ダンジョンの中の街
「これが迷宮都市……。これがダンジョン?」
最初の感想はこれだった。広大な草原と美しい川が流れ、街へと街道が続く。その道を大勢の人が歩いている。
ここは本当に地下なのか分からなくなる。だが、後ろを振り返れば、今自分が降りてきた地上へと続く穴があった。
天井を見上げれば、そこには青々とした空と暖かさを感じる太陽があった。
俺は地球からこの異世界へと来た、朱瓶 桐。今はギルと名乗っている。元は30代の営業課長を務めていた会社員だったが、この世界へ来た時に若返っていて見た目が16歳程になっている。
その俺は今、迷宮都市オーセブルクについた所だ。まだ、街には入っていないが、ダンジョンの地下一階に潜った所で立ち止まっていた。
それはそうだ。この不思議空間を初めて見たら、誰でも立ち止まってしまうだろう。
「不思議、です。ダンジョンに、太陽、です?」
美しい金髪をサイドポニーにしているエルフの少女、エルミリアも空を見上げて呟いていた。愛称はエル。エルは見た目が10代の容姿をしているが実は70年の時を生きているのだ。大人にも子供にも見え、可愛いと美しいを両立させるほどの美貌を持っている。だがエルフは感性の成長が遅く、内面は子供そのものだった。言葉が辿々しいのは単に人見知りなだけだが。
「なんて幻想的な空間なんでしょう」
彼女はリディア。見た目はエルよりも大人びていて、年齢は17歳で赤い髪をポニーテールにしている。17歳で容姿は美しく、スタイルもかなり素晴らしい。ただ、今は革鎧を身に纏っていて、その体は隠されている。種族はヒト種で、元お姫様だったらしい。わけあって、俺と行動を共にしている。
そのリディアが両手を祈るように胸の前で握り溜息を漏らしていた。
「それもッスけど、この人通りはなんスか?ダンジョンッスよね?」
見るからに元気溌剌とした幼女が話す。彼女の種族はドワーフで、名前はシギル。見た目は幼女なのに20歳だ。この話方でなければ、あまりの可愛さに頬ずりをしたくなる程、整った顔立ちをしている。紫色の髪をツインテールにし、毛先をくるくると指でいじりながら周りを見渡していた。
この世界で冒険者が一番命を無くす可能性のある場所はダンジョンだ。
なのにここはそんな事は関係ないと言わんばかりに大勢が、それも多種族が集まっていた。
今、俺達を追い抜いて街へと向かっている人は、猫耳が生えた亜人。今、出口の穴へ馬車で入っていったのはヒト種の商人だった。この世界のヒト種と亜人には、差別意識がある。だが、この場所ではそれも関係なかったのだ。
「とりあえず街へ行ってみよう」
俺がそう言うと他の3人が頷いたので馬車を進める。ヴィシュメールの街から5日かけて、やっと迷宮都市オーセブルクに着くことが出来たのだ。早く町中を見てみたい。
期待を膨らませながら俺達は街へ進んでいった。
俺達は町中へ足を踏み入れていた。
大きな街を壁でぐるりと囲み、門は東西南北に4つある。門番をしている兵士は見るからに精鋭といった雰囲気がにじみ出ている。ここはダンジョンの街なのだから当然といえば当然だろう。
町並みはヴィシュメールと似ているが建物に統一感がない。これは多種族が集まっているからだろう。道は広く、馬車3台は通ることができる程だ。
だが、圧倒的に人の数が違う。賑わっているし、活気にも溢れている。まだ街の入り口だというのに、商人が大声で呼び込み、冒険者が多人数で街を出ていく。
人口は20万程だと門番の兵士から聞いた。
20万人は凄いな。中世ヨーロッパ時代で最大の都市だったパリでは、年代によって変わってくるが最大でも約15万人程だったと言われている。それを考えれば各国からこの迷宮都市へ集まっているのがわかる。
だが、裏路地を見ると孤児であろう子供たちが膝を抱え座っているのが見えた。これだけ大きい街だ。良いことも悪いこともたくさんあるのだろう。
ヴィシュメールの街で出会った旅商人のヴァジが言っていた。迷宮都市には夢や希望が詰まっている。だが、同時に悪意や絶望も溢れていると言っていた。
言葉を話す生物が数多く集まる場所には必ずついて回ってくる問題だ。
「とりあえず宿へ行こう」
俺は見たくないことから目を逸らした。どちらにしろ俺達には助ける余裕がないのだ。
その気持ちを汲んでくれてか、3人も何も言わずに俺に従う。
まずは宿を確保しなければならない。他の国では亜人がいると嫌がる宿も少なくないが、この街ならばその心配はないだろう。
これだけ大きい街なのだから、宿も腐るほどある。だが俺は良い宿に泊まる事を決めていた。
この街は初めてだから、しっかりした宿を見つける必要がある。質の悪い宿に泊まり、詐欺にでもあったら目も当てられない。
だから俺達は街の中心部へと進んでいった。中心部は主要な施設が建っており、その近くのは良い宿と相場は決まっている。たぶん。
街の入口ですら活気が溢れていたのに、中心部まで来ると会話が聞こえないぐらいの喧騒だった。
「しっかし、すごいッスねぇ」
「ああ、人混みが凄いな」
雑踏で先が見えないくらいだ。地球の現代なら馬車では絶対通させてもらえなかっただろうな。歩行者専用になっていたはずだ。この中で宿を探すのは辛いかもしれない。
「んー、全然見えませんね。エルは見える?」
「うん、たぶんだけど、あっち、です」
見えるのか?!さすがはエルフという所か。頼りになる。
俺はエルが指示した方向に馬車を進ませた。だけど馬車を持ってきたのは失敗だったかもしれない。5メートル進むのに3分以上経っているぞ。現代日本でもそうだが渋滞にハマった時みたいに、邪悪な心が『こいつら全員爆発しねーかな』とか考え始めている。
もしかして、入り口の近くで厩舎を借りるのが正解だったか?まさか、こんなに人が多いとは思ってなかった。今度、朝の早い時間にでも入り口の厩舎を借りておこう。
イライラしながら地道に進み、ようやく目当ての建物に着いた。
確かに『太陽と星屋』と書かれた宿屋だった。かなり大きな宿で、間違いなく馬小屋もついているはずだ。リディアが聞いてきてくれるというのでお願いした。もう馬車を動かしたくないから、空き部屋があることを祈りながら待つことにした。
リディアが戻ってきて、残り数部屋だというので急いで受付することにした。
「いらっしゃいませ。お泊りは何名でしょうか」
さすがに中心部の宿とあってか、接客がしっかりしている。高級ホテルみたいだ。
「四人でお願いしたいのですが、ちなみにお値段はどのくらいでしょうか?」
それほど予算は多くないから、これは大事な質問だろう。しかし、さすがの接客だ。貧乏人と嫌な顔せずに丁寧に教えてくれた。
高い宿だと思ったが意外と安かった。一人用の部屋が銀貨2枚で、二人用が銀貨3枚。泊まれば、馬の世話はサービスという破格だった。迷宮都市オーセブルクは税が安いから、宿泊費も安く抑えることが出来ているのだと受付に説明された。そう言えば、ヴァジが税が安いと言っていたな。
だが問題が出てきた。二人用の部屋が2つしか残っていなかったのだ。彼女達は年頃の娘だ。男と泊まるなんてできないだろう。
「エルが、お兄ちゃんと、寝るです」
エルが即答した。さすがはエルだぜ。でも、大丈夫かぃ?また早朝に泣きながらパンツは洗いたくないなぁ。
「い、い、いつもエルばかりではいけません。私が今回は、その、ギルさまと寝ます」
なんと!リディアと一緒の部屋なんて、夢のようですな!パンツを買わないといけないな!
「別にあたしでも良いッスよ?」
おめーの絵面が一番やべーから。いや、待て!早まるな!妹と一緒に寝てると思えばアリか?!
俺がうんうん唸っていたら、彼女達が勝手に決めた。毎日順番で交代するようだ。
あれ?もしかして、男と思われていない可能性が出てきたぞ。そういえば、馬車で一緒に寝ていたし、彼女達にとっては慣れていたのかもしれない。だとしたら、少し期待してしまったのは恥ずかしいな。反省しなければ。
俺は彼女達の選択に頷き、早速二人用を二部屋、10日分頼んだ。全部で大銀貨6枚の出費だ。これはのんびり出来ないな。なるべく早めにダンジョンに潜り金を稼がなければならない。
早めに情報を仕入れるべきだな。明日にでも冒険者ギルドに行ってみるか。だけど、今日はゆっくり休もう。さすがに馬車の旅に疲れたよ。
3人も同じ気持ちだったらしく、俺達は荷物を運ぶのは後にし、先に夕食を済ませようということになった。
この宿も食事可能な酒場が1階にあり、今日はここで食事することにした。もう外に出て探す気にもならなかったからだ。
だが、ここで正解だったかもしれない。酒場と言っても落ち着いた雰囲気でゆっくりと食事ができそうだった。
メニューはいつもの通りわからなかったから、この街のお薦めと、シェフのお薦めで適当に注文した。もちろん酒は頼んだ。なんとダンジョンの街だから酒は豊富だと言われて、意味がわかんなかったが小躍りしそうなほど喜んだものだ。特にシギルが。
実はこれが罠だった。この迷宮都市オーセブルクは食材もほとんどが魔物の肉や、ダンジョンで取れる野菜。つまりは冒険者が命をかけて取りに行っている物で、高価なのだ。全部で銀貨4枚ほど飲み食いしてしまったのだ。
まだ罠があった。俺達は非常に疲れていた。そしてその状態で酒を飲み、エル以外はかなり気分がよくなってしまった。
食事が終わると、馬車へ荷物を取りに行き、自分達の泊まる部屋へと向かったのだった。
今日はリディアが俺と寝ることになっていて、二人で部屋に入ったのだが、そこに最大の罠が待ち構えていた。
なんとキングサイズのベッドが一つ置かれているだけだった。
一緒のベッドで寝ろと?俺は褒美だな。
だけど、リディアは性格上きびしいだろうなと思っていたが、リディアも珍しく酒を多く飲んでおり、ずいぶんと気分が良くなっていた。
リディアは気にすることなく、着ていた革鎧を脱ぎすてた。彼女は寝る時にはネグリジェらしく、そのネグリジェはスケスケで形の良い胸や細く引き締まった腰が見えてしまっている。
更にここにも罠があった。なんと俺も酔っていて、躊躇いなくスーツを脱ぎ、ボクサーパンツとタンクトップといういつもの寝る姿になると、普通にベッドに潜るという男として悲しい行動を取ってしまっていた。疲れているからね、仕方ないね。
「さて、今日はゆっくり寝よう」
「はい、ギルさま。おやすみなさいませ」
「ああ、お疲れ様リディア。おやすみ」
そう声を掛けると二人でぐっすりと眠りについた。
朝、俺は息苦しさで目覚めた。リディアが俺に抱きついていたのだ。胸を腕に押し付け、細く美しい足は俺の足に絡みつき、腕で首を巻き込むように眠っていた。いわば抱きまくら状態だ。なんてラッキーな状況なのだ!
だけどね、リディアはこう見えても戦士として戦ってきた人間だ。非常に力がある。いや、遠回しに言うのはやめよう。今の状況を説明するなら、首が絞まっている。
つまりは技を極められ、俺は死にかけているのだ。
ほら、紫色の顔してるだろ?これ死にかけてるんだぜ?
この後俺は、リディアが起きるまで腕をタップし続けた。
着替えると、首が赤くなっている俺と、顔が真っ赤になっているリディアは一階に降りてきていた。
エルとシギルはいなかったが、少し待つとすぐに降りてきた。どうやら一度俺達の部屋に行ったみたいで、いなかったから一階に降りてきたと言っていた。
皆で軽い食事をしながら、今日の予定について話し合った。
「と、ところで、今日のご予定はいかがしますか?ギルさま」
リディアが頬を染めながら俺に話しかけてくる。これがまた可愛い。
「ん?どうしたッスか?なんか変ッスよ?」
「な、な、なんでもありません」
リディアが顔を真っ赤にしながら否定する。だけどそれは否定出来ているのか?
「ふーん。まあ、良いッスけど。それで、どうするんスか?」
「まずはこの街の冒険者ギルドに行く」
「冒険者ギルド、でふ?」
エル、君はどうしてそんなに食いしん坊なんだぃ?口に含みながら話すのはやめたまえ、いや許す、可愛いから。
ダンジョンには早めに潜りたい。だけど同時に金も稼がなければならない。だからまずは、冒険者ギルドで情報を集めようと思っていた。
どんな魔物を倒せば金が稼げるか、どんなものがこの世界の人々にとって価値があるのか。何が危険か。
その知識があるのとないとでは大違いだ。
その事を皆にわかりやすく説明する。レベル上げも強くなることも大事だが、何が価値があるのか、何が危険なのかを調べて、出来る限りの安全を確保してからでないと意味がない。誰かが死んでからでは遅いのだ。
説明し終わると皆は黙って頷いた。三人も分かっているのだろう。
「よし、そうと決まれば朝飯食べて、ギルドへ行くぞ」
今日の予定は決まった。まずはギルドで情報集めだ。