静かな緊急事態
自由都市に帰る途中、ヴァジとシリウスに機械に関する知識を苦労して教えた。とは言え、二人とも非常に賢い人たちだ。一度教えたことはしっかりと覚え、それでもわからないことはその場で質問してくれ、その都度俺もわかることはちゃんと答えた。到着までの期間を寝る間も惜しんで教えた甲斐があって、二人は機械の知識を理解してくれた。もちろん、俺の知っている範囲で、だが。
悔しいことに仮称ターミネーターは地球の科学の上をいく技術で作られている。SFやまだ地球に存在していない技術に関しては教えようがない。
けれど、通信によって敵側へ情報が渡ってしまった可能性があると知らせることができた。あとは各国で対策を考えるだろう。
自由都市で前回のターミネーターの残骸を回収すると、すぐに魔法都市へ送ってもらうことにした。自由都市大統領がお礼をしたいと俺を引き止めていたが、急ぎ魔法都市でも対策しなければならないと言って断ったよ。
オーセブルクまで送ってもらい、ダンジョンを通って魔法都市へ。ちなみにターミネーター共の残骸は金属の塊だけあってめちゃくちゃ重いのだが、普通にマジックバッグに入れることができたので助かった。
ちなみにシリウスも珍しく魔法都市に寄らずに帝国へ直帰だ。彼も今回の重大さに皇帝としての仕事を優先するようだ。
そうして俺は帰還した。
魔法都市城に帰った俺は、すぐ首脳陣を会議室へ招集。
仲間たちは口々に「無事で良かった」的なことをそれぞれの言葉で言ってくれた。心配してくれていたことを申し訳ないと思いつつも少しだけ嬉しい。
皆に今回の件と、俺の考えを話した。
自由都市の英雄と無敵の帝国皇帝、そして自分で言うのも何だけど、魔法都市最高戦力である俺。この三人がかりでようやくターミネーター1機を倒した事実に、皆は絶句していた。
シリウスがいてこの結果じゃ、そりゃ動揺するよな。んー、ちょっと脅し過ぎたか?……全部事実だけど。
「金属の身体を持つ魔物とはのぅ。その上、多属性に耐性がある、か。厄介じゃのぅ。じゃが、この時代にギルと英雄ジークフリート、そして、シリウス皇帝が揃っていた事が幸運と喜ぶべきじゃのぅ。さて、ギルは次もその魔物が来ると予想しているようじゃが、その時期も予想しておるのか?」
こういう時、一番に平常心を取り戻すのはスパールか。間違いなく動揺しているはずだが、そんな感情はおくびにも出さず、微笑みながら自慢の髭を撫でている。
怯えや恐怖、混乱は伝染する。だから、この程度はいくらでも対処可能で何でもない事であるという態度をする必要がある。スパールはそれをわかっているのだ。
ただ、質問が悪すぎる。さらに皆を怯えさせることになる。
「時期は予想できない。敵の技術力がどれ程かもわからないし、今この瞬間も技術の成長があるかもしれない。今日明日に来るとは思いたくないが、そのつもりで対策を練った方が良い」
最低でも数ヶ月は大丈夫と嘘をついて安心させる事は簡単だ。だが、そのせいで悠長に構えられるのは避けたい。
でも恐怖心だけを植え付けるのも良くない。スパールの努力に報いるために少しは安心できることを言おう。
「だが、自由都市から前回戦った魔物と、今回の魔物の死骸を貸してもらうことができた。俺はこの魔物共の身体を調べ、弱点を探し出して特攻の魔法を作るつもりだ。皆にも手伝ってもらいたい」
俺が全く焦っていないからか、仲間たちからも動揺は消えて力強く頷いてくれた。
いや、ずっとカタカタと鎧を震わせているティリフス以外はと言い直そう。大丈夫かな?これから指示を出していくのだが、ティリフスの役目が最も重要なんだけど……。
「まず、ティリフス」
「ウ、ウチ?!」
やっぱり腰が引けているな。重要とは言わずに指示を出したほうが良いかもなぁ。
「ティリフスは街を見回りしているから住人に詳しい。いつも通りに行動して街の中でそれらしい人物がいたら報告してくれ。見つけても近づく必要はないから気楽にやって良い。あちらも情報収集がメインだから警戒さえされなければ、戦闘には発展しないだろう」
「わ、わかった」
気楽にやって良いと言われたのもあって、ティリフスからカタカタ音が消えた。でも、重要だと理解している三賢人は揃って苦笑いしている。まあ、彼らならわざわざ怯えさせることはせず、ティリフスに気づかれないように援護するだろう。
「でも、見分ける方法とかあるん?」
「残念ながらない。それも含めて探すことがティリフスの仕事だ。ただ、ヴァジがいる自由都市やシリウスの帝国に比べて、魔法都市はまだ新しい国だから魔物はまだ重要視していないと俺は思っている。オーセブルクならまだしも、魔法都市とエルピスにはまだいないかもしれない。見つからないからと言って焦るなよ?」
「うん」
ティリフスは住人はもちろん、店の従業員にとどまらず最近では旅行者や買い付けに来ている商人にも知り合いが出来たようで話を聞くことができる。ティリフスだけでは不可能だが、街にいる全て人々がティリフスの目であり耳なのだ。この役目にぴったりだろう。
最重要の仕事はティリフスに任せることができた。他にも指示を出していく。
「エリーは警備兵に不審人物がいたらマークするように伝えてくれ。その後は念のためティリフスと行動を共にしてくれるか?」
「ん、わかった」
「エルはその目を活かして、魔法都市を見渡せる高所から街を監視だ」
「わかった、です、お兄ちゃん」
「ティムは魔人たちに詳しいことを教えてくれ。街で仕事をしている魔人たちには特に注意しておくように」
「はい、ギルさん」
「クリークは信頼の置ける昔からの部下に教えやってくれ。エルピスの街は入り組んでいて警備兵の目が届かない場所が多い。何もないところから街を作り上げたお前の部下たちが頼りだ」
「おう、わかったぜ」
よし、街の見回り関係はこれぐらいでいいか。あとは、ターミネーターの弱点探し要員か。
「シギルとタザールは俺と一緒に魔物の弱点探しだ。金属の魔物というだけあって、シギルの物作り知識が何かを見つけるかもしれん。タザールは今やっている研究を一時中断して、こっちの研究をしてくれ。間違いなく世界を救う研究だぞ」
シギルは「了解ッス」といつものように元気よく答え、タザールは「それは楽しみだ」とニヤリと笑いながら頷いた。
この3人で弱点を探しだす。あとは……、残りの三賢人か。
「スパールは変わらず学院を見てくれ」
「わしは何もしなくて良いのかのぅ?」
「学院が平常運転であることが偽装になるからな。ただ、タザールを弱点探しで扱き使うことになるから、政務が滞る。そっちの手伝いをしてくれる助かるんだが……」
「ふむ、よかろう。この緊急時に我儘は言ってられんからのぅ」
「悪いな。キオルはスパールの援護と商人のネットワークを活かして情報収集も頼む。特に他国関係だ」
「それは僕ぐらいしか出来ないね。分かったよ、ギルくん」
これでほぼ指示し終わった。いや、もう一人残っている。
指示がなかったことで少しだけオロオロしている。
「あ、あのギル様?私には指示を頂けないのでしょうか?」
リディアだ。彼女を無視していたわけじゃなくて、彼女への指示も別の意味で重要だからだ。
「もちろん、ある」
リディアはほっと息を吐いてから「何なりと」と微笑む。
「リディアにはオーセブルクとレッドランス、それとヴィシュメールにも行ってもらいたい。各市長にリディアが直接説明してほしい。飛空艇を使ってくれ」
「オーセブルク市長のミゲルさんには、ギル様が帰ってこられる時にお伝えになったのでは?」
魔法都市に帰ってくる時、必ずオーセブルクを通ることになる。だが、俺はオーセブルクの街には入っていない。もしターミネーターがオーセブルクにいた場合、ターミネーターとの戦いの直後にオーセブルク市長の所に向かったら怪しまれるかもしれないと避けたのだ。
「俺が今回の討伐に参加した事が、潜んでいるかもしれない魔物たち全てに伝わっている可能性がある。魔物たちを警戒させないために、オーセブルクの街にすら入っていないんだ」
「そうですか……。それほど用心深くしなければならないのですね。では、私はこの事を各市長に直接、それも余人を交えずに知らせる必要があるのですね」
さすが理解力が高いな。余人を交えず、つまり、各市長以外はターミネーターであるかもしれないとリディアは理解しているということだ。
「そうだ。それは俺の側近であり、単独で遭遇しても逃げ切る事ができるリディアにしか出来ない」
「お任せください」
良い笑顔でリディアは答える。
いや、すごい危険なことを頼んでいるんだけど……。まあ、良いか。今できる指示は出した。逆に言えば、今出来ることはこれだけということ。本当に何も出来ないんだ。
ターミネーターが街で人々に紛れているということ自体が俺の思い過ごしであればいいが、それが本当だったら非常に厄介だ。そのためにもターミネーターの判別方法か、弱点を何としても探し出さなければならない。
まったく。生死をかけた戦いから帰ってきたばかりというのに、忙しいことだ。
次の投稿は3月5日予定です。