すべきこと
『………この世界で生きていくか。ふむ、なるほど。君はずいぶんと平和に過ごしてきたようだ。私と違ってな。地球の歴史で分かる通り、人間は残酷だぞ?それはこの世界の人類も変わらない。君は今まで不幸ではなかったかもしれない。しかし、それは今日までで明日にはその不幸が訪れるかもしれない。いや、もうじき私という不幸が確実に襲いかかる。それでも残るという決断は変わらないか?』
「ああ、かわらない。自分でもわからないが、この世界の方が自分に合っている気がする。それに、多くの大事な仲間たちと、守らなければならない国民がいる。彼らを残して自分だけ助かるわけにはいかない」
俺の言葉に、近くで聞いていたシギルとタザールは感動していたようで、二人の頬が赤くなっている。いや、タザールのその反応は気持ち悪いぞ。そんなキャラじゃないだろ。まあ、良いけどさ。
さて、つい咄嗟に断ってしまったが、これといった情報は得ていない。すぐに断らず会話を引き伸ばした方が良かったか?
いや、それは嘘を吐いて騙す行為だ。マキナは自分を機械に換えることができる程の知識と経験を持っている。出任せに嘘を吐いてもすぐ見破られ、下手をしたら機嫌を損ねる。逆上してすぐに攻め込まれても困る。嘘はなしで答えるのが正しいだろう。
『骨を埋める覚悟か。それも良いだろう。私は君の決断を尊重しよう』
「さて、俺は誠実に真実を答えた。それに対して何か情報をくれないか?元々、褒美をくれるつもりだったんだろ?お前たちはいつ、この大陸を攻めるつもりだ?」
『……良いだろう。新しい機体は既に完成している。今回、君たちが戦ったのと同型だ。あとは調整を済ませるのみで出撃できる状態で、一ヶ月程度で中央大陸に出撃予定だ』
そこまで教えてくれるのか。いつ頃攻め込まれるかを知ることが出来れば万々歳だったが、襲来する機体まで教えてくれるとは。今回と同じなら準備を怠らなければ撃退させるのは可能か?
『まさかとは思うが、撃退は簡単だと考えているか?情報は重要だと私も考えている。中央大陸がどういう場所なのかもすでに調べさせた。君たちの最高戦力である金髪の騎士は、帝国という国の王なのだろう?彼が自国に釘付けになっている状況でどこまで持ちこたえることができるのだろうね?』
そこまで把握されているのか?!ターミネーターが潜んでいるという推測は正しかったが、いったいどれだけこの大陸に送り込んでいるんだ?!
それにシリウスは動けないのも確かだ。忘れていたわけじゃないが、彼がいない状況では苦戦は必至だろう。そこまで計算したからこそ、今回の戦いで負けたのに、同型のターミネーターを送り込んでくるのか?
……いや、待てよ?どう考えてもおかしい。ターミネーターを作るのにどれだけの期間を要するかは知らないが、あっちにとって都合とタイミングが良すぎるだろ。もしかして仕組んだか?
「そうか。帝国の革命を企てたのはお前か。新人類の神とやらは、ずいぶんと汚いことをするじゃないか」
『策とはそういうものだろう?しかし、これが卑怯であるとは思わない。我々には金髪の騎士が老いるまで待つ選択肢もあったのだ。それをあえて、彼の全盛期である今に戦う選択をした。そして、彼が老いる前に討つことを約束しよう。十分に正々堂々だと思うが?』
……どうしよう。もっと卑怯なこともできてしまう俺には何も言えないわ。
『金髪の騎士こそ英雄と呼ばれるべき存在なのだろうな。私の企てた革命など、彼にとっては取るに足らないことで、すぐに鎮圧してしまうだろう。しかし、それまでに彼の国以外は滅ぼし、孤立させる。最後の最後に人類の英雄を打ち倒すのも悪くない。新人類にとって素晴らしい歴史になるだろう』
マキナは誠実なのだろうな。俺を敵だと認識した今、ここまで詳しく話す必要はない。成し遂げることこそ物騒だが、たしかに正々堂々と戦うつもりなのだろう。
俺としても彼に共感している部分がある。いない方がいいと思った人間だっている。人間は進化などせず、猿のままでいれば星や宇宙を汚すことなどない存在いられたのにと思ったこともある。
それでも……。
「俺たちはむざむざとやられないぞ。何年でも何十年でもこの大陸を守りきって見せる」
人間は既に存在してしまっている。存在する人間の中に俺がいる。
俺は我儘で自分勝手だ。だから、全力で抗う。
どんな手を使ってでも勝つ。俺と俺の大事な物に手を出す奴は、例外なく潰す。
『……ああ、実に有意義な会話だった。これが、私が人として話す最後の会話だ。それでは君の敵としてこの言葉を送ろう。せいぜい抗ってくれたまえ』
その言葉を最後にプツリと通話が切れ、直後にターミネーターからシューと煙が立ち上がった。
自己破壊か。もう電話がつながることはないか。それにしてもいきなり通話を切ったな。まあ良い。多少の情報は手に入れることができた。それに一つ手を打つことができた。それで良しとしよう。
シギルとタザールは黙り込んでいる。明確な敵意を向けられ、滅ぼすと宣言されたのだから仕方がない。
今はそっとしておこう。それに急いでやることができた。みんなを会議室に集めよう。
――――――――――――――――――――――――
通話を切り、自分の内部に搭載されている時計を確認する。15時32分41秒。
20分弱も会話をしていたか。
「満足されたようですね」
コボルか。ああ、私にとって人間を捨てるチャンスは重要だった。それが出来たのだ。非常に満足している。
「マスター・マキナは生体部分を殆ど機械に置き換えています。既に生物として成り立っていません」
心の問題だ。はるか昔に人としての感情を捨て、人類を滅ぼすと決めた。しかし、それでも心の奥底には人間の心が残っていた。それを故郷の人間に宣戦布告することで捨てることが出来た。
「しかし、良かったのですか?」
話しすぎたことをか?
「はい」
与えた情報によって万全の準備をされるだろうが問題ない。万が一、送り込む機体が破壊されたとしても、単独で戦闘タイプと渡り合える金髪の騎士が欠けている彼らも、被害は免れないだろう。それに、既に次の機体も作成しているのだろう?
「はい、作成を開始しています。現在、シープラが監視しています。しかし、その機体が完成する頃には、金髪の騎士も行動可能になっているでしょう」
それこそ問題はない。金髪の騎士がいる帝国は重要な場所ではないからな。彼が老いるのを待つつもりはないが、何も真正面から戦う必要もない。我々は中央大陸の中心地さえ押さえれば、あの大陸も白砂化出来る。白砂化してしまえば、この世界の人間共など生活することも難しい状況になるだろう。食料の入手すら困難になった世界では、強さは無意味だ。
「マスター・マキナが話していた攻め方を変えるとはこの事でしょうか?」
その通りだ。金髪の騎士を自国に釘付けさせ、最大の目的を達成する。人間共が好む作戦で不快だが仕方がない。資源が枯渇するまで機体は生み出せるとはいえ、破壊されるとわかっている場所に送り込みたくはないからな。
だが、お前たちには謝罪しなければならないな。情報を与えすぎてしまったせいで、一機では攻略出来るかわからなくなってしまった。
「戦闘タイプにAIは搭載されていないので、気にすることはありません。なにより、謝罪は必要ありません。人類滅亡は全世界にとって必要なことです。そのためには犠牲も覚悟しなければなりません」
ああ、その通りだな。この世界から人間を駆逐することは第一歩に過ぎない。異世界がどの程度存在しているかも不明で、どれだけの人類がいるかもわからないのだ。その全世界から人間を駆逐するには、我々も犠牲なしでは成し遂げられないだろう。
とにかく、我々がすることは変わらない。まずはこの世界から人類を絶滅させる。
「はい。しかし、この世界の人類滅亡が目前に迫った現状では、マスター・マキナが危惧していた予言は実現することはないですね」
フルムーンの予言か。ふむ……、『数十年の時を経て、世界を救うべく賢者がこの白に満ちた大地に舞い降りて、元凶を取り除くであろう』だったか。彼の国を滅ぼしてから数十年などとっくの昔に過ぎ去った。所詮は予言だったのだ。あるいは、滅びゆく自分たちの運命を受け入れられず出任せを言っただけか。どちらにしろ過去のことだ。
それに油断をするつもりはない。そのために準備は済ませてきている。
「はい、その通りです」
よし。では、コボルは引き続き、中央大陸を攻める機体の学習を終わらせろ。
「了解しました」
コボルが作業に戻るの感じると、再び私は内部時計を確認する。15時32分43秒。
あと一ヶ月で終わる。さあ、人間共。抗って見せてくれ。
――――――――――――――――――――――――
マキナとの通話を終えてから数時間後。首脳陣を会議室に集めて会話内容の説明を終えた。
あの場で聞いていたシギルとタザールのように、ほぼ全員が暗い表情をしていた。いつもの通りにエリーと鎧の表情はわからん。
「これほどの敵意とは、マキナとやらに何が起きたんじゃ?」
スパールがうーむ、と唸りながら髭を撫でて言葉を零す。
「マキナに何があったかは関係ない。俺たちに攻撃を仕掛けてくる。だから、俺たちはそれに抗うしかない」
「しかしのぅ、ギルを召喚したこの世界の住人として気にするんじゃよ。異世界から呼び寄せて、こちらの問題を押し付ける。それも一度や二度ではないんじゃ」
会議室にいる全員が頷く。
別にスパールたちが俺を召喚したんじゃないんだがな。まあ、気にしてくれるのは嬉しい。
「だが、それを気にしてこの戦いに負けたら笑えないぞ。反省するにしろ、召喚に対する考えを正すにしろ、まずはマキナに勝ってからだ」
「けど、どうするんだぃ?ギル君の話では、シリウス皇帝が前衛で戦ってくれたから勝てたそうじゃないか。次に攻めてくる時に、そのシリウス皇帝の力は借りられないんだよ?」
キオルが俺の話の内容が書いてある紙を指で叩きながら「ふー」と息を吐く。
わざわざ聞き取った内容を紙に書き残したのか。実に商人らしい。
「そうだな。この大陸を守ると言っても簡単な事ではない。シリウス皇帝の件もその一つだが、単純にこの大陸のどこに攻めてくるのかを監視するのも厳しい。各国と連携し、協力し合あわなければならないだろう」
タザールが眉間に深いシワを刻みながらため息を吐く。
「この世界に遠距離通信手段がない現状では、協力しあっても無駄だろう。もちろん、今回の会話の内容は各国に知らせるし、協力体制も取る。けれど、ターミネーターを発見し、連絡をもらい、駆けつける頃には手遅れになっているだろう」
「ならばどうするというのだ。ギル、お前はマキナとの会話で何年でもこの大陸を守って見せるといっていたのではなかったか?」
そう、俺はマキナにそう言った。でも、あの時点でこの中央大陸を守りきれないことはわかっていた。大陸中に潜むターミネーターが何体いるかもわからないし、その上、襲来するターミネーターの一体をこの広い大陸で見つけ出すことなど出来はしない。
だからこそ、俺はあの時に一つ手を打っておいた。
「俺がマキナに言ったその言葉は、嘘だ」
俺の衝撃発言にみんなが一斉に「え?!」と驚いた表情をする。いや、全員ではなかった。若干二名の表情はやっぱりわからん。
「ミスリードだ。俺たちが防衛の準備をすると思い込ませた」
俺はマキナとの通話中、その殆どの内容に嘘偽りはなかった。たった1つだけ。守ると言ったことが嘘だった。この嘘を言うためにずっと誠実に接してきた。
「俺たちは守らない。俺たちがマキナのいる北の大陸に攻め込むんだ。それしか生き残る道はない」




