ターミネーター
守らなければならない村から約3km程度離れている場所が待ち伏せのポイントに決定された。
ターミネーターと仮称した魔物を追い抜いて待ち伏せできるのと、さらに俺が大規模な魔法を使っても村に影響が及ばないギリギリ位置がこの場所らしい。
航行中に戦闘準備を済ませ、上空についた俺たちはすぐに降下挺に乗って地上に降りた。ちなみに降下挺とは、魔法都市の飛空艇で言うところの地上に降りるための箱だ。自由都市ではそう呼んでいるみたいだ。
「御武運を!」
自由都市の兵士が、俺とヴァジにそう言葉を掛けてから再び降下挺に乗り込んで安全な空へと上っていく。
それに軽く手を上げて見送り、ヴァジの方へ視線を向ける。
「間に合ったか?」
「ああ。ここに来る途中に魔物を追跡している飛空艇とすれ違った」
そう言えば、途中でちんたら進んでいる飛空艇がいたっけ。あれは魔物を追跡していたのか。じゃあ、無事に追い越せて、待ち伏せすることができるってことか。
でもなぁ……と、俺は苦笑いしながら辺りを見渡す。
この辺り一帯は広々とした平らな土地。つまり平原だ。魔物はフィッシュプールから真っ直ぐ街道を向かってきているらしく、俺たちが待ち伏せるのも街道付近になる。道として選ばれるだけあってさらに勾配がない。
待ち伏せと言ってもこの場所には隠れるところなんてないのだ。
身を隠せるような岩や木、背の高い草すらない。こんな場所では待ち伏せなんて出来ず、待ち構えるのがやっとだろう。
「作戦はどうする?待ち伏せ出来そうもないから奇襲はできないぞ」
予め交戦予定場所を俺たちが選べたのに、敵に発見されやすく、偽装も困難なのだ。当然、奇襲の前提条件は成り立たない。
敵は英雄二人がかりでも苦戦する強さのはず。攻撃が有効かどうかは別にしても、出来れば奇襲で先制攻撃したかった。それが無理となると、他に作戦がいるだろう。
「だからこそ奇襲する」
ヴァジはそう言いながら腰にあるナイフを撫でる。
彼の体装備は鎧ではなく服だ。おそらく俺の外套と同様に斬撃や魔法に耐性があると思う。刺突や打撃でダメージが通るのも同じだろう。
靴は見た目は皮のブーツだが、足音がしないことから特別な素材でできているようだ。鎧に比べれば防御力は圧倒的に低い。
武器は腰に大型ナイフ、それに左の腰にはハンドガンのように小さいボウガンがガンホルダーに似たものに収まっているだけ。あとはボウガンのボルトが十数本ささっている弾帯ベルトが見えるが、ヴァジの武器としてはナイフとボウガンの2つのみ。
武器を多く持ち歩けばそれだけ装備重量が増えるから多ければ良いというわけではないが、それでも英雄の武器というには少々心許ない構成だろう。
まあ、俺も人のことは言えないけど。ポシェット型のマジックバックだけしか持ってないし。
「は?まさか、ボウガンがあるから奇襲できるなんて言い出すんじゃないだろうな」
遠距離攻撃があったとしても隠れる場所がなければ、やはり奇襲としては十分な効果を発揮しない。これがエルだったら、気配を察知出来ない超長距離から攻撃できて奇襲としては成り立つのだが……。いや、もしヴァジにエルと同じようなことが出来ても、それはそれで最悪だけど。
「当たり前だ。だが、俺のスキルならばこの状況でも奇襲は出来る」
今は夜ではなく夜陰に隠れる事はできないし、地形的にも隠れることはできない。それでも奇襲ができると……?
不穏なことを言い出すヴァジに、俺は思わず眉を顰める。
「そのためには少しの間、ギルに囮になってもらう必要がある」
やっぱり!!あぁ、ああっ!わかってたさ!
ヴァジが暗殺系のスキルなのは何となくわかっていた。シリウスが城に忍び込まれたって言っていたから、気配を消すような能力だって予想するのは簡単だ。しかしその場合、ヴァジが攻撃を加えるまでの間、敵の注意を引き付ける必要がある。
もし奇襲が遠距離能力だったらもっと困る。ボウガンで奇襲が成功したとしてもその一撃で倒せるとは思えない。そうなると奇襲を終えたヴァジは接近戦に切り替えるために戻ってこなければならないのだが、戻ってくるまでの間は俺が戦わなければならないからだ。あのシリウスが苦戦する敵と一対一なんて荷が重すぎる。俺は万能型だが、近距離の専門には到底及ばないんだからな。
まあ、ボウガンによる奇襲ではないとヴァジが否定したから、最悪の状況は免れた。とは言え、僅かな時間であっても俺がターゲットにならなければならないらしい。
シリウスが間に合わないと聞いてから俺が弱気だったのは、ヴァジと共闘するには俺がどこかで必ず囮にならなければならいのが予想できたからだ。それにしても囮になるのが早すぎる。初っ端かよ。
奇襲を成功させるにしても、何より俺が生き残るためにも、ヴァジのスキルを詳しく知る必要がある。
「スキルの事を詮索するのは悪いことだってわかっているが、詳しく教えてくれ」
どういった能力かが分かれば、俺がどのように立ち回れば良いのかも分かる。さらに暗殺対策も出来て一石二鳥だ。
だが、ヴァジは首を横に振る。
「そうしたいが、その時間がないようだ」
そう言ってから、魔物が来る方向を指差した。これから魔物が来る街道を。いや、道の少し上あたりの空だ。
目を凝らして見て、ヴァジが言いたいことを理解した。上空で光が点滅していたのだ。飛空艇が衝突を避けるために自機の位置を知らせる光。魔物を追跡していた飛空艇が、もうすぐそこまで来ていると。
「……もう来たのか」
「そのようだ。村からできるだけ距離を取ったからな。思いの外、ギリギリだった」
「ギリギリ過ぎるだろ。打ち合わせも碌に出来ていないぞ」
「とにかく俺が奇襲で一撃加えたら全力で攻撃してくれ。スキルは……、ギルなら見ていればどういったものか理解できるだろう。あの魔物の視力がどの程度かわからないから、悪いが話はここまでだ。戦闘準備に入る」
たしかに隠れるのを見られたら奇襲は成功しないか。仕方ない。腹をくくるか。
俺が「了解」と頷いた途端、ヴァジの気配が希薄になり、さらに数秒後にはヴァジの姿がゲームの光学迷彩みたいに消えていった。
ヴァジが動く度にその空間が人形に歪んでいるし、ほんの僅かに気配もする。だが、ヴァジが立ち止まるとじんわり背景と同化し、一瞬でも目を離すと見失うほどだ。気配もまだ薄くなっている。
すげぇな。魔物が到着する頃にはどこにいるか全くわからなくなりそうだ。これじゃあシリウスも城に侵入されるわけだ。俺も対策を考えたいところだが、それは後回しだな。
俺がすべきことは、今からヴァジを目で追わないこと。そして、魔物の進行を止めることか。
10分ほど経つと、街道をこちらに向かってきている何者かの姿を目視できた。まだ遠いから姿ははっきりしていないが人型だ。
じゃあ、俺も準備を始めるか。
魔法陣を靴の裏に貼り付けるようにいくつも展開し、いつでも発射できるようしていく。色んな状況に対応できるように魔法を考えているから、これだけでも結構時間が掛かる。魔法の準備が終わる頃には魔物の姿がはっきりと見えていた。
女だった。ネグリジェのような薄い服を着ている女性。……ただ、その服の柄が特徴的だった。服が全体的に薄汚れている。おそらく土や砂煙のせいだろう。少し茶色がかった服に、黒い水を勢い良く飛ばしたような柄が付いている。あれは血が乾いた色……か?じゃあ、血飛沫を浴びたのか。
そして、靴はなく裸足だった。微笑みを浮かべながら、ヒタヒタと歩いている。美女に分類される容姿が、さらに気味を悪くさせている。
見た目は人間の女性。だけど、人間じゃないと言われても納得できるし、仮に人間だったとしても、変質者かもと本能的に警戒してしまうほど不気味だ。
怖っ!子供が夜中に見たら漏らすぞ。
何らかの事件に巻き込まれて逃げてきたのかもしれない。と一瞬だけ思ったものの、ちらりと空を見れば魔物を追跡していた飛空艇がいた。……だよね。
まあ、一応は足止めも兼ねて声を掛けてみるか。
俺は最後に土属性魔法で刀を作り出してから声を掛けた。
「こんにちわー!」
俺が大きな声で話しかけると、その女はピタリと止まって笑みを深くした。
「この先で大きな事件が起きたらしいけど、それに巻き込まれた方ですかぁ?」
自分は怪しいものではないと笑顔を作ろうとして、はっとする。大きな声を出さなければ聞こえないほど離れた距離にいた女が、いつの間にか、すぐ目の前にいたからだ。
馬鹿な!油断なんてしていなかったぞ!!いや、こいつが速過ぎるのかっ!
女は右手の指を真っ直ぐ伸ばし、腕を引くような姿勢だった。
攻撃される!貫手?!やべぇ!!魔法が間に合わない!
『魔法を発動するか?』『いや、間に合わない』この2つの思考を挟んだせいで一歩出遅れた。そして、その出遅れた一瞬で女は貫手を放つ。
当然、武器で防ごうにも構えてたわけでもないのに間に合うはずはない。反射的に身体を捻って回避することを選択した。しかし、女の貫手は凄まじく速い。完全に避けきるのは不可能だ。
被弾を覚悟した。
だがその瞬間、ズギュッという音と共に女の体がブレて貫手が空振りした。
気がつけば女の背後にはヴァジがいて、女の首元に銀色に輝くナイフを突き立てていた。突き刺した衝撃で攻撃が外れたのだ。
けれど、体がブレる威力の攻撃だったのにもかかわらず、女の表情は変わりなく微笑みを浮かべたままで、背後にいるヴァジを確かめるように瞳がギョロリと動く。
「チッ」
ヴァジが舌打ちしながら女の首からナイフを抜くと、すぐにその場から飛び退いた。その直後、女が突いた手を戻し、ヴァジが今いた場所を手刀で振り払っていた。
ヴァジが攻撃を避けたことにほっとしつつ、俺はバックステップで距離を取り、女の背中を狙って刀を薙ぐ。
俺の攻撃が女の背中をスパリと切るが、血は流れない。その事実にギョッとして、さらに距離を取る。女は追ってこなかった。
いや、様子見なのか動く気配がない。
だから俺は適切な距離になるように移動して、靴裏に隠していた魔法陣を発動した。
女の真下に魔法陣が現れ、厚さ2メートルはある壁が女の囲むようにせり上がり、最後は蓋をした。
あの女を石のサイコロに閉じ込めたことで、ようやく「ふー」と息をつくことができた。
「気を抜くなよ?」
ヴァジが額に浮かぶ汗を腕で拭いながら、俺の方へ歩いてきた。
どうやらヴァジもギリギリだったみたいだ。
「わかってる。でも、とんでもないな。以前戦ったのと同じ強さか?」
「今のところ同程度だと感じた。姿はよりヒトに近くなったが……」
「前は人っぽくなかったのか?」
「ああ。以前は硬かった。だが今回は、突き刺したナイフの感触が生物に近かった」
え、そこ?刺した感触?何言ってんのこの人、やだ、怖い。
とにかく、ヴァジが言いたいのは肉質っていうか人工皮膚が人間に近いってことだろ?ってことは、判別がより困難になったってことか。人間に混じっても違和感のない外見は厄介だな。街や村の中心部まで警戒されずに侵入できてしまう。中心部で虐殺が起きたら大混乱だ。
「でも閉じ込めることには成功したな。このままシリウスが来るまで時間稼ぎ出来――」
出来るかもしれないと言おうとしたら、ドゴンッと音がして中断された。
音がした方へ二人して視線を向ける。石のサイコロの方だ。石の壁の中心に穴が開いていて、そこから手が突き出ていた。
嘘だろ?一面厚さ2メートルだぞ?それを突いて穴を開けるって、どんな威力してんの?
突き出た手は擦り切れたのか皮膚が所々ズルリと剥がれていて、その中身が見えている。
映画でみたような、機械の手だった。
ターミネーターだ。
そう思った直後、石の壁がヒビが入ってボロリと崩れる。中から先程見た時と変わらない微笑みを浮かべた女が出てきた。
「――そうもないみたいだな」
「そのようだ」
息つく間もなくターミネーターとの第二回戦が始まった。
次回の投稿は12月18日です。