空から降ってきたもの
ターミネーターが石のサイコロを破壊して脱出した。しかし、意外にもすぐに襲っては来なかった。砂となって崩れていく石のサイコロから数歩出た所で立ち止まり、作り物の笑顔で俺たちを見ている。
「……すぐに飛びかかってくると思ったんだがなぁ。攻め方でも考えているのか?」
ヴァジがすぐにでも動けるように戦闘態勢を崩さず俺に聞いてくる。
いや、俺に聞かれてもな。このターミネーターが映画で登場するターミネーターと同じように思考するか不明だし、そもそも人工知能は人間のように思考しない。俺が知っている最新のAIだって、質問に対して用意された回答をする程度だ。このターミネーターの人工知能が、現代地球の技術に達しているのかいないのか、それとも凌駕しているのかさえわからない。
「情報が少なすぎて判断できないな。ただ……」
科学を知らない世界の住人に対してなんと説明すべきかわからず言い淀んでいると、ヴァジが眉間に深いシワを寄せる。元々の強面がさらに迫力を増している。
「ただ、なんだ?以前戦った奴とは行動が違いすぎて混乱しているんだ。気がついたことがあるんなら、奴が動かないうちに教えてくれ」
どうやら不機嫌で怖い顔になったんじゃなさそうで安心した。
シリウスとヴァジがターミネーターと戦った時のことは聞いている。攻撃すれば今度は敵が反撃するといったRPGゲームのターン制バトルシステムのような壮絶な殴り合いだったらしい。もちろん、二人も戦闘中に色々と考え攻撃を工夫しながら戦ったのは予想できる。けど、やっぱり殴り合いなのだ。
それを考えると今回は全く違う事がわかる。無闇矢鱈と攻めてこない。現に突っ立ったまんまで攻撃してくる気配がない。
以前に戦った経験があるヴァジだからこそ混乱するのは理解できる。少しでも状況を好転させるために情報を得たいのだろう。
とは言ってもなぁ。やっぱり機械を知らないヴァジに説明するのは時間が足りない。何か分かりやすい例え話はないだろうか。………ああ、あったわ。
「基本的にターミネーターには目的があるはずだ。支配者の命令がその目的で、それを忠実に完遂するため行動するのだと思う。まるで『支配の首輪』で命令されているように」
召喚士モナや元王国の英雄サムは『支配の首輪』で命令に従っていた。目的を設定するとそれを達成するために行動しなければならない。
ターミネーターに『支配の首輪』はないけれど、プログラムで目的を設定されている点は『支配の首輪』そのままだろう。
「ある意味、強制的ってことか。それで?」
「『支配の首輪』で命令された人と違うのは、目的を達成するのに余計な思考がないってことだ」
『支配の首輪』で命令されたとしても、達成するまでの方法にはその人物の自由意志がある。例えば、食事を用意しろと命令すれば結果的に料理をすることになるが、どんな料理を作るかはその人物が考えることになる。食材が足りなければ買いに行くこともするが、それでも揃わなければ代用できるものか、別の料理に変更することもある。
だが、機械は違う。そこに自由意志はない。食事を用意するなんて曖昧な命令は実行しないし、食材がなくてもエラーで動かなくなる。
そう考えると、石のサイコロから出てきて動かないのは命令を実行できない重大なエラーを起こし行動不能になったと期待しそうになるが、それは間違いだ。というのも、行動不能になっているのなら、そもそも石のサイコロから脱出はしない。目的を達成できるからこそ石のサイコロから脱出したのだ。
「ターミネーターは俺たちを殺す勢いだった。いや、殺すつもりで戦闘を開始した。それが今の目的だ。石の壁を壊して出てきたのも、それが目的達成のために必要だったからだ」
「ようやく話が見えた。つまり、今動かないのも俺たちを殺すために何かしらの行動を起こしているってことだな?」
「そういうことだ。とは言え、確証はないけどな。俺にはこちらの様子を窺っているようにしか見えない」
他にも戦術シミュレーションをしているとか、戦闘モードが防御主体に変更されたのかもなど、いくつか思い当たることはあるが、ヴァジに理解してもらうには基本的なことから説明しなければならず、全く時間が足りない。中途半端に教えてさらに混乱させるよりは、教えずにあらゆる攻撃に対応できるよう身構えてもらった方がずっと良い。
そんな事を思考加速させながら考えていると、ヴァジが唐突に「あれが関係あるかもしれねぇな」とターミネーターを指差した。
「俺がナイフで突き刺した首を見てみろ。突き刺さったのは間違いないが、傷が見当たらない」
「なんだって?」
目を凝らして見てみると、確かにヴァジがナイフで刺したはずの傷がない。でも、遠目だから気のせいかもしれないし、もしかしたらゴムのような性質の人工皮膚で塞がったように見えるだけって可能性もある。
俺が魔法で作った刀で斬ったが、それは背中で正面を向いている今は確認できない。あとは……、石のサイコロから脱出した際に傷ついた手か。
それを思い出し、ターミネーターの手を見て唖然とする。人工皮膚が削れて剥き出しになっていた部分が明らかに少なくなっていたのだ。今も少しずつ塞がりつつあるように見える。
治癒ポーションによる回復?いや、あれは人工皮膚じゃないか!ってことは、まさか自己修復か?!
「まずい、すぐに攻撃しろ!あいつ修復機能が付いているぞ!このままじゃ完全回復される!」
ヴァジに簡単な説明と指示を出しながら、俺は魔法陣を展開して即座に発動する。魔法は速度を重視して火の玉を選択。
「なんだってんだ?!」
ヴァジも突然の指示でワンテンポ遅れはしたものの、すぐにハンドガンサイズのクロスボウをホルスターから引き抜いて射撃。
俺とヴァジの攻撃は簡単に当たった。火属性魔法でターミネーターの半身が炎に包まれ、クロスボウのボルトは人間で言うところの心臓辺りに突き刺さる。
しかしターミネーターは、人間なら焼死確実の炎を一瞬で鎮火させ、修復済みの傷一つない手で胸に刺さったボルトを引き抜き投げ捨てた。
ターミネーターの体は何事もなかったかのように無傷だ。
「くそっ、遅かった!」
少しでもダメージを与えたかったが、気づくのが遅かった。
攻めないで皮膚の修復を優先したってことはそれが必要だからだ。ターミネーターは機械だ。機械が繊細なのは常識だろう。熱や電気、水などでも異常を起こす。だから、それらから保護する機能を用意する。その役割が人工皮膚だ。
俺とヴァジで刺したり斬ったり燃やしたりもしたが、見たところターミネーターが損傷している様子はない。つまり、あの人工皮膚には刺突や斬、熱に耐性があるってことだ。当然、打撃による耐衝撃や耐水、帯電などからも保護できるよう設計されているだろう。
機械の本体にダメージを与えるには人工皮膚を剥がさなければならないが、その人工皮膚は自己修復する。それもナイフによる刺傷と魔法の刀での切り傷、石のサイコロ脱出時の擦り傷の3つを僅かな時間で修復する速度でだ。
ターミネーターが地球の科学力を超える技術で作られているのは間違いない。その上、あの素早さと攻撃力もあるのに対して、俺たちは即興のコンビで立ち向かわなければならない。
非常に厄介な敵だ。まぁそれでも既に戦闘が始まっている今は、やれることをやるしかないのだが……。
「ヴァジ!これからは攻撃の手を休めず、あいつの皮膚を剥がして機械の本体を狙っていくぞ!」
ターミネーターの人工皮膚は多くの耐性持ちだが、幸いなことに金属のような硬さはない。物理的な攻撃で剥がすことが可能だ。
俺の指示にヴァジは頷きで返答する。理解できているとは思えないが、だからこそ従ってくれるようだ。こういうところは流石だな。遠慮なく指示させてもらおう。
「俺は魔法で攻撃しながら、ヴァジの能力も活かせるように援護する。上手く合わせてくれ」
俺は早口で簡潔に指示を出しながら、無数の魔法陣を展開して即座に発動する。
まず風属性で地面の砂を巻き上げ、ヴァジが隠れやすいようにする。ヴァジが光学迷彩のようなスキルで姿を消していくのを横目に、ターミネーターを狙って石礫を連続で発射した。
火や水は機械の体が露出するまで無意味だ。石を掠らせるように当てて皮膚を削ってやる。
しかし、ターミネーターもこういう攻撃を想定していたのか、石礫を避け、避けられないものには手刀で砕いて被弾を避けている。それどころか、俺を脅威と認識したようで徐々に向かってきている。
無数の石の塊が飛び交う中を女が微笑みを浮かべながら迫ってくる様子はゾッとする。軽くホラーだよ、まったく。
ターミネーターが回避に専念しているからか、一瞬で距離を詰める素早さはない。俺も移動しながら連続魔法を使い続ければ近づけさせることはないだろう。だけど、いつまでも石礫を放ち続けるのは魔力がもたないし、ヴァジだって攻撃を仕掛けられない。いつかは石礫の連続魔法を止めて別の攻撃をしなければならない。
さっきから魔法を撃ち続けながらその方法を考えているけれど、良い案は一向に出て来ない。本来、魔法は多くの敵を一度に殲滅する大規模なものか、近接戦闘をしている仲間を援護するのが魔法士の戦い方だ。だから基本的に魔法士は中距離を維持する。
つまり今回のように、ほぼ魔法が効かない敵が明らかに俺を狙って距離を詰めてくる状況には向かない。その上、俺もヴァジも戦闘スタイル的に壁役は出来ない。MMORPGで言うところの、タンクがいないのにアタッカー二人でボスに挑んでいるような状況だ。無理ゲー過ぎる。
そうなると、やれることは一つしかないか。
万能型の俺がタイミングを見て近接戦闘にチェンジする。相手の攻撃を近距離でなんとか防ぐことでターミネーターの動きを止める。
とは言え、目で負えない速度で分厚い石の壁を破壊する威力の攻撃に対処する物理防御技術は俺にない。いつも最前線で敵の攻撃を真っ向から受けるエリーには頭が下がる思いだよ。
とにかく、俺の場合は魔法でどうにかするしかないな。
今のところターミネーターの攻撃手段は貫手と手刀だけだ。まだ距離があるうちに防御できる魔法を準備しよう。俺はさらに思考加速させて貫手と手刀で出来る攻撃パターンを考える。そして、対処できるよう靴裏に魔法陣を展開していった。
準備が完了する頃にはターミネーターはもう目前だった。一度深呼吸して覚悟を決めると、石礫の連続発射を止める。
するとターミネーターは自分の間合いまで一瞬で距離を詰めてきた。
ここが最も重要なポイントだ。ターミネーターのモーションの初動を見て攻撃パターンを読む。
ターミネーターは右腕を後ろへ引いた。貫手だ。
すぐさま対応する魔法を発動し、緩やかな曲線を描く氷壁を俺とターミネーターを遮るようにではなく斜めに角度をつけて作り出した。
予想通り、ターミネーターの攻撃は貫手。厚い壁を貫く威力があるが、その点もしっかり考慮している。
貫手が氷壁に当たると氷の表面をつるりと滑って軌道がズレ、俺から大分離れた位置を攻撃が通り過ぎていった。
この氷壁の表面を水で濡らしてある。さぞ滑りやすいだろう。とにかく一手目は防御できた。次は二手目だが、氷壁のおかげで読みやすくなっている。いや、正確には俺の望む攻撃をさせるように誘導した。
次に考えられる攻撃は氷の壁ごと俺を貫くか、氷の壁を避けて左手で攻撃するかだ。
だが、効率的な判断を下す機械ならばこう演算するはず。氷の壁が俺の逃げ道を限定させていると。
事実、斜めに設置した氷壁は俺の真横に伸びており、前方と左へ回避することは出来ない。後ろか氷壁がない方にしか逃げ道はない。
当然、機械は逃げ道を塞ぐように攻撃してくる。つまり、左手刀を俺に被せるように薙ぎ払うだろう。
これにもターミネーターは予想通りに動いてくれた。ターミネーターは回り込むように踏み込もうとしている。左手刀で逃げ道を塞ぐように薙ぎ払うつもりだ。
俺は次に準備していた魔法を発動する。今度は攻撃を真正面から受けるように薄い氷の壁を何枚も設置していく。
ターミネーターの手刀を受けた氷の壁は次々と容易く割れていった。だが、薄氷の壁が割れる度に手刀の威力も減衰している。
最後の氷壁を割った手刀を、俺は魔法の刀でガチりと受け止めた。
今の俺は三角形のど真ん中にいる状態で生きた心地がしない。でも、そろそろだろ?ヴァジ。
その期待通りにヴァジがターミネーターの真横に姿を現し、ナイフで斬りかかる。
ドンピシャのタイミングだった。
なのに、ターミネーターはヴァジがそこにいると知っていたかのように、俺が受け止めた手刀をヴァジに向けて振り払う。ドンピシャのカウンターだった。
何とかそれに反応したヴァジは、「くっ」と小さくうめき声を上げながら身体を横に傾けて回避行動を取る。だが完全には避けきれず、左肩辺りに手刀を受けてしまう。そして、威力が凄まじかったのか、叩きつけられたかのように仰向けに倒れた。
ワンテンポ遅れてヴァジの肩から血が吹き出し、どんどん大地に広がっていく。
いったいどうやって気がついた?!いや、それよりもヴァジの出血が酷い!衣服の胸辺りからも血が滲んでいるから、肩だけではなく身体にも負傷を?!くそっ!どうすれば!いや、焦るな、焦るな!
幸い、ヴァジは倒れたままだが生きている。だが、あの出血量だと傷はかなり深い。ポーションで回復しないと戦闘は無理だろう。しかし、それ以前にポーションの使用をターミネーターが見逃すか?俺が引き付けようにも近接戦だとたった二手防ぐのに精一杯だ。距離を取って強力な魔法を使うか?……何を馬鹿な。そんな隙がどこにある?それに距離を取った瞬間にヴァジにとどめを刺される。ヴァジと俺でターミネーターの攻撃を分散させていたからこそ戦えてたんだ。ヴァジを失うわけにはいかない。だったら俺が今すぐ取るべき行動は、ターミネーターをヴァジから離すことか。その間に治癒ポーションを使ってもらうしかない。
やるべきことは理解したが、最悪なのが俺もまたターミネーターの間合いにいることだ。攻撃方法を間違えれば俺もヴァジのように地べたに這いつくばることになる。
攻撃方法だが、刀で攻撃するのは論外だ。皮膚を切る事はできても吹き飛ばすことはできない。魔法を使うしかない。それも魔法陣をいくつも必要としない、最速で発動できる魔法。石礫を使うか?駄目だな。距離が近すぎて威力が低い。火や風で吹き飛ばそうとすればヴァジも巻き込んでしまう。水だ。
決断すると即座に魔法陣を一つ展開する。
ターミネーターは魔法発動の予兆にピクリと反応を示すが、俺のほうが速い。そのために魔法陣一つで効果のあるのものを選んだのだから。
魔法名などない、ただ水属性の魔法陣に大量の魔力を流すだけの魔法。いや、まだ魔法が拙い頃に一度だけ名付けて使ったことがあるっけ。それを思い出し、魔法名をつぶやく。
「『鉄砲水』」
魔法陣から大量の水が勢い良く吹き出し、ターミネーターを飲み込んだ。数十秒使い続けたあと魔法を止めて、俺は驚愕する。
相手が人間なら今ので遠くまで流されているはずなのに、ターミーネーターはたった5メートル程度しか距離が離れていなかったのだ。いや、地面に手刀で突き刺して埋まった手で激流を耐えたのだ。さらに水流から耐えた直後なのに、俺へ反撃しようと腰を落としているのが見える。すぐにでも飛びかかってきそうだ。
「畜生!結局は接近戦かよ!ヴァジ、俺が時間を稼ぐから今のうちにポーション使っておけ!」
戦いに巻き込まないようにヴァジから離れながら叫ぶ。すると、ヴァジが掠れた声で「待て」と俺を止める。
こんな時になんだとヴァジを見ると、仰向けに倒れた状態のままだった。ただ、さっきと少し違うのは痛みに歪んだ顔ではなく、目を見開き驚いた表情をしていることだ。
「ギル……、そのまま、動くな」
どちらにしろヴァジの声に耳を傾けたせいで、もう間に合わない。ターミーネーターはコンマ数秒後には飛び出して、俺に襲いかかるだろう。
もはや魔法で防ぐ時間もない。勘で避けるしかない。
そう覚悟した直後、間近で雷が落ちたような轟音がし、ターミーネーターがいた辺りが爆発した。付近は砂煙が舞い、爆発で飛んだのであろう破片がポロポロと降ってくる。
何が起こったのかわからず身構えるが、少しすると砂煙が風に流されて状況がはっきりとした。
ターミーネーターが何かをしたわけでもない。そして、地面が少し陥没していたが爆発したのでもなかった。
あるものが空から降ってきて、ターミーネーターに直撃したのだ。
巻き込まれたターミネーターは吹き飛ばされ、左腕がなくなって倒れていた。
そして、陥没した大地の中心には男が立っていた。
「無様よなぁ、ジークフリート」
男はいつもの不敵な笑みを浮かべていた。空から降ってきたのはシリウスだった。
次の投稿は1月1日です。