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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十八章 機神
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戦争終結から半年

 自由都市、最北の地。ここは自由都市にとって、ある意味重要な土地だ。

 法国よりもさらに北に位置し、寒くはあるが標高が低いため気候は穏やかで海が見渡せる。複数の海流が存在するからか、波は荒いが多くの魚が生息し、高い漁獲量が期待できる場所でもある。港町を作るのに絶好の場所と言える。

 実際にこの場所には港町があった。しかし、それは昔の話だ。現在、ここにあるのは港町ではなく中規模の軍基地。

 自由都市軍フィッシュプール基地。

 商人の国である自由都市が、利益を期待できるこの場所を港町にせず軍基地にしたのには理由がある。それはここが一度魔物に襲われた場所だからだ。

 たった一度、しかし、生存者なしの大事件。それは人型魔物一体によって引き起こされた。とは言え、この魔物は自由都市の英雄ヴァン・ジークフリートと、帝国の英雄シリウスとで討伐されている。だが、自由都市の人々の記憶に強く残り、誰もが移住したがらなかったのだ。

 それは当たり前の話で、同種の魔物がいるかもしれない場所に済みたがる人間などいないだろう。

 仕方なく自由都市の首脳陣はこの場に軍基地を作るに至った。

 そのフィッシュプール基地から一隻の飛空艇が飛び立っていく。


 「便利な世の中になったもんだなぁ。いつもギリギリになって届く糧食や装備が、こんなに早いなんてな」


 飛空艇から荷降ろしした木箱を運ぶ兵士が、飛び出っていった飛空艇を見上げながら呟く。

 戦争終結から半年が経ち、自由都市は何度かの交渉で飛空艇を手に入れることに成功していた。野盗に襲われることもなく空を高速で移動できる飛空艇は、今まで時間が掛かっていた僻地にも短時間で物を輸送することができるようになっていた。


 「本当にな。首都から遠いのもあるけど、今までは馬車で運んでだからな。でも、今では空から降ってくる」


 同じように荷運び番としての任務についた同僚も、木箱を持ち上げて空を見上げる。


 「はは、天の恵みってか?だがよ、あの便利な空を飛ぶ船を開発したのは、魔法都市の『人災』だって話だぞ?」


 「別に構わないだろ。どんなに恐ろしいヒトでも便利なもんを作ってくれるんならよ」


 「まあ、そうだけどな。自由都市で開発できるように交渉してくれた大統領には感謝だな」


 「うーん……」


 兵士の同僚が木箱を倉庫の棚に置きながら苦笑いする。


 「なんだよ?」


 「だってよ、オーセブルクを取引材料にしちまったんだろ?お前が言う、王国民8万人を惨殺した『人災』とだ。オーセブルクには自由都市国籍の奴が大勢いる。同国民を生贄にしたようでいい気分じゃないんだよ」


 自由都市は飛空艇を手に入れるためにオーセブルクを手放すことを決意した。現在、迷宮都市オーセブルクは、魔法都市国オーセブルク市という名になっている。

 遠距離通信手段がないこの世界でも、飛空艇の登場により情報伝達も前よりは速くなっていた。オーセブルクの住民が圧政を強いられている事実などなく、平和に生活しているという正しい情報も徐々にではあるが知れ渡りつつあった。飛空艇が行き来する場所に勤務しているだけあって、当然、この同僚もその情報は知っている。しかし、その情報を信じるか信じないかは人それぞれで、彼は信じない方の人間だったのだ。


 「さっきは便利なもんを作ってくれるって言ってたじゃねーか」


 「便利なもんを次々と作るスゲーヒトだって認めてはいるが、それとこれとは話が別だ。オーセブルクにいる同国民が今どんな気持ちで過ごしているかを考えると、素直に喜べないんだ」


 「ほーん?正義感が強いんだな」


 「俺たちは兵士だ。自国民の安全を気にかけるのは当たり前だろ」


 「気持ちは分かるけど、オーセブルクの住人が苦労しているって噂は今のところ聞かない。それにどうせ俺たちは命令がなけりゃ、自分の目で確かめることすら出来ないんだしな」


 「俺たちに下った命令は偵察ではなくこの荷運びか」


 同僚が溜息を吐きながら運び込んだ木箱をコンコンと叩く。その同僚の様子に兵士は笑いながら「最重要任務だぞ」と肩をすくめた。


 「糧食や装備を適当な所へ運び入れる。食料を食料庫ではなく倉庫に入れるような間違いは許されないからな。腐ったら仲間たちが餓死しちまう」


 「……そうだな。なら。とっとと残りを運び入れるか。仲間たちのために」


 やる気を取り戻した同僚に、兵士は満足げに頷いて倉庫を出る。しかし、倉庫を出たところで兵士は眉を顰めた。

 残りの木箱がある所に奇妙な人影があることに気がついたのだ。


 「おい、今日の荷運びって俺たち以外にいたか?」


 「………俺たち二人だけだが、それがどうした?」


 後から着いてきた同僚が隊長から命令された時の事を思い出しながら返す。


 「女がいる」


 「女?誰だ?」


 自由都市兵の中には当然女性もいる。基地内で女性を見かけてもなんら不思議ではない。だから、同僚も仲間の誰だと聞き返した。


 「仲間じゃない」


 兵士が首を横に振ったことで、今度は同僚が眉を顰めることになる。

 しかし、同僚も目を細めてその人影をしっかりと確認すると兵士の言っている意味を即座に理解した。

 基地内で女性を見かけても不思議ではない。その女性が鎧でも軍服でもなく、私服でいたとしてもあり得なくはない。だが、その人影が着る服が肌が透けるほど薄い服で、さらに滴るほど濡れているのであれば別だ。

 女性兵士がネグリジェのまま寝ぼけて海に落ちた。それもあり得なくはないが、二人はそう考えなかった。

 何故なら、木箱が置いてある場所は、飛空艇からそのまま荷降ろし出来るように高い崖の上に作られた荷降ろし場だったからだ。

 基地には海から上がれる岸壁もあるが、ここからは距離がある。別の兵士に気づかれず基地内を徘徊し、ここまで来たと考えるには無理があった。

 そうなると考えられるのは、海からこの絶壁を直接登って来た以外にない。だが、やはりそれも無理がある考えだ。二人が動揺するのは当然だろう。


 「おい、どうした?!」


 同僚が取った行動は駆け寄るだった。

 事故かいたずらか。仲間か民間人か。正義感の強い同僚には、『侵入』や『敵』という言葉は頭の中になく、ただ事ではない状況に遭遇したであろう女性を助けるために駆けた。

 兵士は同僚を止めようとした。だが、言葉が出なかった。びしょ濡れの女が笑っていたから。笑っているのに『喜』や『楽』の感情がその笑顔から伝わってこなかったことに恐怖したのだ。

 そして兵士はこの直後、さらに恐怖することになった。

 女に駆け寄った同僚の上半身が、何の前触れもなく、爆ぜたのだ。

 ドチャリと下半身だけの同僚だったものが崩れ落ち、兵士は唖然とする。

 びしょ濡れの女がひたひたと歩いて近づいてきていても動けない。気がつけば、女が目の前にいた。そこでようやく危機を感じ、兵士は逃げようと走り出す。

 だが、女は虫を払うような仕草をすると、同僚と同じように体が弾け飛び兵士は絶命した。

 女は転がった肉片を微笑みを浮かべたまま数秒見て、再び歩き出す。生き残りがどこか探すように見渡しながら。


 この日、フィッシュプール基地が壊滅した。


  ――――――――――――――――――――――――


 「各都市から税が納付されて、ようやく安定しましたね」


 執務室で書類にサインをしていると、リディアがふとこんな事を言いだした。


 「今までも安定していなかったわけじゃないんだけどな」


 「そうなのですか?いつも出費がと嘆いていましたのでてっきり……」


 なるほど、それは俺のせいだな。

 リディアにも言った通り、余裕があったわけではないが火の車というわけでもなかった。この世界では税金は領主が領民から月ごとに少しずつ集め、年末にまとめて国に納める。だが、魔法都市では半年に一度、年二回に分けて納付させる事にしていた。

 建国したばかりで、金が必要だったというのが理由だ。他国より税金が高いわけではないし、国民一人ひとりの手間は何もかわらない。領主(魔法都市の場合は市長と呼んでいる)は面倒だろうけど。

 ただ、あの戦争で多くの建物に被害があり、半年前にエルピスから納付された税金をほぼ使い切ってしまったし、国庫が空になって城の修復に手が回らなかったこともあった。

 しかし、帝国や法国のおかげで問題にはならなかったのだ。


 「飛空艇のジェットエンジンの製造方法や『浮遊石』を帝国と法国が買ってくれたからな。『浮遊石』に関しては今も継続的に購入されてるし」


 「そうでしたね。シリウス皇帝とルカには感謝しきれません。それに今では自由都市と王国までもが競争するように購入していますしね」


 「製造方法を売った頃は自分たちで『浮遊石』を採りに来ていたらしいけどな。特に自由都市が」


 「そうなのですか?利に聡い自由都市らしいと言えばそれまでですが、随分と無謀なことをしていたのですね」


 ダンジョンで採取した物は、採取した人物の物だ。魔法都市が独占することはできない。当然、飛空艇の重要な材料である『浮遊石』を自分たちで手に入れることが出来れば安上がりになる。しかし、『浮遊石』を採取するまでには様々な困難が待ち受けている。雪山で凍え、ホワイトドラゴンにカツアゲされ、巨人に蹂躙され、最後には足を滑らせたら生きて帰れない空エリアで『浮遊石』の採取だ。無事に採取できても、その道程をまた戻らなければならない。死亡率は高くなり雇う冒険者の金額も高くなってしまう。その上、空間で固定されしまう『浮遊石』を大量に持ち運ぶには、俺も愛用しているリュックサック型のマジックバッグを準備しなければならない。結果的に、購入するより費用は高くなるだろう。

 魔法都市は裏道で空エリアまで直通だから採集効率が段違いだ。さらに、『浮遊石』を採取する鉱夫は俺が空エリアを攻略した時のように『浮遊石』で作った小さな乗り物を用意したから安全でもある。ダンジョンの街であるからマジックバッグはすぐ手に入るしな。


 「今では冒険者が小遣い稼ぎする以外は、ほぼ魔法都市の独占販売と言って良い」


 「当然です」


 「それで……、オーセブルクはどうだった?」


 リディアは週に一度、魔法都市とオーセブルクを往復する役目を与えていた。ソロで、それも日帰りで往復可能なリディアだからこそ出来る仕事だろう。リディア自身も週に一度の朝夕強化訓練だと楽しんでやっているようだし。

 オーセブルクまで何をしに行かせているのかと言えば、魔法都市の領地の様子や、オーセブルクで作った飛空艇造船所の視察をしてもらうためだ。ちなみに『浮遊石』の売買もこの造船所が行っているから、その売上報告も兼ねている。


 「はい。どの領地も順調だとオーセブルク市長から聞いています。造船所では飛空艇の製造予約がひっきりなしで、今年はもう予約で一杯だそうです。『浮遊石』の売上も、売買開始当時からしたら落ち着きましたが、それでも継続的に大量の注文があるそうです。好調ですね」


 『浮遊石』に関しては予想通りだし把握もしていたけど、飛空艇製造まで予約で一杯って……、まだ年が始まったばかりなんですが。


 「そうか。ヴィシュメール市とレッドランス市も心配なさそうだな」


 「はい。各市長同士で連携し合って、地上も安定しているようです。今のところ、魔法都市の領地では大きな問題は起きていません」


 魔法都市が領地にしたのはオーセブルクだけではない。当初はそのつもりだったのだが、レッドランスが魔法都市が良いと希望したのだ。帝国と法国も望んでいた土地は手に入ったし、納得してくれている。法国は南に国土が広がり、帝国は西に、魔法都市もオーセブルク含めて西に広がっている状態だ。

 もちろんレッドランス市長は、あのゲオルグ・フォン・レッドランスだ。レッドランスレッドランスとややこしいから、今ではレッドランスのことをゲオルグと俺は呼んでいる。

 ヴィシュメールも元々レッドランス領であったし、シギルの店もあるからついでに手に入れることにした。現在魔法都市は、魔法都市、エルピス、オーセブルク、レッドランス、ヴィシュメールの5つの都市で成り立っている。税金もたんまりでウハウハですよ。


 「オーセブルク市長……、ミゲルの様子はどうだ?」


 オーセブルク市長はゲオルグの右腕だったミゲルに任命した。ゲオルグもミゲルを重要なポストに取り立てようとしていたからか、俺が任命した時は満足そうにしていた。ただ、ミゲルとしては複雑だったようだ。死ぬまでゲオルグに仕えたかったようで、簡単には首を立てに振らなかったのだ。俺とゲオルグ二人で何度も何度も説得し、ようやくオーセブルクの市長になってくれた経緯がある。


 「レッドランス市長と離れて寂しそうですが、仕事はきっちりとこなしています」


 「なにか情報は?」


 俺がミゲルを任命したのには理由がある。オーセブルクは各国から人が集まるから情報収集にはもってこいだ。そして、ミゲルはその情報収集能力に秀でている。これだけでも相応しいと言えるだろう。


 「それなんですが、ミゲルから2つ伝言があります」


 重要な情報が手に入ると、こうやってリディアを通して知ることが出来るのだ。オーセブルク市長としての仕事も簡単ではないのだが、どうやってやっているのか……。

 だけど、2つもあるのか。いつもは「私共で処理出来るものばかりで、代表のお手を煩わせるものはございません」が基本だ。伝言があると言われたのは、王国と飛空艇の売買取引以来だぞ。それが今日は2つだ。


 「2つ?ミゲルはなんと?」


 「はい。一つは自由都市で何かあったようです」


 「詳しくは?」


 「いえ、慌ただしいとだけ。自由都市から武器やポーション素材の購入が多いと」


 「穏やかじゃないな。わかった、留意しておく。もう一つは?」


 「ヴァン・ジークフリートが魔法都市へ向かっているそうです」


 「ヴァジが?」


 自由都市英雄、ヴァン・ジークフリート。彼が魔法都市に来ることにはなんの疑問もない。魔法都市にもヴァジの店舗があるからな。だが、自由都市が慌ただしいことと関係しているのなら厄介なことになりそうだ。

 まさか、俺を暗殺するなんてことはないだろうが……。ないよね?

 思わず、背後や天井にいるのではないかと見てしまう。もちろんいない。

 ほっと胸を撫で下ろした直後、執務室の扉がノックされた。タイミングが良すぎて飛び上がりそうなほど驚いたが、辛うじて平静を装い「入ってくれ」と声を震えさせず言うことが出来た。

 入ってきたのは、シギルだった。


 「シギルか。どうした?」


 「今、城門に伝言が来たみたいッス」


 「また伝言か。誰がなんと?」


 「ヴァジさんッスね。『明日、飲み屋で待つ』だそうッス」


 俺は額に冷や汗が浮かぶのを感じながら、「わかった」と答えた。

次の投稿は10月23日です。

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