一転攻勢
俺は助けに来てくれたシリウスを呆然と眺めていた。
負傷したヴァジに対してただマウントが取りたいのか、それとも貶すことで励まそうとしているのか、シリウスが「ふはは」と優越感に浸っていそうな笑い声を上げている。
まあ、演技ではなさそうだから励まそうとしてじゃないだろう。……いやいや、今そんな事を考えている場合じゃないだろ。意味不明過ぎて現実逃避していたようだ。
俺は頭を振ってターミネーターがどうしているか見てみる。
ターミネーターは立膝の姿勢から動いていない。おそらく片腕を失っても戦闘可能か問題があるかを確認しているのだと思う。たぶん、こちらから攻撃しない限りはしばらく問題ないだろうから都合がいい。俺も混乱したままじゃ正常な判断ができない。今のうちに頭の中を整理しておいた方が良い。
俺はゆっくりと辺りを見渡して確認する。だが、やはりシリウス以外に助けに来てくれたものは何もない。それこそ降下挺すらも。
次にシリウスと彼の足元に視線を向ける。シリウスは肩に聖剣を担いで笑っている。そこまではいい。いつも通りでおかしくはない。だが、背中からは炎の翼が生え、足も火に覆われているのはなんだ?
そして、彼の立っている地面。陥没というか、クレーターのようになっている。まるで遥か上空から大きな物が落ちてきたようにだ。
これを見て俺が咄嗟にシリウスが空から降ってきたと比喩したが、そんな事はないだろう。だって……。
俺は見上げて目を細める。飛空艇が4隻浮かんでいる。米粒のように小さく見えるほど遥か上空だ。
……うん、やっぱりそうだよな。あんなところから落ちて無事なはずはない。魔法に自信がある俺ですら不可能だ。けれど、近くには降下挺はないんだよな。シリウスはいったいどうやって地上に来たのか。その疑問が俺を混乱させている原因だ。
「ギル、貴様も何をぼーっとしている?」
急に名前を呼ばれて我に返る。シリウスは一頻り大笑いして満足したようだ。これはもう本人に聞いたほうがいいな。
ちなみに、ヴァジは額に青筋を立てながら自分が持ってきていたポーションを傷口にかけている。彼が持ってきたポーションだから中級以上の物に違いない。すぐ回復するだろう。
「シリウス、どうやって地上に降りてきた?」
「ふん。当然、飛び降りたに決まっている。『イフリタ』で落下速度を減速させれば、あの程度の高さなどどうということもない」
………俺が不可能と除外した方法を事もなげに答えやがった。どうやら聖剣の能力の火で逆噴射して落下速度を落としたらしい。その結果があの炎の翼と靴か。
「だが、貴様らの危機を見て途中から加速したがな」
あー、なるほど。加速して攻撃したから、あのターミネーターの腕を切断出来る威力になったのか。その威力のまま地面に武器を叩きつけてクレーターが出来上がったと。いやいや!それって自由落下より速いってことだろ?!シリウスってどんだけ頑丈なの?余計な疑問が増えたよ。でもまあ、納得は出来なかったけど混乱は収まった。それにシリウスが来てくれた安心感で焦りもなくなった。
「色々と混乱させられたけど、前衛の本職であるシリウスが来てくれたおかげで無理な戦い方をしなくて済むな」
「であろう?……だが、今回出現した魔物は以前のよりも勘が良い。頭を狙ったが直前で避けられダメージを最小限に抑えられた」
ヴァジが仰向けで倒れていたから気づけたのに、空を見上げてすらいないターミネーターがシリウスの攻撃を察知した?俺の知らない超科学で作られているっぽいから考えても無駄だけど、目だけで物を見ているのではないってことか。ヴァジの光学迷彩的なスキルが見破られたのもそれが理由か?……とにかく、不意をつくのは厳しいな。
「それに、前より防御力もある」
いつの間にか回復したヴァジが治療の具合を確かめるように肩を回しながら近づいてくる。ヴァジは飛んでいったターミネーターの腕を持っていた。どうやらわざわざ回収したようだ。
その腕の一部を指して俺とシリウスに見せる。
「シリウス皇帝の攻撃でも完全に切断出来なかったようだ」
ヴァジが指した部分をよく見てみると、上腕二頭筋辺りにシリウスが斬ったであろう傷があった。だがその傷は腕の途中までだ。ターミネーターの腕は肩から取れている。
つまり、ターミネーターは切断させられる前に、自ら腕をパージしたってこと?クレーターを作るほどの高威力の攻撃でも切断できないほど硬いってことか。俺やヴァジが攻撃しても人工皮膚しか切れなかったわけだ。
っていうか、もしかしてヴァジはシリウスに意趣返ししてる?あんまりシリウス君を煽らないでほしいんだけど。ほら、シリウス君が苛立たし気に舌打ちしているじゃないか。
この二人が揃うと心強いけど雰囲気が悪くなるのがデメリットだな。場合によっては敵を完全に無視して喧嘩をし始めかねない。
俺も確かめたい事があるし、それを利用して彼らの気を紛らわすとしよう。
「俺は前回に二人が戦ったのを見ていなかったから正確なことはわからないが、どうやら性能は上がり、機能も追加されているみたいだな。シリウスが腕を切り落とせなかったのではなく、切り落とされて重大な問題が発生する前に自ら切り離したようだぞ。それにシリウスの不意打ちを避けたことから、何らかの察知機能でヴァジの身を隠すスキルもあの敵は位置を把握していたと考えるのが自然だ。前回より改良されているのだから、俺たちも同じように戦っていては駄目だ」
俺が早口で分析した結果を話すと、シリウスは「さもありなん」と頷いていた。ヴァジも姿を消した不意打ちが失敗した理由に納得して「なるほどな」と顎髭をじょりじょりと撫でている。
どうやらどちらのミスではないと伝わったようだ。自尊心を保てたようで良かった。
「ならどうする?今回は魔法を使えるギルがいるが、奴の性能によっては前回と同様に長期戦を覚悟しなければならないぞ。それに見てみろ。片腕がないのは奴にとって問題がないらしい」
ヴァジが顎をしゃくってターミネーターを指し示す。
もちろん俺も話しながら横目で見ていたから把握している。ターミネーターは肩から腕をパージして露出した機械部分を人工皮膚で塞いでいるのだ。おそらく製作者がいると俺は予想しているが、そいつは部位の破損時の対策もしっかりしているようだ。シリウスに吹き飛ばされた時に他の部位も人工皮膚が削れ機械部分が露出しているが、そこを後回しにして肩を塞いでいるのは優先度が高いからだろう。逆に機械部分が弱点だという証拠でもある。
つまり、こんな言い合いしているより攻撃していたら勝てていたかもしれない。まあ、もう機械部分が露出した肩はほぼ塞がっているからいまさらだが。
けれどターミネーターが動いていない。これは丁度いい。
「少し試してみたいことがある。俺は今からあることをするが、もしそれでターミネーターが活動再開しても許してくれ」
俺はそう言うと二人の答えを待たず、ポシェット型のバックパックから治癒ポーションを取り出してターミネーターに向かって投げる。かなり距離があるが命中させる必要はない。ポーションを投げた瞬間に魔法陣を貼り付けていたからだ。
くるくると回転しながらターミネータに飛んでいき、かなり近い距離まで言ったところで魔法を発動させる。
風属性の振動系魔法が発動し、ポーションがパンッと割れて中身が飛び散りターミネーターに掛かる。
ターミネーターは動かなかった。どうやら治癒ポーションの中身が掛かった程度は脅威にならなかったらしい。
俺はほっとしつつも、治癒ポーションが掛かったところをじっと見る。そこはシリウスの攻撃で吹き飛んだ時に人工皮膚が剥がれたところだ。治癒ポーションで治っている様子はない。
ああ、やっぱり人間の皮膚に質感や色合いが似ていても全く別物だったな。これなら問題ない。
「……ポーションを投げたようだが何がしたかったんだ?」
ヴァジが真面目にやれと言わんばかりに眉を顰める。
まあ、俺がやろうとしていることを説明してないからこんな顔にもなるか。治癒ポーションを空中で割っただけだからな。でもシリウスにも教えていないけど、彼は何も言ってこない。何をするか察しているか、または俺が無駄なことをしないと信頼しているからか。この差はシリウスとは国同士も、そして友人としても仲良くしているからだろうな。
とにかく、確かめたい事は済んだ。あとは二人に俺がこれからすることを教えなければならないが……。
「ふん、奴が動きだしたぞ」
……時間切れのようだ。ターミネーターは既に立ち上がり、こちらへとゆっくり歩いてきている。まだ人工皮膚で塞いでいない部分があるようだが戦闘をしても問題ないところらしい。
シリウスが鼻で笑いながら戦闘態勢に入る。あの敵側に剣を持っていない左側を前に出す不敵な構えだ。それにつられてヴァジも構えを取る。
俺はと言うと、構えを取るよりもやることがある。そうだね、シリウスの背後に隠れることだね。いや、これはビビってるわけじゃない。俺にはやらなければならない大事なことがあるんだ。……って、俺は誰に言い訳してるんだ?
「ヴァジ、シリウス。俺は魔法の準備に入る。好きなように攻めてくれ」
俺は二人にそう言ってから背後に一つずつ魔法陣を展開していく。
シリウスはニヤリと笑い、ヴァジは肩をすくめてからターミネーターに向かって飛び出していく。
一言も文句を言わなかったのはどちらにしろ戦うしかないからかな。さて、俺も魔法に集中しよう。この魔法はいつものように一斉に魔法陣を出しても成功しないから大変だ。戦闘をしながらはまだ出来そうにない。
とは言え、準備だけに専念するわけにもいかない。一応は二人の戦いも見ておかないとな。
飛び出したシリウスはターミネーターに向かう途中で再び背中と足に炎を纏う。ドンッと爆発音がして速度が急激に上がり、その勢いのままターミネーターの頭を狙って斬りかかる。
それをターミネーターは残った右腕を上げて受け止める。ギンッと金属が打つかるような音が響くが、上空から不意打ちした時のように腕は切れていない。
マジかよ。シリウスの攻撃を受け止めるってどんだけ硬いんだ?落下の勢いを利用してようやく少し切れる程度なんて。
ターミネーターは受け止めた剣を邪魔そうに払ってから、手刀をシリウスの胴体目掛けて薙ぎ払う。
その手刀をシリウスが左手で下から叩いて軌道を反らし、空振りさせた。
完璧な受け流しだった。だが、シリウスは「チッ」と攻撃を受け止められた時にすらしなかった舌打ちをしている。不思議に思ってよくシリウスを見てみると、彼の左手から血が流れていた。ゼロコンマ1秒にも満たない接触だったのに、手の平が傷ついたらしい。やっぱりターミネーターのメイン攻撃らしき手刀と貫手はかなりヤバい。弾くのも受け流すのも、とにかく触れるのすら危ない。
次にヴァジがターミネーターに攻撃を仕掛ける。ターミネーターが手刀を薙ぎ払って開いた脇腹を狙ってナイフを3度突き刺す。
ターミネーターは防御せずにヴァジの攻撃をその身で受けながら反撃をする。今度は貫手だ。
ヴァジは飛び退いて避け、ハンドガンサイズのクロスボウを撃つ。ボルトがターミネーターの喉に突き刺さるが、それすらも気にしていない。
けど、貫手で脇腹ががら空きになった。それをシリウスが見逃さず、聖剣を横薙ぐ。仲が悪くても良いコンビネーションだった。
だが、ターミネーターはすぐに腕を引いてシリウスの横薙ぎをまた防ぐ。
あれ?なんかおかしい。なんだろ。
なにかが引っかかったが、ターミネーターが次にした行動のせいでその考えが頭からすぐに消えた。
ターミネーターの足元の砂がぼわっと舞い上がると、すーっとホバー移動するように距離を取った。そこまではまだ良かった。その後、二人に向かって手を翳す。直後、何十本もの光線が手の平から飛び出した。
その光線は文字通り光速で、二人は避ける間もなく被弾する。
二人の身体にはいくつもの釘に刺されたような穴が空いていた。焼き切れているのか血は出ていないが非常に痛々しい傷跡だった。
嘘だろ!?高出力のレーザー?!それも拡散かよ!あんなもの回避しようがない!……でも、なんで今まで使わなかったんだ?使うまでもなかった?……いや、それもあるだろうけど、節約していたって考える方が自然か?考えてみれば、ターミネーターだって機械である以上、何らかのエネルギーで動いているはずだ。そのエネルギーを消費したくなかったから?
「チッ」
「なんだってんだ!」
二人も予想外の攻撃だったのか驚いている。どうやら以前戦った時には使ってこなかった攻撃だったらしい。幸いなのは致命傷じゃなかったことだけだ。
でも、問題ない。俺の魔法も完成した。
「全体回復魔法『戦死者の館』」
俺は小さく呟くと、最後の魔法陣を起動させる。すると、空から水滴が落ち始めてきて、次第に雨になった。
小雨のように細かな雨がこの場にいる全員に降りかかり、先程二人が受けたレーザーの傷を塞いでいく。
この魔法は、死した戦士の魂がワルキューレによって集められる戦と饗宴が行われる戦死者の館を想像して名付けた。ドイツ語で『ヴァルハラ』と言うのが馴染み深いだろう。即死か体力が続く限り、互いに戦い続ける事を強いる。そして、使い所を間違えれば大惨事になる魔法でもある。
王国との賠償交渉時に苦労して作り出した回復魔法の応用で、俺だけが使える超広範囲回復魔法。
あの面倒な工程を発動前に防がれないように上空でやり、その液体を雨として降らせる。欠点は敵味方関係なく回復してしまう点だが、ターミネーターの人工皮膚に影響がないことは確認済みだ。
この魔法を使い続けるのが、俺の役割になる。これで多少の負傷は気にする必要はなくなった。かなり危ない場面もあってひやひやしたけど、そろそろ有利に戦わせてもらおうか。
次回の投稿は1月22日予定