、隣から聞こえる苦しそうな声で目が覚めた。
眠りを邪魔され不機嫌になったが、さすがにこんなことで怒るのは大人げないな。それにあまりにも苦しそうだったから心配だったのもある。シギルの様子を見てあげなければ。
シギルを見て俺は驚いた。
なんと、俺が抱き枕にしていたのだ。子供のように暖かいからね、仕方ないね。
何事もなくシギルを放し、俺は立ち上がるとスーツに着替え、ドアへ向かおうとした。
「旦那、何か言うことはないッスか」
起きていやがった!
頬が赤く染まっているぐらいだ、かなり怒っているのだろう。
俺は誠心誠意謝り、シギルのお願いを一つ叶えるという約束でなんとか許して貰うことができた。
多少の問題があったが、なんとか準備を終えることが出来、今日もまた地下2階へと向かうために宿をでた。
今回の探索はダンジョン内で寝泊まりする事になるから、かなり荷物が多い。昨日手に入れることが出来た食料は、俺の魔法で凍らせてマジッグバッグにしまってある。数時間ごとに凍らせなければならないが、5日以上潜っていても食料に困ることはないだろう。
同じく薬草類もマジッグバッグにしまった。夜、野営の見張りの時にでも錬金術で薬を作ってみようと思う。
昨日と同じように地下1階の横穴に着き、行列に並んで地下2階へと降りた。そのまま、3階、4階と降りる。
今日はもっと降りる予定だが、問題がある。
ダンジョンは基本的に5階層で1セットだ。そしてその5階層目にはエリアボスがいると聞いた。俺達は平原エリアのボスと戦わねばならないのだ。
運が良ければ、俺達の前に通ったパーティが倒してくれていて、戦闘なしで降りられる。だが、倒されてから12時間で復活するから、運が悪いと行きと帰りに戦うことになる。
そして俺達はエリアボスの経験がないのも問題だった。情報はアンリとエリーから聞いていて、どんなモンスターか分かっているが、実際戦ってみないと強さが分からない。今の俺達で倒せることができるのかが問題だった。
まあどちらにしろ、まずは5階へ降りなければならないのだが。
「5階への横穴は近くにないんスね?」
4階までは降りてきた穴のすぐ近くに更に降りる横穴があったが、5階へ降りる横穴は近くになかった。
「そうだな。ある程度の場所は知っているけど」
この情報もエリーから聞いていた。
俺達は昨日エルと薬草採取をした森へと向かった。森の奥に降りる横穴があって、昨日の探索中にも探したのだが発見には至らなかった。
「昨日は、見つからなかった、です」
「きっと発見しにくくなっているのでしょうね」
リディアの言う通りだろう。
俺達は魔物に気をつけながら下へと降りる横穴を探す為に、一度森の奥まで行きダンジョンの壁に突き当たるまで進んだ。そこからは二手に分かれて探索だ。
戦闘力のバランスを考え、俺とシギル、エルとリディアに分かれる。
「よし、俺達はこっちだ」
「ッス」
俺とシギルはエル達とは逆の壁に沿って歩いていく。簡単だと思っていたが意外と面倒だった。草や、蔦に覆われていたからだ。草をかき分け、蔦を切りながら進むが見つからない。
もしかして、エル達の方が正解だったか?
「あ、旦那。まさかこれじゃないッスよね?」
エル達の方へと引き返そうと考えていた時に、シギルが何かを発見したようだ。
それはダンジョンの壁に入った罅割れだった。
罅割れと言っても、広大なダンジョンの壁の罅だ。人が一人ほど通れる裂け目なのだが。
「……まさか」
俺はまさかと思いながら、念の為罠の警戒をしつつ中を覗いてみた。外はそれこそ一人が通れるほどの裂け目だったが、中は下に降りる事が出来る横穴だった。
地下2階から4階の横穴を見ていたから、そのぐらいの穴だと勘違いしていたのだ。
「こんなの見つかるわけねーじゃん」
「これもダンジョンの罠だったんスかね?」
そうかもしれない。ダンジョンはここぞと言う時に人間を罠に嵌めるようになっていると教えられた。今回のは罠とは言わないまでも、騙されたことになるのだから、俺はまんまと引っかかったというわけだ。
前提として、壁に降りる穴があるという考え自体が間違いなのかもしれない。気をつけよう。
俺とシギルは目印を付け、二人でエルとリディアを迎えに行くことにした。一人でダンジョンを歩くのは俺達にはまだ危険すぎるからだ。
エルとリディアは俺達の方へと歩いて来ていたらしく、すぐに合流することができた。あちらに横穴はないどころか、すぐに森を抜けてしまったらしい。
すぐに先程見つけた、壁の裂け目に戻ってくることができた。
「これは遠目には見つからないですね」
「勘違い、してた、です」
エルはこの裂け目を見つけてはいたが、俺と同じで降りる横穴ではないと勘違いしていたみたいだった。
「まあいいさ。次からは全員こういうこともあると理解したんだからな。さあ、降りようか」
3人が頷くのを見て、俺から裂け目に体を入れる。
そして全員が中に入るのを確認すると、下へと降りていった。
やはり地下5階も草原エリアだったが、迷宮都市オーセブルクの10分の1ぐらいの部屋だった。とは言っても、それでも十分な広さなのだが。
俺達は降りてきた穴から出ず、中の様子を見ていた。どうやら運悪く魔物が復活した後だった。
中はアンリやエリーから教えてもらった情報通りの魔物がうろついていた。
その魔物はオークだった。
地球では、映画や小説、アニメなど数多くの作品に出てくる魔物だ。特徴は豚と猪と人間を合わせた様な魔物で、非常に繁殖力が強く、ある程度の武器を作ることが可能で人間を殺す為の存在として描写されることが多い。ゲームなどでは比較的弱い魔物と設定されてはいるが、本来はかなり大きく体毛は剛毛で鱗がある。その鱗は刃を通さない程硬く、それなりに退治するのは難しい魔物だったようだ。ただ、どの物語でも猪のような顔をしている点については同じだ。
この世界のオークは、繁殖力が強く、人間を見つけると大群で襲ってくる。外見は二足歩行をする猪で、武器は斧や槌を持っていた。皮膚は硬く、刃が通りにくいという魔物だった。
この地下5階のエリアボスはハイオークと呼ばれていて、オークより一回りほど体が大きい上位種だ。その周りにオークが20匹程うろついていのが厄介だ。
「えっとあれどうやって倒すんスか」
「倒すの難しい、です」
「迂闊に見つかれば囲まれてしまいますね」
俺はもちろん作戦を考えていた。情報があるとやっぱり楽だわぁ。
「俺にいい考えがある」
作戦を伝えると俺はオーク達が集まる草原へ足を進めた。
「本当に旦那一人で大丈夫なんスか?」
「心配、です」
シギルとエルは心配そうに俺を見ている。
「ギルさまは作戦とおっしゃっていましたが……」
完璧な作戦だと思うが、何故リディアはあんなに顔をこわばらせているのか。
彼女達が待つ横穴を振り返って反応を見ていたが、あんなに心配されるとは思わなかった。ここはしっかりと作戦を遂行し、安心させてあげよう。
俺は三人を見るのをやめ、正面のオーク達に視線を向ける。
俺が堂々と歩いて来ているのに気付いてすらいない。まあ、人間が一人で群れの中へ来るなんて思わないか。
そんな事を考えていたら、ようやく一匹が気付いたらしく、豚のような鳴き声を上げた。その声で全てのオークが俺に視線を向けた。そして俺に向けオーク達が威嚇の鳴き声を上げる。
(意外とでけーな。それにこれだけの数に見られて一斉に鳴き声を上げられると迫力が凄いな)
だが構わず俺は歩く。オークの群れの中心まで歩いて来たが襲ってこない。
警戒しているのだろうか?うーん、どうやって煽ろうかな?とりあえず罵倒してみるか。
俺は腕を組み立ち止まる。
「おい、お前達をチャーシューにしてやろうかっ!」
自分で何を言ってるのかわからなくなったが、とりあえず気持ちは届いたみたいで、何匹かが攻撃態勢に入った。
(うーん。ちょっと少ないなぁ。もっとまとめて襲ってくれないと意味がない)
俺は腕を組んだままの状態で、魔法陣を20個程後方に展開。今戦闘態勢に入った数匹に向かって、青い炎の槍を放った。戦闘態勢に入ったオークは4匹で、一匹に5本ずつ炎の槍が飛んでいく。
蒼炎の槍は魔法陣から伸びるようにオーク達へと届くが突き刺さらない。だが、伸びた炎の槍は消えず、当たったオークに照射したままだ。
弱い魔法と思ったのか、オーク達が笑い声のような鳴き声を上げる。
だが、少しすると照射されたオーク達が笑い声から悲鳴に変わった。照射し続けた結果、彼らの刃を通さない皮膚を焼き切ったのだ。硬い皮膚を焼き切ると蒼炎の槍は体内にまで入り込み内蔵を燃やし続ける。
オーク達もただ呆然と焼かれるわけがない。熱さと激痛から逃れる為に転げ回る。
だが、炎の槍が外れることはなかった。この魔法も凶悪で一度当たると俺が魔力を止めない限り、追尾しながら照射し続ける。そして転げ回ると伸びた炎に巻き付かれ更に全身を焼かれることになる。
つまり当たれば死ぬまで焼き続けるのだ。
やがて4匹のオークは全身真っ黒になり動かなくなった。俺はそれを確認すると魔力を止めた。
俺は周りを見渡す。先程までどこか余裕があったオーク達の目が殺意のこもったものに変わっていた。
一際大きな体躯のオーク、ハイオークが大きな声で鳴くとオーク達が武器を構える。
(お?いい感じに煽れた?全員でかかってきそうだ)
じりじりと俺を逃さないように囲んでいく。そしてハイオークがもう一度鳴くと全員で走ってきた。
だが俺はまだ腕を組んだ姿勢のまま動かない。もっと引きつけるのだ。
そして全部のオークが俺の魔法の範囲に入ったのを確認すると、魔法陣を展開した。
無数の魔法陣が俺を覆うように現れる。
「連続魔法『ファランクス』」
呟くと魔法陣から炎を纏った石の槍が突き出した。
オーク達は気付いて止まろうとするが遅い。自身の体重と走ってきた勢いで自分たちから槍へ突き刺さっていく。
運が良かったオークは突き刺さった瞬間に絶命するが、運悪く生き残ってしまったオークは石槍が纏う炎で内蔵を焼かれていく。長く苦しみ、そして力尽きていった。
この魔法はヴィシュメールの街から迷宮都市オーセブルクへ旅した時に開発したものだ。防御魔法を開発しようとしたが、いつの間に攻撃型防御魔法と化していた。
『ファランクス』とは地球の歴史では古くから使われている戦術で、紀元前から確認されている。元々は密集方陣としての意味で、盾から槍を突き出すように構えて攻撃する陣形だ。機動力は全く無く、正面以外からの攻撃には脆い特性がある。だが正面には絶大な衝撃力と殺傷力を保持している。
俺の魔法の『ファランクス』は機動力こそ無いが、俺の全方位に展開するから、突進してくる敵には負け無しだ。
気づけば残ったのはハイオークのみだった。ハイオークは一瞬で全滅したオーク達を見て、恐れているのか声も上げず呆然としている。
「呆けてていいのか?」
俺の声ではっとするが、既に遅かった。
ハイオークの後ろから炎無き燃える刀が足を狙って振られていた。
ハイオークの足は見事に斬られ、悲鳴を上げながら倒れ込む。何が起こったのかわからなかっただろうが、さすがはエリアボスで、倒れながら周りに斧を振り回し追撃をさせないようにしていた。
だが、矢が武器を持つ指目掛けて刺さる。刃を通さない皮膚でも指に当たれば、さすがにダメージがあるのだろう。斧を落としてしまった。
そして最後は炎を纏ったウォーハンマーが頭に振り降ろされた。
こうしてハイオークは命を落としたのだった。
「ほら、計画通りだった」
俺が胸を張って、ハイオークを倒した三人に向かって歩いていく。
「この作戦ってあたし達いらなかったッスよね?」
むむ、痛いところをついてくる。
「ギルさまは私達のレベル上げの為にわざわざハイオークを残してくれたんですよ」
「そ、その通りだ。バレてしまったな、さすがはリディア」
「お兄ちゃん、優しいです!」
あぁ、そんな純粋な目で俺を見ないでくれ。分かっているんだ。ゴリ押しだって。
「でも本当にギルの旦那は賢者なんスね。こんな大魔法使う冒険者なんて聞いたことないッス」
シギルは俺を見て目を輝かせている。大魔法と言ってくれたが、俺が使っている魔法の殆どは下級魔法を組み合わせただけなんだけどね。
でもまあ、無事に怪我もなく倒せたんだから結果オーライだろう。
そして、エリアボスを倒した後にはお楽しみがあるのだ。
「よし、それじゃあこの部屋を探索だ」
散らばって部屋を探索する。エリアボスを倒したということは、それまでに他の冒険者がこの部屋に来ていないということだ。
そしてエリアボスの部屋には必ずあるものが隠されている。それは宝箱だ。
エリアボスが復活するのと同時に宝箱の中身も蘇るという、意味不明な仕様になっているらしいのだ。
今俺達は、その宝箱を探している。しばらくすると、リディアが大きな声を出した。
「ギルさま!ありました!」
俺達は走ってリディアの元へと向かう。
リディアの近くに大きな宝箱が置いてあった。最初のダンジョンで見たものと同じだから間違いなく宝箱だろう。
「でかした!リディア!」
俺がリディアの頭を撫でるとリディアは照れたように笑う。いつもは綺麗なお姉さんだけど、こういう仕草をするとやっぱり可愛い少女になるな。
他の二人が羨ましそうに見ているから、後で撫でて上げよう。
さて、まずは宝箱の中身だ。エリアボスの部屋にある宝箱には、罠は無いと聞いているが、念の為注意して開ける。
前と同じく正面に立たず、横から剣で開けた。
中身はリュックのような鞄が一つ入っているだけだった。
いや、これは大当たりかもしれない。
俺は鑑定スキルで確認した。
【マジックバッグ(特大)】
「大当たりだ!」
「マジッスか!もしかしてマジックバッグッスか?!」
そう俺達が求めていたものだった。実は5階と10階の宝箱からはマジッグバッグが出やすいという情報をエリーから聞いていたが、マジックバッグ(小)が殆どだとも聞いていた。その中でも特大はレア中のレアだとか。つまりは特賞が当たったようなものだ。これで荷物の容量を気にしないでよくなった。
その次の当たりはポーションだと言われている。ボス部屋のポーションは中級が多く、売っても高値だし、ここから更に地下へ降りる時には保険にもなるから当たりだと言われている。
マジックバッグを宝箱から取り出すと、俺が腰につけているマジックバッグ(中)から荷物を出し、入れ替えた。女の子に荷物持ちをさせるわけには行かないから、俺がマジックバッグ(特大)背負うことにした。
マジックバッグ(中)は比較的重い物を扱うシギルに持ってもらうことにした。そのうち全員分マジックバッグを揃えたい所だな。
「よし、それじゃあ地下6階へ降りようか」
荷物の整理を終え、俺達は地下6階へ降りる場所へと向かう。
こうして俺達の初めてのエリアボスは無傷で突破することが出来たのだった。