コール
俺は急いで学院にあるタザールの研究室へ向かった。
研究室にはすでにシギルとタザールがいた。シギルの手には頼んでいた工具が握られている。
「それか」
俺が工具に視線をやると、シギルは自信作を見せつけるように工具を目の前に突き出して、ニカッと笑う。けれど、一目で疲労が見て取れるほど顔色が悪い。どうやらシギルはかなり無理をしたようだ。
「……一日ぐらいゆっくり休んでも、誰も文句なんて言わないぞ?」
本当はこの弱点探しチームにシギルはいてもらわなくては困る。けど、シギルに倒れられるのはもっと困る。シギルが一日休んだことで終わる世界なら、もう手遅れと諦めた方がいい。
「なに言ってるんスか!今が一番面白いところッスよ!」
工具の完成で興奮して疲れを忘れているだけだろうけど、シギルが自己管理すら出来ないとも思えない。彼女が問題ないと言うなら、そうなのだろう。しつこく休めと言うこともないか。
「無理はするなよ?」
「ッス」
「それで……、工具が完成したと聞いたけど?」
「めちゃめちゃ苦労したッス。あのネジの小ささだと、合う工具も先端に行くほど小さく細いものが必要なんスけど、どんな金属で作っても耐久性が低くて少し力を入れるだけで折れ曲がるんスよ」
「ミスリルの使用許可を求めてきたじゃないか。当然、ミスリルを使ったんだろ?」
「もちろん、ミスリルは使っているッス。でも、ミスリルだけじゃ逆に柔らかすぎて鉄よりも向かなかったんスよ」
なるほど。たしかに刀をミスリルで作ったけど、柔軟な金属である事が理由だった。あのネジに合うほどに先端を細くしていけば、柔らかいミスリルはネジを回せるほどの耐久値にはならないか。ぽっきりと折れることはないが、すぐぐにゃりと曲がってしまう。
「でもミスリルは使っているって言ったよな?……ああ、合金か」
「さすが旦那ッスね。その通りッス!」
合金と言うと、近代的でこの世界にはまだ存在しない概念だと勘違いしてしまいそうになるが、そんなことはない。青銅は地球でも古代からある合金で、この世界にもある。つまり合金という概念はあるのだ。ただ、ミスリルはそれだけで完成している金属だ。わざわざ金属として完成していて、それも非常に高価なミスリルを使って合金を作ろうと考えるほど、この世界はまだ裕福じゃない。国が国家予算を使って研究するものだ。法国の前聖王なら研究していたかもしれないが……、ルカからそんな話は聞かないから金属には興味がなかったのかもしれない。
まあ、魔法都市も裕福じゃないけれど、採掘権を持っていて安く手に入るから使用できたに過ぎない。……でもいったい、この一ヶ月で試作品による損失がどれだけ出たのだろうか?考えるだけで恐ろしい。
それはさておき、シギルがこれほどまでに興奮しているのだ。それだけ優れた金属が作れたのだろう。
「満足の行く硬度になったのか?」
「む」
他意はなく、ただ純粋に質問しただけなのだが、その直前に国庫に入るはずだったミスリルの売上金を考えていたせいか、その表情が疑いに見えてしまったようだ。シギルは口を尖らせながら「証明するッス」と言って、自分のマジックバッグから何かを取り出す。
シギルが取り出したのは金属の板だ。
「それは?」
「鉄板ッス」
シギルに手渡された鉄板を見てみる。それほどの大きさはなく、厚さも5ミリ程度だ。この普通の鉄板が何だというのだろう?っていうか、何故こんなものがマジックバッグに入っているのかという方が疑問なのだが。
鉄板を返すと、シギルは何やら準備をしていく。木箱を2つ間を空けて置き、その上に鉄板を橋のように架けた。その鉄板をシギルが体重をかけるように押す。いや、シギルの足が浮いているから、全体重をかけているのだろう。なのに、鉄板にたわみはない。
そういえば、昔ネットでこんな実験をしているサイトを見たことがある。6ミリの鉄板は70キロの物を載せてもたわまないというもの。5ミリとは言え、小さいシギルの体重ではたわむことなどない。あの厚さでも65キロ程度なら載せても変化はないだろう。
鉄板の強度にシギルは満足気に頷き、今度は徐に作った工具を手に取った。その工具を逆手に持つと、勢いよく鉄板に突き刺した。
シギルの作った工具はにぎりの部分こそ普通の大きさだが、先端は針よりも細くなっている。誰だって折れ曲がる未来を幻視するだろう。俺もそうだった。だが、その工具はその鉄板を貫通していたのだ。
シギルは突き刺した鉄板を持ち上げて、俺ににっこりと微笑む。
「これが成果ッス!」
迷いのない様子から、今やった実験を何度もしたと予想できる。確かめるまでもなく、あの工具は無傷なのだろう。
シギルのプレゼンはそれだけで終わらなかった。工具を突き刺した鉄板から引き抜くと、もう一方の手で工具の先端を掴むとぐっと力を入れた。
工具に変化がないから何をしているか一見するとわからないが、シギルの手が赤く染まり、工具の触れている部分が白くなっていることから、かなりの力を込めているとわかる。シギルは目一杯の力を込めて針よりも細い工具を折ろうとしているのだ。あのシギルの力でだ。
それでも工具は折れない。
「凄いな……」
「凄いなんてものじゃないぞ、ギル。新しい金属が誕生したのだ。シギルこそが発明者で、偉大なこと成し遂げた瞬間だ。もっと別に掛ける言葉があるだろう?」
今まで黙って成り行きを見守っていたタザールが、突然歓喜に打ち震えた様子で俺を非難した。
すんませんね、語彙力がなくて。たしかに、あの細さで折れ曲がることがない強度は偉大な発明だろう。
「その新たに誕生した金属へ名付けは済ませたのか?」
どうしよう。興奮冷めやらぬタザールが意味不明なことを言い出したぞ。さっさと話を先に進めたいんだが。
「必要か?それ」
「バッ!何を言う!ギル!」
今こいつ、俺のことバカって言いそうになったか?もう殴って黙らせても良いんじゃねーかな。
普段とキャラが違いすぎて、キャラ作りを忘れてしまったのかと疑いそうになるが、タザールも弱点探しで徹夜続きなのは知っている。寝不足過ぎて逆にテンションが上がってしまうのは、俺にも経験がある。タザールも今そういう状態なのだろう。
とは言え、文句ばかり言われても面白くない。俺も乗っておくとするか。
「わかったわかった。それで、タザールの言うようにその金属に名は付けたのか?シギル」
「作ることに精一杯で考えるどころじゃなかったッス。それに考えたとしても、ドワーフにとっても最高の金属はミスリルだから多分思いつかないッスね。旦那に考えてほしいッス。旦那の世界に似た金属があるんじゃないッスか?」
そもそも俺の世界にミスリルがないんだから、その合金なんて存在するはずがない。けど、シギルに頼まれたら断れないよな。
最硬度の金属か……。あー、あるわ。実在しないけど。それに今回の件に合っている。
「アダマンタイト、なんてどうだ?俺の世界の空想上の金属の名で、堅固な物質を示すのに使われているんだ」
「あだまんたいと……」
「それに、俺の世界の言葉で『征服されない』の意味を持つアダマスから派生した言葉だと言われている。何だか今の俺たちの状況に合っていると思わないか?」
「征服されない……。アダマンタイト……ッスか。良いッスね!それで決まりッス!」
シギルが工具を眺めながら満足気に笑う。
ちらりとタザールの方に視線をやると、彼もまた満足そうに何度も頷いていた。
よし、二人共納得してくれみたいだ。これで話を先に進めるな。
「じゃあ、早速作業に取り掛かろう。ターミネーターの重要部分を暴いてやろう」
俺の言葉に二人の表情は真面目なものになる。
タザールがさっと取り出した高倍率虫眼鏡を動かし、重要部分のネジがあるであろう場所でピタリと止める。もう何度も確認したのだろう。その動きに迷いはない。それからシギルによく見えるように虫眼鏡を傾けた。
シギルがその部分に工具を突き立てると、くるくると回転させた。すると、ピアノ線のようなものがターミネーターの重要部分から伸び始めた。いや、そういう風に見えるだけで、途轍もなく細いネジが外れているのだ。しばらくすると、完全に取り外すことができた。時間がかかったのは、ネジの長さが20センチもあったからだ。
取り外したネジを手に取って見る。シャープペンシルの芯のように、少し力を入れただけでポキリと折れてしまいそうだが、どんだけ力を入れてもネジは折れも曲がりもしない。
少し長い猫の毛のようにしか見えないこれが高硬度のネジだという事実。そして、その加工が可能であるというだけで、敵がとんでもない技術力を持っていることが確定した。現代地球とは別ベクトルの。
ひとり静かに驚愕していると、いつの間にかネジは全て取り外され、ブラックボックス化している重要部分をシギルが開こうとしているところだった。
集中しなければと小さく頭を振る。
今開こうとしている部分は頭部。俺が討伐に参加したターミネーターのだ。おそらく通信をする為と予想しているが、このターミネーターは再起動した。あれ以来、何をしても再起動はしなかったが、重要部分を開いた時にまた再起動しないとは言い切れない。その場合、止める役割は作業を手伝っていない俺だ。ぼんやりしている暇はない。
念のために魔法陣を展開して、待機させておく。
シギルと目が合い、俺は頷く。それを合図にシギルがターミネーターの頭部を開いた。
再起動は……しなかった。
俺たち三人は同時にほっと息を吐き、開いた頭部を覗き込んだ。
中を見た瞬間、今度はヒュッと息を呑む。
驚いたのではない。このターミネーターと仮称する機械人形を作った人物像の性格が、垣間見えたからだ。そいつの知識と芸術性、そして狂気が感じ取れ、俺たちは僅かに怯んだのだ。
技術力が何百年も進んでいる地球の元住人、ドワーフの鍛冶師、この世界の研究者。種族や出身、性格が全く違う俺たちが同時に怯んだということは、この頭の中身がそれだけ異常だったという証だろう。
その俺たちが見た頭の中身とは、金属の脳みそだった。金属製の模型という意味ではない。どういう役割を持つかわからない電気回路のような配線が折り重なり、人の脳みそに酷似したのだ。人型にするため、頭蓋骨にぴったり収まるように、意図を持って作り上げているのが伝わってきた。
同時に、俺たちでは手に負えないと一瞬で理解した。
「こりゃあ無理だ。あまりにも未知過ぎる」
俺がぽろっと零した言葉に、研究者であるタザールがムッとした表情になる。
「それは無責任な発言だ。国民を守る責任が、国を作った俺たちにはある。いや、今ではこの世界の滅亡がかかっている。その手段を見つけるには、これを解析する他にない」
どうやら大臣を任せたことで、タザールには責任感が芽生えたようだ。研究が最も興味の対象である彼にとって、非常に喜ばしい成長なのだろう。
だが、無理なものは無理だ。
「無責任だろうがそうでなかろうが、出来ないものは出来ない。この脳を調べるには、これを解析可能な高度な技術が必要だ。火を熾すことをまだ知らない原始人が、空を泳ぐ飛空艇を知りたいと思うようなもの。飛空艇に近づくための飛空艇がないんだよ。技術力があと数千年足りない」
PC98しか持っていない奴が、スマートフォンアプリのプログラムを調べようしているようなものだ。PC98は名作だが、出来ないものは出来ない。俺が現代地球の知識を使って、お粗末なパソコンを作り上げようとしても数年は要するし、完成したとしてもこの金属製の脳みそを調べられるようになるには数十年は技術力を成長させる時間がいるだろう。残念ながらそんな時間はない。
タザールがギリッと歯を食いしばる。彼だって理解しているのだ。この金属製の脳がどれだけ高度な技術で出来ているのかを。目の前の答えを知る術がないことも。けれど、その諦める原因がこちらの技術力不足なのだという事実が、研究者として悔しいだけ。
まあ、悔しいのは俺も同じだ。地球は科学力や知識ならこの世界に負けないと思っていたからな。だが、中世ぐらいの世界だと思って余裕こいていたら、戦闘可能なAI搭載ヒューマノイドロボットが存在していたんだ。
とは言え、ここで諦めるわけにもいかない。俺たちの目標は弱点を探すことだ。ターミネーターがどうやって動いているかを調べたいわけではない。
そう気持ちを切り替えていると、今まで黙って熱心に金属製の脳を見ていたシギルが俺の方を向いた。
「旦那、この部分おかしくないッスか?なんか、構造的に違和感を感じる」
シギルが金属脳の一部を指す。
「俺には何もかもが意味不明なんだが?」
「いや、それはあたしも一緒ッスよ?けど、何ていうか……、この一部だけは製作者が仕方なく作ったような気がするッス。注文されたから仕方なく剣の柄に必要のない豪華な装飾を入れたような感覚?」
何だそりゃ?職人にしかわからない何かなのか?……けど、シギルが言うのなら、調べる必要があるな。敵のことはわからなくても、シギルの職人としての腕は信頼している。
俺はシギルが指差した部分を凝視する。そこには小さな四角形の蓋があった。ネジで止められておらず、簡単に開ける蓋だ。
それを開けて見た結果、俺は困惑した。
蓋の中は2つのプラグだった。それも知っているプラグ。マイクロUSBとライトニングのインターフェースコネクタだ。
これを見て、シギルの言っている違和感が少しだけわかった気がした。たしかに、これはターミネーターには必要ないものだ。製作者が必要だから仕方なく付けたものだからだ。
「旦那、どうしたんスか?」
結構な時間考え込んでいたのだろう。俺が蓋の中を見てから固まったから、シギルが心配して声を掛けたようだ。タザールも質問したいという気持ちが表情に出ている。
「あ、いや、その、……すまん。ちょっと考えがまとまってない。少しだけ考えさせてくれ」
俺がそう言うと、シギルとタザールは何も言わずに頷いてくれた。これも一つの信頼の形だろう。少し嬉しい。
俺は一つ深呼吸すると静かに目を閉じた。
俺が困惑した理由は明らかだ。それは未知の技術の中に、俺の知っている技術があったこと。つまり、ターミネーター製作者も地球出身である可能性。
世界は他にもある。この世界と地球があるのだから、他にも必ずあるはずだ。だがしかし、その不明数ある世界の中で、マイクロUSBとライトニングのインターフェースが使われている世界はどれくらいあるだろうか?それも2つとも存在する世界ともなると限定されるはずだ。
仮にだ。ターミネーター製作者が地球出身だと仮定しよう。俺が地球にいた時は次世代規格であるタイプCが出たばかり。ターミネーターにその端子がついてないってことは、俺が召喚される数年前にターミネーターの製作者も召喚されたことになる。
けど、このターミネーターに使っている技術は明らかに地球を超えるものだ。辻褄が合わない。
それにこのコネクタは、携帯端末に接続するためにあるのかもしれないが、これも理解できない。これだけ進んだ技術を持っているのだ。もっと高速にデータ転送が出来るものを作り出していても不思議ではない。もしかしたら、無線でも有線並みに高速通信可能になっていても良いぐらいだ。
考えられるとしたら、ターミネーターだけを進化させるのに精一杯で、通信速度まで手が回せなかったとか?いや、だったらわざわざ携帯端末に合う端子にする必要はない。パソコンに合うもので良いんだ。それにターミネーター側についているのが、オスコネクタというのも意味不明だ。
だとしたら、これは見つけた者に対して?同じ時代、または近い時代から召喚された者のためか?パソコンは持ってこれないが携帯電話なら、たまたま持ってきていてもおかしくはない。
………そうだ、携帯!!俺は召喚された時にスマホを所持していた!
慌ててマジックバッグの中を漁る。バッグの奥底にまで腕を入れて四角い板を掴むと引き抜いた。
手に握られていたのは、召喚されたあの森で見たままのスマートフォン。これに繋げば何かが起こる。……怖いがどうせこの世界じゃ使えない電話だ。試しても良いだろう。
ただ心配なのは充電していないことだ。あれから一年近く経っている。電源は落としてあるがどのくらい残っているのか。せめて10%あれば嬉しいが……。
電源ボタンを長押しして起動する。すると、すぐに電波なしのマーク。そのすぐ横の残りバッテリー数値に視線を動かす。残りは約30%程度。
30%?!何故?マジックバッグのおかげか?……いや、それはどうでもいい。とにかく、まだ使える。
俺はターミネーターのライトニング端子を引っ張り、スマホに差す。
すると、スマートフォンの画面上部にダンロードのマークが表示された。俺はヤバいと思って引っこ抜こうとしたが、思いとどまる。さっきも考えたように、この世界でスマホを壊されたからと言って別に困ることはない。
ダウンロードが終わり、インストールのマークに変わる。そして、完了。
すると、知らないアプリが起動し、画面に『異世界人の接触を検知』という文字が表示された。
その直後。
『プルルルルル、プルルルルル……』
スマホのスピーカー部分からコール音が聞こえた。
……俺は今、ターミネーターの製作者を呼び出している。
次回は4月16日に投稿予定