準備期間はたったの……
北の大陸へ攻め込む。それが、それこそが俺たちが生き残る唯一の手だ。とはいえ、納得できないだろう。殆どが困惑顔だ。でも、今回ばかりは俺一人でどうにかなる問題じゃない。仲間たちの助けが絶対に必要だ。北の大陸に攻めるメンバーとこちらに残るメンバー、どちらも重要なのだからしっかり話し合わなければならない。
「少数精鋭で攻め込む。当然、魔法都市に残ってもらう奴もこの中にいる」
そう言いながら皆の顔を見渡すと、わかっていると言わんばかりにため息を吐きながら数人が頷いた。
「わしらじゃな?」
スパールがこう言うと、キオル、タザール、クリーク、ティム、そしてティリフスが頷いた。
いや、キオルたちはそうだけど、ティリフスは俺と一緒に来るんだよ。
「僕はついていってもお役にたてませんしね」
ティムが少し寂しそうに笑う。
……ティムの、俺の役に立ちたいという気持ちは前から気づいていた。おそらく恩返しだろうけど、俺と行動をともにすることだけが役に立つことじゃない。
「そうじゃない。ティムには魔人たちを、クリークには部下たちを動かしてもらわなければならない。彼らはこの魔法都市の維持に必要だ。同じ理由でオーセブルクのミゲルに、レッドランスも連れていけない」
「そうだな。今名が出た奴らは重要なポストについている奴らばかりだからな。俺の部下たちもそうだし、魔人たちもそうだ。戦うよりも残ったほうが、まだお前の助けになる」
クリークは肩をすくめながらニヤリと笑う。
ついていけないことを少しも残念がっていないのは、残ることの重要さがわかっている証拠だ。それが心強い。
「戦闘は冒険者をしていた人たちに比べて未熟だしね。けどね、あまりにも人数が少なすぎなんじゃない?」
「俺も同意見だ。戦闘経験は少ないが、この魔法都市で俺たちは強者に位置する。肉壁にするなり、魔法で援護射撃させるなりした方が、生き残る確率は上がるのではないか?」
キオルとタザールが自分たちもついていったほうが良いのではと食い下がる。
どちらかと言えば、戦闘を好まない元賢人組がここまで食い下がるのは俺たちを心配してのことだ。北の大陸に俺が戦ったターミネーター以上に強い戦闘特化型がいないというのはありえない。つまり、攻める人員の生存率はかなり低い。というより、限りなくゼロに近い。シリウスが参加しないというのはそういうことだというのを、タザールはしっかり理解している。
でも俺は首を横に振って拒否する。
「悪いが却下だ。強力な魔法を使える人材は、少しでもこっちに残しておきたい」
「ふむ、この大陸に潜伏するターミネーターに対抗するため、じゃな?」
流石は賢人たちのトップだったスパールだ。わかってるじゃないか。
「そうだ。本当は俺一人で攻めるのが最善だと思っている」
「ギル様!」
リディアが勢いよく立ち上がって抗議する。
俺は微笑んでから、座るようにと手で制した。
「もちろん、リディアたちにはついてきてもらう。俺も死にたくないからな。けど、こっちに残るメンバーの中に魔法だけではなく物理的な攻撃手段、または防御手段が必要になるかもしれない。奇跡的にマキナを討伐できたとしても、この大陸中に潜むターミネーターが止まるという確信がないからだ」
マキナが帝国の現状を把握していたことからも、相当数が潜んでいるはずだ。帝国内部だけにターミネーターを集中させているかもしれない、というのは俺たちに都合が良すぎる考えだろう。大陸中に潜んでいると、最悪を予想すべきだ。
故に、多くの戦力をこちらに残しておくのが得策だ。リディアたちにも残ってもらうのが正しい判断だと思う。
けど、俺一人で攻め込んでもそれはただ自殺しに行くだけだ。なんせ、俺一人では生存率は皆無だからな。リディアたちと一緒に行くことで0%から1%ぐらいにはなる。俺はその1%に賭けるしかない。残念ながらこの1%も希望的観測に過ぎないが。
「それだけ絶望的ということか。ならば、ギルたちも残って戦い、シリウス皇帝が動けるようになってから攻める方が良いのではないか?その間、各国で潜伏するターミネーターの排除、そして、襲来するターミネーターの撃退を目標にすべきだ」
タザールは現実的な意見を出す。この考えは、間違ってはいない。けど目標が間違っている。
「目標はターミネーターを倒すことでも、マキナを破壊することでもない。それらはこの戦いに勝つための過程に過ぎない。俺たちの、いや、人類の目標はターミネーターの製造工場の破壊だ」
その過程で、またはその結果として、マキナやターミネーターとも戦うことになるというだけ。
製造工場が存在する限りターミネーターは生産され続ける。この大陸に残ってターミネーターを倒し続けたとしても、次々に送られてくるターミネーターにいずれ負ける。工場の破壊こそ、人類が勝利するためにまず必要なことだろう。
ついでにマキナを倒せれば最良だが、そこまでは望まない。俺は命が惜しいからな。でも、工場破壊の他に、もう一つだけ絶対にしなければならない目標がある。
「シリウスが帝国でどれだけの足止めされるかわからない。工場の破壊の他に、この大陸に出撃予定であるターミネーターも敵の本拠地で叩いておきたい。そうしなければ、次に襲来するターミネーター一体で、大規模な被害が出る」
「なるほどのぅ。この大陸のどこに出没するかはわからんが、出撃前ならば位置を特定しやすい、ということじゃな?」
「そうだ」
「しかし、この大陸にいるターミネーターも脅威じゃぞ?」
「たしかに脅威だ。けど、絶望的ではないと予想している。マキナはあれだけの憎悪を隠しもせずに話していた。俺だったらなりふり構わずに大陸中に潜ませているターミネーターに暴れさせる。でも、そうはせずにわざわざ工場で作ってからこちらへ出撃させている。……考えられるのは、潜んでいるターミネーターの戦闘力が低いからだろう」
自由都市で戦ったターミネーターが戦闘型で、潜んでいるターミネーターはそうではないんじゃないか?もちろん、あくまで予想だ。けれど、ターミネーターが人の大きさで作られている以上、備える機能にも限界があるはずだ。人間と同じように思考させ、行動させるには、とてつもない大きさの演算装置が必要になる。到底、人間の大きさでは収まらない。ならば、役割を分けて作るほかはない。
戦闘型とそれ以外。情報収集しているんだから、人間に怪しまれないための機能を多く割り振っているはずだ。当然、戦闘力は戦闘型に劣るだろう。
あくまで予想、だけど、確信に近いものがある。
「わかった。わしはギルに賭けるとしようかのぅ。ほっほ、賭けるなんぞいつ以来かのぅ?」
その自信が声や仕草から出ていたのか、スパールは呆気なく納得した。
「スパール老が認めるのならば、俺もそれに従おう。この大陸に潜むターミネーターは我々で対処しよう」
「タザールさん、対処すると簡単に言うけど戦闘力が低いというのはあくまでギル君の勘ですよ。僕はある程度の防衛装置は備わっていると考えています。そこは甘く見るべきじゃない」
タザールは理解を示してくれたが、キオルは慎重だった。
キオルの考えは間違っていない。俺も、戦闘型に劣るにしてもある程度の戦闘機能は備わっていると考えている。だが、ある程度だ。そのぐらい自分らで対処しろよと言いたいが、国のトップに立つ俺が言って良い言葉じゃない。さて、どう説得するか。
「キオルよ、わしはさっきから言っておるじゃろ?賭ける、と。潜んでいるターミネーターは、強大な力を持つギルやシリウス皇帝がいなくとも対処可能。そう信じてギルたちを北へ送り出すべきじゃろ?そう決定し、我々は潜むターミネーターにどう対処するのかを考えなければ話が進まん」
「……その通りですね。僕は、賢人会議時代のまず相手の提案を否定するというのが癖になっていたようです。どう対処するかを考えましょう」
キオルは顔をゆるく振る。おそらく、気持ちを切り替えたんだろう。
……それにしてもスパールは流石だな。スパールは我の強そうなメンバーが集まる賢人会議でも、こうやって会議を進行してきたんだろうな。
「でもギル君、対処の仕方を考えるとは言ったものの、僕は、いえ、僕たちは『機械』を君ほど知っているわけではなく、言うなれば、概要を説明された程度でしかない。どんなに知恵を絞ったところで解決策を出せるとは思えないよ。さすがに無策で戦うのは御免だし、ギル君に何か良い考えはないのかぃ?」
そこが問題だ。ターミネーターを解剖しても、今のところ弱点という弱点は見当たらない。頭を破壊、または首を切り落とすか、動力源である心臓付近の破壊しか停止させる方法はない。そうなると破壊力がある物理攻撃か魔法攻撃を使う以外に思いつかない。
「さっき言ったように、街に潜むターミネーターの戦闘力は俺が実際に戦ったターミネーターに比べて劣ると思う。けど、硬さはわからない。同等の金属が使われていた場合、それを突き破って停止させるには、やはり相応の攻撃力が必要になる。……そうなると、俺の『電磁加速砲』か、シリウスの全力攻撃しか思い当たらない」
戦闘型より劣るはずだからなんとかなる。お前たちなら勝てる。そんな言葉を言うのは無責任だ。精神論ではなく、最悪を想定して話し合うべきだ。
まあ、そのせいで会議室も最悪の空気になったが。全員が絶句している。
俺が使える中でも高難度の魔法とシリウスの攻撃力を出されては誰でもそうなるか。
俺の魔法だけは真似ることで同じ効果を得られる。とは言え、高難度というだけあって、少しでもミスがあれば自爆もあるような魔法だ。『電磁加速砲』は構造の知識と膨大な練習量、その上、感覚的な部分を必要とする。俺も『電磁加速砲』だけは最終手段でしか使うのを躊躇うほどだ。それを短期間で教え、真似させることなど無理だ。
「時間さえあれば『電磁加速砲』も教えることは出来た。が、今回ばかりは不可能だ」
「時間?そう言えばどのぐらい準備に使えるのですか」
これはリディアだ。リディアも一緒に行くことが確定しているからか、自分も出来るだけの準備をしていきたいのだろう。その期間はどれくらいなのかと気になっているようだ。
俺は簡単に計算する。
「ギリギリまで準備に使うとして……、今から15日間。それが限界だ」
「たった15日しかないのですか?!」
「ああ。マキナは一ヶ月後に出撃させると言っていた。ターミネーターの工場を探すのに一週間以上は確保したい。北の大陸まで5日から7日掛かると考えて、残るは約15日。俺にもやらなければならないことがあって、それを済ませるとなると実質10日ほどしか自由に動けない。10日ではさすがに『電磁加速砲』を教えることは出来ない」
「なぜ研究成果として発表しなかったのですか?そうすれば、ギルさんの名声は大陸中に轟き、教えるに値する人物がもっと魔法都市に集まったと思うのですが……」
俺と一緒に戦ってきた仲間たちなら絶対にしない質問を、ティムが首を傾げながら聞いてきた。悪気はなく、純粋に聞きたいだけだろう。それがわかるから俺も感情的にならず淡々と答えた。
「自分や仲間を守るための奥の手だし、シリウスさえ倒せるような魔法を気軽に教えるわけがない。魔法都市が攻められた時、そんな魔法を使われたらと考えれば俺の気持ちもわかるだろ?」
シリウスをも倒せるというのは、おそらく間違いないだろう。まあ、当たればだけど。ターミネーターを倒す時に素手で軌道をずらされたから、当たることはないが。
ティムは魔法都市が攻められたことを思い出したのか、ぶるりと体を震わせて「それは恐ろしいですね」と頷いた。
「それにターミネーター相手には相性が悪い。動きを封じた上に不意を突き、さらに頭か心臓部へ命中させなければならない。まあ、それ以前に町中じゃ使えないけどな。とにかく『電磁加速砲』は使えない」
「うーむ、確かにのぅ。ならば、その魔法はないものとして考えるべきじゃな。タザールよ、ターミネーターの解体に同席している者として、思いつくことはないのかのぅ?」
スパールが『電磁加速砲』をすっぱり諦め、タザールになにか気がついたことはないかと聞くことで話を切り替えた。
そのタザールは一度頷き、数度こめかみを指で叩くと口を開いた。
「ギル、お前がターミネーターの弱点としていた、水や電気などは既に除外しているのか?」
「ほぼ除外している」
「ほぼ?わかりやすく言え」
「機械は構造が精密だからこそ熱や水、電気や埃などはその動作の障害になる。が、全て対策可能なんだ。人工皮膚がまさにそれだが、内部の重要部分も対策しているだろう。弱点であることは間違いないが、それを防ぐ機能が取り付けてあるという意味だ」
そう答えると、タザールは再びこめかみを指で叩きながら「ならば考えるだけ無駄か」と呟いた。
「無駄かどうかはわからないから、考えを声に出してみてくれ。俺も気がついていないことかもしれないから」
タザールは一度シギルを見てから、「わかった」と頷く。
「……シギルと話していた事なのだが、急所である心臓か頭の内部に直接魔法を放てば停止させられるのでは、とな。しかし、内部も対策されているのでは無理だろう?」
内部に直接……?
俺が眉を顰めていると、補足するようにシギルが説明する。
「このオーセブルクダンジョンに来たぐらいの時に、旦那が言っていたじゃないッスか。内臓を直接凍らせられたら魔物もヒトも簡単に攻略できるのに、って」
……エグいこと言ってんなぁ、前の俺。でも、それはスキルのせいだから!
人道的かどうかなどを無視している発言だ。『狂化』と『反転』スキルの組み合わせは、どんな手段を使ってでも戦いに勝つために付与されたもの。非人道的ことだろうと、自分の体の限界を越えようとも、躊躇なくすることができる。
人間としては終わっているが、だからこそ強い。
言っていたことは事実だから言い訳などせずに頷いて、シギルに続きを促す。
「旦那は生物にはできないと諦めていたッス。でも、ターミネーターは生物じゃないッスよね?」
生物は血液、内臓、筋肉が絶え間なく動いている。魔法陣が目標から外れることもそうだが、動いているものを凍りつかせるのは非常に難しい。相手を動かさないように拘束し、その上で何時間も掛けて一点集中で魔法をかければ可能かもしれないが、それは現実的じゃないだろう。戦闘中ともなれば不可能だ。だから、俺は小さい魔物は体全部を氷で覆う魔法に切り替えた。
けれど、ターミネーターは生物ではない。ならば、その魔法が使えるのではとシギルは言う。
俺は腕を組んで少し考える。
ターミネーターは生物ではない。とは言え、人間と同じように行動しているから、関節などは動き続けていて凍りつかせることはできないだろう。しかし、生物ではないから全く動かない部分はある。その部分に魔法を直接叩き込むだけなら可能なはずだ。でも、それに意味があるかどうはわからない。
動くことで発生する熱に対して、冷気は相性が悪い。冷凍に固執する意味はない。だが、それ以外なら……、水や火、砂なら動作不良を起こしてくれる可能性はある。試してみる価値はあるかもしれない。
俺が考えをまとめると、いつの間にか俯いていた顔を上げる。皆が俺をじっと見ていた。会議室にいるメンバーは俺が考え込む癖を知っているからか、黙って待っていてくれてたようだ。
俺はニッと笑ってから大きく頷く。
「凍りつかせることはできないが、他の属性ならば直接内部に叩き込むことで動作不良を起こすことが可能かもしれない。人型だから不可能だと除外していた。試す価値は十分にある」
皆の表情がパッと明るくなったのがわかった。どうやら俺が思っていたよりも彼らは思い詰めていたようだ。
……この希望があるという状態を維持させた方がいいな。
また悩まないようにと、俺は皆にこのあとの指示を出して会議を終わらせることにした。
「シギルとタザールは今言った弱点を探すために引き続き研究を。俺は各国とレッドランスたちに連絡してからそれに加わる。スパールはまずエミリーたちに遠征があることを教えて飛空艇の運転手を頼むと伝えてくれ。そのあとキオルと協力して学院と城を運営してくれ。ティムは魔人たちに遠征のための食料準備の指揮を。クリークは部下たちと共に街を見回り、ターミネーターがいないかを監視しろ。遠征に行くメンバーは普段通りの生活をしつつ、密かに遠征の支度を整えてくれ。俺やシギルの分も頼むぞ。準備期間はたったの15日。会議に多くの時間を費やすわけにはいかない。のんびりしている暇はないんだ。すぐに行動を起こしてくれ」
そう締めると、皆が一斉に席を立った。
繁忙期に突入し、かなり投稿が遅れてしまいました。
8月末まではこの状況が続きますので、それまでは不定期更新とさせてください。書き上がり次第、投稿します。