協力体制
クレストは魔法都市から届いた書簡を読んでいた。初めて読んだのではない。三度目だ。
他国から届いた法国への書簡は、全て聖王ルカが読む。しかし、ルカはまだ読んでいない。
理由は他国からの書簡にこそ注意が必要であるからだ。手に付着することでじわじわと効いてくる毒もこの世界にはある。暗殺を警戒するのは当然のことだろう。
今回は友好的である魔法都市からの書簡だが、それでもはじめに目を通すのは聖王以外。特にギルからの書簡は重要で機密になる内容も多いことから、クレストが読むことになっている。
これが、クレストがルカを差し置いてギルからの書簡を先に読む理由だ。しかし、三回も読み直す必要はないのだが……。
ルカが不満そうに執務机をトントンと指で叩き、クレストを急かし続けている。読み直しが三回になったことで、とうとう限界に達してしまったようだ。
「クレスト、まだか?クレストが何度も目を通すということは、かなり重要なことが書いてあるのだろう?余も早く知りたいぞ」
仕えるべき主からの要求ではあるが、クレストは書簡から目を離すこともせずに拒否する。
「もう少々お待ち下さい。この書簡の内容は新しい名称が多すぎて一度読んだだけでは意味が分からず、二度読んであらすじを理解でき、三度目でようやく把握できるかなり難しい内容になっております。聖王様にできるだけ分かりやすく説明するために、もう少しだけ我慢してください」
ルカはクレストの言葉に驚いて目を見開く。クレストにそこまで言わせる内容だということだ。
ルカにとって魔法都市からの書簡は日々のストレスを癒やすもの。兄や姉のように思っているギルやリディア、エルとのやり取りは書簡でしか出来ない。さらに本当の兄姉からの手紙も魔法都市からやってくる。ルカにとって魔法都市からの書簡は重要なもの。
それを知っているクレストが拒否したのだ。つまりそれは、書簡の内容がそれだけ重いことを意味している。
ルカの気持ちが期待から不安になった頃、クレストが「ふーっ」と大きな溜息を吐きながら書簡から目を離した。
「……なるほど」
「なんと書いていた?」
クレストはルカの質問には応えず、何枚もある紙を丁寧に揃えてルカの座る執務机に置いた。
「まず目を通してください。それから私が補足します」
ルカは言われた通りに目を通す。だが、すぐに顔を顰めてしまう。
クレストが言っていたように聞き慣れない名称が出てきて、意味がわからないのだ。けれど、ルカは混乱しながらも最後まで目を通していった。
「……一応、どういう状況なのかは理解できた。それにしても、シリウス皇帝に自由都市英雄ヴァン・ジークフリート。その上、ギルまでいてようやく倒せる魔物だと?冗談か?」
「冗談であってほしいですね」
「なんだ、この『ターミネーター』と言うのは。余が知っている魔物と同じではないことは何となく理解できたが……」
クレストは頷くと書簡に書かれている単語を次々指差しながら、「機械、マキナ、製造」と読んでいく。
「我々に害をなすという意味でならば、魔物と言って差し支えないかと。機械がどういうものか私にも理解できませんが、その危険な魔物は作られたものであるという点が重要でしょう。その制作者はマキナという者で、人類を滅ぼすのが目的であると……。我々はそこを押さえておけば問題ないでしょう」
「なるほどな。しかし、落ち込むぞ。ギルも余には話してほしかった」
ルカが唇を尖らせる。だが、クレストは同調せずに首を横に振った。
「話せるほどの情報がなかったということでしょう。戦い、首魁と直接話したことで判明した。そして、各国が協力する必要があったからこそ、情報を開示したのだと思います」
「協力か。書簡には『国民に紛れてターミネーターが潜んでいる可能性がある。決して、手を出さず特定だけすることを勧める。対処法を見つけ次第、また連絡する』と書かれているが……」
ルカはここで言葉を区切ると腕を組んで「うーん」と唸る。
「これが協力することになるのか?」
「なるでしょう。あのギル代表がそう仰るのですから。情報収集が目的かもしれないと書簡にもありますので、特定し封じることは敵に情報を渡さないということです。ただ、重要な点は信を置く人物以外には漏らすことは出来ないということではないでしょうか?」
ルカはクレストの言った言葉を反芻するかのように、顎に手をやって俯く。少しするとはっとして顔を上げた。
「……そうか!紛れているのは何も街の中だけではないのか!」
クレストは微笑みながら満足そうに頷いてから、少し声を落とした。
「はい、聖城で勤務する司祭に化けている可能性も。敬虔であるほど、清く生きるために行動を制限しがちです。何事も決まった時間に行動し、中には他人と会話することすら神の邪魔になると考え、城内では必要なこと以外口を開かない者もおります。法国ほど紛れやすい国はないかと……」
法国内では褒められる行動であるのに、それを利用されていることにルカは「いやらしいことをする」と悲しそうに呟く。
クレストも「まさに外道の所業です」と頷いた。
「ですが、あくまでも可能性があるというだけです。この情報を知る我らが城内に魔物がいるかもと疑心暗鬼になってはなりません」
「そうだな。魔物に感付かれては危険だ。さて、そうなると魔物を特定する役目を誰にするかが問題になるが……」
ルカが「どうするか……」と息を吐くと、クレストが背筋を伸ばして胸に手を当てた。
「その御役目、私が承りましょう」
「クレストが?」
ルカが訝しげにクレストを見ると、クレストは悪そうな笑顔を浮かべる。
「元々、ヒトを探るのが仕事でしたので」
「そういえば元執行者だったな!……しかし、余の執務の手伝いで腕がなまったのではないか?」
「現場を離れてからそれほど時は経っていませんし、自分で言うのもなんですがこれでも優秀だったのですよ」
戦闘は不得意だが、他国にいるエリーの居場所を見つけ出し、ダンジョンの中まで追えるほど優秀なのだ。その上、今は大司祭の肩書も持っているのだから、以前よりももっと強引な方法も取れる。クレストは適任と言えるだろう。
ルカも納得し、クレストに任せることにした。
「無茶はするなよ。まだ未熟な余は手伝いが必要なのだ」
「御意に」
即座の返事にルカは満足そうに頷く。そして、トントンと執務机を指で叩くと「内部を探るのはクレストに任せるとして」と話を変える。
「これだけでは協力とは言えないな」
「そうですね。はっきりと言えば、これは世界の危機で絶望的な状況なのでしょう。ですが、万が一、奇跡的に、何でも良いがとにかく勝利できたならばと考えると……」
「そうだな。ギルや自由都市、帝国に遅れを取る。何かしらの援護はした方が後々のために良いな。金銭の援助かまたは物資を送るべきか?」
ルカの言葉にクレストは顎を撫でながら考える。少ししてから小さく首を横に振った。
「少々弱いかと。混乱している帝国、敗戦から立ち直っていない王国、金だけならばこの大陸一の自由都市。どの国も取れる手は限られ、それはやはり援助程度でしかないと考えます。ですが、自由都市の英雄ヴァン・ジークフリートと帝国の英雄シリウス皇帝はターミネーターと戦っています。知らなかったとはいえ、我々法国と王国はすでに遅れを取っている。法国が同程度の立場に立つには、援助は当然でそれ以上の何かが必要になるでしょう」
「それ以上の何か……か。兵を送りたいが……、王国との戦で法国も大勢犠牲が出た。そんな余裕はないな」
「はい。それにギル代表は少数精鋭で攻め込むようです。ギル代表のお仲間にも劣る兵を送っても、むしろ邪魔になるでしょう。しかし、彼女らに匹敵する強さとなると……、法国にはアーサーしか……」
アーサーの名前を出した途端、ルカは訝しげな表情になる。
「逆に迷惑じゃないか?余にもアーサーが王国との戦でした所業は耳に入っているぞ。犠牲者が増えたのもアーサーが兵たちを戦場に到着する前に疲弊させてしまったからだという声もあるそうじゃないか」
それに対してクレストは首を大きく横に振って「バカバカしいことです」と答えた。
「魔法都市が最悪の状況にならないよう間に合わせた結果でしょう。それに、奴個人の力量はあの戦力差でも生き残れる程です。多くの敵を拳でなぎ倒したとも聞きました。さらに追加で褒章を与えても良いほどですよ。……まあ、ギル代表にとって迷惑なのはその通りですが」
「やっぱり迷惑になるんじゃないか……。しかし、ならばどうする?アーサーの副官にするか?名はたしか……」
「ドハラーガですね。優秀ですが、アーサーに比べると戦闘力は劣ります。残念ながらギル代表のお仲間方にも届かないかと」
ルカは腕を組むと天井を見上げて「我が国は深刻な戦力不足だな」と呟き、大きな溜息を吐く。
「ならばこうしよう。アーサーを援軍とし、飛空艇に支援物資を載せて魔法士二人を操縦士として付ける。魔法士は戦闘に参加させずに飛空艇で上空に待機させる。当然、アーサーはギルの指揮に従うよう命令する」
「それでよろしいかと。一応、法国は支援の他に英雄を参戦させるわけですから体裁は整います」
クレストも賛成し、ルカは胸を撫で下ろす。そして、「ならば」と表情を引き締めた。
「そのように手配せよ。余は魔法都市に書簡を書かなければなるまい」
クレストは「すぐに」と答えると、その言葉通りに急いで執務室を出ていった。
そうして、アーサーの参戦が決まったのだった。
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同じくして、王国と自由都市にもギルからの書簡が届いていた。
王国に送った書簡には法国と同じことが書かれていた。
ルカの予想通り、王国は英雄が不在なのもあり参戦は見送ることに決まった。さらに敗戦で余裕がなく、食料自給率も低くくて大した支援が出来ない。
しかし、王国もターミネーターとの戦いに勝利した後のことを考えて、できるだけの支援をした方が良いと判断し、アレクサンドル王は国庫にある金貨の殆どを魔法都市に送ることを決断した。
大規模な金鉱山を持つ王国にしか出来ない決断だろう。
結果、ギルが最も喜ぶ支援になったことは言うまでもない。
一方、自由都市には少し違った内容の書簡が届いた。
概ね同じ内容ではあるが、最後の一文に「英雄ヴァン・ジークフリートは参加させないでほしい」と書かれていたのだ。
この書簡に自由都市大統領ジョーウェル・コンパスは頭を抱えた。
コンパスも書簡を読んでいる途中で、法国と同様に支援と英雄の参戦で体裁を整えることを思いついた。だが、最後の一文で計画は始まってもいないうちに崩れ去ったのだ。
一人で悩むも良案はでず、頭領たちを集めて会議をしたが、その会議も荒れに荒れた。
「自由都市の英雄は役に立たないのか?!」「魔法都市はいったい何様なんだ?」「英雄を代替わりさせるべきだ!」と、英雄や魔法都市の批判になって一向に案が出ない。
これでは埒が明かないと、コンパス大統領は魔法都市になぜヴァン・ジークフリートを参加させてはいけないのか問い合わせた。
数日後、帰ってきた書簡には「英雄ヴァン・ジークフリートにはこちらでやってほしいことがある。とても重要なことだが、それはまた後日に書簡で知らせる。ところで、前に送った書簡の内容をしっかりと読んだのか?まさかとは思うがターミネーターが街に潜んでいる可能性があるのに信用できる人物以外に漏らしたりしてないよな?」と、少し怒りを感じる内容が書かれていた。
コンパスは慌てて頭領たちを再び集めて会議を開いた。
英雄にはこちらで重要な任務があること、ターミネーターという魔物が街に潜んでいる可能性があり非常に危険な状況であること、信用できる人物以外には話してはならないことを頭領たちに伝えた。
すると、途端に頭領たちは顔を青くした。さらに何やら会議を早く終わらせたいような雰囲気なったのだ。
そこからはあっという間に支援する内容は決まった。それは自由都市は各種上級ポーションを集め、それを魔法都市に送ること。金額からすれば王国が出した金貨を使い切っても足りないほどだ。
戦闘になれば負傷もし、魔法を使えば魔力もなくなる。毒などの状態異常になる攻撃だってされるかもしれない。ならば、ポーションで生存率を上げるのが良いという意見が決定打になった。さらに価格操作で値上がりしてしまったポーションの値段が、適正価格に戻りつつあるという証明にもなり都合がいいのもあった。
そうして会議が終わると、頭領たちは急いで会議室を出ていった。
コンパスはこれから口止めで駆け回るであろう彼らの後ろ姿を見つつほくそ笑むのだった。
こうして各国の様々な形で協力体制を取ることに決まった。